18 俺のせいで計画台無し?

 ブランカの国王、ゲロマミレーノ・キルギスは、ある日突然人が変わったようになってしまった。

 大切な王妃様を、お姫様と共に塔へ幽閉し、その暮らしは目に余るほどの贅を尽くした。

 今までは、清貧をもってよしとし、民にも慕われ、尊敬と信頼を集める立派な王だった。

 それが、私腹を肥やし、人が苦しむ姿を楽しむようになり、それがきっかけで、国民の大多数が国を出て行くことになった。幾度か進言した近衛兵の隊長や、騎士団長、賢人達からも権限を奪って地位を落とし、代わりに賊のような者達を傍に置くようになった。


「じゃあ、ジャスティってのも、賊?」


 賢者――ユリウスは首を振った。


「彼は元、騎士団長のご子息です。幼き頃より騎士を志し、将来は立派になって、国を守る一翼を担う方になられるはずだったのですが、国王が変わり、悪い者達とつるむようになって久しく、変わってしまわれた。今では、国王の言いなりです。いえ、誰もが逆らえずにいますが」


 このままでは、いずれ反乱が起きかねない。

 そうなれば、ブランカと対立している国との戦争にも敗れてしまう。実際、それすら敗戦が目に見えている危機的状況だ。その前に、なんとかしなければと考えていた矢先のことだ。キルギスは光を嫌い、祈ることもやめ、まるで悪魔のように、過剰に神聖なものを嫌う素振りを見せた。「もしや、と私は知人に便りを出したのです」


「それで?」

「悪魔に憑かれたのでは、と」

「悪魔って、あの悪魔?」

「それが証拠に、傍若無人、最低最悪クズ野郎に堕ちたと思われる我らが王は、今の今まで、誰も処刑したことはないのですよ」


 なんでそれが悪魔に憑かれた証になるんだ、と銀二は首をかしげたが、たしかに違和感はある。

 アジャはすっかり話に飽き、銀二に酒を注がせては、ぷっはぷっはと酒を舐めていた。


「……でも俺は、処刑されるのでは?」

「口ではそう言っても、国王は誰も処刑したことはありません。逆らう者は邪教徒と捕らえ、追放するのみです。最初は、堕ちても王は、優しさだけを残しているのだと思っていたのですが」

「ジャスティは、コルトン村の皆を酷い目に合わせるって言ってたけど。それは王の意思じゃないってことかい?」

「そうはならないでしょう。それが、低俗な悪魔に乗っ取られた証なのです。低俗な悪魔は、人を殺せないそうです。直接手を下すことも、間接的にでも、殺すことは避けるのです。少なくとも、殺せと命を下せない。恐らく、あなたを処刑する当日、王はあなたを追放するように言うはずです。寛大な措置だと、それでジャスティ様も無理に納得させられます。彼も、王の言うことなら従うでしょう」

「なんで低俗な悪魔は、人を殺せないの?」

「その一線を越えると、自分が消されると知っているから、だそうです」


 言ってしまえば、低俗な悪魔とは、可愛く言えば「悪戯っ子」なのだ。

 人に迷惑はかけるが、直接傷つけ、死に追いやるような真似はしない。

 もしもそれらが事実で、王が本当に悪魔に憑かれているのなら、最低でも村の人たちの命は守られるかも知れない。しかし、収穫を貢がされている以上、いずれは生きていけなくなる。やはり、国をなんとかしなければ問題は解決しない。


「……で、ハゲさんはアジャに国王を殺すように?」

「ユリウスです……王から悪魔を祓う為に、魔法師を雇いました。彼女を暗殺者として捕らえ、その処刑には魔法師が必要という口実を作り、王を説得して今日に至ります。彼女は我々程度では殺せない。薬を盛って力を奪えるのはほんの一時、一騎当千の戦士です。彼女には、芝居を打っていただいていたのです。もしも、魔法師の力でも王から悪魔を祓えなかった時は、彼女に王を――」


 という計画だったが、酒の力でアジャは暴走し、先走った。


「あれ? ってことはつまり、俺のせいで計画が台無しになったってことかな?」


 銀二は気付いてしまった。


「いいじゃねえかよぉ、どうせ頭でっかちの魔法師にも、悪魔を祓えるかどうかはわからないんだ。ぶっ殺せば問題は解決するだろうがよ」


 アジャは空になった瓶を覗き込み、嘆息した。

 賢者ユリウスは、仕方ありませんな。と溜息を吐いた。


「今となっては、計画も王の知るところでしょう」

「それって、バレたってこと?」

「彼女が大きな声でハゲはどこだと探していたのでしょう? 私と彼女の繋がりがばれてしまった」

「ハゲでそこまでわかってしまうんですね」

「賢者で唯一のハゲですからな」


 ユリウスは悔しそうに、しゅぱっと光の差す頭を撫でた。


「面倒だ。さっさと王を殺しに行くゾ。元は心優しかった王様だ、民の為に死ねるなら本望ダロ」


 悪党みたいに言うアジャにしかし、ユリウスは反論しなかった。

 タイミングが悪かった。

 全ては救えない。

 であるなら、先を見届けられなくなる前に、国が新たなスタートを切れるきっかけだけでも作ろうと、ユリウスは頷いた。


「今頃は、王の周りに幾人もの騎士が集い、守りを固めていることでしょう。覚悟はよろしいですな?」

「そういうことなら、俺は帰りますわ。きっとみんな心配してると思うんで」


 銀二が膝を叩いて立ち上がると、「ダメだ。お前はあたしと一緒に来るんだよ」とアジャに捕まった。

 銀二は抵抗する暇もなく、肩に担がれた。


「イヤだイヤだ! 俺は帰るんだぁ! 国王がどうなるかは気になるけど、絶対どうにかなるから村は大丈夫だと思うし! 何より俺は人が殺されるとこなんて目の前で見たくない! 酒がまずくなるわ!」

「覚悟を決めてくだされ」

「ハゲてめえこの野郎、俺は部外者だぞ! 無関係なの!」


 銀二が中指を立てると、ユリウスは鋭く睨んだ。


「ジャスティ様に毒を盛ったことをお忘れか? あなたの罪は、この問題が片付き次第、しっかりと吟味しなければなりません」

「……そ、そうだった」


 すっかり忘れてた、と銀二は全身から脱力し、運ばれながら手に持った皮の水筒の栓を開け、果実酒をガボガボと飲んだ。

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