第五酒席 鬼に金棒、鬼コロシ!

17 オニコロシとキリアジャ

「――王を殺す」


 そう言ったアジャの言葉には、恨みや憎しみに駆られているというより、強い使命感のようなものが感じられた。銀二はそんなアジャの言いなりにならざるをえず、後をついて行きながら事情を聞いた。


「ちょ、アジャさん、なんで王を殺すので!? こっから逃げるのではないので?」

「いいから黙ってついて来い! さもないと食っちまうよ。それから、アレを出せ!」


 アジャは銀二の体を子供のように持ち上げた。宙ぶらりんになった銀二は、冷や汗を流した。

 背中に鋭い爪が当たっている。


「あ、アレ、と仰いますと」

「熱い水だ」

「す、スピリタス? しかしあれ、水がないと作れませんのでね」


 ぐるる、とアジャはその言葉の意味を理解する為に時間をいくらか使うと、「いたぞ!」と駆けつけた警備兵達に気付いて舌を打った。構えたボウガンから矢が放たれると、銀二は地面に叩きつけられ、アジャは矢を素手で叩き落とし、一歩で距離を詰め、秒で蹴散らし、「水はどこだ!」と問い詰めた。「しょ、食糧庫に」と答える警備兵に、アジャはいくつか質問した。「あたしの鎧は、斧はどこにある、王はどこだ、ハゲはどこだ、腹が減った! お前は誰だあ! なぜ邪魔をする!」と支離滅裂なことを叫んだ。


 至近距離で詰められた警備兵は恐怖のあまり失禁して気絶した。


「っち、ボンクラがあ」


 乱暴に警備兵を放ったアジャは、地面に転がっていた銀二の首を鷲掴みにして歩き出した。


「……食糧庫ってドコだ」


 真剣な眼差しでそう口にしたアジャに、銀二はこの人バカなの? と悲しい気持ちになった。

 しかし、アジャの身体能力、戦闘能力は常人のそれをはるかに超えており、やってくる警備兵は相手にならなかった。それは一人で城を落とせるのではないかと思える程に強力で、なぜ捕まっていたのかもわからないが、一つ気付いたのは、彼女は敵であるはずの、この国の兵士を誰一人として殺していなかった。

 彼女の鬼のような戦闘能力と派手な戦いぶりからすれば、不殺というのは違和感しかなかった。実際、「っち、面倒だ」とことさら面倒そうにしているアジャの言葉には、「殺せないから面倒くさい」という意が含まれているように思えた。


 そうしているうちに、アジャは警備兵達を脅し、装備を取り返した。

 両腕を覆う巨大なガントレット、胸当て、腰鎧、獣のような爪が着いた脚甲、そして、身の丈程もある巨大な戦斧。完全装備になって、もはや無敵にしか見えない。


「次は食糧庫だ。いくぞギンジ、来い」

「へいっ」


 銀二は彼女の子分のように後に続いた。

 逆らったら死ぬ。

 何より、酒が飲みたい。

 このままでは素面になってしまう。

 そうして城内をうろうろしているうちに食糧庫に辿り着き、かめに溜められた水を発見した。


「酒だ――あぁ、まだ酒じゃなかった」


 興奮した銀二は瓶を覗きこみ、「先走っちゃった」とへらへら笑った。


「……サケ?」

「さっきアジャさんが飲んだ熱い水っすよ。俺は、水を酒に変える力があるんです」


 説明したが、アジャは理解していないようだった。だが、理解する必要はない。


「アジャサンじゃない。アジャだ、キリアジャだ」

「……アジャはどんな味が好きっすか?」

「早くしろ、その、サケが飲みたい。飲んだら、王を殺しに行くぞ」


 銀二は物騒なアジャの為に水を酒に変えたが、中身は変えた。

 スピリタスではなく、辛口の日本酒、鬼をも酔わすと言われる『鬼殺し』だ。

 平安時代、京都の大江山おおえやまに住みついた『酒呑童子しゅてんどうじ』という酒好きの鬼を退治する際に酒を飲ませ、酔っ払わせて退治したという逸話が由来になっている。鬼のように強いアジャにはぴったりだ――と銀二は彼女のイメージから酒を選んだ。


「どうぞ、『鬼殺し』っていう日本酒です。ちょい辛口ですが、美味いですよ」

「……オニコロシ」


 アジャは匂いを確かめると、瓶の縁を掴んで両手で持ち上げ、頭から浴びるように酒を食らった。ばしゃばしゃとこぼれた酒がもったいないが、鬼も驚く豪快な呑みっぷりで、一瓶をあっという間に飲み干した。そんなアジャは、「ぶはぁ」っと息を吐くと豪快にゲップをして、空になった瓶を抱き砕き、口を拭って牙を覗かせた。


「ガッハッハ! ウマい! 美味いぞギンジ、これは美味い! さっきのよりスキだぞ!」

「語彙力が破壊されるほど気に入ってもらえたようで、うれしいです?」

「ふぅ、もっと呑みたいが、楽しみは後にとっておくぞ。ギンジ、王を殺しに行くぞ」

「ちょっちょ、ちょっと待って、そもそも、なんで王を殺すなんて話になってるんで?」

「話してる暇はない。もう、待ちくたびれた」

「もう一杯どうです?」


 銀二が瓶の水を酒に変えると、アジャは大喜びで酒に手を伸ばした。

 楽しみは後にといいつつ、目の前にある楽しみを放ってはおけないようだ。

 その間に、銀二は棚から見つけた獣の皮で作った水筒をあるだけ集め、度数の強い酒に変えては水筒を満たし、ベルトに引っ掛けた。腰周りに沢山の酒を釣り、両手に持ち、最強の戦士になった気分になり、ご満悦な表情を浮かべた。


「で、アジャはなんで王を殺そうとしてるの?」

「ハゲに頼まれた」

「……ハゲ? ああ、そういやさっき、ハゲはどこだとか言ってたっすね」

「この国の王は、乗っ取られた。だから、殺す。そうしないと、国が滅ぶ」

「乗っ取られた?」


 銀二が訝しげに眉を顰めると、アジャは黙って酒瓶の中の酒を手で掬って舐めた。そっちに夢中で、話が進まない。飲ませすぎたか、と銀二が嘆息すると、その質問に答える声があった。


「――悪魔ですよ」


 その声に振り向くと、上がった息を整える、しゅぱっと輝くハゲ頭の白い装束を纏った老人がいた。


「あ、ハゲだ」アジャが言った。

「このハゲが、あのハゲ?」銀二は指差した。

「あたしを雇ったハゲだ」


 ハゲは額の汗を拭うと、困った表情で言った。


「キリアジャ様、計画と違いますぞ! なぜ先走ってしまったのですか!」

「っふ、酒を飲んだら、ぶっ飛んじまったのさ。こいつだ、こいつのせいだ。ギンジのせいだ」

「さりげなく俺のせいにしないでよぉ」


 銀二は困ったが、これでようやく事態を把握できる。

 もしも王殺しが内部の人間の計画であるなら、村を救う手立てもあるかもしれないと、希望を抱けた。

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