15 壁をぺろぺろ男とアマゾネス

 鉄格子の嵌め込まれた牢獄に放り込まれた銀二は、その場で振り返り、こちらを睨みつけてくるジャスティを見た。憎しみの篭った瞳、決して許さないと決意した彼の眼差しに、酔いの醒めかけた銀二は圧倒されて目を逸らした。


「お前のせいで酷い目にあったぞ、頭は痛いし吐き気も暫く続いた。優秀な薬師の毒消しのお陰で助かったが、お前の処刑は確実だ。せいぜい二、三日の命。残りの人生を悔いて生きろ、この邪教徒め」


 そう吐き捨てたジャスティは立ち去る素振りを見せなかった。

 銀二は目を泳がせながら、「俺を殺した後、村はどうするつもりだ……ですか?」と訊いた。不可解そうに眉を上げたジャスティは、「誰も殺しはしない。その代わり、男どもは徴兵し、次の戦争での肉壁に使う。女は慰みモノに、子供は調教して兵士にする」と包み隠さず伝えた。


 銀二が歯を食いしばる姿を見て、「やはりな」とジャスティは笑んだ。


「私達を騙そうと一芝居打ったってところだろうが、残念だったな。あの小ざかしい小僧は、戦場では前線に配置してやる。さぞ怯えて、泣き喚きながら、わけもわからないうちに死ぬだろう」

「よくもまあ、そこまでクズになれるもんだ」


 銀二が呟くように言うと、ジャスティは格子をガンと叩き、脅かすように睨みつけた。


「口を慎めよ。今ここで、お前の首を跳ね飛ばしてやってもいいんだ」


 銀二は口を閉じ、その場にどっと腰をおろした。

 ジャスティは勝ち誇った笑みを浮かべ、「よく見張っておけ」と看守に告げて去って行った。


 どうしたもんか、と銀二は思案した。


 予想はしていたが、自分が殺された後、村の人たちが酷い目にあうのは必至だ。

 懐に飛び込めば酒の勢いで何か思いつくかと思ったのだが、酒瓶は形見代わりにペギオに預けてしまったし、現状、打開策は思い浮かばない。

 ただ、ここへ来るまでに気付いたこと、わかったことがあった。

 この国には妙な違和感があった。外側から見ればでかい国で、お城も立派だが、暮らしている人たちの姿は少なく、空気も重い。衰退しているのは村ではなく、国なのではないかと思った。だからこそ、村にまで税の徴収が始まったのではないか。


 何か臭い。臭いといえば、この牢獄も臭い、湿気もあるし、暗いし――。


「臭いな!」銀二は堪らず不満を漏らした。

「うるさいぞ、邪教徒」


 カンカン、と看守は手にした槍の柄で格子を叩いた。


「看守さん。出してください、俺、無実なんですよ」


 銀二は格子を掴み、看守に訴えかけた。看守は顔を顰め、「お約束だな」と口を曲げた。


「そりゃ捕まった奴らの常套句だ。だいたい、お前を逃がしたら俺が処刑されちまうだろうが。それとな、あまり騒ぐとそいつが目を覚ますぞ?」


 看守は顎で、牢獄の影を指した。


「……そいつ?」

「一人で乗り込んできて、王を暗殺しようとした化け物だ。力だけなら随一の『バラガン』って種族のじゃじゃ馬だよ。ま、バカだから捕まったんだけどな、今は薬で力を抑えちゃいるが、お前と一緒で、処刑予定だ。目を覚まされると面倒だから、大人しくしてろ。早死にしたくないだろ?」

「処刑が決まってるのに、従うと思います?」

「頭を握りつぶされて死ぬより、処刑される方がましだろ」

「そりゃそうですけど、えー、部屋移してくださいよ」

「そりゃ無理だ。これもジャスティ様の指示だし」

「嫌がらせってことっすか」

「そうゆうことだ」


 どんな化け物だと唾を飲んで恐る恐る目を凝らすと、そこには鎖で繋がれた褐色肌の巨躯の女性がいた。座っているだけなのにでかい。長い赤毛の髪はカールしていて、アルコと似たような野生児のような格好をしている。出るとこ出ていて色っぽいが、アルコと出会った時とは真逆の印象を抱き、一緒の檻に閉じ込められて浮かれていられるような雰囲気はなかった。なぜなら、その体つきは凶器そのもので、力を入れていない状態でも筋肉の大きさが見てわかる、まるで鍛え抜かれた女性ボディビルダーのようだった。

 枷に拘束された両手足には獣のような鋭い爪もある。


 獰猛な獣と同じ檻に放り込まれた気分だ。


「……おっぱいが、飾りのような体っすね」

「そそられねえだろ? ま、自棄やけになっても手を出すようなことはしないだろうが、気をつけろ、機嫌損ねると殺されるからな」

「あの、つかぬ事をお尋ねしますが」

「質問の多い奴だな、なんだ?」

「その、なんでそんな危ない人が、未だに拘束されてるので?」

「……魔法師を呼んでるんだよ」

「魔法師?」

「ただの人間の処刑なら、俺達で出来るがな。バラガンの処刑となると手を焼く。亜人の処刑には段取りっていうか、取り決めがあるんだ。だから、そのあたりにも詳しい魔法師を呼んだ。国王はやたら嫌がったが、賢人がどうしてもってな、外交問題にも繋がりかねない処刑だ。お前も、処刑される時には魔法師様がありがたい言葉を下さるだろうから、安心してあの世に行けるだろ」


 なるほど、と銀二は理解した。

 つまりその魔法使いが来るまでは時間があるということだ。

 しかし、その時間を有効に使えるとは思えない。

 銀二はバラガン族の女性をチラッと見ると、「ご飯はいつですか?」と訊いた。


「日に二回、昼と夜だ。もう昼は過ぎたから、今日は一回だけ」

「トイレは?」

「その辺でしろ」


 ってことは、この臭いは小便のにおいか、と銀二は顔を顰めた。


 ただ、水が手に入るなら酒が飲める。


 銀二はバラガンの女性が繋がれた反対側の壁の隅っこに体を押し込み、腰を下ろした。

 ジーンズのポケットにしまったままの携帯が尻に当たった。幸い、彼等は持ち物を調べたり、奪ったりはしなかった。身形が多少変であること以外、特に気に留めなかったのだろう。今の持ち物は、財布と携帯、タバコとライターだ。だが、これらが役に立つかどうかはわからない。


「あ、冷たっ」


 背中にぽつっと雫があたり、銀二はぶるっと震えた。

 見ると、天井から僅かに水滴が滲み、壁は湿っている。


「看守さん、水漏れしてますけど」

「今日は雨だからな」


 地下牢だとしても、雨水が滲むとなるとそれほど深くはないか、元から作りが荒いかだ。

 銀二は石壁の隙間から滲む水滴に指をつけ、度数の強いスピリタスに変質させた。

 スピリタスはアルコール度数96パーセントの、ほぼエタノールのポーランド原産のウォッカである。


 この度数なら、少ない水でも酔える――。


「な、なんだあいつ、壁の水滴なめてんのか? 気味が悪いな」


 壁に指をちょんちょんつけてはなりふり構わずペロペロする銀二の姿を見て、看守は顔を顰めた。

 その時、アルコールの臭いを敏感に捉えたバラガンの女の鼻が、微かにひくっと動いた。

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