第四酒席 牢獄の鬼
14 野良猫ギンちゃん
酒にやられたジャスティが村へ仕返しに来るはずが、一向に姿を現さないことに村の男たちは戸惑っていた。何もないならそれに越したことはないのだが、何のお咎めもないはずがない。ただ、このままなら銀二を逃がす必要もない。そう思って、村の男たちは銀二の姿を探した。
銀二はここ数日、各家庭に置いてある水を溜めた大瓶の中身をビールに変えては、あちこちで酒を飲んでは路上で寝ていたり、納屋で寝ていたりと、人家の屋根で寝ていたり、どこかしらにはいる野良猫状態だったのだが、この二日ほど、誰も姿を見ていないのだった。
「おい、ギンちゃんどこいった?」
「俺も今日は見てないな、昨日は見たような気がしたけど」
「うちにも来てないね。うちのダンナと三日前に飲んでたのは見たけど」
どこかにはいる、という村人達の認識が、銀二の居場所を曖昧にしていた。
銀二の目撃情報を整理すると、二日ほど前から姿がなくなっていることを知った。「最後に一緒に居たのは誰だ」ということになり、虱潰しに探すと最終的にペギオが怪しい、ということになった。
「最近ギンジ、ペギオと一緒にいること多かった!」
アルコはあの野郎、とペギオの自宅へ押しかけた。
ペギオは部屋で木彫りアルコを彫っているところを突撃されて頭が真っ白になった。しかしアルコはそんなものには目もくれず、銀二が持ち歩いていた『魔王』の酒瓶があることに気付き、ペギオを拉致して問い詰めた。
「ペギオ、どういうこと! なんであんたの部屋にギンジの酒瓶があんのよ!」
アルコは酒瓶をぶんぶんと振り回した。
「あ、アルコちゃん、そんなに怒らないでおくれよ、僕は別に何も悪いことはしていないんだ」
おどおどするペギオを村人達が取り囲み、「てめえペギオ! てめえ!」「ギンちゃんどこ行った!」と乱暴に問い詰めた。普段ならすぐに白状するペギオだったが、この時ばかりは妙な意地を見せてなかなか口を割ろうとしなかった。
「父ちゃん、酒持ってきて!」
「おう」
樽ごとビールを持ってきたコールに、ペギオは強制的に飲酒させられ、「さあ、何があったか話すのです」と催眠術師のように問いかけたアルコに、ペギオはバカ正直に全てを打ち明けた。
騎士達の来訪を予想していた銀二はここ数日、ペギオと二人で彼等が通ってくるルートを張っていた。
そして彼等と遭遇し、「ペギオに捕まった」という
銀二本人が「全ての元凶は俺だ」と言っても、その元凶がわざわざ自首するという不自然さに気付かないほど、騎士はバカじゃない。だから、村を混乱させた元凶をペギオが捕まえ、諸悪の根源である銀二を差し出す代わりに、今回の非礼の侘びとして欲しいと説得したのだ。
「ギンちゃんを売ったの?」
「売ったんじゃない! 彼がそれを望んだんだ。僕に協力してくれって言うから」
「だからそれ、売ったってことでしょうが!」
「違う! 僕だって、ギンジが悪い奴じゃないってことくらいわかってるよ! けど、僕とギンジの意見が一致したんだ。僕たちは村を守りたかったし、僕はアルコちゃんを守りたかったから! これが、今出来る最善の方法だと思ったんだ!」
銀二にとっては村を守る為、ペギオにとっては、アルコを守る為――。
一度は頭に上った血が引いて、アルコは言葉を失くした。
「だとしても、それで問題が解決するのかよ。だいたい、ギンちゃんは違う世界から来たんだぞ!」
「皆がそんなだから、ギンジは僕に協力してくれって言ったんだろ!?」
酔ったペギオが力いっぱいに叫ぶと、村人たちは固まった。
悔しいが、言い返せなかった。
ペギオは銀二の言葉を思い出し、ぽろぽろ涙を流した。
「あいつ言ってたんだ。こっちの世界に来て、自分に居場所をくれた人たちが酷い目にあうのは黙ってみてられないって――自分ひとりが生き残ったって、酒が不味くなるだけだって……あいつは言ってたろ? 皆が助かる方法を考えようって! 村長やみんなに、村で暮らせって言われたの、凄く嬉しかったって言ってた! なのに、あいつが部外者だって逃がそうとするからこうなったんだ! 皆が耳を貸さないから、あいつは僕に協力してくれって言ったんだ!」
「ギンちゃんに嫉妬して、あいつらに売ったんじゃないのか?」
村の男が言うと、ペギオは地面に拳を打ちつけた。
「売るわけないだろ! 僕にとっても、あいつは、はじめて腹を割って話せる友達だったんだ!」
たった数日でも、村ではちょっぴり嫌われ者だったペギオにそう言わしめた。
会議に参加していた男たちや村長は、それを聞いて目を眇めた。
銀二がペギオに協力を求めた理由には、納得がいくし、自分達にも非がある。
「だからって……お前だってわかるだろ。連中が俺達の村を食いモノにしてる以上、また現れるって」
「ギンジはそれもわかってたよ。その根っこを取り除かないと、僕らの問題は解決しない。ギンジは酔っ払ってたけど、何か考えがあるみたいだった」
村人たちは、銀二は何も考えていないはずだ、と直感で理解した。
酔っ払っていた銀二は、考えるのを途中で止める。
思考が鈍くなった分、感情的に動く。
アルコを逃がそうとした時と同じだ。
「……ギンちゃん」
アルコを嫁にもらってくれと話した時から、こうなることは予想できたコールは、自分の考えの甘さを悔いるように目を伏せた。
どうする、と村人たちは顔を見合わせ、悩んだ。
銀二が既に騎士達に捕らえられているのであれば、今頃は牢獄に閉じ込められているだろう。助け出すにしても、手段がない。そんななか、考えるよりも先に体が動くアルコがぎゅっと拳を握り、汚い顔で泣いているペギオの頬を引っぱたき、腕を引いた。
「ペギオ、行くよ!」
「ちょ、ど、どこに? な、なんで叩いたの?」
「ギンジを助けに行くんだよ!」
「ええ? む、無理だよ」
「男が簡単に無理とか言うな!」
「待てアルコ! お前、何か考えはあるのか?」
「ないけど、このまま放ってなんておけないよ! 皆だってそうでしょ!?」
アルコは言うと、ペギオを連れて準備を整え、ランナに跨って村を飛び出していった。
止めようとする大人達の話も聞きはしない。
誰もが慌てて追いかけようとしたが、「やめろ!」と村長が声を張った。
「ギンちゃんのことは、二人に任せよう。大人数では目立つし、何より、ギンちゃんに考えがあった場合、かえって邪魔をすることになる」
「黙って待ってろってんですか?」
「どう転がるかはわからんが、何かあった時は、連中がここへやってくる。その時は、問答無用で抵抗するぞ。ギンちゃん一人、アルコやペギオだけを、逝かせたりはしない。その時は――」
村は文字通り壊滅する。
最初こそ、せめて女子供は逃がそうとしていたが、部外者である銀二が命を張ったのだ、今更、自分だけが助かろうと思う者は一人もいない。女も子供も戦うと、覚悟を決めた。
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