13 頑張れペギオ

 銀二がアルコの家に戻ると、彼女の父親であるコールとばったり会った。


「よう、おかえり」

「……お邪魔します」

「ただいま、だ」コールは優しい口調で訂正を求めた。

「……ただいま、です」


 銀二がぎこちなく答えると、コールはにこっと笑って、ちょっと来てくれと呼んだ。


「相談したいことがあるんだ。いいか? 酒でも飲みながら」


 すっかり酒の虜のようだ。コールはリビングのテーブルに、水を注いだジョッキをいくつも並べた。

 銀二は向かい側に座り、「何にしますか、お客さん」と尋ねた。


「そうだな、いつもギンちゃんが飲んでるそれがいい」

「……魔王を?」

「ああ、そんな物騒な名前だったな」

「ちょっときついかもしれませんよ?」

「同じ物を飲んでみたい」


 銀二は喉を鳴らし、一つのジョッキに指を突っ込んで、その水を『魔王』に変えた。

 コールはジョッキを取り、「カンパイ」とそれを掲げた。銀二は酒瓶をぶつけ、互いに魔王を飲んだ。

 父親と飲むはずだった酒は、アルコの父親と飲むことになった。コールはビールを飲む時の様に魔王をぐいぐい煽ると、目を瞬き、「あー、こいつは、ビールとは違うな」と嬉しそうに笑んだ。

 銀二はぼんやりしながら、さっきの非礼を詫びた。


「さっきは、すみませんでした。失礼な態度とっちゃって」

「いいってこと。それより、相談なんだけどな?」

「俺にできることならなんでも」

「うん。じゃあ、アルコを一緒に連れて行ってくれないか?」

「村の外にっすか?」

「嫁にもらってくれ」


 銀二は口をつけた魔王を噴出した。「あーもったいない」

 酒が顔にびちゃびちゃとかかったコールは、それを手で拭って、「まあびっくりするよな」と笑った。


「そりゃいきなり嫁にもらえって……なんで? どうして俺? いやその前に、何が? 酔ってません?」

「酔ってるが、正気だ。この調子だと、村は騎士どもに蹂躙される。俺達男衆はそれでいい、最後の最後に、今まで好き勝手やってくれた連中に一矢報いたいからな。だが、子供達は違う。俺だけじゃない、女子供を、連中が来る前に逃がそうと考えてるやつは沢山いる」

「なら別に、嫁にもらうなんて話にしなくても」

「アルコには母親がいない」


 唐突に言われ、銀二は困惑した。


「……亡くなったんですか?」

「まだあの子が小さい頃だ。いい女だったが――俺は、妻と約束した。何があってもアルコを守るってな。だが、俺は死ぬ。今回の争いにあの子を巻き込んで死なせたら、俺は妻に合わせる顔がない。誰かにあの子を守って欲しいんだ。お前は一度、あの子を守ってくれた。アルコを託す理由なんて、それでじゅうぶんなんだ」


 酔いが醒めそうになるのを必死に酒で阻止した銀二は、瓶底でドンとテーブルを叩き、口を拭った。


「彼女の気持ちは? アルコちゃんにだって選ぶ権利ありますよ。それに、彼女を好きな男だっているでしょ」

「それなら心配要らないと思うがね。とにかく、頼みたい」

 

 コールは酒を避け、テーブルに手をつき、頼む、と頭を下げた。

 

 銀二は鼻を啜ると、瞼を閉じ、思案した。

 娘を想う父の気持を考え、やがて面倒くさくなって、考えるのを止めた。


「残念ですが、お断りします」

「おい、さっきなんでもって言っただろ?」

「そりゃ、オヤジさん達が本当に死んじゃった時の話でしょう」

「だから、そうなるだろって」

「俺は部外者で、この村の人たちにとっては束の間の夢のような存在でしょう。そんなのに大切な娘さんを預けるなんて、俺は反対ですね、酔いすぎだ。それより、皆が生き残る方法を考えましょうよ」

「そんな方法、あるわけがない」


 たしかに、いい方法は思いつかない。


「……ならこうしましょう。本当にオヤジさんの言う通りになったら、その時は俺が責任を持って娘さんを守りますよ。たぶんこの世界じゃ、俺が守ってもらうことになるとは思いますけど」

「それならそれでいい。そうだ。そうなったら、ギンちゃんが村の女子供を連れて、どこかで村を興してくれよ。その力を上手く使えば、できるかもしれないだろ?」


 注文が増えたな、と銀二は嘆息しつつ、しかし条件は一緒だな、と顎を引いた。


「わかりましたよ。その代わり、もしそうならなかったら、この話はナシってことで」

「アルコのこと、嫌いか?」

「好きとか嫌いとかの話じゃないんですわ、これ。とにかく、その時が来るまで、このお話は保留で」

「……なんだよ、前の世界に恋人でもいたのか?」

「いやそれが全然」

「なら飛びつけよ、この話」

「お断りします。それより、飲みすぎちゃダメっすよ?」

「ギンちゃんに言われたくはねえな」


 コールは魔王の味も気に入ったようで、ぐびぐびとジョッキを空けた。銀二もいい具合に酔っ払って、昼間だというのに酒を抱いて転寝した。気付けばすっかり日が暮れていて、ペギオと交わした約束を思い出した銀二は、眠ったままのコールをそっとして、二階の部屋にいたアルコを呼んだ。


「アルコちゃん、ちょっといい?」

「何?」


 アルコは部屋で弓の手入れをしていた。


「マックランってどこかわかる?」

「うん。ランナの厩舎きゅうしゃでしょ? それがどしたの?」

「そこに行ってほしいんだわ。大事な話があるからさ」


 実は、アルコはコールと銀二の話をばっちり聞いていた。

 そして、銀二とくっつくのがまんざらでもなかったアルコが期待したのは、銀二からの告白だったのであるが、実際、ランナの厩舎裏に待っていたのは、いじめっ子の印象が強いペギオであった。


 銀二は茂みから、二人の様子をうかがった。


 しっかり酔いを醒ましたペギオは、不服そうなアルコが姿を見せると、「よかった。来てくれたんだね」と笑いかけた。「何の用なの?」とアルコが訊くと、ペギオはポケットからポエムを取り出し、目をキラキラさせながら、告白を始めた。


「アルコちゃん、僕は小さい頃、君の事をいじめたね? あの時は気付かなかったけど、僕はあの頃から、アルコちゃんが気になっていたんだと思う。ごめんね、傷つけるつもりはなかったんだ。許してくれるかな?」


 いいぞ、と銀二は頷いた。

 アルコは考えを巡らせるように上目遣いになると、眉間に皺を寄せたまま小さく頷いた。


「まあ、いいよ。許すよ」

「よかった。それで、僕は君のことが、大きくなるに連れてどんどん好きになっていったんだ。その想いは、今も大きくなってる。君の大きなおっぱいとか、お尻とか、引き締まった腰とか、見てるとたまらなくなって、胸が苦しくなるんだ。毎晩、とっても切ないよ。僕はアルコちゃんと合体したいんだ! だから、僕とお付き合いしてくれないかな?」


 言いたいことは沢山あったが、銀二はアルコの閉ざされた表情を見て、目を覆った。


「昨日も言ったけど、イヤだ!」

「僕のポエム、気に入らなかった? ぎ、ギンジに言われたとおりやったのに? 褒めたのに?」

「帰ってギンジにお酒をもらって、記憶を消したい。じゃ、私忙しいから、バイバイ」


 そう言ってアルコはその場をさっさと去ってしまった。

 銀二が茂みから顔を出すと、ペギオは鼻の穴を広げて、ヒコヒコ言いながらズビズバと涙を流した。


「えっひん――えひんっ。ダメだったよぉ――何だよお前ぇ――嘘吐きぃ」


 あれじゃ無理もない。

 ただセクハラしただけだ。

 デリカシーについても教えるべきだった。

 銀二は何も言わずに、ペギオの肩に腕を回した。


「飲もう。飲んで忘れよう」


 その後、ペギオにしこたま酒を飲ませ、愚痴を聞き、夜が明けるまで語り明かし、銀二の一日は幕を下ろした。酒瓶を抱いて眠っていた銀二を起こしたペギオは、昨日のことを忘れたようなすっきりした顔で、「ギンジ、次は僕が協力する番だ」と言った。

 銀二は寝覚めの一杯で気合を入れると、かねてより、ペギオに相談していた計画を詰めた。

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