12 ストーカー青年ペギオ
青年の名はペギオ、歳は十八歳で、この村で暮らしている青年である。この青年、銀二に並々ならぬ恨みを抱いていた。というのも、「お前のせいで、僕はアルコちゃんにフラれてしまったんだ!」という、失恋の原因が銀二にある、というものだった。
「……ん? 村の危機の話じゃないのか!?」銀二は驚いた。
「村の危機より僕の危機だ! 来い! 僕がどれだけ悲しい思いをしているか、説明してやる!」
出会いがしらに、それも初対面で凄い勢いだ。見れば、彼の手には木製の水筒が握られていた。中身は恐らく昨日の酒だろう。それが証拠に、ペギオは溢れる唾液を頻繁に飲み込んでいるし、頬がほんのり赤く、視線が定まっていない。突っ立っていると、右に左に小さく揺れる。
「酔ってるな? 君ぃ」銀二は指差して、笑みを浮かべた。
「お前に言われたくない! 酔わなきゃやってらんないんだよ!」
心からの叫びに胸を打たれ、銀二は彼の肩に手を置いた。
「……わかるよ」
「畜生、お前のせいなのに、お前のせいなのに、サケがないと、本音も言えない! しかもこんなこと、誰にも言えない! きっと笑いモノにされる!」
そんなペギオに、銀二は心を重ねた。
この若者、いい感じに酒に毒されている。それに、酒がないと本音が言えないなんて、まるで自分を見ているようだ。銀二は魔王をぐびぐび飲むと、「ついて来い、ここじゃ話も出来ない」と言う彼に引っ張られるままついて行き、彼の家にお邪魔した。
「お邪魔していいのかい?」
「いいよ、父さんも母さんも、お前の酒にやられて上で寝てる。なんか酒が入ってから急に仲良くなったんだよ。とにかく僕の部屋に行くぞ、こっちだ」
「お邪魔するよ」
「どうだ、僕の部屋、凄いだろ!」
ペギオの部屋に通されて、銀二は呆気にとられた。彼の部屋には、沢山のアルコがいた。
ベッドの上にも、机の上にも、棚の上にも、木彫りで作られたアルコ、アルコ、アルコである。
それはフィギュアレベルの精巧なつくりで、気持ち悪いとかいう以前に、それを生み出す技巧に驚かされた。彫刻刀一本でこれを作ったとしたら、もはや職人技だ。机の脇には、等身大のアルコがあり、パンツとかどうなってんだ? と気になって触ろうとした。
「これは、アルコちゃん?」
「おい、汚い手で触るな! それと、アルコちゃんとか気安く呼ぶな、呼ぶ時はアルコさん」
「っはい……すみません」
銀二はびっくりして伸ばしかけて手を引っ込め、肩を小さくした。
「人のモノに勝手に触れるなってお母さんに教わらなかったのか?」
「だからごめんって……それにしても、凄いですね? その、コレクション?」
「僕は元々手先が器用じゃなかったんだけど、彼女への思いを募らせているうちにこんなになってしまったんだ。見ろ、指にもこんなにタコが出来た。来る日も来る日も人形のアルコちゃんを作っては、完成するたびに告白の練習をしていたら、この様だ!」
「素敵な部屋だと思うよ。彼女への重い想いが部屋のあちこちから伝わってくる感じ」
「当然だ。僕はアルコちゃんを愛しているからな! なのに、お前のせいでボクがどれだけ辛い思いをしたか、わかっているのか!?」
いけない。飲み過ぎて我を忘れているようだ。鎮めなければ。
こういう時、大切なのは話を聞いてあげることだ。それで大抵のことは解決する。聞き手になるのが面倒だってことも、酒があれば安心、話は頭に入ってこない。嫌な話でも、退屈な話でも、酒を飲んでいれば楽しく聞けるし、無責任に同調できる。そして適当な相槌は絶妙な効果を齎し、全てが終わった頃には、話を聞いて欲しい方も、聞かされている方も全て忘れている。
要は、酒飲み同士の会話に意味などないのである。
だから必要以上に構える必要はない。
銀二はドンと来い、と若者の相談に胸を貸そうと、絨毯の敷かれた床に腰を下ろし、ベッドを指した。
「話は聞くよ、まあ座って」
「僕の部屋だ! 年上かお前は!」
「年上だよ、二十四だし」
「そうか……もっと若いかと思った。待ってろ、今、水を持ってくる」
忙しい青年だな、と銀二は魔王の瓶に残った酒の量を確認して、また一口含み、ゆすいで、飲んだ。
ペギオという青年、なかなかクセが強い。彼に抱いた印象を率直に言うと、劣等感が強くて恋心をこじらせた、ストーカー化寸前の変人だ。しっかり話を聞いて、毒を抜いてやらねば。
銀二は等身大アルコの皮のスカートの中身を覗き込み、ディテールの曖昧さにちょっぴりがっかりした。バン、と扉が開き、さっと目を逸らした。
「お前、今アルコちゃんの覗いてただろ」
「いや俺は――」
「言い訳するな! 僕にはお見通しだからな! それで、どう思った?」
「……ちょっとディティールが曖昧かなと」
「やっぱりか。そこら辺に関しては、僕は知識が乏しくてな」
ペギオは残念そうに肩を落とし、水を注いだ二つのジョッキの一つを銀二に渡した。銀二は礼を言って、「で、何があったの」と訊いた。ペギオは銀二の前に腰をおろし、ジョッキの水を見つめた。
「昨日、僕はサケを飲んで酔っ払って、それで、その勢いで、思い切ってアルコちゃんに告白したんだ」
「おお、それで?」
「面と向って言われたよ。私はあんたのこと好きじゃないって、っくうぅぅぅっふっふっふっふ――」
ペギオは昨日のショックを思い出して、ヒコヒコ息をしながら涙を流し、ハンカチで目を抑えた。
銀二は彼の肩を持ち、背中を擦った。
「そりゃお気の毒に。ほら、もっと飲んで。飲んで、ぜーんぶ吐いちゃいな」
「ありがとう、お前、いい奴だな」
「うんまあ、どうかな?」
それから、ペギオが飲んで吐いてを繰り返し、自分がどれだけアルコが好きかとか、村でめちゃくちゃ浮いているかとか、子供達にもバカにされてるとか、子供の頃はアルコのことをいじめてたとか、色んな話を聞かされた。「そりゃ、いじめてたから嫌われたんじゃないか? ちゃんと謝った?」と訊いてみた。ペギオは思い出すように目を眇めると、「いや、ちゃんと謝ったことはない」と言った。
銀二はそれだ、と指を鳴らした。
「ダメだよ。男ってほら、好きな子の前だとつい見栄張って、肝心なことを忘れるだろ? 自分の気持ちばっかりじゃなくて、もっと相手の気持ちを考えないとさ」
「……なるほど」
「それと、告白する時にお酒はダメだ。そんな告白、無効だ無効」
「でも、お酒がないと俺は」
「俺みたいになりたくなかったら、ちゃんと
「……シラフって何だ?」
「酔ってないってこと。とにかく、そういうことなら俺も応援するよ。年上だから」
「お前、アルコちゃん好きじゃないの?」
「そりゃ可愛いとは思うけど、昨日今日知り合って好きとか嫌いとかないだろ?」
それを聞くと、ペギオは途端に機嫌をよくした。最初は銀二のことを酷く責め抜いて傷つけてやろうと思っていたペギオだったが、いつの間にか懐柔され、銀二を慕う感情を芽生えさせていた。だとしても、まだ許してやる気にはなれていない。なぜなら、自分の恋路もそうだが、銀二が持ってきた酒が原因で村が危機に陥っていることを知っているからだ。
「ギンジはさ、村を出るのか?」
「まあ、俺はこの村の人たちにとって一時の夢らしいからな」
「僕にとっては悪夢だ」
「せっかく転生先で居場所が見つけられたと思ったのに、こんなことになるとは思わなかったよ」
「まだ何も起きちゃいないよ。でも、ギンジは責任を取るべきだと僕は思う。原因を持ち込んだ張本人が逃げ出すなんて、間違ってる」
「さっきの会議の話、聞いてたのか?」
「全部聞いてた。ギンジが、罪を背負おうとしたことも、知ってる」
好きにはなれないが、お前は悪い奴じゃないと、ペギオは複雑そうに言った。
そこまで知ってるなら話が早い。
銀二は酒をあおり、ぺろりと唇を舐めた。
「……なあ、手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど、僕の方も手伝ってくれよ。さっき応援してくれるって言っただろ?」
「もちろん。酔いを醒ましたら、もう一度告白だ」
「どうすれば成功する?」
「成功するかどうかは別として、やっぱロマンチックなシチュエーションと、あー、気の利いたポエム?」
「……わからないな。ギンジの世界では、好きな男はそうやって女の気を引くのか?」
「ペギオの父ちゃんと母ちゃんはどうやってくっついたの? 聞いたことない?」
「幼馴染だったって言ってたからなあ、気付いてたら俺が生まれてたって言ってたし」
「……あー」
村だからかなあ、と銀二は思いつつ、自分の記憶を思い返してみたが、自分も告ったことはなかった。
とはいえ、中途半端なアドバイスに興味津々なペギオの期待を裏切るわけにもいかず、銀二は「高度な告白だ」と答えた。大切なのは、告白する場所と、ポエムだ。恐らくそれは間違っていない。
「俺のいた世界だと、学校の裏とか……夜景とか見ながら、愛を告白する」
「どんなふうに?」
「そりゃ、相手を褒めちぎって、どれだけ好きか伝えるんだよ」
「……なるほど、ただ好きって言うだけじゃなくて、褒めちぎるのか。よし、じゃあ――」
その後、銀二はペギオとラブレターを書き、告白の予行練習をして、アルコをマックランの裏に連れて行くと約束し、一度戻ると伝えて家を出た。こっちが手伝って欲しいことについても、既に了承を得た。
後は、この村を出るまでの期間を大切に過ごすだけだ。
「でも、マックランってどこだ? まあいっか」
大切なことを聞き忘れたが、考えるのが面倒になり、銀二は歩き出した。
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