第二酒席 村の方々に酒を振舞ったら、反乱の狼煙が上がった

7 コルトン村にお邪魔します

 解体した肉を大きな葉に包み、麻紐で縛って担いだ。体力のない銀二はたいして持てなかったが、アルコは力持ちで、一人で自分と同じ体重くらいの肉を運んだ。先ほどより足腰の踏ん張りも利くようで、時折ふらつく以外、酒の影響は受けていなかった。


「ぎっひっひ、これで私も一人前の狩人として認めてもらえるでよ。皆の驚いた顔が早く見たいわ」

「ご機嫌だねえ」

「村に戻ったら、ギンジはどうする? 行くところないなら、とりあえず家にきなよ」

「え? いいの? 人の家にお呼ばれされるなんていつぶりだろ、助かるよ」


 しかも女の子なんて、色々期待しちゃうなと銀二はドキドキした。しかし、浮かれてばかりもいられない。この世界でどうやって生きていくのか、決めなければならないのだから。


「もう着くよ」


 アルコの声に銀二は顔を上げた。

 森の切れ目が見え、その境界線を越えると、そこには素朴で質素な村があった。

 木造やレンガ造りの家、風車、牛に似た獣やダチョウの様に大きな鳥が柵の内側でのんびりと草を食み、子供達が走り回って世話をしていた。「ザ・村って感じだな」と銀二は思わず口にしたが、バカにしたつもりはなかった。むしろ、のどかな空気が自分にぴったりな気がして、気持ちが和らいだ。


「あ、アルコだ! 死んでなかったんだね! 諦めて戻ってきたの?」


 駆け寄ってきた無邪気な女の子が言った。


「誰が死ぬか! それより見れ、ワグマヌを仕留めたぞ!」


 アルコは解体した肉を包んだ葉を自慢げに見せた。少女は懐疑的な目をアルコに向けた。


「ダメだよ、いくら弓が下手でも、毒なんて使ったら、山の神様のバチが当たるんだよ?」

「弓で射たんだよっ! 失礼だな!」


 アルコが大きな声を出すと、少女はくんくんと動かした。


「ねえアルコ、なんか匂うよ?」

「ワグマヌの血の匂いじゃない?」

「ううん、甘い匂いがする」

「あーそれはあれよ、カリモミズクっていう飲み物を飲んだからよ。飲んだことないだろ?」

「カリマンモジク? 飲み物なの?」

「カルーアミルクね」


 銀二が訂正すると、少女の丸い瞳がこっちを見た。


「この人だれ?」

「ああ、山で遭難してた異世界から来た人」

「イセカイってどこ?」

「私も知らない。でね、村長にも挨拶したいんだけど、父ちゃんいる?」

「村長の家にいるよ、今すっごいことが起きてて、村の大人がみんなでカイギしてる」

「会議? 珍しいね、なんかあったの?」

「川から甘い匂いがしてね、飲んだら甘い味がして、その後、何人かが顔真っ赤になって倒れちゃったんだ。へらへら笑ったり、怒りだしたり、ゲロゲロ吐く人もいて、川で遊んでた子供達も倒れちゃったの」

「それ、もしかして」


 アルコに見られ、銀二は頷いた。

 間違いなく、カルーアミルクだ。

 川に流されてとっくに薄まっていると思ったが、微かに影響を及ぼしたようだ。


「大丈夫かな、皆も、俺も」

「大丈夫だって、事情を話せばみんなわかってくれるから。いこ」


 アルコは銀二を村長の家まで案内した。

 しかし、銀二の足は重たかった。自分が不用意に力を使ったせいで、村の人たちに迷惑をかけてしまった。命に関わる問題でなかったとしても、責任の一端が自分にあるとわかっては、挨拶するのもどの面下げて、という感がある。


素面しらふ……じゃ、やってられない、なあ」


 こういう時は酒に頼ってはならない。


 それは人としての礼儀だ。


 酔っ払いの謝罪を誰が受け止めてくれるというのだ。しかし、銀二は酒の力に頼ることを躊躇ためらいはしたものの、あらがうことはできなかった。せめてできるのは、飲みすぎないこと。銀二はアルコについて歩き、すれ違う村人達からの視線を気にしながら酒を煽った。


「ここだよ、村長の家」

「おう」


 村長宅は、普通の木造住宅だった。

 大きすぎず小さすぎず、しかし適度に人が集会を開けるほどには広々としていそうだった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だって、なんで顔に気合入れてるの?」

「緊張しないように酒飲んだんだ。いいよ、アルコちゃん、ばーっと開けてくれい!」


 銀二が江戸っ子のように言うと、アルコは扉を開けた。

 そして、銀二はアルコよりも先に村長宅へ足を踏み入れ、同時に頭を下げ、大きな声で謝罪した。


「このたびは、私め坂倉銀二が皆様に多大なご迷惑をおかけしたことを、ここに深く詫びさせていただきます!」

「な、なんじゃ?」


 テーブルを囲んでいた大人達の上座に居た老人が目を丸くした。

 銀二は上体を起こし、訝しげに見つめてくる屈強そうな村の男達の眼光に、今すぐ帰りたい、という気持ちになった。そんな銀二を他所に、アルコは父との再会を果たして熱い抱擁を交わした。


「アルコ! 無事だったか! このバカ娘、心配かけやがってこのバカ娘がー、バカ娘」

「ただいま父ちゃん! 見て、ワグマヌしとめたんだよ!」

「おー毒殺したんじゃないだろうなぁお前……マジで」父の笑顔が固まった。

「弓でやっつけたんだよ!」

「ま、まぐれでも、生きてりゃいいさ」


 言いながら、強面の父はアルコに頬ずりした。


「で、このサカタマキンタロウってのは誰だ?」

「坂倉、銀二でございます、お父様」


 銀二は目一杯腰を低くし、村を騒がせた事情を説明する為、アルコにも協力してもらった。

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