8 ビールで乾杯ちゃっかり安パイ

 コルトン村の皆様に事情を説明する間、銀二は何度もカルーアミルクで喉の渇きを癒した。

 それを見ていた男達が酒に興味を持ち始めるのに、それほど時間はかからなかった。閉鎖的な村で暮らしているからか、好奇心も旺盛のようだ。要所でアルコが銀二を助けるように事情を補足してくれたのも大きく、銀二を見る村人の目からは、次第に警戒心は薄れていった。


 銀二はワグマヌに襲われた際、自分を囮にしてアルコを逃がそうとした。


 そのことが、この場面で銀二の首を繋ぐ決定打になった。


「そうか、兄ちゃんがアルコを助けてくれたんだな」

「逆ですよ、俺が娘さんに助けてもらったんです」


 銀二が言うと、アルコの父は笑顔を見せた。

 顔に大きな傷がある強面の男性だが、とても優しい笑顔をする人だった。


「じゃあ、あの甘い水にも別に毒はねえってことだな?」

「ええ、体質的なものもあるんで、具合は人によりますが、どれも一時的なもんです。沢山水を飲んでしょんべんすれば、時期に落ち着くと思います」

「どうです、村長」


 問題とするか、不問とするか、判断を仰がれた村長は長い白髭を撫でながら思案した。

 獣の皮を被り、パイプを咥えてぷかりと煙を吐いた村長は、ゆったりと口を開いた。


「そのカルマンミルクというの、ワシも一つもらっていいかね?」

「カルーアミルクは甘いのですが、お口に合うでしょうか」

「構わんて、害がないのは君がさっきからがぶがぶ飲んでいるのを見ればよくわかる。ただし、飲みすぎはよくない、のであったな?」

「なら、水を注いだコップを用意してもらえますか」


 銀二が言うと、男が木で作られたジョッキに水を掬って持ってきた。

 テーブルに置かれたそれに銀二は指を突っ込み、カルーアミルクになるように願った。

 波紋と共に、ジョッキの水が琥珀色に変質した。「おお、本当に変わった」と男達が目を剥いた。


「それが神様からもらったって力か」

「ええ、どうぞ、ご一献いっこん


 村長はジョッキを手に取ると、匂いを確かめ、口をつけた。

 薄皮の奥で喉仏が上下に大きく動き、村長の胃袋へ酒が流れ込んでいく。

 村長はジョッキを空けると、「なるほど、これは美味い。ワシにはちと甘いが」と感想を漏らした。


「村長、その、体のほうは大丈夫ですか?」


 体を気遣うように男が訊くと、「お前たちも飲んでみろ」と勧めた。

 最初は躊躇った男達だったが、「美味しいよ」とアルコが言うと、「じゃあ一杯だけ」とジョッキを持ってきた。銀二はその木製ジョッキを見て、ビールが似合いそうだな、と思った。しかしここでビールを振舞うのはまだ早いかと、まずは一杯目、カルーアミルクで様子を見た。

 男達は一杯飲み干すと、様々な感想を漏らした。

 甘い、美味い、俺には甘すぎる、果実を飲んでるみたいだ。等、決して印象は悪くなかった。


「なあ兄さん、ギンジって言ったか」

「はい」

「あんた、いろんなサケが作れるって言ったよな? その、前にいた世界の」

「はい」

「俺は甘いのが苦手なんだが、他にはどんなのがある」

「……それならとっておきがあります。冷えた水はありますか」

「よし、待ってろ、今、蔵から水瓶を持ってくる」


 試飲会が始まるような雰囲気になり、男が水を溜めた大きな瓶を運んできた。さすがにコレ全てを酒に変えるのはもったいない。ジョッキに掬った水を酒に変えるのが、一番いい。それに、試してみたいことがあった。ビールを作ったら、泡はどうなるのだろうか、という正直どうでもいいことだが、親しんだ世界で見慣れた光景を、ここでも見られるかもしれないと、試してみたくなった。


「よし」


 銀二は腕をまくり、全員分のジョッキに指をちょんちょんと差し込みながら、全ての水を黄金のビールへと変質させた。これがなかなか、神様の気が利いてるのか、自分の力のお陰なのか、変質したビールはビールサーバーから注がれた訳でもないのに、キメの細かい泡を作った。


「こ、こいつは」

「なんだよこの泡、大丈夫なのか? これも酒なのか?」

「冷えたビールは最高です。ぬるくなったのも俺は好きですけど、皆さん気に入ると思います。どうぞ一献いっこん

「じゃ、せっかくだし」

「誰から先に飲む?」

「お前が先に飲めよ」

「いやいや俺が」

「どうぞどうぞ」

「いや待て、皆で飲もう」


 見たこともない飲み物に誰もが躊躇っているようだったので、銀二もジョッキの水をビールへ変え、高く掲げた。


「皆さん、乾杯しましょう!」

「……カンパイ?」

「ジョッキを皆でぶつけて、酒を飲み干す、まあ儀式みたいなもんです。元は、ぶつけた互いの容器に入った飲み物を飛ばしあって、それを飲み干すことで毒が入っていないことや、信頼関係を確かめる際に用いられたものでしてね」

「なるほど、つまりこれはギンジ流の俺達への挨拶って訳だな」

「たしかに、お前が一緒に飲むなら毒が入ってるとは思うまい」

「そもそも疑っちゃいないけどな」

「よし、じゃあカンパイだ!」


 かんぱーい、と男達は声を揃え、互いにジョッキを激しくぶつけ合った。

 中身が殆どこぼれてしまうほどの勢いだが、これが正しいやり方だと信じている彼等は、中身が減ったことなど気にしなかった。その後、皆で同時にジョッキのビールを飲み干した。炭酸をはじめて知った男達は、口を「い」の字に食いしばり、程よい苦味と清涼感のある喉越しに目を見開いて、「こいつは、こいつは」と言葉にし難い何かを感じていた。


「いいな、これ! なあ!」

「ああ、もっと飲みたい!」

「よっしゃ、村の皆にも振舞ってやろうぜ!」


 よかった、と銀二はビールで泡髭を作ってニコニコしている男達を見てほっとした。

 が、これがきっかけで、銀二も予想していなかった展開へと、事態は発展していく。

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