5 美少女のゲロは、美少女から出てもゲロである
「……クマ? じゃないよな」
二本の後ろ足で立つ姿は熊を
「あ、あんなでかいの?」間抜けな感想しか出なかった。
直後、ワグマヌの強烈な咆哮に驚き、鳥達が飛び立ち、銀二の酔いは完全に醒め、ちびった。
やばい、ここマジで異世界なんだ。
「あ、アルコちゃん! 逃げよう!」
勇気を振り絞って訴えかけたが、アルコは逃げるどころか、落とした弓と矢を拾いあげた。
「だえが逃げるってんだ! 毎日毎日、狩が下手だ、弓が下手だ、料理が下手だ洗濯が下手だとバカにしやがってえぇ! みてろお! おぉえ」
「ダメだって! 猫が毛玉吐く時みたいな顔してるよ! 酔っ払った状態で死んだら洒落にならないって! 酔って死んだ俺が言うんだから間違いないって! だいたい、君は弓が下手なんでしょ!」
「下手じゃないわあ! ヘタクソだから練習してんだお!」
「下手って認めてるじゃん! 練習中なら本番で試しちゃダメだって!」
「本番が練習あんだよ! 練習は、本番でなきゃ意味がないんだよ!」
そうこう言っているうちにワグマヌは牙を剥き出しにして突進してきた。
ワグマヌの血塗られたような真っ赤な眼球は、この世のものとは思えなかった。
ああダメだ。と銀二は二度目の死をさっそく予感した。
この世界に来て最初に出会った少女が弓の下手な狩人であったのが運の尽きなのか、それともこんな危険な生物がいる世界の森の中へ転生させた女神が意地悪だったのか、水を酒に変える力なんてものを選んだことが、そもそもの間違いだったのか、なんにしても、食われて死ぬのはイヤだな、と思った。
それ以上に、目の前で女の子が食われるのを見るのは、イヤだった。
「厳しい現実ばっかで……
銀二は瓶の残り少ない酒を最後の一滴まで嘗め尽くすと、ぶはあっと息を吐き、そのままアルコの前に立ち、その場で「よっこらせ」と仰向けに寝そべった。
「さあ食え! 俺を食え! 今なら全身に麻酔が効いてるから痛くない!」
「ちょっと、あんら何やってんの!?」
「アルコちゃん逃げれ! 俺はあんな生き物と戦って生きていけるほど強い生き物じゃないの! どうせね、この先も生きていけませんよ! だったら、ワグワグの餌になるよ! だから、俺が食われてるうちに逃げれ!」
アルコの体を下から見上げるアングルは銀二にとって最後の絶景、眼福であった。
これでいい。
銀二はぼんやりしながらも、二度目の人生最後の選択に悔いはないと、腹を決めた。
アルコはといえば、そんな銀二を見下ろして、覚悟を決めるように片膝を突いた。
「アルコたん!?」
「逃げらい!」
「弓下手なんでしょ! 手が震えてるよ! っていうか逆だよ逆! そんなのじゃ当たらないって絶対!」
「黙ってれ!」
アルコは矢を持ち替えると、弓を限界まで引き、突進してくるワグマヌの額に的を絞った。
視界がぼやけ、ワグマヌの姿が二体にも三体にも見えている。「増えた」とアルコは垂れた涎を啜り、歯を食いしばった。アルコの弓の腕は下手も下手。狩を教えようとしてくれた父からは「驚くほどセンスがない。いずれ人を殺す」と言われ、実際、矢が的に当たった試しはなかった。それでも、酔った状態がアルコに奇跡を起こした。
震える腕、定まらない視線、酔っているおかげで全身から無駄な力が抜け、的を射抜く上での理想的な体勢に入っていた。そして、弓を放つタイミングも、まさにどんぴしゃ。ぼやけて二重にも三重にも見えていたワグマヌが一体に重なった瞬間、その距離、噛み付こうと口を開けて飛び掛って来た瞬間に放たれた矢が、ばしゅん、とその体を一直線に貫いた。
ワグマヌは口から尻までを貫かれ、二人の眼前で糸の切れた人形のようにドウと倒れた。
銀二は体を起こし、自分の股の間で口から血を流して痙攣するワグマヌの姿に絶句した。
辛うじて息をしていたワグマヌは、最後に大きく背中を膨らませると、血の泡を吹きながら、空気の抜けていく風船のように沈んでいき、その瞳から光が失われていくと同時に絶命した。
「や、やった! とったどぉぉぉお! ほら、ギンジ! 見れ!」
「見た! 見た! おしっこちびった!」
二人は興奮状態だった。
「うぅ、うっ」
「あーちょ、ちょっと待って待って! タイム! タイム!」
アルコは、初アルコールによる初酔いによって、胃から逆流してくるものを堪えきれず、銀二の顔の上にホカホカのゲロをぶちまけた。
美少女のゲロは、美少女から出てもゲロである。
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