亡き母のヴェルナー

@11277loxy

1話 ヴェルナー

 「ヴェルナー!ヴェルナー!」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、頬にぴりぴりとする痛みが稲妻の様に駆け巡った。起きると父親が僕を起こしに来たようだった。父親は早歩きで部屋を出て行き、勢いよく扉を閉めた。

僕の名はヴェルナー。僕は長男で、下に妹がいる。そして父親だ。この3人でここ我が家であるのだ。でも、問題がある。それは••••

「いやだ!やめて!あああぁ!」どたどたと物音を立てながら妹の叫び声が聞こえる。そう、問題というのは僕らの父親は僕らに暴力を振るう人だ。僕の部屋の前を通り過ぎる音が聞こえ、僕は恐くて棒立ちになっていた。しばらくして、僕は妹の所へ向かった。妹は鼻血を出しながら放心状態で扉を見つめていた。

「ジュディ!大丈夫?」

「大丈夫、だよ••••」不器用にも、笑みを作る。それはあまりにも痛々しかった。

「安心して!僕はずっと一緒にいるよ!」と言い、ジュディをそっと抱きしめて慰めた。

そうするとジュディは抱き締めてきた。手首で涙を拭き取るとジュディは震え声で言った。

「どうして殴られるの? ジュー、何か悪い事したの?」それを聞いて僕は目を見開いて動揺した。

 平常心を取り戻しつつ、笑顔で、でも震えた声で答えた。

「お父さんは酔うと手を出しちゃうんだよ」

 妹、ジュディは自分の事を”ジュー”と呼ぶ。昔お母さんがジューと呼んでいたのが元だ。

「ほら、下に行ってご飯を食べよう?」とジュディを抱いていた腕を離し、立ち上がったがジュディは「待って!お母さんにおはようしてない。」と言い自分の部屋に走っていった。僕は先に下に行きご飯の用意をしていた。

「さて、できたっと」ご飯を乗っけた皿がテーブルの上に綺麗に並べられる様子を見てすっきりしていると、妹のジュディがこちらに駆け寄ってきて、僕に”それ”を見せてきた。

「お母さん!元気になってきたみたいだよ! お母さん!もう少しで治るみたいだよ!」その光景を目にして僕は握り拳を痛い胸に押し当ててた。

「お兄ちゃん? 胸が痛いの? お父さんにやられたの? それとも••••」その次の言葉が紡がれる前に僕は口を開いた。

「大丈夫だよ!おかあさん元気そうだったね!さぁご飯の時間だ!食べよう!」僕はジュディの肩を押し椅子まで誘導すると、僕は僕の席に着いてパン一枚を荒らしながら食べる。

妹が言うお母さんとは妹が創り上げた人形だ。その妹の原動と人形(お母さん)の醜い姿に、吐き気をもしてくるそして、表現のしようのないものが喉の底から熱したスープの様にぶくぶくしたものが••••。

とてつもなく気持ちが悪い。




 僕達は大きな公園の大きな木の下で寝っ転がっていた。草の上で寝るというのはどれほど気持ちのいいものか、大人達は知らない。もしくは、忘れたのだろう。そう、考えていると隣から。

「やっぱこれが1番だよな?」と言ってきた。

「うん。そうだよね」因みに話しかけてきた人は僕の友達のニクラスだ。ニクラスは僕とは違って元気で礼儀知らずな奴だ。ニクラスは僕のたった1人の友達できっとニクラスにはいっぱい友達がいると思うであろうが、彼も僕しか居ないのだ••••と思う。

 彼には少しおかしな部分がある、がそれだから僕は彼を好きになれた。おかしな部分と言うのは••••。「なぁヴェルナー••••あれを皆、雲と呼ぶな?」といいながら空に浮かぶ雲を指さす。

「俺はあれを雲だとは思わないんだ。いや、正確には皆が言う雲は違う。皆が見ているのは雲ではなくただの水バッタの大群だよ」と真面目な顔で僕らはそれを見ていた。

 そう、こういう所が僕は大好きなんだ。僕らは親友なんだ。

「水バッタ?」と聞き返すとこくりと頷くニクラス

「お前は顔がよくてお人好しな部分がある。だからこそ泥女には気をつけろよ?」急な女の人の話に僕は驚いてすぐさま横にいるニクラスに顔を向ける。

「なにを言い出すんだ!て顔してるなヴェルナー。そんな水バッタ共のけつ追っかける人間になるんじゃねぇぞって話だヴェルナー」と笑顔で言った。そして僕は少し赤くなった顔を見せないよう、ニクラスとは逆方面を向いた。そしてニクラスはよっと!と言いながら起き上がり、背伸びをし「菓子でも買いに行こうぜ!」と言いながら、手を差し出した。僕はその手を取り立って、ニクラスと共に歩くのだった。

 坂道を下りながら僕らは談笑していた。僕は店に殆ど行った事がないから、ニクラスの右斜め後ろの位置で歩いていた。そしてニクラスが

「なぁ、あの女見ろよ!筋肉質というか身体がいいというかつまりだな。俺のタイプだぞ!」といい指差した方向へと目をやると、僕らよりも全然歳上の二十代前半といった所であろう女の人が反対側の歩行道路を一定のリズムで歩いている。その女の人はいかにも運動してる体格だった。そして思った。ニクラス••••sexyな人がタイプなんだ••••。と。

「お前はどんな女が好きなんだ?もしかして、俺と同じでse」

「僕は普通の人でいいんだ!身体がいいとか、金持ちとか、そういうのじゃなくて、僕は!一緒に居て楽しくて、幸せで••••」

「あぁ分かったもういいよ••••。お前もかわいいところあるんだな!」

 恥ずかしくて目を逸らして無言で歩く。ニクラスに僕は何も言えなかった。

 そして駄菓子屋になんとか着いた。

「お前は何を食う?俺は勿論これだ!」といいながらニクラスの手にはパンが握られていた。僕はそれを見て何にしようかずっと悩んでいた。するとニクラスが僕の耳元で言った。

「なぁ、これ盗んじまおうぜ?」

 僕が手に取ったお菓子を見ながらニクラスの言葉を聞いていた。

「貧乏で可哀想なお前は盗んでも仕方ないねで終わるんだよ! だからそんな問題ないんだよ!」

 ••••••••

 そこから一言も喋らず店を出た。

 そして袋に手を掛けて••••



 ぱぁん!

 甲高い音が鳴り響いた。誕生日の祝いクラッカー? そんなはずがない。クラッカーの方が良かったよ。本で僕の頬を思いきり殴ったのだ。来るとは思っていなかったので倒れそうによろめく僕に父さんは言う。

「勝手に外を出歩くなと言っただろ! この解らず者! この、このクズめが!」と言い、その本で僕を何度も、何度も殴る。

「いいか! お前には他に居場所は無い。俺がお前の居場所を提供してやってるんだ! ありがたいと少しは思うんだな!」

 殴られてる最中僕は思った。何で僕はこんな地獄行きチケット野郎の所にいるのだろう。と、考えてみれば家出するだの殺すだの方法はいくつかあるはずだった。なのに僕はなぜしない? 僕がそうしたくなかったからなのか? もし、僕と妹の様な状態になっている人が居たら聞きたい。君はどうしているの? 君はどうしたらいいと思う? と、この忌々しいBという文字を喰いきって消してやりたい。抵抗なんてできないんだ。僕にはそんな力はないし、抵抗した方が酷い目に遭うんだ。今朝の妹の様に何をされるか••••。うん? 今朝か? 僕は少しだけにやけた。それを父親は見逃さなかった様だ。渾身の一撃をおみまいされた。そして倒れた。意識が遠のいていくのをじわじわと実感しながら、呑気な事にも、こう考えていた。

 今朝の出来事はもう何日か前の事の様に考えていたのに本当は今日の事で、まだ全然時間は過ぎていない。あ、でも、今日は久々にニクラスと遊んだから今日はましかな? と考えていたらもう、意識は、なくなって•••••••




 「ゃん••••お兄ちゃんってば!」妹に呼ばれて目が覚める。即座に妹の方に体を向ける。

「あれ? 僕寝てたっけかな?」と言って大きく口を開く。すると妹が頬に流れた汗を拭きながら言う。「お菓子を食べよう!」と苦しい息をしながら言う妹に僕は頷いた。

 一階リビングにて。机から数少ないお菓子を手に取る。ニクラスが言うケーキみたいなうまい物があるそうだが名前が分からないとの事。チョコチップが入ってて、半分になった苺もあるだとか。よし! ジュディに聞いてみよう。

「なあジュディ、チョコチップに半分の苺が乗ってるミニケーキ知らないか?」

「わかんない••••」即答されてしまった。

 まあいいかとか思いながら2人でお菓子を食べると、気づいてしまった。ジュディの体には新しく、傷ができていた。

「なあジュディ、僕が出かけている間に何か起きなかったか?」と問いかけるとジュディは可愛らしくもきょとんとした表情で

「何もないよ? お兄ちゃん」とお菓子を咥えながら返事する。今の可愛い顔を消したくはないが、ここは聞かなくてはならない。

「お兄ちゃんに教えてくれ。ジュディ」僕の威圧に応じてか、ジュディは教えてくれた。

「••••お兄ちゃんだよ」

「え? 僕?」と聞き返すとまたもや

「お兄ちゃんだよ」とジュディは虚ろな目で僕の目を見る。その目から僕は離れられない。その目から僕は逃れられない。

 ジュディの目••••。笑っている様にも少し見えた。僕の目尻には涙が溜まっていた。ジュディの目を見る僕の体は震える。ただ震える。僕は、ジュディ••••ジュディ••••とその名を呼び続けるが、返事はない。声に出ているのかさえ自分でも分からない。ただ、そこにいるジュディだけ認識できる。

 僕はただ、届くか分からない言葉をジュディに向かって告げる。

「ジュディ••••僕は君に? なにをした?」

 僕は今もまだジュディを見つめている。僕の体が震える。僕の目は震える。僕の歯はカチカチ音を鳴らせている。何分立っているのか分からない。長くも短くも感じる。そして僕は今もなお、ジュディを見る。


 僕はジュディしか見れないから••••

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