今日は果たして、無事に……?

「まさか、一人で静かに入る風呂がこんなにも心地良いなんてなぁ」


 しみじみと俺はお湯に浸かりながら呟く。

 やっぱり風呂はこうやってのんびり一人で過ごすのが良いんだ……一日の疲れを癒すように、こうやってだなぁ……。


「……はぁ」


 あ……マジで意識しないため息が零れた。

このため息は決して疲れたというものでも、ましてや一人が恋しかったわけでもない……あの咲夜とのやり取りも俺としては嬉しかったので、こんな風に平和なのがちょっと物足りなかっただけだ。


「……ヤバイ……この考えに至ることがヤバイ」


 騒がしいのが嫌なわけじゃない……でも相手が咲夜だからこそ、そこに菜月も加わったからこそいつにも増してこの騒がしさが心地良かった。

 これは……どうなんだろうか。

 二人のことが気になっているからこう思うのか、それともまた別の何かがあってこうなるのか……う~ん。


「……上がるか」


 今度は小さなため息を一つ吐き、俺は風呂を出た。

 しっかりと頭を乾かしてからリビングに戻り、二人におかえりと言われて誰かが傍に居ることの嬉しさを実感する。

 入れ替わるように菜月が風呂へと向かい、落ち着かない自分を誤魔化すように咲夜の手伝いをすることにした。


「別に良いのに」

「手伝いくらいしないと自分自身がダメになりそうだからなぁ」

「それってお前の両親が帰ってきてあたしが居なくなった時のこととか考えてのこと?」

「そりゃあ……え? あぁ……うん」


 そうか……そりゃそうだもんなって俺は頷く。

 別に菜月と咲夜が居なくても、両親が傍に居る日常が俺にとって今までの光景だった。

 両親が居ないから咲夜が居て、菜月もここに居る……二人が居なくなっても今まで通りの日々に戻るだけなのに、それを考えると異様に寂しく考えてしまうのが俺自身どうしたんだと自分に問いかけたくなる。


「それもまだ二ヶ月くらい先だけど……いずれ、そういう時は来るんだろうなぁ。けどあたしからすればあまりにも十分すぎるかな? それだけあれば嫌でもお前にあたしを意識させられる」

「……異性のって意味ならもうしてるけどな普通に」

「もっとしてほしいのさ。菜月よりも強く……傍に居てほしいのがあたしだって思ってもらうために」

「お、おい……?」


 咲夜は手に付いた水をタオルで拭き、包丁で豆腐を切っていた俺の背後に彼女は立った。

 そのまま彼女は俺に抱き着き、お腹にも腕を回してその豊満な肉体をこでもかと押し付けてくる……俺は万が一がないように包丁をまな板の上に置き、背後からの感触に意識を集中させる。


(いや……いやいや! 誰だってこんな風になるっての!)


 もう認めるしかない……たとえ困惑しても、こんな風にされることは男として喜んでしまうわけで……これは本当に仕方のないことなんだ。


「……っ!?」


 しかし、咲夜はこれで止まらなかった。

 足を絡ませるようにしながら、腰辺りに固定している手とは反対の手は俺の胸元を這い回り、耳元に顔を寄せて温かい息を吹きかけてくる。

 生暖かな空気が耳たぶに当たり、何とも言えないくすぐったさについ身を捩った。


「なあ理人、あたしはお前が好きだ。好きって気持ちは甘酸っぱいものだし、もっと順序を踏んで大人しい恋愛が一番だろうさ。けど、こういうのが一番分かりやすく相手に自分を意識させられる」

「それはそうだろこんなことされたら……!」

「あたしも菜月も形振り構っていないわけじゃないんだよ。お前を前にすると気持ちが溢れて止まらなくなる……だからこうしてるんだ。近道したいとか、速攻でケリを付けたいとかじゃない……お前だからあたしたちは自分の女を精一杯理人にアピールしてんだよ」


 言葉はあまりにも刺激的で、彼女の強い意志を感じさせる。

 だというのにこちらの体に触れてくる手などはあまりにも優しくて……同時にその優しい触り方がある時いやらしさを前面に押し出したりもして俺の情緒をおかしくさせる。

 こんな風にアピールしてくるのなら、彼女が言ったように順序を無視して俺も相応にやり返したらいいんじゃないかって思ってしまうのは最低なんだろうか……最低なんだろうな。


「……咲夜」

「なに?」

「俺は……俺は自分に正直な人間だと思う」


 そう前置きをした後、風呂でのことを話した。

 何だかんだ色々と気を付けてはいるものの、俺も男だから女として立派な物をたくさん持っている菜月や咲夜……二人に迫られることに嬉しさを感じていること、そしていっそのこと……なんて想像さえもしてしまったことを。


「へぇ、それは良い傾向じゃん。むしろ今の時点で普通じゃないことばかりだし、あたしの感覚としてはまず深く繋がるのもアリではあるぜ?」

「……ほんと、ハッキリと言うな咲夜は」

「ふふん♪ 人には色んな受け止め方があると思うけど、あたしと菜月は自分のことをたくさんアピールしてる。ならどんな形であれ、理人に意識してもらえるなら嬉しいんだよ。エロくてスケベで結構、あたしたちも同じくらいスケベだよ。むしろドスケベ……か? それはそれでそそるくない?」


 答えにくい!

 でも……確かにそそるなのか? そそるから俺はこんなにも意識してるってことだもんな。

 この時、俺は間違いなく気を抜いていた……だからこそ、ペロッと耳たぶを舐められ、そして甘噛みされることさえ許してしまった。


「ふにゃっ!?」

「猫みたいで可愛いなぁ理人は……本当に変わったよな。以前までの何の魅力もない理人はどこに行ったんだか」

「さ、さあね……」

「こう言うと複雑かもしれないけど、今の理人があたしは良い……頼むから少し前の理人に戻らないでくれよ? そうなったらあたし、傍に居てほしい人が誰も居なくなるから」

「そう簡単に居なくなれねえだろ……ありがとな咲夜」

「ううん、良いってことよ」


 菜月に続き、咲夜にも今の俺が良いと言ってもらえた。

 この世界で感じた嬉しいことなんて多くある……けどやっぱり、前の自分とは違う今の自分が受け入れられていること、今の俺を好いてくれる人が居るという事実がとにかく嬉しかった。


「はぁ……エッチしたいよ理人」

「ストレートすぎぃ!」

「ほら、あたしってこういう奴だし」

「……ぐぐっ」

「ふぅ! 良いお湯だった……ってあああああああっ!!」


 あ、菜月が帰ってきた……。

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