今の理人だから
「君には渡さない……菜月は僕のモノだ! 僕はずっと彼女と一緒だったのに……どうして僕じゃなくて君が傍に居るんだよ! 彼女は僕と一緒に居るべきなのに!」
それは悲痛であると同時に、どこか身勝手さを感じさせる声だった。
その声がどこから放たれているのか、誰が口にしているのかは分からないものの、決して良いものかと言われたらそうだと言えない何かがある。
「邪魔だ……君は邪魔だ……君は邪魔なんだ!」
まるで、存在し得ない残留思念のようだと言えば良いだろうか。
その声が見つめる先は一人の女の子が笑顔を向ける男との光景……その光景を見る度に、その声は激しく歯と歯をギシギシと擦り合わせるような音が聞こえ苛立ちが最高潮であることを知らせてくれる。
「君と僕に何の違いもないのに……なんで、なんで彼女は僕に見せてくれない表情を見せるんだよ! なんで僕じゃないって気付いてくれないんだよ君はぁ!!」
その声は悲痛……否、恨みによって形作られているかのよう。
声は許せないのだ――本来であれば自分が与えられていたものが与えられないことに……彼女が彼を好きになった理由は彼の行動故だが、傍に居た自分にその権利があると信じて疑わない。
その声の持ち主は自分がずっと傍に居たからこそ、その女の子と結ばれることを疑っていないのだ。
さて、この声は誰なのか……果たして。
▼▽
「っ……うへぇ」
何だろう……とてつもなく酷いというか、背筋が寒くなるというか、とにかく気持ちの悪い夢を見た気がする。
「理人……大丈夫?」
「……菜月か」
目を開けた先……俺を膝枕してくれていた菜月と目が合う。
この状態で目が合うということは菜月の大きな胸も眼前にあるということで、このまま顔を上げたり彼女が上体を下げたらむにゅりとした感覚が俺を襲うはず!
(……って、何を期待してんだよ)
こういう状況だからなのか、それとも菜月のような美少女に膝枕をしてもらっているからこんな想像をするのか……まあ俺がスケベなだけだ。
「……ドスケベめ」
「え?」
「何でもないっす」
俺はすぐに体を起こしたりはせず、冷静になって思い出していく。
学校が終わってまず菜月の家へ向かい、彼女が荷物を用意するのを待って……その時に菜月のお母さんに娘をお願いだなんて言われて……それで帰ってきたんだ。
そしたら急にとてつもないほど眠たくなって……それで菜月が流れで膝枕をしてくれて……それでこんな夢見の悪い目覚めになったわけだ。
「へへ……ふへへ……おいおい……そこに指を入れたら……むにゃ」
視線を横にズラすと、咲夜が向かい側のソファで横になっている。
シャツが着崩れ、へそが丸出しの状態という豪快な寝方だがで流石はギャルって感じがする……違うかもしれんけど。
「咲夜ちゃんは一体どんな夢を見てるんだろうねぇ……どうせエッチな夢だろうけど」
「言うなって」
「あははっ、ごめんごめん」
まあ、俺もあの寝言はエッチだと思ったけどね。
そんなことを言いつつ気になることが一つ……さっきから妙に優しく菜月にずっと頭を撫でられている。
「あの子はあんな風に幸せそうな夢だけど、理人はそうじゃなかったみたいだね。魘されてるとまでは行かなくても……なんだかこう、少し苦しそうだったから」
「……………」
「どんな夢を見たの? 話せるなら話して?」
「……あ~」
どんな夢か……正直全く覚えていない。
ただ気持ち悪かったということ、そして出来ることなら二度とあんな感じを受けたくはないということだ。
「よく分からん……ただ、おそらく見たくはないものだろうなぁ」
「ふ~ん?」
それは気になるねと言った菜月だったが、何を思ったのかそのまま上体を俺の方へゆっくりと落とす。
徐々に迫りくる二つの膨らみは俺の顔に触れ、更に優しく押し潰すようにまだまだ体重を掛けてくる……俺の顔は彼女の柔らかさの中に溶け込むようにして沈んでいく。
「お、おい……」
「ほらほら、こうすると元気にならない?」
「……菜月、どこでそういうことを覚えたんだ?」
「私がこうすると理人が喜ぶかなって。ほら、私の大きくなってきたおっぱいをよく見てたから」
「……………」
「えへへ、理人だから良いんだよ? 他の人なんて想像出来ない……今の理人にしかしてあげないし触れてほしくない」
「そんなにか……」
嬉しい……って思うのは当然のことだ。
以前に俺に戻ったことで菜月のことは確かに魅力的だと思うけれど、恋愛感情のようなものは消え失せたと言った――このドキドキが恋愛感情かどうかはともかく、決して漫画の中では描かれなかった積極的すぎる菜月に……この変化した菜月だからこそドキドキするのかな。
「ぅん……胸の中でモゴモゴされるの気持ち良いかも」
「色っぽい声を出すな……っ!」
「あんっ! えへへ、振動がとても心地良いね!」
……この子、色んな意味で危険かもしれん。
今の一瞬で今まで咲夜にされたことを上塗り……とまでは行かなくてもその領域に菜月がやってきた気さえしてしまう。
それからしばらく、菜月の胸の感触を強制的に感じさせられ……離れた後は俺の腕を彼女はずっと抱きしめていた。
「咲夜ちゃんが起きるまでは私が独り占め出来るもんねぇ」
「……正直、こんな悩みを持つのは贅沢だと思うんだけどさ」
「うんうん。話してみて?」
俺は今感じていたこと……つい最近感じていたことを口にした。
「どうしてそんなにも……二人は俺を――」
その言いかけた言葉、それを止めたのは菜月だ。
「好きだから……ね。こればっかりは仕方ないんじゃない? 私も咲夜ちゃんも同じ人を好きになって、絶対に負けたくないってなったんだもん。私も咲夜ちゃんも今のあなたに惹かれたから」
「今の俺か」
「そう……今の理人」
何度も言われているけれど、今の俺と前の俺……それが変わっただけでどうしてこうも変わっただろうなって、毎度毎度考える……そして今の俺だって言われる度に、俺は自分がこの世界で理人になったことに対しての意味があったと思えるんだ。
「今はゆっくり気楽で良いと思うな」
「そう言ってくれるんだ」
「そうそう。本能に従って私に手を出してくれても良いんだよぉ?」
「……………」
「あははっ! 考えてる考えてる!」
ええい! 本当にキャラというか変わったなこいつは!
考えてみれば俺の変化に合わせて菜月もそうだし、咲夜も変わったんだよな……もしも俺が思い出さなかったら菜月はどうなっていたのか、そして咲夜はずっと一人だったのか……ふっ、なんだ意味あったじゃん。
「さ~てと、今日の夜はどんな風に過ごそうかな。咲夜ちゃんも居ることだし、せっかくだから三人だからこそ出来ることで攻めるのもありけり」
「だから怖いって……」
「……まあ冗談だよ?」
「本当かよ」
スッと視線を逸らした菜月だったが、ニコッと微笑みこう口を開いた。
「私は理人に会えて良かったって思えるよ? 今の私は間違いなく、前と違う今の理人に会えて良かったってね」
「あ……」
「この真っ直ぐな気持ちに従うように、私は理人の傍に居たい……だからよろしくね? 私は絶対に離れないからね」
「……………」
最後の最後にちょっと凄みを出して言わないでもらえると……。
とはいえ、菜月が泊まるこれからの数日間……俺が思った以上に大変かもしれないなやっぱり。
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