いよいよ……?

 かつて、ここまで騒がしい……わけでもなく、色んな意味でひんやりとした朝があっただろうか。


「……………」

「……………」

「……………」


 次の日が土曜日ということで、学生や社会人が頑張る金曜日……いつもなら俺もその例に漏れず、明日という休みを手に入れるためにニッコニコで過ごしていたはずなんだ。

 それなのに、俺は菜月にジッと見つめられている……光を失ったかのような瞳で見つめられ、こんな菜月も悪くないなと心の片隅で思いながらもやっぱり怖い。


「随分とお楽しみだったみたいだね?」

「あ、あはは……」

「……………」


 軽く説明すると、朝に何故か咲夜が俺のベッドに入り込んでいて……それを菜月に目撃されてこうなっている。

 菜月の声音は別に怒ってはいないし、そもそも俺と咲夜の間に何かあったわけでもない……なのでビビる必要なんてこれっぽっちもないのだが、この独特の緊張感は一体何なんだろう。


「……なんてね。何かをした様子もなかったし、あれって神崎さんもたぶんワザとじゃないんでしょ?」

「え?」


 あれで咲夜が居たのはワザとじゃない……?

 ならどうして咲夜は俺の隣で寝てたんだ……? 目を開けた時に菜月が無表情だったのはともかく、朝から女の子に抱き着かれての目覚ましというのはある意味で最高の目覚めだったけど。


「その……あたしもどうして朝になってああなってたのか分からないんだよな。夜にちょっとトイレに行ったのは覚えてて……そこで記憶は途切れてるってのが本音」

「つまり本能が理人を求めたってことじゃん!」

「本能って……えへへっ、そうかもね」

「……いつの間にか名前呼びにもなってるし、これは完全に出遅れた気分だよぉ」


 がくりと肩を落とした菜月から視線を逸らし、俺はずっと我慢していたトイレへと向かった。


「……ふぅ」


 しっかし、こんな騒がしい朝の目覚めを経験するとは……確かに朝のアレは恥ずかしかったし、それは昨日の夜も同じだった。

 けど……考え方を変えれば、もし咲夜と知り合いにならなかったら俺は一人で寂しさを感じていたんだろうか……もしそうならこの騒がしさに感謝したくなるよ。


「……戻るか」


 しっかりと手を洗ってリビングに戻ると、さっきまでの雰囲気は完全になくなり二人は仲良く話していた。

 まあこうなるだろうなと思っていただけに心配はなかったけれど、本当に仲良くなったんだなと彼女たちを見ると何度もそう思う。


「あ、おかえり理人。理人が居ない間に咲夜ちゃんと仲良くなった!」

「まあ、最近は悪くなかったけどな菜月とは」

「……お前らもいきなり名前呼びしてんじゃん」


 数分前はちゃんと名字呼びだったのにねぇ……流石女の子同士ってやつなのかもしれない。

 さて、こうして菜月が加わったことで朝食の準備が始まった。

 菜月と咲夜が二人並んで料理をする姿というのはやっぱり新鮮で、それが俺の家ということもあってついついジッと見つめてしまう。


「ふふん♪」

「ジッと見られるのも悪くないな」


 咲夜も既に着替えており、二人とも短いスカートを存分に揺らす。

 美味しそうに湯気を放つ白米や、お味噌汁などの香りがつい鼻をすんすんとしてしまうが……やっぱり二人とも、眩しいほどにムチッとした太ももを俺に見せようとしている気がする。

 咲夜が胸元のボタンを少し外しているのだが、それを真似するように菜月もいつもはしないことをしていて……ぶっちゃけ俺は今、特別長い夢を見ているような気分にさせられる。


(だってそうだろ……? 俺なんかがこうして女の子にモテるだなんて思えないし、そもそも彼女たちはあまりにも美人で……こんな露骨にアピールされてるんだぞ?)


 夢……であったならどれだけ楽なんだろうと思う。

 もしも……もしも許されるのであれば、いっそのこと二人と一緒になんて馬鹿なことも考えた。

 でもそれはあくまでこの世界を空想の存在として眺めた場合だ……この世界は間違いなく現実なので、二人同時なんてものは許されない――そもそも俺にそんな甲斐性も、ましてや守れる力なんてたかが知れている。


「ご飯出来たよ~」

「お待たせ理人」

「お、おう」


 考え事をしていたら朝食がテーブルに並んでいた。

 菜月に関しては突然の訪問ではあったものの、もはや俺たちの間に彼女が居るのも当たり前というか当然だという感覚すらあって、俺も咲夜も彼女が傍に居ることをもうとやかく言ってないほどだ。


(……菜月にも咲夜にも、何かお礼をしないとな)


 咲夜に関しては料理のお礼として考えていたけれど、菜月も随分と気に掛けてくれたみたいなので何かお礼をしないと俺が落ち着かない。

 今日、学校が終わったら何かケーキでも買いに行こうかな……安直だけど甘い物とか二人とも好きそうだしね。


「あ、そうだ!」

「どうした?」


 ふと、菜月が大きな声を上げた。

 目を丸くするように彼女を見つめる俺と咲夜だけど、長年の付き合いがあるからこそ俺は知っている。

 こうして彼女が咄嗟に何かを思い付いたということは、何か良からぬことを考えた時だってなぁ!


「私、今日から泊っても良い? ちょうど土日だし、私だって夜もずっと理人とイチャイチャしたいもん!」

「……マジで言ってんの?」

「言ってる! 咲夜はどうかな?」

「え? あ、あたしは……理人に従うしかないからな。あたしは理人の言うことを聞くだけの女だし」

「言い方止めろ」


 ……まあ、そういう提案をしたということは菜月の中で既に決定がなされているということだ。

 この決定に異を唱えたところで機嫌が悪くなるのは目に見えているし、俺としても色々と話したいことがあったので頷いた――なんとなく、ずっと俺たち三人が揃うからこそ何かがある気がしたから。

 俺たちにとって、必要なことだと思ったからだ。

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