初日がようやく終わり
「……おぉ、すっげぇ」
「ははっ、大袈裟だろ」
今、俺は猛烈に感動していた。
まあ感動は流石に咲夜が言ったように大袈裟かもしれないけど、このテーブルに並ぶ美味しそうな料理を前にしては、こんな感想が出るのも仕方がないというものだ。
「むしろ張り切りすぎた感があるけどな。お前……理人が食材は何を使っても良いって言ったから」
「いやいや、初日だしこれくらい豪勢なのはむしろありじゃね? というか俺があんま料理出来ないからこそ、あまり手伝ってやれなかったのが申し訳なかったくらいだぞ」
今日の夕飯が豪華なのは言わずもがな……だが、こうして料理が完成するまでに色々とあったんだ。
「今回、あたしは家に置いてもらう立場だぜ? だからこれくらいのことはさせてくれよ」
「……でも料理って大変だろ?」
「大変……なのか? あたしは楽しかったよ」
楽しかった、そう言って咲夜は続ける。
「あたしも女だから……その、誰か良い人に会った時のことを考えて料理は勉強してたんだよ。結局そういう機会に恵まれなかったけれど、ここに来てそれが発揮できる機会が訪れたんだ」
「……うん」
「こうして料理を理人の前に並べた時、お前が嬉しそうにしてくれたのを見たあたしはもうこれ以上ないほどに嬉しかったんだから」
……そこまで言われてしまったらこれ以上何かを言うのは無粋だろう。
これ以上喋り続けたら料理が冷めてしまうということで、俺と咲夜は椅子に座って手を合わせる。
「いただきます」
そうして神崎が作ってくれた夕飯を、俺はたらふく食うのだった。
料理は出来ずとも食器の用意や片付けは出来るので、そこは率先して俺がやらせてもらう……のだが、当たり前のように咲夜が隣に並んで一緒に食器を洗っている。
「なんか……新婚夫婦みたいじゃないかってあたしは思うんだけど、理人はどう思う?」
「どう思うって……かなり返答に困りますとだけ」
「そりゃ確かに……でも悪くないって思っただろ?」
「……………」
言葉を詰まらせる俺を見た咲夜はニコニコと微笑む。
……凄まじいほどの距離の詰め方というか、風呂の時もそうだったけど勢いがあまりにも特急列車すぎる。
この子……俺がもしもチャラ男だったり、性に対して積極的な性格だったらどうするんだよ襲ってんぞ絶対に。
「風呂の時も言ったけど、あたしはいつだってウェルカムだ。我慢出来なくなったら一緒に獣になろ?」
「……ぐおおおおおおおおっ!!」
もうなんなん!? なんなのこの子!
挑戦的な顔を見せたかと思えば、言ったことを恥じるように恥ずかしそうに下を向いて……菜月じゃないけど、この子のヒロイン力は化け物ということか!?
(リアルにいつまで耐えられるのかなっていう怖さはある……けどそれ以上に、この家にいる間は咲夜が楽しく居てくれればな)
そう思ったら、いやらしい気持ちも少しばかり吹き飛ぶ。
「にしても今日の唐揚げめっちゃ美味しかった。毎日食べたらカロリーがヤバいことになりそうだけど、それだけ食べたくなる美味さだった」
「普通の唐揚げだとは思うけどね。あたしとしては、他に凝った料理もあったしそっちを褒めてほしかったけど?」
「そっちも美味かったさ。でも男の子としては唐揚げだろやっぱり」
「なるほどねぇ。そういうもんか」
そういうもんです。
そんな風に楽しく会話をしながらの家事がここまで楽しいとは思わなかったので、俺はいつにも増して会話が止まらない。
まあ少しだけ古い記憶にある菜月とのやり取りもこんなだけど……どうやら俺はこういう空間だとこうなる人間らしい。
(好きなことを喋りだしたら止まらなくなるオタクみたいだけどな)
内心でそう思った俺は苦笑したが、咲夜がどうしたのかと首を傾げる。
何でもないと伝え、残りの食器を全て洗った後……一旦俺は咲夜を自室へと招いた。
「夜にあたしを部屋に招くって……そういうこと?」
「違うっての! 流石に初日ってのもあるし、俺としては今日の感想とか聞いてみたいと思っただけ!」
「……ふ~ん?」
「おい、マジでその揶揄うような顔は止せ」
「ごめんごめん……いやぁあたしとしても楽しくて仕方なくてさ。この時間になると、家に居ても自室で静かにしてるのが普通だから」
咲夜は言葉を止め、部屋を見渡し始めた。
こんな風に彼女が見ても大丈夫なように、変なモノ……は元からないけど掃除はしっかりしておいたんだ。
「男の部屋って言うより……男の子の部屋だなぁ」
「これが普通……だと思うけどね」
「だろうなぁ……ここが理人の部屋かぁ――良い匂いがする」
良い匂いって……咲夜は変わらず辺りを見ていたが、俺のベッドを目に留めて動きを止めた。
彼女が何を考えているのかは分からないけれど、瞬時に顔が赤くなったのを俺は見逃さなかった……いや、正直なことを言えば見逃せていた方が良かった……だって俺もちょっと恥ずかしくなったから。
「けど……不思議だな」
「不思議?」
「……今の理人から想像するにはあまりにも大人しい印象の部屋だって」
「……ま、そういうもんだろ」
なるほど……そういう風に思われることもあるのか。
この部屋は俺にとってもう十数年は過ごしてきた部屋になる……けど確かに俺も大人しすぎるというか、前の理人の部屋って気はしていた。
かといって何か模様替えをしようとも思わないし、この部屋はこれで良いかなって気もしてるしな。
(あ、そういや……)
そういえばと俺は気になったことがある。
俺はこうして理人になって一週間ちょいってところだが……俺はもう、ずっとこの感覚のままこの世界に居られるのだろうか。
ある日突然、元の理人に戻ってしまうなんてこと……あるのかな?
そうなった場合、俺はこの世界から弾かれて元の世界へ戻る……? なんてことをふと、考えてしまった。
「何を考えてるんだ?」
「ふと俺が……いやごめん何でもない」
「そこまで言いかけたら気になるんだけど~?」
「お、おい……!?」
身を乗り出す咲夜に押し倒され、俺はまた彼女の胸に顔が包まれる。
以前は菜月のだったけど今日は彼女自身の寝間着……可愛いピンクのパジャマだけど、それでもこの感触は何も変わりはしない。
上に乗っている咲夜は胸をもにゅもにゅと押し付けるように、腰もフリフリと動かしてとにかく密着してくる……まるで匂いをマーキングする大きい猫のようだ。
「……やっぱり、こんな風にするのは楽しくなるし嬉しくなるな」
「お、俺は大変だけど……」
「何が大変なんだ~?」
「分かるだろうが!」
こいつ、自分の体の魅力とか分かってんのか!?
あ~そうだよな分かってるからこういうことしてくるんだよなぁ!?
「ほら、あいつが居ない内にこういうことはしておかないと」
「もがっ……くぅ!」
「うん? そんなにあたしの胸の中で騒いじゃって……飲みたいの?」
「何がだよ!」
何度だって言う……これが初日だってのかよ。
結局、それからしばらく咲夜とじゃれ合い……寝る頃にはひぃひぃと疲れていたのは言うまでもない。
けど……咲夜ってあんな風に心から笑う姿があるんだなって、前までの彼女を思うと感慨深いものがあった。
▼▽
戦いとは、一進一退の戦いこそ楽しめるというものだ。
朝日が昇ってしばらく、それなりに活気づく時間になったところで理人の部屋に現れる何者かが居た。
「……ふ~ん、流石に神崎さんと一緒に寝たりはないんだね」
そう、出遅れていた菜月だ。
菜月にとってこの家に入り込むことなんて造作はない……というのも既に家族公認みたいな部分があるからである。
ベッドの上に一人眠る理人を確認し、菜月は近付く。
「……あれ? 布団の盛り上がりが……二人分?」
その時、菜月はハッとした。
そしてすぐに布団を払いのけると……理人に身を寄せるように、咲夜が安らかに眠っていたではないか。
「……………」
瞬間、菜月の表情は無へとなった。
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