初日から飛ばしまくる彼女

 家族には様々な形が存在している。

 愛がある家族はもちろん、悲しいことにそうでない家族と様々だ。


「……ムカつくわ本当に」

「おいおい、どうしたよ?」

「何でもないわ」


 女の小さな声に反応し、男が肩に手を置いた。

 女――神崎の母はその手に珍しく鬱陶しさを感じながらも、払いのけるようなことはしない……何故なら今この瞬間、彼女は女としての武器を使っているから。


(……いつからかしらね。こうして男を侍らせても満たされない……私にとってこれが私の生き方だったはずなのに)


 自分の女としての生き方に満足出来ない……それを彼女は感じるようになってきた。

 まあそれもそうだろう。

 どんなに外見を取り繕うとも、加齢によって失われるものがある。

 それ以上に彼女は性格から全てが破綻しており、とてもじゃないが純粋で尊い想いを向けられたことがないのも大きい。

 これに関しては彼女の旦那であり、咲夜の父親も同様だが……だからこそ、心から笑顔を浮かべる実の娘が許せない。


(あれは私の娘よ……それなら私のようにならないとダメでしょ! 子が親より幸せになるだなんて、そんな生意気なこと許せるわけがない!)


 結局、もはやこの女性に娘の愛は残されていない。

 果たして産んだ時はどうだったのか、どういう気持ちで子を作り子育てをしたのか……それはもう彼女にも分からないだろう。

 決して満足出来ない生活を送り続ける彼女は知らない――彼女が決して得ることの出来なかった日々、それを咲夜が手にしようとしている……それがどうしようもないほどに気に入らないのだこの女性は。

 次に彼女が咲夜を見た時、どうなっているのかはまだ誰にも分からないことである。


 ▼▽


 夕方になり、夕飯の前の風呂の順番はどうしようか……なんて話をしたのもついさっきで、俺が一番風呂を頂いている。


「……はぁ、落ち着かねえなぁ」


 神崎がうちに訪れてまだ二時間程度……大分落ち着いたと思ったけど、こうして風呂に入った瞬間にまた緊張が戻ってきやがった。

 裸の状態で神崎を強く意識するとか……まあ、これもまた仕方のない部分だとは思ってる。

 そもそも俺、女の子と同棲の経験なんてないし……あぁでも、今の俺なら相手が仮に菜月だとしても緊張は避けられないと思う。


「……はぁ」


 再びため息を吐いた時だ。

 ガチャッとドアが開いた音が聞こえた……可能性としては脱衣所のドアだろうけど、この場に現れるとしたら神崎だけだ。


「あたしがこれを聞くのもおかしな話だけど、お風呂どんな感じ?」

「本当におかしな話だな……えっと、まだなんもしてねえ……」

「え?」


 こうして浴室に居る俺だが、実は何もしていない。

 現状のことを考えていたせいで、特に何もすることなく時間だけが過ぎてしまっていた。

 体も洗ってないし頭さえも……湯船に浸かるのはまだまだ先だ。

 もしも神崎が早くお風呂に入りたいと言うのであれば、今すぐにでも済ませてしまわないと。


「ちと考えることが多くてさ……ごめんすぐに済ませるよ」

「あぁいや、そういうことなら時間は有効に使おう」

「……どういうこと?」

「あたしも入る。そうすれば二人とも温まれるし、話も出来てお互いのことをもっと知れる。ほら一石二鳥だ!」

「何を言ってるんだい?」


 俺は彼女が何を言っているのか理解出来なかった。

 だがしかし、戸を挟んだ向こう側に映るシルエットは服を脱ぎ始め、ここに突撃してくることが確定だと理解した瞬間、俺は声を上げて下半身を隠そうとして……タオルがないことに気付く!


「しまった――」

「お邪魔するよ」


 戸が開き、タオルを体に巻いた神崎が現れる。

 俺は咄嗟に下半身を隠すようにしてその場に腰を下ろしたが、こんな状況を生み出しやがった神崎は思いっきり照れながらも、チラチラと俺の方を見てはスッと視線を逸らす。


「な、何してんだよ!」

「ごめん……でもあたしはこうしたかったから。お前と一緒に風呂……入りたかった」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど……嬉しいけどさぁ!?

 女の子から一緒に風呂に入りたい、そんなのいくらでも言われたい言葉の一つだ……でも状況が状況だぞ!?

 ……結局、俺は神崎を追い出すことなんて出来なかった。

 そうして今、俺は神崎に背中を洗ってもらっている。


「……へへっ、こんなのも初めてするな」

「そうかよ」

「あぁ……こんな風に、心穏やかに誰かと風呂ってことがなかったし」

「……………」

「痒いところとかないか? 痛くないか?」

「全然大丈夫だよ。ありがとう神崎」

「おう!」


 所々で神崎が抱える闇が出てきてしまうせいで、それに同情して俺は何も言えなくなってしまう。

 でも、気持ち良いのは間違いない。

 優しいというか力加減がしっかりしてるというか……とにかく、とても彼女の優しさを感じる。


(こうして家族以外と風呂に入るのは菜月以来か……)


 それも小学校とかその辺以来だけど……なんて、そんな風に考えていた時だ――ふんわりとした感触が背中に触れた。

 それがなんであるかなんて分かり切っている……神崎の体だ。


「……はしゃぎすぎてるのは理解してるし、住良木に迷惑を掛けていることも分かってる。あたしの欲望を優先してごめん」

「欲望って言うなし……でも、迷惑とは思ってないぞ? こう言うと色んな意味で語弊がありそうだけど、迷惑ではないんだマジで」


 否定したいのにすると誤解を受けそうな現状……けどこうとしか言えないので仕方ない。

 ただ迷惑ではないけど……流石に人生二周目の俺でも高校生女子とお風呂は刺激が強いわけで……アレもアレになりそうだし。


「……ほんと、住良木は優しいな……そんなに優しくて、背中もこんなに大きいからあたしは惹かれたんだ」

「背丈は似たようなもんだろ」

「そりゃそうだけど、感じ方ってやつかなこれは……なあ住良木。お前は本当にあたしと同じ年齢の人? ちょっと違う気がしてるけど実際はどうなんだ?」

「っ……」

「なんて……ね。こんな風に住良木に特別を感じるくらい、あたしはお前に救われて好きになったんだよ。だからいつだってあたしの体を好きにして良いんだよ? あの時に言った言葉が……まさかこうして改めて伝えたくなる日が来るなんて思わなかった」


 言葉の途中にドキッとしたのは確か……けれどそれ以上に、彼女の言葉に彼女が望むことを返せない俺自身が……ダメだった。


「あたしと赤坂の存在、悪くはなくても悩ませることは知ってる。だからたくさん悩んでほしい……それくらいは許してくれよ」

「……あぁ」

「あぁでも、したくなったらいつでも良いぜ? あたしはいつだって大歓迎だから」

「っ……お前なぁ!」

「あははっ!」


 これ……まだ初日だぞ?

 これ以上のことがあるのかと男心が期待してしまうが、それ以上に大変なことが待ち受けているんだと怖くもある。

 ……まあでも、俺は俺として精一杯この状況を生きるしかない。

 楽しむしか……ねえよなぁ!


「はい、終わったよ」

「サンキュー……」

「じゃ、あたしの背中も頼んで良い?」

「……………」


 その後、俺はそれはもう頑張った。

 ただ彼女の背中を流している時、くすぐったそうに体を震わせる神崎が可愛いというか……年下をあやしているようで微笑ましかった。

 そして更に驚いたのが、俺は比較的慣れやすい人間だということ。


「気持ち良いな」

「だな」


 二人で湯船に浸かる……少しだけこの状況に慣れて気が楽だった。

 流石にこうして一緒に風呂に入ることは今後……ないと思いたいけど、おそらくそうそうあるもんじゃないと思っている。

 というか神崎の在り方が男らしい面があるせいで、気を許しやすいというのもあるんだろうなぁ。


「そういや神崎。こんな状況であれなんだけど」

「なんだ?」

「こういう形とはいえ、一緒に住むわけじゃん? お前がこうして無茶な距離の詰め方をしてきたんだから、俺も似たようなことするわ」

「似たようなこと……っ!?」


 顔を赤くするんじゃないよ。

 俺ははぁっとため息を吐き、こう提案した。


「名前で呼び合わないか? いつまでも名字ってのは……なんか固い気がするしさ」

「……あ、名前?」

「そう。どうだ?」


 俺の問いかけに、神崎は強く頷いてくれた。


「ありがとう――んじゃ、改めてよろしく咲夜」

「お、おう! よろしくな理人!」


 つうわけで、これから二ヶ月ほど……頑張りますとも。

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