神崎、来たる

『困ったことがあったら気軽に相談してね? まあでも、連絡なんて必要ないことにその内なりそうだけどね』


 木曜日となり、学校が終わってすぐに俺は帰宅した。

 今日から神崎がうちに来るということで、落ち着かない自分を誤魔化すために掃除をしたかったからである。

 まあでも昨日ちゃんと掃除はした……したのだが、これから長い間クラスメイトの女の子と一つ屋根の下で暮らすので緊張しっぱなしだ。


「……ったく、ラブコメの主人公かよ」


 ほんと、どうしてこうなったんだといまだに思うよ。

 エロ漫画世界に転生したかと思えば、菜月を寝取るはずの神崎が女になってて……そういう変化もあるのかと受け入れ、それならば俺なりにこの世界で生きていこうとしたら……こうなってたもんな。


「人生何が起こるか分からないとはよく言ったもんだぜ……」


 とまあ、こんな風に恰好を付けて言っちゃいるが……本当に、心から俺は緊張しているし何ならちょっと怖いと思っている。

 菜月と神崎……二人の女の子から好意を寄せられている。

 これは間違いなく俺にとってのモテ期と言えるだろうけど、本当の意味でどうしたらいいのか分からないんだ。


「優柔不断……なんかねぇ」


 優柔不断……認めたくもあるが、冷静になって考えてみるとどうだ?

 俺にとって最近の日常はあまりにも目まぐるしく、その中で俺が変わったからと二人の女の子から好意を持たれたのだ。

 複数人から好意を寄せられ、更には気持ちを伝えられる……こんなこと全く予想なんて出来なかったし、そんなことがあるわけないとも考えていた……だって俺だぞ? 俺なんかにモテるというか、彼女たちを惹き付ける魅力なんて無いと思っていたから。


「理人ならいざ知らず……いや、理人にも無かったかそういや」


 そんな原作主人公に失礼なことを考えてしまうけど、そうなんだから仕方ない。


「……はぁ」


 俺は二人のことを……ぶっちゃけると凄く良い子たちだと思ってる。

 可愛いし美人だし、めっちゃエロいし……少なくとも、あんな子たちに好意を寄せられて喜ばない男はゲイか何かだと思ってるほどだ。


「もしも俺が今の俺を客観的に見れる位置……たとえば、この状況を描いた漫画を読んでいる読者だとしたら……二人纏めて付き合っちまえよ、ハーレムじゃんやったれって思うかもしれない。でも今は現実なんだから」


 そう……現実だ。

 何をしても取り消せないし取り戻せない……セーブしてリセットし、ロードを繰り返すなんてことも出来ない……俺は、俺たちは未来に向かって歩くしかないのだから。


「ってことはだ。なるようにしかならねえってことだな……ふぃ~、頑張るかぁ!!」


 随分と空元気な声が出てしまったが、俺は掃除に集中する。

 目の届かない棚の隙間なんかも掃除したし、見せてはならないものがないわけじゃないけど整理整頓もバッチリだ。

 机の上には昨日作ったルールというか、二人で過ごすからこそ必要になる物もあるということで……あれ? もしかして俺が一番待ち遠しかったりしたのか……!?


「そんなまさか――」


 その時、インターホンが鳴った。

 俺がうるさかったせいでドタバタしていたのだが、そのピンポンという音が閃光のように走り全ての音を掻き消す。

 ゆっくりとリビングから見えないはずの玄関を見つめる俺、間違いなく他人から見たら灰色一色の光景だろう。


「……は、は~い」


 とはいえ待たすわけにも行かない。

 俺は深呼吸をした後、玄関へ向かうのだった。


「お待たせ――」

「どうも~、宅配便で~す!」

「……なんやねん!!」

「っ!?」


 すみません、ちょっと声が大きかったですねごめんなさい。

 荷物は母さん宛ての物だったので、部屋まで持って行き置いておく……そしてちょうど、その荷物を置いたところでまたインターホンが鳴った。

 そして今度こそ、やってきたのは神崎だった。


「よ、よお……お邪魔するよ」

「……どうぞ」


 クリクリと髪の毛を弄りながら照れた様子を神崎は隠さない。

 そんな彼女を可愛いなと思いつつも、ついにこの時が来てしまったんだと実感し緊張が最高潮になる。


(つうかお前……お前えええええええっ!!)


 なんつう……なんつう恰好をしてんのよぉ!

 学校でも豊かな胸元の谷間が僅かに見えていたが……今もそれは同じでバッチリと見えている。

 ジャケットの下のシャツを……これはどういう物だ?

 ファッションに疎い俺の拙い言葉で表現すると、シャツをお腹の位置で縛っておへそを見せている感じだ。

 そして太ももをこれでもかと見せるショーパンと……これ、完全にギャルスタイルってやつです。


「ここまで来るのに随分と人に見られたし声も掛けられた。でもその度に睨みつけてやったから、この見た目も意味がなかったかな」

「……そりゃ声掛けるだろ」


 まあ、怖気付いて声を掛けられないのもあるだろうけど。

 取り敢えずずっと玄関に居るのもあれなので、神崎を連れてリビングへと向かった。

 一旦大きな鞄も床に置いてもらい、俺はビシッとルールが書かれた紙を突き付けた。


「これは……?」

「俺とお前で今日から過ごすわけだけど、年頃の男と女が一緒に住むんだからルールは必要だろ?」

「……ふむ」


 いつもより丁寧に書いたから字は綺麗だぜ。

 ふふんと鼻を鳴らす俺をチラッと見た神崎だったが、こいつはまさかの行動に出やがった。


「要らないだろ」

「あっ!?」


 ビリビリ……そんな音を立てて紙を破りやがった。

 何してくれてんだと文句を言いそうになった俺の唇に、そっと神崎が指を置いた。


「怒らないでくれって。確かにルールとか大事かもしれないし、お邪魔したあたしがこういうことを言うのもなんだけど……お互いにちょっと疲れると思わない?」

「……それはまあ」


 確かに一理ある……毎度毎度、ルールを守れって文句を言うのも疲れるしな。


「あたしはありのままで住良木と一緒に過ごしたいよ。堅苦しいルールは作らずに、気楽に過ごそう」

「……本当に良いのか?」

「あたしが何様って感じだけどね」

「それは良いんだが……ふと間違えて神崎が風呂に入ってる時に入っちまう馬鹿をするかもしれないぞ?」

「むしろ望むところじゃない?」

「……お~けい、これは無しにしよう。そして変に例えを出すのは止めとく……ボロが出るから」

「もう出てるけどね」


 うるさい!

 クスクスと笑う神崎から視線を逸らし、ルールはこの際置いておくとしてまずは部屋へ案内することにした。

 このために布団はもちろん、元から置いてあったテレビも動作の方は確認済みだ。


「流石に殺風景なのはごめんだけど、ここが神崎の部屋になる」

「ここが……あたしの部屋」

「隣が俺の部屋だからよろしく」

「あ、あぁ……それってつまり、住良木のことを考えて……あたし、我慢出来るのか……?」


 そうして一通り喋ってからリビングへと戻った。

 気付けば五時半……風呂の支度をしないとな。


「風呂の準備してくるから……神崎はのんびりしてて」

「分かった……なあ住良木」

「うん」

「あたし……凄くワクワクしてるしドキドキしてるよ」

「……そうかよ」


 俺の方が心臓の動きヤバいことになってるけどね。

 あっとそうだ……これを言っておかないといけなかったわ。


「その……俺もお前もしばらくはギクシャクすると思う。それは当然だと思うけど、少なくともここにはお前を害するような奴は居ない。だから沢山リラックスしてくれ」

「住良木……」

「ここを自分の家だと思ってのんびりと心を休めてくれ。少しの間、俺たちは家族みたいなもんだから――そうなると、神崎が笑ってくれてたら俺は安心するし嬉しいからさ」

「っ……」


 さ~て、風呂の支度をするぞ~!

 まだ流石に恥ずかしさや緊張はなくならないが、口にして俺は理解したんだ――こうして神崎が来た以上は、しっかりと心を休めてほしいって、穏やかに過ごしてほしいって俺は思うんだ。

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