色々知られてどうなる?

「住良木」

「うん?」

「お前……神崎に脅されてたりしてるのか?」

「……え?」


 次の授業ってなんだっけ、そうボーッと考えていた時だった。

 森本君を含め、少しだけでも教室で話すクラスメイトが俺に近付いてそう聞いてきたのだ。

 いきなり何をと驚いたのは間違いないが、確かに最近の変化はあまりに突然すぎて彼らを置き去りにしていたから。


(……たぶん、俺が森本君たちの立場なら……どうかな?)


 少し情報を整理してみよう。

 ある日突然、クラスでも冴えない男子が悪い意味で目立つ女子といきなり仲良くなった……その女子は友人が一切居らず、どこまでも悪評が目立ってしまう子で、どう考えても男子と接点はない。

 それなのにわざわざ席の近くまで来たりして話をする……うん、俺でもめっちゃ気になるわこんなの。


(でも……だからこそこういう小さな場所からでも俺に出来ることはやっておくか)


 ちょうど神崎は教室に居ないので、彼女のことを話していても気にされることもないからな。


「なあ森本君、他のみんなも良いかな?」


 そう言うと、みんななんだなんだと顔を近付けてきた。


「確かに神崎はいくつも悪い噂を聞く……でも、俺はまだ少しだけど彼女と接して分かったことがある――それは噂ほど悪い子じゃないってこと、陰でああだこうだ言うのが失礼なくらいなんだ」

「……でもよ」

「そりゃ、理人は仲良くしてるみたいだけどさ」


 まあ、簡単に受け入れられはしないんだろう。

 俺の言葉一つで簡単に受け入れてもらえるなら、神崎が噂通りの子でないと分かってもらえるならここまで拗れていないはずだ。


「見方を変えてくれ、とは思ってるけどそれを強要する気はないよ。ただ悪い噂があるからってことで、彼女を悪く言うのは止めてほしい……そう思ったんだ」


 そう伝えると、みんな難しい顔をして考え込む。

 そして、森本君がみんなを代表するようにこう言ってくれた。


「そう……だな。陰口は一番だせえ行為だし……何も分からない状況で周りに流されるのはダメだよな……分かった! まあ俺たちが神崎と話すことはないと思うけど、何も知らないのに悪く言うのは間違ってるよな」


 森本君の言葉に、他のみんなは全員が全員納得したわけではなくても同意するように頷いている。

 まあ、森本君が言ったように彼らが神崎と話をすることは……俺と関わってたらありそうだけれど、とにかく悪い偏見がこういうところからでも少しずつなくなってくれたら嬉しいものだ。


「っ……」


 スッと森本君たちが視線を逸らしたので、何だろうと思い教室の入口へ目を向けると神崎の姿があった。

 彼女は最近のように傍に来ることはなく、どこか嬉しそうに笑いながら手を振って席へ……おそらくだけど、うちに来ることを考えて嬉しくしているのかもしれない。


「ほ、本当に仲良くなったんだ……?」

「まあね」

「……こうして見てみると、本当に神崎って美人なんだよな」

「そうだな」


 もうね、それに関しては否定する気にもなれない。

 神崎が家に来ること、そして俺に対して向けてくれている気持ち……更には学校の誰もが知らない彼女の表情を知っている俺としては、森本君の言葉に強く頷く。


「ま、ゆっくりで良いからさ。悪い噂に踊らされずに見てくれよ」

「あぁ」

「分かった!」


 いやはや、持つべきものは友達だよ本当に。

 そんな休憩時間を過ごし、時間は過ぎて行く――昼休みになった途端、菜月が教室に来ることも分かりやすく増え、神崎に対抗するかのように距離が近い。

 そんな状況に俺が良い意味で困らせられる中、それを良しと思わない連中もやっぱり居て……それが放課後になって俺の前にやってきた。


「……おっと」


 ボタッと音を立てるように、黒板消しが机に投げられたのだ。

 まだ席に座っていた俺としては、その衝撃によって齎される粉塵をモロに顔面に受けてしまい、不快な臭いを感じると共にゲホゲホと咳をする。

 こんなことをする奴ら……決まっている――以前にも絡んできたクラスでも目立つあの連中だ。


「……ったく、雑巾の次は黒板消しかよ」

「はっ、手が滑ったんだよ手がな」

「誰にもこういうことくらいあるよなぁ?」


 ねえだろうがよ、そう声を大にして言いたかった。

 というかこいつら、以前に俺がちょっと態度を変えただけでビビッたこと忘れてるのか?

 別に喧嘩がしたいわけじゃないけれど、舐められたままというのもムカつくので多少は言い返してやろうと思った……でも、俺が動くよりも早く彼女が動いていた。


「おい」


 その声は怒気に満ちていた。

 誰の声なんて疑問に思うまでもない……神崎だ。


「っ……」

「な、なんだよ」


 神崎は真っ直ぐに自分の席から彼らの元へ歩いていく。

 声に怒気は宿っていたが別に睨んでいるわけでもなく、暴れ出しそうな気配さえ全くない……だからこそ、静かな怒りのようで俺も怖かった。

 神崎は彼らの前に立ち、タンと足音を鳴らす。


「あたしは全部見てたけど、明らかにワザとだったよなぁ? 昼休みに赤坂が来て住良木と話した時随分と面白くなさそうな顔してたじゃん。嫉妬でそういう行為をするの心底ダサいと思うけど」

「だからなんだってんだ!」

「つうかお前には関係ねえだろうが!」


 おぉ……あいつら、神崎に言い返してるぞ。

 ……なんて変な部分に驚くのは止めておくとして、これは元々俺が言い返そうと思っていたことだ。

 神崎があんな風に庇ってくれるのは嬉しいけれど、彼女にヘイトを向けさせて何もしないのは俺自身が嫌だった。


「神崎、それ以上は――」


 俺が対処するって、そう言おうと思ったのに。

 神崎は近付いた俺の肩に腕を回し、そのまま力任せに抱き寄せた……偶然か必然か、僅かに体勢を崩したことで神崎の胸に顔面が収まる。


「住良木に何かするようだったらあたしも出張らせてもらう――今度またやったら覚悟しろよ?」


 頭の上から響く言葉に教室が静かになったのを感じる。

 こんな空気の中で神崎の胸に顔を埋めている俺はどんな状況だって話だけど、この騒ぎにトドメという名の追い打ちを掛けるようにもう一人の声が響き渡る。


「そうだよねぇ。神崎さんの言う通り、私も幼馴染が嫌な目に遭ってるのをこうして見ちゃったら色々言いたくなるよ」


 菜月だ……この場所に菜月まで現れた。

 どうにか神崎から離れようと思ったけど、耳元で神崎に離れるなと言われ動きを止める……不思議な力で縫い留められたような感覚の俺は、僅かに顔をズラすしか出来ない。

 頬に柔らかさを感じながら見つめる先で、あの男子たちは菜月の視線から逃れるようにとっとと荷物を纏め教室を出て行った。


「結局逃げんのかよ」

「まあまあ、それだけ神崎さんの目が怖かったのでは?」

「あたしじゃなくてお前が来たことが嫌だったんだろう」

「あら~、随分と嫌われてるみたいで嫌だねぇ」

「……性格良いなお前は」


 あの……頼むからいい加減俺をおっぱいから解放してくれ?

 男として間違いなく嬉しい瞬間ではあるけど、TPOを弁える常識は俺の中にちゃんとあるからな!

 そんな俺の気持ちが通じ、神崎は放してくれたのだが……今度は菜月が同じように俺の頭を抱いた。


「ちょっと!?」

「無駄だってことと、私もなんだよってアピールをね♪」


 こうして、色々と憶測を生んでしまう絡み方を俺はしてしまった。

 これからどんな風に思われるのか……少しだけ怖くなったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る