難しい問題……よりも神崎さん来ます

 神崎の母親……と思わしき女性の前に立った俺だが、後悔をしているわけじゃないが場所が場所なだけに中々気まずい。

 そこまで大きな声で喋っていたわけじゃないみたいだけど、女性二人が放つ異様なまでの雰囲気は周りの視線を集めるには十分すぎる。


「住良木……なんでいつもいつも、お前はこんな面倒な場面に出てくるんだよ」

「いやいや、そう言われましても……」

「本当にいつもいつも……女心が響く時に出てくるんだからお前は」


 女心て……っと、取り敢えずは現状を何とかせねば。

 神崎を見かけたということで出てきたわけだが、考えなしにと言われたらその通り……解決策なんて何も用意しちゃいない。

 そもそも、どういう経緯でこうなっているのかさえ分からないし。


「……あぁそう。もしかして咲夜……アンタが最近、生意気にも明るくなったの原因の子かしら」

「だからなんだってんだよ」

「結局、アンタも男じゃないのよ。こっちが機嫌悪い時にニコニコと鬱陶しいと思っていれば、やっぱりアンタも男……私と何一つ変わりなんてしないじゃない。それなのに……それなのに私より満たされている顔をするアンタが本当に苛立たしいわ」


 あぁそういうことかと、俺は納得したくなかったが納得した。

 たぶんだけどこの母親……おそらく母親で確定だけど、この人は神崎が笑っていることが許せないんだろう。

 俺の持つ漫画の知識でも神崎の両親はとにかくゴミ……言葉は悪いが正にそんな感じで、神崎に人間の醜さを異常なほどに叩き込んだ元凶と言っても間違いじゃない。


(神崎が満たされている……というのがこの人の言い方だと俺のせいってことになってるみたいだけど、神崎に関わった人間としてそう思われるのは嬉しいことだ。ただ、そんなことを母親が言っても良いのかよ……)


 こんな家族は絶対に嫌だなと思う反面、これが神崎の家族の一旦かと同情する……確かにこんな人とずっと一緒なら間違いなく歪む。


「アンタも男に取り入って守ってもらう……私と何一つ変わらない。それなのにどうしてアンタはそんなにも楽しそうにしてるのよ。今だって、そのガキの背に居ることを喜んでる……本当にイラつくわ」

「……悪いな住良木。こんなのがあたしの母親で、こんな場面を見せちまってさ」


 そっと肩に手を置き、神崎がそう言ってくる。

 神崎は母親に対して面倒だと思いながらも、こんな場面を俺に見られたことがとてつもなく嫌みたいだ……表情からもそれが良く伝わってくる。

 それなら出来るだけ早く、この場を収めるとしよう……神崎を連れてここを離れようと俺は決めた。


「俺は神崎を知ってからまだ日は浅いですけど、それなりに話すようになって仲良くなったつもりです。ですからそんな風に、仲の良い友達を言われるのは機嫌が悪くなります――ただ叱るならまだしも、母親としてあなたの言っていることは決して正しくないし、むしろそれが母親かよってこっちが言いたくなります」

「長ったらしいわね。クソガキが大人に説教するんじゃないわ」

「……なんつうか、質の悪い高校生のまま大きくなった感じですね」

「あ?」


 素直に出てしまった言葉に、女性は青筋を浮かべた。

 いや~、これでも同級生の母親に対して苦言を呈すってのは中々に精神をすり減らすし、出過ぎた真似というか生意気なのは間違いないだろう。

 でも……つい言ってしまった。

 こちらに一歩を踏み込んだ女性だが……ま~じで顔が怖いけれど、背に神崎が居ると思えばここを退くつもりなんて無かった。


「住良木、本当にもう良いから帰れって。これくらいの癇癪は今に始まったことじゃないし、どうせこれからクラブにでも行って酒を飲むんだからすぐに忘れるよこいつは」

「こいつ……アンタ、実の母親にこいつって言ったの?」


 サッと手が振り上げられ、俺は当然のようにその手を弾いた。

 パチンと音を立てるほどに少し痛かったのだが、それは女性も同じだったらしい。

 背後で息を呑む神崎の手を取り、俺は歩き出した。


「突然ですけどお母さん、娘さんを借りて行きま~す」

「お、おい住良木!?」


 後ろできぃきぃと喚く女性に背を向け、俺たちはすぐその場を離れた。

 何か用があったりしたら申し訳なかったけれど、神崎は黙って付いてきたので何もなさそうなのは幸いだ。

 女性が完全に見えなくなったところで俺たちはベンチに座った。


「……勢いで連れてきたけど大丈夫だった?」

「全然大丈夫……でもまさか、あんな場面を住良木に見られるなんて思わなかったよ。お前、毎度のことながらタイミング良すぎないか?」

「仕方ないだろ。マジで偶然その場に居合わせたんだから」

「無視すりゃいいじゃん。明らかに面倒な場面だろ?」

「俺が神崎のことを無視出来ると思ってんの?」

「っ……本当にお前は!」


 さっきの女性のように手が振り上げられたが、俺は別にビビらない。

 神崎は勢いよく振り上げたのとは正反対に、優しく手を振り下ろして俺の胸を叩く。

 ポカッと可愛い一撃なので痛くも痒くもない。


「……かっこよすぎ」

「こんなんでかっこいいならもっとかっこいい奴なんてうじゃうじゃ居るってば」


 そもそも根本的には何も解決しちゃいねえからなぁ。

 俺はただ言い合いをしている親子の間に割って入り、娘の手を引いて逃げてきただけにすぎない……正直、俺に出来ることはこれくらいしかないんだよ。


「あたしにとって……だよ」

「……そうか」


 ……背中がくすぐったくなるほどに、神崎の声が甘く耳に届く。

 それから詳しく話を聞いてみると、神崎は一人で適当に街中を歩いていたのだが、そこで母親と出会いちょっとした口論になったとか。

 そもそも一昨日くらいから母親は家に帰っていないようなので、今日出会ったのも神崎からしたら予想外だったらしい。


「それでまあ……いつもとあたしの雰囲気が違うことに気付いて、それであんな風に言ってきたんだよ。適当にごちゃごちゃ言い合いをしてから離れようと思ったら、そこにお前が現れたってわけ」

「……正直なことを言えば、神崎一人でどうとでもなるとは思ったよ。お前ってめっちゃ強いし」

「一応あたしも女だぜ? 強いってのは……まあでも悪くはないか」


 クスッと神崎は笑い、少しばかり距離を詰めてきた。

 後少しでもこちらに近付けば体が触れ合うほどの距離……神崎は真剣な眼差しで前を見据えながら言葉を続けた。


「うちの母親とお前の母親……比べるのも失礼な話だけど、こんなにも違うんだなって最近はよく思うんだ。もちろん父親もだけどさ」

「……………」

「でも……こんなあたしだからこそ、住良木にああいう形で出会えたのかなって思うからさ。赤坂とも話すようになったし……少なくとも、数日前のあたしじゃこんなの考えられなかった」

「……そうか」

「あぁ」


 そうか……そんな風に思ってくれるのなら嬉しいよ本当に。

 本当にどうにか出来ないものかなぁ……他所の家族の問題……手に余るというか確実な正解が分からないのが難しいところだ。


「住良木があまり考えすぎないでくれよ。どうせ高校を卒業したらオサラバ出来るから」

「それまで長いぞまだ」

「今までの年数に比べたらどうってことないさ……けど、その時には傍に住良木が――」


 そこでちょうど、母さんから電話が来た。

 ごめんと言って電話に出て用件を聞くと、特になんてことはない用件で内容は今日の夕飯は何が良いかというものだ。

 適当にカレーって言ったら親子丼にすると言い出したので、ならなんで電話したんだよと文句を言いたくなる。


「ったく……あ、ごめんな神崎」

『あら、咲夜ちゃんが今居るの?』

「うん」

『あらあらまあまあ、ちょうど良かったわ。代わってもらえたりする?』

「うん? ……うん」

「え?」


 何だろう……神崎に代わると、何やら話し込み始めた。


「えっと……良いんですか? そんなの……あたしをそんな――」


 何の話をしてるんだ?


「……あたし……あははっ、そんな風に言われたの初めてです……あたしも居たい……少しだけでも傍に居たいです」

「神崎……?」


 感極まった様子になったぞ……マジで何の話をしてるんだ……?

 俺に代わる前に電話は切れ、神崎がこんなことを口にした。


「住良木……あたし、来週からお前の家にお邪魔することになった」

「……わっつ?」

「いきなりでごめん……でも、お前が嫌なら断るつもりだから!」


 ……なるほど、そういうことか母さんめ!

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