次から次へと訪れる
「なんつうか、不思議なことになっちまったな?」
「……だな」
まさかこんなことになるなんて……それは俺だけでなく神崎の共通認識でもあるらしい。
ラブコメ漫画で必ずと言っていいほど発生する体育倉庫イベント……現実ではほぼほぼ起きるはずがないであろうイベントが自分の身に起こるだなんて思わなかった。
「……これが主人公故のラッキースケベイベントってか?」
ま、まあまだラッキースケベも何も起きちゃいないけどさ!
俺も神崎もここから出るために色々と試したが、唯一のドアは鍵が閉められていて出られず、窓ガラスが一つあるけど人が通り抜けるにはあまりにも狭すぎる。
「住良木」
「う~ん?」
「終礼で誰かが気付くだろうし、ちょっとした騒ぎになるのを待つしかなさそうだ。仮にスルーされても部活動の時間が来れば絶対に出れる」
「……そうだな」
確かにそれはそうだが……。
「ほら、こっち座れよ」
置かれているマットの上をポンポンと神崎が叩く。
そこは君のすぐ隣なんだけど……そう思っても、神崎がジッと見てきたので断るのも憚られてしまい、仕方ないと思いながら彼女の隣へと腰を下ろした。
「……………」
隣に座って気付く。
この体育倉庫という場所はある意味で密室に近く、喚起なんかをしているわけでもないので香りが外に逃げない。
石灰や他の体育用具の独特な香りが充満していたはずなのに、神崎の隣に来たことで甘い匂いが気になって仕方ない。
「あたし、汗臭かったりしないか?」
「全然そんなことないよ」
「そうか。なら良かったよ」
間違っても良い匂いがするだなんて絶対に言えない。
でも……こうして考えると不思議なもので、汗の臭いってどっちかって言うと臭い部類に入るものだ。
それがどうして女性の場合だとこんなに甘い香りがするのか……もちろん人によるものだとは思うけど……ってこれじゃあまるで変態だ。
「本当に住良木と知り合ってから初めてのことが多すぎるよ。そもそも誰かの手伝いをしたのも初めてだったし、こうして倉庫に閉じ込められたのも初めてだ」
「閉じ込められたのが何回もあるんだとしたらヤバいけどね」
「確かに」
ニカッと神崎は笑う。
さて……こんな場所に閉じ込められて空気が死ぬかと思ったけど、相手が神崎というのもあって俺もそこまで気を遣わなくて済む。
「でもさ、ずっと待ってるってのも落ち着かなくね?」
「それはそうだけど……ならちと試すか?」
「何を?」
「ほら、あそこの窓から出られるかもしれないだろ?」
「……無理じゃね?」
あそこの窓とは俺が言った狭い窓のことだ。
まあでも近くで見てみたら意外といけたりするか……? そう思い立ち上がると神崎がこんな提案をする。
「足腰に自信ある?」
「え? まあ分からんけど……なんで?」
「肩車してもらおうと思ってさ」
「……え?」
肩車だと……?
小さい子供にするならまだしも、俺たちは同じ年齢だし……いくら女子とはいえ流石に厳しくないか?
というかそれ以前に跳び箱とかそっちに移動させた方が良くね?
「ほら、試しにやってみようぜ」
「っておい」
跳び箱……まあ良いか。
そう思って屈んだのだが、そこで俺はハッとする。
(ちょっと待て……これってつまり神崎のアレが俺の頭の後ろに来るってことじゃ……っ!?)
そう考えた時にはもう遅い。
屈んだ俺の背後に立った神崎は、グッと俺の肩に乗る……それはつまり彼女の腰が俺の後頭部にドッキングし、太ももが顔を挟んできた!
「このまま立てるか?」
「や、やってみるぜ」
神崎が完全に体重を乗せたことを確認し、力を入れて立ち上がる。
学校で何をやってるんだって気持ちになりつつも、どこか主人公になったような気持ちなのも確かで……ちょっとワクワクしていたのは内緒だ。
「ど、どうだ?」
「う~ん……窓は開きそうだ」
頭上でガラガラっと音がした……窓が開いたらしい。
そうしてしばらく神崎は動きを止め、そしてこう言った。
「すまん。流石に胸が引っ掛かるわ」
「……だろうなって言って良いのか分からないけどだろうな!」
でも……胸が引っ掛かるのもそれはそれで見たい気もする。
窓の向こうにはもちろん誰も居ないとのことで、大きな声を出したところで絶対に助けが来ないことが分かってしまう。
神崎を絶対に落さないように、怪我をさせないように注意をしながら慎重に屈んで彼女を下ろした……のだが。
「……あ」
「住良木!?」
俺の足腰はあまりにも貧弱だったらしく、神崎を下ろした途端にカクンと体勢を崩してしまった。
このままだと神崎に倒れ込むとはいえ、彼女なら受け止めてもらえるだろうなという安心感があったのだが……俺の予想も空しく、あまりにも呆気なく神崎と共にマットへ倒れ込んだ。
「っ……大丈夫……むっ?」
神崎の上に倒れ込んだ……そこまでは良い。
俺の顔はあまりにも柔らかな何かに受け止められており、これがなんであるかを俺は明確に理解する……何故なら俺にとってこれは二度目だからである。
「住良木~? そんなにあたしの胸がお好みか~?」
「っ!?!?!?」
その声が聞こえた時、瞬時に離れようとしたが神崎が両足を使って俺を思いっきり捕まえている。
(な、何してんのこの子!?)
足の拘束だけでなく、腕の力もそこそこ強くて本当に逃げれない。
どうにかしないと……けれども下手に体を動かして神崎を傷付けないようにすればするほど、どんどんとドツボに嵌るような感覚がある。
「ぅん……あっ!」
お願いだから時折艶めかしい声を出さないでくれるかなぁ!?
つうか汗の臭いがどうとかって気にしてたのにこんなこと普通はしなくないか? なんて、よく分からない攻防をしているとスッと彼女の拘束が外れた。
「ま、住良木を揶揄うのはこの辺にしとくかな」
「……お前なぁ」
「赤坂とはこういうことをする?」
「するわけねえだろ!」
「……そうか。しないんだな……ふふっ♪」
意味深に神崎が笑い、俺は疲れたように深く息を吐く。
「……変に疲れるって」
「でも役得だったんじゃないか? あたしくらいだぜ? あんな風になっても何も文句を言わないのは」
「それは……」
……もうダメだ。
何を言っても神崎に笑われてしまう未来しか見えない……でも、役得だったというのは確かとしか言えないので心の中で頷いておこう。
▼▽
神崎と一緒に倉庫に置き去りにされたことに関しては、あの後すぐに助けが来て解放された。
ただ誰が閉めたのか、というのはハッキリしておらず……その点に関してのみ気持ち悪かったけれど、まあもはや気にしても仕方ない。
『本当に何もなかったの? ねえ、本当に?』
俺のクラスしかこのことは知らなかったはずなのに、放課後になって菜月と帰る途中ずっとそう聞かれていたのはちょっと怖かった。
それもあって俺は今、菜月の家にお邪魔している。
「……うん?」
菜月がトイレに行った時、ちょうど母さんから連絡が入っていた。
『今日、大切な話があるから。一応伝えておくわね』
そんな少し不安になる文章だったものの、別に心配するようなことではないと母さんは言っていたが……取り敢えず夜にならないと分からない。
「ただいま」
「おかえり」
勝手知ったる菜月の部屋……そのはずなのに、今日に関してはいつもと違う緊張感がある。
制服から私服に着替えた彼女だが、俺の記憶にあるどんな服装よりも若干露出が激しく、こう言っては何だが菜月のイメージに合わない……けれど少しすれば似合っているという感想に変わるのだから凄い。
「……くんくん」
「なんだよ」
鼻を鳴らし、顔を近付けた彼女は一言。
「やっぱり……匂うよ凄く」
「……そんなに臭い?」
「違う。神崎さんの匂いだこれ」
その言葉に、ドクンと強く心臓が跳ねたのは言うまでもない。
【あとがき】
中編みたいな感覚でお楽しみください。
少ししたらまた書籍作業とかで忙しくなりそうなので、キリよくどうにか頑張りたいと思います!
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