襲い掛かるラブコメの波動
菜月と男子生徒が向かった先は屋上……ではなく、屋上に続く踊り場だった。
ここには人が全く来ないので隠れて告白する場所としては非常に適していると言えるのだが、俺からすると神崎との記憶が蘇る場所でもある。
「……っと、集中集中」
決して姿を見せず、死角に隠れて事の成り行きを見守る。
「赤坂さん、好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい。あなたと付き合うことは出来ません」
やはり告白だった……そして早々に決着が付いた。
菜月がどんな答えを出すのか、幼馴染として少し気になったので……今の答えにはどこか安心している。
俺は菜月の何なんだって話だし、親しいだけでそれ以上の関係でもないのに安心するというのがなんとも浅ましいことこの上ないが。
(つうか……主に理人と菜月、神崎と一部の人しか描かれてなかったから分からなかったけど、イケメンに美少女が多い世界だぜ)
菜月に告白した男子もかなり顔は整っている。
流石は漫画の世界……だなんて思ったが、自分の魅力を磨くために頑張っている人に対して失礼だなとこの考えを改める。
菜月にしても毎日長い髪の毛や肌の手入れなど、ずっと頑張っていると言っていたのを聞いていたし……それにこの世界は確かに漫画の世界ではあるが、行動が決定されている人形じゃない……ちゃんと意思を持って生きている人間だからこそ、漫画の世界だからと考えるのはダメだ。
「俺と付き合えない……それは分かったとしか言えないけど、その理由を教えてくれないか?」
「理由……? 男女が付き合うというのは特別な関係になること、それをしたくないと思うだけでも十分な理由じゃないのかな?」
さて、そうこうしていると話は進んでいく。
男子の方は付き合えないことを分かったと言いつつも、諦めが悪いのか菜月を問い詰めていき……それはどう見ても看過できない所まで行こうとしていた。
「もしも恋愛が分からないとか、どんな風に付き合えば良いのか分からないとかなら俺で練習しない? 俺は絶対に君を悪い気分にさせないし、必ず喜ばせるから」
かぁ! 歯の浮く台詞だぜこりゃ!
まあでも彼のようなイケメンだからこそ似合ってる気もするし、こういう言葉にキュンとする女の子が居るのも確かなんだろう……前半の俺で練習しないかって言葉はともかくとして。
「そもそも興味がないんだよね。だからごめんなさい」
「いやでも――」
流石にしつこいと思ったので、俺はポケットに偶然入っていたくしゃくしゃの紙屑を投擲……見事、男子の頭に直撃した。
菜月と男子が俺の方へ振り向き、まず分かりやすく菜月がホッとしたように表情を緩めたが、逆に男子の方は即座に睨みつけてくる。
「あんまりしつこいのはどうかと思うけどな。むしろ、そうすることで嫌われるって考えられねえのか?」
「……ちっ」
流石に自覚があったのか、男子は舌打ちをして去っていく。
その時に肩をぶつけられてついよろめいたが、これくらい痛くも痒くもないので一切気にしない。
彼の姿が消えたところで、ようやく菜月へ声を掛けた。
「よっ、災難だったというか……お疲れ様だ」
「理人……うん。ありがとう」
ニコッと微笑み、彼女は俺の元へ近付く。
さっきのやり取り……モテる人間の宿命と言えばそれまでだが、あんな風に好意を寄せられてもその気がないのであれば疲れるよなぁ……俺にはこんな経験ないけれど、菜月の苦労は想像に難くない。
「でもどうして?」
「トイレの帰りに偶然見たから」
「あ、そうだったんだ……」
「なんでそんな残念そうなの?」
「ううん、もしかしたらストーカーしてくれたのかなって」
「……?? ごめん、なんかおかしくない?」
「え?」
……なるほど、これは深く聞かない方が良さそうか。
コホンと空気を入れ替えるように咳払いをすると、それを見計らったかのように菜月が言葉を続けた。
「あんな風に告白されることは何度もあったけれど……こんなの、モテるよって自慢にもならないんだよね。する気がないのはもちろんだけど、望まない告白って疲れるだけだもん」
「だろうな……でも今回のは随分しつこそうだったけど?」
「あ~……肩を掴まれたりしないだけマシかな。先輩とかだと無理やり顔を近付けてくることもあったし」
「おいおいマジか?」
それは全然知らなかった……たぶん、俺が知らない所で菜月は何度もそういう目に遭った……というのは考えすぎかもしれないけれど、そんなことまでされた経験があったのかよ。
「大丈夫だよ理人。それ以上のことは何もなかったし」
「そりゃそうだけど……あ~」
「……ふふっ」
おい、なんでそこでそんな楽しそうに笑うんだよ。
あまりにもジトっとした視線をしていたらしく、すぐに菜月がごめんごめんと言って教えてくれた。
「そこまで心配してくれたのが嬉しかったの。本当に……本当に変わったんだね理人は」
「いやいや、誰だってなぁ――」
「前の理人ならそんな風に言わなかったでしょ?」
「……………」
その言葉に俺は黙り込む。
以前の俺も俺だったからこそ、明確にどういう行動を取っていたかが理解出来てしまう。
前までの俺……つまり漫画の理人はこんなことを聞いても、菜月は俺の幼馴染だから無駄なことなのにって……そうアホなことを考える馬鹿だったに違いない。
「取り敢えず、たとえ呼び出されても一人で行くのは止めた方が良いと思うぞ俺は。わざわざ教室に来て呼ばれたとしても、菜月が一切気が向かないのであればそこで強く言った方が良い」
「そうだね。その方が――」
「それでもしも、良くない何かを感じたら俺を呼んでくれ」
「あ……」
言っただろ、幼馴染として頼りにされたいってさ。
まあ俺が全部助けられるなんて出過ぎたことは言うつもりはないが、幼馴染の菜月のことは必ず手を差し伸べたい……そんな俺の気持ちを込めた言葉だ。
「……ほんと、変わりすぎでしょ理人ってば」
「人は成長するんだって」
「成長するにはしてはしすぎでしょ~」
ドンと音を立てて菜月が背中に飛び付く。
周りに誰も居ないからこそ、俺だけが知る菜月の姿……いつも俺を守ってくれる姿だけでなく、物凄く頼りになるこういう部分は幼い子供を連想させる。
「離れろって! 誰かに見られたらどうすんだ!」
「えぇ~どうしよっかなぁ♪」
そんなやり取りをした後、チャイムの音に俺と菜月は慌てて戻ることになるのだった。
▼▽
今日一日……何かが明確に変わったわけでもないのに、神崎という存在と喋ることが増えただけで周りの見る目が大きく変わった。
まあだからと言って不都合があったわけじゃないけど、あまりにも分かりやすすぎて笑ってしまうくらいではあったが……。
さて、そんな日の終わりの授業は体育だった。
体力作りの一環ということで男女共にマラソンをすることに……大半の生徒が悲鳴を上げたが、それは俺も同じだった。
「……はぁ」
とはいえ何だかんだ走り終わった後、太陽の光を遮るように陰で休憩していたその時だ。
「あ、ここに居たのか」
「っ……神崎?」
「おっす」
ニヤリと笑って現れたのは神崎だ。
周りから距離を取られているとはいえ、抜群のスタイルを誇るからこそ体操服姿の彼女はよく見られている。
走る度に揺れる胸は多くの視線を集め、もしかしたら前屈みになっていた男子も居たかもしれないほど。
「どうした?」
「こっちにお前が行くのが見えたから」
そう言って神崎はすぐ隣へ腰を下ろした。
彼女も走っていたおかげでそれなりに汗を掻いており、よくよく見れば汗の影響で服が肌に引っ付いている……非常に目の毒だ。
「やっぱり走った後だから暑いな」
「そうだな」
「あっちだと人がいっぱい居るからこういうことも出来なくてさ」
「……こういうこと?」
こういうことってなんだ?
そう思ったのも束の間、神崎は胸元に涼しい風を入れるためにパタパタと仰ぎ始めた。
角度的に俺からバッチリ胸元が見えてしまうせいで、朝に見た時と同じ色の下着が見えるだけでなく、風の発生でむわっと甘い香りが俺の鼻孔をくすぐってくる。
「どうした? 顔が赤いけど?」
「……………」
そんなの誰だって顔を赤くするに決まってるだろ。
ニヤニヤと笑っていることから揶揄っていることが分かったものの、ペースは完全に神崎に握られている。
「……ってそうだった。あたし、汗掻いてるから臭うよな……」
言いづらい……めっちゃ良い匂いがするなんて凄く言いづらい!
ふとした仕草がエッチな方向へ繋がりそうになる神崎とのやり取りに、マラソン以上に疲れさせられるなんて俺は全く思っていなかったのだ。
「……え?」
「は……?」
偶然に校庭のコーンを片付けていた俺と、手伝ってくれた神崎が体育倉庫に入った後、ガタンと音を立てて扉が閉められたんだ。
(な……なんでこんなことが起こんね~~~ん!!)
ラブコメで定番の女の子と体育倉庫に閉じ込められるハプニング。
それが神崎と共に発生してしまった。
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