フラグが俺に追いついてくる
色々あったあの日、そして翌日の休日を乗り越えた。
俺の感覚からすれば長い戦いを生き延びた疲れはあったが、その疲れを残したままの学校である。
……いや、流石にそれは言いすぎか。
「……ふわぁ」
己を取り戻して三日目くらいだっけ?
前世のことを思い出し、この世界が漫画の世界であると気付いてとはいえ俺の生き方が変化するわけでもない。
俺はこの世界で、理人として生きていかなければならない。
そのことに義務感を抱いているわけじゃなく、生まれ変わった以上は精一杯生きてやるさ。
「……なんて思ったんだけどな」
ボソッと呟く。
正直なことを言えば……俺はこの世界が漫画の世界であるからこそ、菜月というヒロインと過ごせることを嬉しく思っている。
それもあるが神崎のような美少女と出会えたことも、男として当然嬉しいと思っていて……なんつうか、どんなに転生という出来事に驚いたとしても、可愛い女の子に釣られて転生したことに僅かでも喜びを感じているのだから単純だよなぁ。
「……………」
さて、まずは一昨日と昨日のことは忘れるとしよう。
月曜日に言い返したというか、強気に出たことが休日を挟んでも彼らにとって面白くなかったらしく、さっきからずっと一部の男子がこちらを睨みつけてきている。
(何も言ってこないで睨んでくるのって典型的な悪役だよな)
俺なんかと違って仲間が多く目立つ存在だってのに、一度でも言い返されたら遠くから睨んでくる方向にシフトするって、ちょっとかっこ悪くないかって思うけど、ちょっかいを出されるよりは遥かにマシか。
(ま、負担でも何でもないし……もし何かされたらまたやり返せばいいだけか)
そう思えるのまた、転生者としての感覚なんだろうな。
さて、そんな風に考え事をしていた時だ――俺にとって……否、菜月にとっても知り合いとなった彼女が……神崎が登校してきた。
挨拶をせず、堂々と教室の中に入ってきた彼女はいつもと変わらないゴリゴリのギャルスタイルで、歩くのに合わせて豊満な胸がたゆんと揺れて視線を奪われる。
「……やっぱすげえな」
菜月は揺れるけど……ってやめいやめい!
邪な考えを振り払うために頭を振るう……すると、そんな俺に気付いた神崎が近付いてくる。
あんなことがあったとしてもそこまで変化があるとは思っていなかったのだが、それは随分と浅はかな考えだったらしい。
「おはよう住良木」
「……おはよう神崎」
この瞬間、教室の空気が停止した。
まさかこうも分かりやすく挨拶をしてくるとは俺も思ってなかったのだが、挨拶をされたからには返さないといけない。
とはいえ……神崎が誰かに挨拶をするのを俺は見たことがない。
つまりこうして神崎が俺に挨拶をしたこと、それ自体が異常と言えば異常な光景とも言える。
「なんだよその顔。そんなに挨拶をしたのが不思議なのか?」
「まあな……だってなぁ?」
「分かってるよ。それでもあんなやり取りをしたし、お前にはお世話になったんだ。この変化はお前に対する信頼とか、その他にも色々と思う部分があると思ってくれ」
「……分かった」
神崎はじゃあなと、笑顔で自分の席へと向かった。
彼女が居なくなると残された俺に視線が向き、今までにない感覚で少しばかり居心地が悪い。
普段話すクラスメイトはもちろん、俺を睨んでいた目立つ連中たちも目を丸くしているのは面白かったけどな。
「……っておい」
この現状を引き起こした神崎が再び近付いてきた。
前の席に誰も座っていなかったので、彼女はその席の椅子を借りて俺の前にドカッと座った。
「……神崎?」
「……ダメか? こんな風に話に来るのって」
不安そうに言われ、俺は反射的にそんなことはないと首を振る。
「んなわけあるかよ。ちょい驚いただけ……だってそうだろ? 今までこういうことがなかったし」
「それはそうだけど……その、昨日帰ってから色々と考えることがあってさ……住良木ともっと話したかったっていうか……赤坂も同じかな」
「へぇ……ってそうだ」
俺としてはずっと気になっていることがあったんだ。
それは神崎の家のこと……他に何かやれることはないのか、あんな環境に再び戻しても良いのかって考えてはいた……それが気になっていた。
「家のことは大丈夫だったか?」
「……心配してくれるんだな」
「当然だろ。それでどうだったんだ?」
俺の問いかけに、神崎は大丈夫だと笑って頷いた。
「あたしなりに考えが変わったのもあって……まあ軽く喧嘩みたいなやり取りはしたよ」
「喧嘩?」
「あたしは確かに良い人間じゃない……けど、そんなあたしにも心配してくれる人が居る……アンタらみたいにはならないって言ってやった」
それはある意味で神崎から両親に対する決別……とまでは行かないまでも、今までの自分との決別と言えるのかな。
「ご両親は……それでなんか言ったのか?」
「何も言ってこなかった。随分と目を丸くして不思議そうにした後、つまらなそうに舌打ちをして好きにしろってさ。まあ元から好きにしてるんだけどね」
「……………」
「……本当に、どれだけお前は優しいんだよ。普通高校生でそんな風に心配する奴居ないだろ」
「いや居るだろ」
「い~や居ないね。居たとしても必ずそこには下心がある……でもお前にはそれがない」
……なんつうか、神崎からの信頼が高すぎる件について。
俺自身がそういう経験がなかったから分からないんだけど、やっぱり今まで周りに頼れる人が居なかったとして、俺みたいに同級生でそこまで頼りがいのある人間じゃなかったとしても気に掛けられたら嬉しい……ってことなんだろうな。
だからこそ彼女はこうして俺に心を開いてくれたのか……それ自体は凄く嬉しいけど彼女は一つ誤解している。
「神崎、俺にも下心の一つくらいはあるぞ。だって一昨日とか、普通にこのシチュエーション最高かよって思ったほど……って言ったらダメか」
「そりゃそうだろ。けどその正直さというか、そういう部分をあたしは信頼してるんだ。赤坂にも言ってるけど、あたしは住良木にこんな形であっても知り敢えて本当に良かったと思ってる」
神崎はそこまで言ってニコッと微笑み、何故か胸元に手を当てた。
何をするのだろうとドキドキしながら見守っていると、彼女は胸元のボタンを一つだけパチッと外した。
窮屈から解放されるようにぷるんと震え、僅かに赤い下着の片鱗が見えてしまった。
「改めてこれからよろしく住良木」
「おう……よろしく」
それを言うために谷間を見せる必要があったんですかね……。
▼▽
神崎の胸……エロすぎんだろ。
授業中もそれを考えるくらいに、神崎のことではなく彼女の胸が頭から離れなかった。
俺、立派な青少年に戻ったんだなぁとしみじみとした気分だ。
「……無用な心配をさせちまったな」
森本君たち……そこそこ仲の良い友人が心配してくれていた。
神崎のことなら大丈夫だからと伝えても、神崎に付き纏う悪評はそれだけ根深いらしく、中々信じてもらえなかった。
仕方ないのかなとは思いつつも、これを仕方ないで終わらせるのもどうかと考えている。
「……あん?」
そんなこんなで昼休みになり、昼食を済ませてトイレに向かった帰りだったのだが、菜月が一人の男子に連れられて廊下を歩いているのを見た。
ひょこっと見えた菜月の表情からアレが告白だと分かり、流石モテモテのヒロインだなと思う反面……すっごく気になる。
「……行くか」
こういう場合、二人っきりになると気が大きくなる人も居るので菜月に何かないとも限らない。
迷惑な話かもしれないが、追いかけてみよう。
そして案の定……追いかけた先で俺が助けに入る出来事が発生するのだった。
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