女の語らい

「……むにゃ」

「ふふっ、可愛いなぁ理人は」

「……分からんでもない」


 熟睡する理人を見つめる女が二人居る。

 転生する前も今も理人の幼馴染である菜月、そして理人の記憶では男だったはずの咲夜だ。

 少し話そうか――そんな一言が起点となって二人は体を起こした。

 理人を起こさないために電気を点けられず、暗い中だというのに二人はお互いが良く見えていた。

 しかし、起き上がった二人がまず注目したのは寝ている理人だった。

 お互いがどんな感情を抱いているのかは敢えて問わないが、二人が瞬きをせずにジッと見下ろしているというのが何よりの答えだろう。


「でも本当に今日は驚いたんだよね。まさか神崎さんが理人と話をする仲だったのもそうだし、こうして家に来ていることが」

「あたしだってずっと驚いてるよ。まさかこうして他人の……それも同級生の男の家に泊まるなんてな」

「してそうな見た目なのに違うんだ?」

「ホテルなら何度かな」

「あぁそういうこと」


 それってつまり……そう菜月は考えたが、どうも咲夜の様子からそれは違うと判断した。

 菜月は咲夜を伴い、窓の辺りへと向かう。

 雨は大分弱くなってきたがそれでもまだ強い。


「理人ね……こんな風に誰かに声を掛けられる人じゃなかったの。神崎さんみたいな女の子に声を掛けることも、ましてや困ってそうに見えたからって家に呼ぶような度胸なんてとてもなかった」

「あたしは住良木のことをそこまで知らないけど、教室での振る舞いを見てたからそう思ってた。周りの連中にちょっかいを掛けられても何も言い返さず、お前が助けに来るのを待ってる弱い奴だって」

「理人を弱いって言わないでくれるかな?」

「っ……悪い」


 咲夜にとって、菜月という女の子は弱い部類の存在だ。

 可憐な見た目は間違いなく男を虜にするだけでなく、否が応でも異性を引き寄せる暴力的なスタイルは咲夜も同じだからこそ隙を見せれば容易く食われてしまう。

 それでもなお、菜月の意志の強さを咲夜は垣間見た。


「確かに理人はそうだった……私が傍に居ないとダメだって、私が考えるほどに理人はそうだったの。でもそうじゃなかった……理人はとても強い一面を持ってた」


 菜月は再び理人へと目を向ける。

 理人に対する気持ちは幼馴染が抱く親近感が強かったが、実を言えば菜月にはもう一つ不思議な感覚を抱いていた。


「私ね……昔、イジメられてたの」

「そうなのか?」

「うん――私自身、別に耐えられないほどでもなかったけど、そんな私を助けてくれたのが理人だった」


 菜月は過去を思い出しながら言葉を続ける。


「ずっと理人とは仲が良かったけれど、それを機にもっと仲良くなったかなって気がするの」

「……………」

「でもね、その時の理人はとても不思議だった」

「不思議?」


 その時の理人が不思議とはどういうことか、一体何が言いたいのかと咲夜は気になっている様子だ。


「その時……私を背に庇う理人は凄く頼もしかった。まるで年相応じゃないみたいに見えちゃってね。そうだなぁ……あの時は小学生だったのに、今の理人……そう! 今の理人に感じたものを私は感じたの」

「今の住良木?」


 菜月は強く頷く。

 果たして理人は覚えているだろうか、かつて菜月を助けた時……菜月が不思議そうにしていたことを。


「理人はまるで、助けに入った自分が自分じゃないような顔をしていたのが印象的だったかな……結局、私はその時のことを不思議に思ってもすぐに気にならなくなって……それでつい最近、今の理人にあの時の理人を感じたの」

「それは……まるで今みたいに急に変わったみたいじゃないか」

「そうだね。私もずっとどこか引っ掛かってたんだけど、ようやく思い出すことが出来たよ」


 菜月にとって理人は守るべき存在だった。

 その時のことを覚えているとはいえ、幼馴染として傍に居るだけでなく仲が良ければ好意さえも抱く……しかしそこには彼を守らなければならないという責任感も確かにあった。


「……私はどこか義務感みたいなのを感じてたかもしれない。けど、そうじゃないんだって思った――私はただ純粋に、理人の傍に居たいんだよ」


 かつての記憶と今の理人が重なり、菜月の中で変化があったからこその言葉だった。


「……………」


 咲夜は菜月の言葉を黙って聞いていたが、何かを言い返すこともない。

 菜月が抱いている気持ちを真っ直ぐに伝えられたからなのか、それともこんな風に同性と話す機会が無かったからなのか……とはいえ口にすべき言葉は纏まったらしい。


「あたしはまだ、自分の中に渦巻く気持ちが整理出来てない。住良木と話をしたのもつい最近だし、こんなことになるのも想像出来なかったから。でも一つだけ確かなのは、私は住良木っていう止まり木が欲しい」

「止まり木? しかも欲しいって……」

「住良木の奴に……寄り掛かりたいって思っちまったから」


 菜月は咲夜のことを悪い噂でしか知らない。

 実を言うと理人に咲夜のことを信じるとは言っても、まだ若干の警戒は残り続けている。

 だがそんな警戒を払うほどの微笑みを咲夜が浮かべたことで、菜月は自分と似ている部分があるなと感じた――理人の頼れる部分、そこに触れることの出来た同士として。


「まさか神崎さんがそんな風に言う人だなんて思いませんでした。どうしても悪い噂ばかりが先行してしまいますので」

「お前と比べたらあたしは悪人だよ。少なくともお前みたいにあたしは綺麗な人間じゃない」

「……………」

「だからずっと薄汚れて生きていくと思ったんだぜ? それがまさか、同級生の男に惹かれてるんだから何があるのか分からん」


 その言葉を聞いた時、明確に菜月は咲夜を敵と認識した。

 敵というのは排除しようというものではなく、もっと単純に女としての戦いに関するものだ。


「私……負けません」

「……あたしもこの止まり木を逃したくない――言っちまうと、たとえ住良木が誰かと付き合ってても奪ってやるつもりだったし」

「そ、そこまでですか……?」

「まあな。けどそれも難しそうだ……だって住良木はとても責任感がありそうだ。それこそあたしの知る大人に比べて遥かにな」

「……むぅ」


 これは中々に手強い相手だ、そう菜月は思うのだった。

 こうして少女たちに語らいは終え、一日が過ぎて行く。


 ちなみに漫画と言う名の原作にて、菜月が語った出来事が実は存在しなかったというのはもはやどうでもいいことだ。


 ▼▽


 翌日、朝から大変だった。

 寝ぼけていたので菜月と神崎が泊まったことも忘れていたので、そのまま起きようとしたのだが……すぐ近くで掛け布団に手を掛けると神崎を見たのである。


「ちっ、もう起きたのか」

「……何をしようとしたの?」


 なんて、そんなやり取りがあった。

 正直……神崎を前にすると露骨にエロさというか、女をこれでもかと感じてしまう。

 菜月とはまた違う感覚にドキドキしたのも仕方ない……というか高校生のくせに大人顔負けすぎるんだよ見た目とか雰囲気がさ!


「……はぁ」

「どうしたの? そんなに疲れて……」


 何でもないよ……ていうか言えないよ。

 母さんの問いかけにそう返しつつ、思い返していた記憶を一旦シャットアウトする。


(あの二人……やけに仲良くなってたな)


 菜月と神崎の二人がやけに仲が良かった。

 昨晩は早く寝てしまったので、その時に何かを話したのかもしれないけれど良いことには違いない。


「……なんつうか、本当に疲れる日だったなぁ」


 本当にあまりにも濃すぎる昨日、そして今日の目覚めだった。

 制服も乾き終えたことで神崎はもう着替えており、今日はそのまま家に帰るとのこと……それを聞いた時、俺は随分と心配そうな顔をしていたらしく神崎に大丈夫だと念を押された。


「大丈夫だよ。何かあったら……頼るから。住良木だけじゃなくて赤坂もそう言ってくれたから」

「そうか」

「そうだよ♪」


 そうして、騒がしかった瞬間は終わりを告げた。

 しかし、翌日の学校からありとあらゆる意味で俺たちを取り巻く様相が変化したのは言うまでもない。

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