幼馴染との通話と両親帰宅のダブルブッキング。

 そんな中で俺はと言えば神崎を家に連れ込み、そして押し倒されているという何とも言えない状況だったのだが、俺はあまりにも両親からの信頼は厚かったらしい。


「そ、その……お邪魔しています」

「良いのよ。ふふっ、まさかこうして理人が菜月ちゃん以外の女の子を家に連れて来るなんてねぇ……しかもこんな夜に!」

「……ごめんなさい突然」

「だから謝らなくていいってば。何か事情があることくらい分かってるからね」


 酒でべろんべろんになっていた父さんは早々に寝室に消えたが、酒に強い母さんは何も説明せずとも神崎との事情を察してくれた。

 元々菜月以外の女子を家に連れて来ることなんてなかったし、俺が無責任に女の子と関係を持つだなんてあり得ないと、そう母さんが思ってくれたからこんな和やかな光景が広がっている。


「……ふぅ」


 ……とはいえ、俺は神崎と母さんから視線を逸らして隣を見た。

 そこにはわざわざ急いでやってきた少しばかり髪の毛を濡らした菜月が座っており、彼女にも今日のことを説明した。


「それで神崎さんがここに居るんだ」

「あぁ……なあ菜月」

「なに?」

「ジッと見てくるの止めてくれない? 怖いんだけど」


 彼女に事情を説明している間、俺と目が合っているときもそうでない時もジッと見つめ続けるのは止めてほしい……しかも瞬きも一切ないからとにかく怖いんだ。


「怖いって酷いなぁ理人ってば。別に怒ったりはしてないんだよ? 理人がしたことは間違ったことじゃないし……でもやっぱり理人って変わったんだなって思うよ」

「まあ……そうだな」

「ただ相手が神崎さんって言うのが驚いたの。学校でも悪い噂が彼女に付き纏っちゃってる……あれ、もう簡単にはなくならないくらいだもん」


 その点については俺も頷く。

 神崎がどんな存在であるか、それはかつての記憶から知っているので悪だというのは理解している……しかし、だからと言ってここまでの悪評がこうも広がっているのは中々に理解しがたい状況だ。

 たとえ性別が変化したとしても、神崎は神崎であるとこの世界が運命を決定付けたかのように彼女は嫌われている。


「それもあったし本人にも何も聞かないんだなって言われたよ。けど俺からすりゃそんなことはどうでも良かったんだ。びしょ濡れになったままの神崎をどうしても放っておけなかった」

「……本当に変わったよ理人は。そっか、理人は神崎さんの噂が本当かどうかに関わらず、彼女の手を取ったんだね」

「おう」

「なら私も神崎さんと仲良くしよっかな」


 ほう……まさか菜月からそんな言葉が出ようとは。

 まあでもこれは別におかしなことではなく、菜月は本当にヒロインという肩書がピッタリの優しい心の持ち主だ。

 そんな彼女でも寝取られてしまうというのは、単にストーリーが悪いだけであって菜月が悪くはない。


「良いのか?」

「もちろんだよ。だって理人がそう決めたんでしょ? なら私も理人みたいに神崎さんと仲良くしたいかな」

「……そうか」


 俺が決めたから……か。

 ほんの一瞬だけ微妙に怖い何かを感じ取った気がしたけど、菜月はニコニコと神崎さんを見ているのできっと気のせいだ。

 学校でも菜月が神崎と話をする姿があったら、色んな人が様々な憶測と共に噂をすることは容易に想像出来るものの……結局は神崎の悪評がなくなることが想像出来ないのも悲しいところではある。


「それで、なんで菜月はそんな鞄を?」

「あ、これ?」


 実はずっと、菜月がこっちに来てから気になっていた。

 ただこっちの様子が気になっただけならともかく、こんな荷物の入った鞄をわざわざ持ってくる必要はないはず。

 別に今から出掛ける予定があるでもないし、そもそももう夜だから。


「私、今日は泊まるからね」

「……わっつ?」

「泊まるよ? ほら、さっきちょっと弱くなってたけど」

「……やべえ土砂降りじゃん」


 外は凄まじいほどの土砂降りに進化していた。

 ……ってそうじゃなくて、俺は神崎をこのまま家に帰すのはどうかと思っていたから菜月に頼りたかった。

 これが一時の安息とはいえ、少なくとも今だけはと。


「だからさ、泊まっても良いよね? ちょうど明日は休みだし」

「それは別に構わんけど……神崎は?」

「神崎さんも泊まる勢いじゃない? あ、勢いっていうのは神崎さんがじゃなくてみどりさんが提案するってこと」

「……なるほどね」


 確かに母さんならそう言いそうだ。


「……あ」


 再びあちらへ視線を戻した時、神崎は笑っていた。

 まるで親子の会話を楽しむかのように笑顔で……なんだか、俺からしても不思議な気分になれる瞬間だ。

 その後、菜月が言ったことが現実になるかのようにトントン拍子に進んで行った。


「いきなりごめんなさい翠さん」

「良いのよ全然。それじゃあ咲夜ちゃん、ゆっくりしていってね」

「あ、ありがとうございます……」


 勝手知ったる我が家のように、菜月が神崎を部屋へ連れて行った。

 急遽のことで部屋の用意は出来ておらず、二人ともまさかの俺の部屋で寝ることに……ベッドは俺で、二人は敷布団だ。


「理人、随分と不思議なことになったわね」

「あ~……正直俺もなんだろうって思ってるよ」

「でしょうね。でも咲夜ちゃん、理人にとても感謝していたわ。ぎこちなくはあったけれど、あの子は随分と気の強い子なんでしょ?」

「まあ見た目に合う気の強さかな」


 だからと言って、いきなり体を好きにして良いは流石に……ねぇ。

 一瞬流されかけた自分を情けないと思いつつも、おそらくああやって女の子に迫られるのはアレが最後だろうし……まああれも一つのラッキースケベと思って感謝しておこう。


「理人……凄いわね」

「そんなことないよ。俺は自分が正しいと思ったことをしただけ」

「良いじゃないの。誰かがあんなにも感謝するというのは、それだけ正しいことをしたってことなんだから」


 母さんにそう言われたなら色々と気が楽になるよ。

 とはいえ今日はあの二人と同じ部屋で寝るのか……一つだけ幸いなのは俺はもうちょっと眠気で限界だということだ。

 明日、朝食を用意するからみんなで下りてきなさいと言われ、俺も自室へと向かった。


「うっす」

「おかえり理人」

「……よぉ」


 部屋に戻ると既に布団は敷き終えており、二人ともパジャマだった。

 本来なら俺の服を着ていた神崎だけど、菜月が自分の余分に持ってきてそれを着せている。

 俺の部屋で美少女二人がパジャマで居るのは何だろう……興奮とかそういうのではなく、単純に不思議な気分だ。


「菜月、突然だったけどありがとな?」

「ううん、役に立てて良かったよ。理人の役に立ててね♪」

「……可愛いじゃねえか」


 ボソッと呟いてしまうほどに可愛い笑顔だ。

 菜月の次は神崎へ。若干居心地を悪そうにしているのだが、顔色は明るくて安心する。


「神崎、突然こうなっちまって悪いな。えっと、一緒の部屋じゃないのを希望なら用意するけど」

「何言ってんだ……ここが良い。つうかお前がそんなことを気にしないでくれって」

「……なら良いんだが」

「ありがとう住良木……本当に感謝してる」


 菜月に負けず劣らずの綺麗な微笑みに、俺は一切ドキッとしなかった。

 ……それだけ眠たかったってことだ。

 何か話すことがあるかと思ったけど、俺の限界を感じ取ってくれた二人がもう寝ようと提案してくれたのでベッドに入る。


「じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみ住良木」


 本来なら感じるであろう緊張も彼方に吹き飛ばすように、俺は眠りに就いた。


 ▼▽


 静かになった部屋に、声が響く。


「神崎さん、まだ起きてるよね?」

「あぁ」

「少し話そうか」

「分かった」

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