身構えている時に不幸はやってこない
「……ま~じで雨が止まねえな」
「このまま土砂降りが続いてくれてもいいけどな」
「なんでだよ」
このまま降り続いたら帰る前にまた濡れちまうぞ?
そんな風に神崎に目を向けたのだが、彼女はジッと外を見つめ……チラッと俺を見てはふぅっと息を吐く。
「なあ、俺の顔はそんなにため息を吐くくらいの物なのか?」
「違うっての。雨が止んだら帰るのにちょうど良くなっちまうだろ?」
「……うん? それって何かおかしいのか?」
俺の問いかけに神崎はクスッと笑い、そういえばと言葉を続けた。
「流石にあたしの制服……こんな短時間じゃ乾かないよな」
「そりゃそうだろ。もしかして帰る時の服を心配してるならそれを着て帰っても構わねえぞ。後日、ちゃんと返してくれな」
「そうなったらもちろん返すよ。でも良いの?」
「良いよ。むしろ乾いてない服を渡して帰れって言う方が終わってると思うんだけど」
「……ほんと、お前って変わってるよ」
そりゃ人生二周目だからな、変わりまくってるとは思う。
これでもたった数日間で前世のことも含め、理人としての自分を受け入れることが出来たのは大きかった。
死因などの大切な部分は思い出せないけど、流石にどうやって死んだか思い出したらそれはそれでトラウマでも呼び起こしそうだし……案外思い出さない方が幸せかもしれない。
(……それにしても)
また頬が熱くなったのを自覚しながら、俺はチラッと神崎を見る。
やっぱりこうして彼女のような派手な女の子が、こうも物静かに傍に居るというシチュエーションはやはり慣れない。
自分のことを思い出してからは菜月ともこういうことはなかったし……って相手が菜月だからって想像するのは止めろ俺!
「なあ住良木」
「うん?」
「あたしが言うのもなんだけど、何も聞いてこないんだな?」
「聞いてほしいのか?」
「……………」
神崎が言ったのはおそらく、家の事情であったり何故学校で一人で居るのか……或いはあまりにも悪い噂が付き纏っていることに関してかな。
外から俺へと神崎は視線を向けた。
綺麗でありながら、少しだけ濁ったような瞳に見つめられながら俺はこう答えた。
「神崎に色んな噂があることは知ってる……さっきのを見ても、家族仲は最悪と言って良いんだろうな。だからぶっちゃけ、関わらない方が良いまであるとも思ってる」
「ははっ、正直に言いすぎだろ」
「続きを聞けって」
確かに正直に言いすぎた気はするものの、神崎は機嫌を悪そうにはしておらずむしろ楽しそうだった。
これから伝えることはまあ、俺だからこそ言えることだ。
菜月や神崎にドキドキしていて説得力はないにしても、彼女たちのことがやはり年下にも思えるからこその言葉。
「噂とか、神崎がどんな風に思われてるのかそれは俺には関係ない。まあ今日の放課後だったり今のやり取りがあるからこそだけど、少なくとも俺は神崎のことを拒絶しようとは思わないさ」
「っ……」
「つうか少しでも拒絶しようって空気を出してたか? もしそう思ったとしたら大層な勘違いだぜ~?」
「……その顔うぜえわ」
「……ごめんなさい」
綺麗な笑顔から一転、睨まれたので速攻で謝っておいた。
「とにかく! 俺は何も知らないままで拒絶なんかしないってことだ。まあ少し前までは俺も全然関わろうとは思わなかったから説得力はないだろうけどよ」
「……そんなことない。お前はこうしてあたしに関わってくれた。大人の男ならともかく、同じ子供のお前は何も怖がることなくあたしに温かい時間をくれたから」
……神崎は照れたようにそう言って静かになり、何とも言えない静かな時間が到来した。
不思議だったのは別に気まずいとは思わなかった……あの神崎がこんな風に思えてくれたことは嬉しかったし、俺の行動で誰かが嬉しい気持ちになってくれるってのは俺自身も嬉しいからである。
「噂とか色々あるだろうけど、今の俺からしたら神崎ってマジでめっちゃ美人の女の子って思ってるけど」
「な、にゃにをいきなり言ってんだ!」
「おやおや~? こういうことを言われるのは弱いのかにゃ~?」
「……ぶっ殺すぞお前」
「ごめんなさい」
スッとジャンプをしながら空中で足を畳み、綺麗なジャンピング土下座を披露しながらの謝罪だ。
本当に殺されそうなトーンではあったが、神崎はそこまでしなくて良いと逆に慌てるように肩に手を置いてくる。
「ったく……本当にお前と話すと調子が狂う」
調子が狂ってるのは俺も同じだから安心してくれ。
こうして神崎と話をしている中、俺はこの後どうしようかとかなり真剣に考えている。
相変わらずの土砂降りが延々と続いており、家の中に居るのに大粒の雨が叩きつける音がかなりうるさい。
「本当に止まねえな」
「そうだな……なあ住良木」
「うん?」
「……本当に今日はありがとう」
「おう」
お礼は良いからこれからどうするか出来れば提案していただけると俺は助かります。
一番丸いのが菜月に頼るってことなんだけど、あいつまだ熟睡してんのかなぁ……なんて、そう考えた時だ。
「お礼……させてもらっていいか?」
「お礼? そんなもんは――」
要らないと言おうとして俺は神崎に押し倒された。
何が起きたのかすぐには理解出来なかったけれど、ドンと俺の顔の真横に手が置かれたことで我に返る。
さあっと垂れ下がる髪の毛から覗く神崎の顔が正面にある。
「何を……」
「あたしは今、何も持ってないからな。その代わりと言ってはなんだけど今日のお返しをさせてほしいんだ」
「お、おいまさか――」
「安直だとは思うけどあたしの体、好きにしていいよ」
「っ!?」
凄まじいほどの衝撃が走った。
というか好きにしていいと言うくらいなら押し倒すのではなく、俺に押し倒されてくれ?
(こんな風に考えられるくらいには余裕があるのか……?)
しかし、現実は絶対に時間を止めない。
ここで神崎が少しでも笑ってくれれば良かったのに、俺を見下ろす彼女は優しく微笑むだけ……本当に、本当に俺がここで何をしても彼女は文句を言わないということに確信が持てた。
「あたしさ、これでも体には自信があるんだよ。胸もデカいし、尻もまあまあ……お前だってそう思うだろ?」
「それは……まあはい」
「なら良いじゃん。一緒に気持ち良くなろうぜ」
ちなここうちのリビングなんですがね……。
あぁやっぱり意外と落ち着いてるわと自分自身に安心し、俺はこんなことを言ってみた。
「本当に好きにして良いんだな? 文句言わないよな? 悲鳴とか出してこいつが犯人ですとか、学校で言い触らしてずっと晒し者にしてやろうとか思ってないよな?」
「やけに具体的すぎるだろ……全然思ってないから安心しろって」
それなら良し、そう思って俺は思い切って神崎の肩に手を置いて抱き寄せた。
小さな悲鳴と共に彼女は俺の体の上に落ち……とてつもない柔らかさを胸に感じるだけでなく、顔に掛かる彼女の髪の毛がくすぐったい。
おまけに香りも良くてくらくらしそうだった。
「その……エッチなことはしねえ。だからちょっと……こうして見たかったというか」
「……抱きしめるだけかよ」
うるせえ! つうかこんな形で女の子とエッチなことするとか最低以外の何者でもないだろ。
単にこうしてるだけでも十分アレな案件かもしれないが、あのままだと逃げれない雰囲気だったからこうさせてもらった。
「好きにしても良いって言ったじゃん。嘘だったんかい?」
「嘘じゃない……ああもう! 本当に調子が狂うってお前!」
「……ぶっちゃけこれも逆にどうなんだって思ってるぞ俺は」
「あたしが許可したから良いんだよもう!」
「言質取りました! 俺、無実!」
「だああああうるさあああい!」
耳元で叫ぶんじゃない鼓膜が破れるだろうが!
とはいえ役得だなと思いつつも、背中をトントンと優しく撫でたのはもしかしたら……こうすると落ち着くかなって思ったのかもしれない。
「なあ住良木ぃ」
「なんだ?」
「お前さぁ……年齢偽ってる大人とかじゃないよな?」
「んなわけ」
ありますこれ。
さて……いつまでこの状況が続くのか、そこまで考えてようやく菜月から連絡が入った。
すぐにスマホを手に取り、助かったと伝えた瞬間――。
「赤坂か?」
『……誰の声かな?』
これだけではなく……。
「ただいま~、今帰ったわよ~」
「うぅ……飲みすぎたよ」
両親まで帰ってきた。
……どうしよ。
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