止まり木のような存在
(……妙にしおらしくなったな)
心配に決まってるだろ、そう言ったら神崎は見るからに大人しくなってしまい、学校で見せた姿なんかは何だったんだと思わせる。
まあそんな様子はともかくとして、今の彼女はスマホくらいしか持っていなさそうだし……何よりこのまま家に帰ったところで、またさっきの男たちに会うことになる。
「……八方塞がりじゃねえか」
そう呟いた時、くしゅんと神崎が可愛いくしゃみをした。
上着を渡したとはいえ服は大量の雨水を吸っているだろうし、夜というのもあって寒いだろうことは容易に想像出来る。
「ちょっと待っててくれな」
スマホを取り出し、菜月へと連絡をする。
だが今日に限って彼女は通話に出てくれず……菜月は時々恐ろしく早く寝る時があるので、それがちょうど今日だったのかもしれない。
「……なあ住良木、あまり気にすんなよ。家に帰らないなんて珍しいことじゃないし、それこそ適当にその辺の――」
「神崎の事情にあれやこれや言う資格は俺にはねえよ。でも自分のことを大切にしろよ……大事な時期なんだから」
「……………」
きっと、なんだこいつうぜえって思われてるんだろうなぁ。
果たしてどんな罵詈雑言を心の中で言われているか、それを怖くて考えることが出来なかったけれど……仕方ないとため息を吐き、俺はダメ元でこんな提案をしてみた。
「その……うち来るか?」
「え?」
……言った後に後悔した。
いくら事情が事情とはいえ、特に絡みの無い女子を家に招こうとか頭おかしいどころの話じゃない。
咄嗟に出た言葉だけど、俺ってば何言ってんだよマジで!
ただ言い訳をさせてもらえるならば、一切やましいことを考えずにただ彼女が心配だったからそう言った。
「……………」
神崎は何も言わずに下を向くだけ……ま、そりゃそうなるわな。
俺は流石に出過ぎた真似だったかと思い一言謝ってこの場を後にしようとしたのに、服の裾をちょこんと神崎が掴んだのだ。
「……あたしは……っ」
なあ、誰か教えてくれよ。
たとえ絡みがなかったとしても、相手に悪い噂が付き纏っていたとしても……こんな風に助けを求めるような声を出されて、何もしないわけにはいかないだろうが。
「今日ちょうど両親遅くなると思うし……深い意味はないぞ!? 本当は幼馴染に助けてもらおうと思ったけど出なかったし!?」
「……ははっ、慌てすぎだろお前」
「誰のせいだと思ってる!?」
こんなことなら街に出なければ良かったと思う反面、もしも出掛けなかったら神崎に何が起きていたんだろうって……そう考えてしまうくらいならこれで良かったんだよきっと。
(それに今の俺は高校生だし、社会人が高校生を家に連れ込むのとはまた違うしな!)
まあでも、神崎の家庭環境なら両親も彼女がどんな風になっても構わないとか思ってそうだ……こっちの方が重いため息出ちまいそうだぜ。
「お邪魔しても……良いか?」
「おうよ」
よし決まりだ、俺は神崎を連れて家へ戻るのだった。
家に帰るまでの間にただでさえ酷かった雨は更に酷くなり、傘を持参したはずの俺も帰る頃にはびしょ濡れだ。
これ以上神崎が濡れないようにしたのもあったけれど、流石にまたシャワーに行かないと。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
ほんと、しおらしいな神崎の奴。
玄関先でまずタオルを渡し、軽く体や髪を拭いてもらって風呂場へと移動してもらう。
言葉少なめではあったが、神崎は俺の言うことに一から十まで従ってくれるのでとても助かる。
「こういう時にこそ菜月が居てくれたら助かるんだが……なあ神崎、服は俺ので良い?」
「貸してくれるなら何でも……ありがとう」
「良いってことよ」
下着は……どうしようか。
流石に同性とはいえ母さんの下着ってのも……うん、ここについては少し我慢してもらおう――俺、頑張ってるから起きて気付いてくれ菜月。
「風呂温まってるからちゃんと肩まで浸かれよ?」
「……あぁ」
そう伝えてから外に出た。
神崎に貸す服を用意して戻るのだが、ちゃんと事故がないようにしっかりと注意をしながら中に入る。
一枚の戸を隔てた向こうでは神崎がシャワーを浴びており、僅かにだが人影のシルエットが見えてハッとした。
「っ……着替え、置いとくからな」
小さな声だったので聞こえるはずもなく……サッと脱衣所から出てふぅっと息を吐いた。
胸に手を当てると、心臓の鼓動があまりにも激しい。
菜月に抱き着かれた時と同じような感覚だなと思いながら、リビングで神崎を待つだけの時間が過ぎて行く――そしてしばらくした後、俺の私服を着た神崎がリビングへ戻ってきた。
「服……ありがとう。風呂も温かった」
「そ、そうか……」
風呂上がりの神崎はあまりにも色っぽく、ようやく鳴りを潜めそうだったドキドキが戻ってきてしまう。
僅かに紅潮した頬、拭いただけのしっとりとした髪の毛、美少女ギャルが俺の服を着ているという状況……おかしい、この世界はラブコメだったのか?
「洗面所にドライヤーあるから好きに使って。俺もシャワーだけ浴びてくるからさ」
「……何から何までありがとな」
「だから良いんだっての」
これで戻ってきたら居なかったりして……まあそれはそれで文句の一つくらいは言うだろうけど、何となくそれは無さそうな気がしてる。
神崎に言ったように軽くシャワーを浴び、雨に濡れた不快感を洗い流してからリビングへ戻ると、神崎は行儀よくソファに座っていた。
「早いんだな……」
「だって俺、家を出る前に一度入ってたから」
「そうなのか――」
そこで、ぐぅっと誰かの腹の虫が鳴った。
俺ではないので必然的に神崎ということになり、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして視線を逸らしている。
もしかして飯を食ってない……ようだな。
相変わらず外は土砂降りの大雨であることを確認した後、冷蔵庫に向かって中を確認する。
「肉じゃがにポテトサラダ……そういや昨日のがあったか」
これなら外に行かなくて良かった……なんてもう思えねえな。
「おい、流石にそこまでしてもらわなくても」
「聞こえな~い」
神崎の声に聞こえないフリをしながら食事の準備を始める。
温かい白米と肉じゃが、熱々の味噌汁とポテトサラダ……即興にしては十分な食事が出来たもんだ。
「ほら、食べな」
「……なんでこんなにしてくれるんだ」
「……餌付け?」
「はっ?」
「ごめん冗談です」
すみません調子に乗りました。
恐る恐ると言った様子だったが、パクパクと食事を始めた神崎を見つめ続けるだけという何とも言えない時間の到来だ。
なんか……改めてこう言いたい。
どうしてこうなったんだって。
「……美味い」
「……そうかい」
「美味いよ本当に」
「なら良かった」
ただまあ……行動して良かったとは思うよ。
「なあ住良木、どうして……どうしてこんなにしてくれるんだ?」
「逆に教えてくれよ。あの状況で俺には関係ねえじゃあなって言う方がどうかと思うけど?」
「それは……そうかもしれねえけど」
「心配だった、それだけで十分だろ。むしろこうして神崎を家に連れてきて何を言われるんだって俺の方がビクビクしてんぞ」
ドキドキと怖さが半々だぜマジで。
黙り込んだ神崎に対し、俺はこう言葉を続けた。
「これもまた何かの縁ってやつだ。リラックスして、飯を食って、しっかり温まってくれや」
「……っ」
何だろうこの年下と接しているような感覚……不思議だねぇ。
▼▽
なんなんだこいつは……あたしはそう思いながら用意してくれた飯を食べている。
(美味しい……こんなに食事って温かったのか)
体の芯から、それこそ心まで温かくなる。
……あたしにもまだ、こんな気持ちになれる心が残っていたんだなと少し意外だ。
(あたしは……ずっと一人だった)
物心付いた頃には両親の汚い瞬間を目にし、それが連鎖するようにあたしの性格に反映され、誰も寄り付かない今のあたしを作り出した。
薄汚い両親の醜い部分、それは魂という根深い場所で私に継承されたのか……本当に自分でも笑ってしまうほどに、素行の悪い人間が出来上がったものだと思う。
「うん? どうした?」
「っ……何でもない」
一人は嫌じゃない……だって何も考えずに済むから。
けど今のあたしは一人じゃない……今まで特に絡みの無かった住良木が目の前に居て、どうしてかこいつの家にあたしは居て……あまりにもおかしな現状だ。
(……こいつ……変だよ本当に)
住良木……こいつは変な奴だ。
でも不思議だ……だってこんなにも温かくて、とても同い年には思えないほどに頼りになる男って感覚があるから。
もしもあたしが小鳥なら、どうにかしてでも羽を休めたい止まり木のよう……あぁそうか。
もしかしたらあたしはずっと欲しかったのかもしれない。
そんな止まり木のような場所を……頼りたいと思える存在を。
(そういやこいつには幼馴染が居たっけ……ふ~ん)
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