厄介事はやっぱりやってくる
「……ふわぁ」
「大欠伸ねぇ。夜更かしでもしたの?」
「いんや、単に眠たいだけ」
ごめん母さん、嘘だ。
昨晩は昨晩でずっと考え事をしていて寝るのが遅くなったので、バッチリ夜更かしだ。
「授業中に寝たりするんじゃないわよ?」
「分かってるよ。仮に寝るとしてもバレないようにするって」
「そうね。バレないようにしなさい」
流石母さん、分かってらっしゃる。
漫画ではあまり出てこなかった理人の両親だったけど、こういう立場だからこそ長い時間を共にしてきた。
その上で分かったこと、それはあまりにも理想の両親すぎる。
仮に何も思い出さず、漫画のように菜月を寝取られて絶望してもすぐに立ち直れそうな気がするくらいには、両親は温かい人たちだ。
「母さん、今日も朝食ありがとう。美味しかった」
「あらあら、今日は随分と素直ね」
いやいや、これくらい当然ですよって。
それから二階に上がって部屋に戻り、学校に向かう準備をしていると何やら一階が騒がしくなった。
何だろうと思って鞄を手に降りると、そこにはまさかの姿が。
「……菜月?」
「あ、おはよう理人!」
「今日も菜月ちゃん来てくれたわよ」
「……あ、そっか」
そうだった……昨日は別々だったけど、菜月は朝にこうして迎えに来てくれることがあったんだ。
俺と菜月が仲が良いということ親同士もとても仲が良いので、母さんにとってもこんなのは見慣れた光景かな。
「いつもありがとね菜月ちゃん。まあ私としては、いつまでも息子が菜月ちゃんに頼りっぱなしなのはどうかと思うんだけど」
「あ……そんなことないですよ。私が好きでやってますし……それに理人は凄く頼りになるっていうか……そういう一面もあって……あの」
「菜月ちゃん?」
おそらく昨日のことを思い出したのか、チラチラと菜月は俺のことを見てくる。
「何かあったの?」
「何もないよ。じゃあ行こうぜ菜月」
「う、うん!」
昨日のことは俺としてもかっこ付けすぎだと思っているので、流石に母さんと言えど知られたくない。
半ば菜月を連れ出す形で外に出た俺は、ふぅっと息を吐くのだった。
「朝から疲れるな全く……うん?」
「……………」
ボーッとした様子でこちらを見続ける菜月……どうした?
「どうしたんだ?」
「あ……ううん、昨日のアレは見間違いじゃなかったんだって」
「……頼むから忘れてくれ」
「どうして? 凄く新鮮だったし……それに、あんな風に自信持った様子の理人はかっこよかったもん」
「……………」
この子……シンプルにかっこいいとか言ってくれるんだもんな。
別に意識している様子ではなく、本心でそう思ったから言葉にして伝えてくるだけ……なるほど流石はヒロインだ。
「……そうかよ」
恥ずかしくなりスッと顔を背けた。
いくら人生二周目とはいえ、美少女には弱いんだ……しかも前世で色々とお世話になってたわけだし? エロいシーン抜きにしても菜月のヒロイン力は高い。
「あ、待ってよ~!」
先に歩き出した俺の背中に、菜月は勢いを付けて飛び付いた。
「な、なんで抱き着いてくるんだよ!」
「えぇいいじゃんかぁ。あははっ、こうすると顔を赤くするのは変わらないんだねぇ♪」
「ええい離せ!」
「いやだ~!」
離れろと体を揺らすが、思いの外力が強くて菜月は離れない。
男の俺がそうしても離れないのはそれだけ菜月が密着しているわけで、前世で幾人もの読者を虜にしたその体が惜しみなく押し付けられているということ……まさかこの子、俺を殺しに来てる?
「……実はね、ちょっと不安だったの」
「え?」
「昨日から見た理人が別人のように思えたから……何だかんだ言って結構気になってたんだよ私」
「……そうか」
「でも……そうじゃないんだね。理人は理人……むしろ、頼られたいって言ってくれた理人に私……その……」
それっきり、菜月は黙り込んでしまった。
その先に続く言葉が何だったのか、気にはなったけど流石に俺の意識は背中に触れている胸に集中してしまっている。
(真剣な空気の中ごめん菜月……俺、めっちゃスケベだわ)
こんな俺を菜月に知られるわけにはいかん……でも、菜月ってエロ漫画のヒロインだし良いんじゃね?
う~ん……ちょっと感覚がこんがらがってしまいそうだ。
(けどそういや菜月って……)
くよくよする理人よりも、頼りがいのある咲夜の方が良い……そんな台詞が菜月にはあった。
菜月も理人が好きだったけど、それは単に好きという設定があっただけで理由の詳細は書かれていなかった。
「菜月ってやっぱり頼りになる人が気になる感じ?」
なんて、そんなことを何の脈路もなく聞いてみる。
菜月は俺の背中から離れ、隣に並んでうんと頷いた。
「支えになりたいって気持ちもあるけど、やっぱりどんな形でもこの人なら頼りになるって人は良いと思うなぁ」
あ、じゃあそれに俺氏立候補してよろしいか?
そんなことを考えられるくらいには菜月との距離感を掴めているし、理人としての自分を受け入れて気持ちに余裕が出来たらしい。
俺は菜月に向き合い、改めての気持ちを口にした。
「改めてよろしく頼む菜月」
「いきなりどうしたの? でも分かった! よろしくね理人!」
そのあまりにも眩しい笑顔に、またもやこれがヒロイン力かと俺は感動するのだった。
でも……これは本当に感動に近かった。
改めてもなにも、いきなりよろしくと伝えるのも変な話だ。
それでも菜月が笑顔でよろしくと言ってくれたこと……それが彼女にも俺という異物が受け入れられたような気がして嬉しかったんだ。
▼▽
神崎咲夜、彼……じゃなくて彼女の評判は漫画通りの物だった。
それはマジ情報なのかと耳を疑いたくなる悪評は彼女に付いて回り、あれほどに優れた見た目をしていても誰も寄り付こうとしない。
それこそクラスでも有名な……漫画の男神崎みたいなチャラ男ですら女神崎に声を掛けることさえないのである。
「どうした? 神崎のことが気になるのか?」
「いや……そういうつもりじゃないんだけどな」
そこそこ仲の良いクラスメイト、周りにオタクだと公言している森本君が言葉を続けた。
「あいつ……確かに美人だけど、何かと良くない噂ばかりだからな。同じように悪い噂のある先輩ですら近付かない奴だ。きっと碌なことにならないから気を付けろよ」
「おう」
……まあ、こんな風に言われているのも漫画と同じだ。
ただ漫画では神崎には取り巻きが居たし、確かに仲間は居た……けど俺の視線の向こうに居る神崎と、記憶にある今までの神崎が誰かと一緒に居た光景は見たことがない――正真正銘、彼女はずっと一人だ。
「……ま、会話もままならないしそもそも絡む機会なんてないか」
以前の俺はともかく、神崎は別にイジメられているわけじゃない。
そもそもイジメたりしたらどんな反撃を食らうか分からないということで、彼女の容姿に嫉妬する目立つ女子ですら手をこまねいているという状況……神崎の奴、覇気でもあるんかね。
「それよりも理人の方こそ気を付けた方が良いぞ……あいつら、またお前に何かしようとしてるかもしれん」
「あいつら……あぁなるほどね」
森本君が言うあいつらとは、俺にちょっかいを掛けていた連中だ。
昨日初めて反撃したことをどうも根に持っているらしく、今も親の仇を見るような目でこっちに顔を向けている。
「あれさぁ……俺悪くねえだろ」
「全然悪くねえよ……なあ、何かあったら言ってくれな?」
「……ありがとな」
いくら仲が良いとはいえ、こういう面倒事は嫌だろうに……まあでも可能な限り他の人に迷惑を掛けないよう処理出来ればいいか。
(特に菜月には絶対に心配は掛けられないな)
あの子にはもう、必要以上に心配を掛けたくはないからな。
そんな風に新たな問題が舞い込んできそうな気配に警戒していた俺だったのだが、その放課後に事件が起きた。
「……その……ワザとじゃないんだけど」
「それは分かってるっての。良いから顔を退けなよ」
わたくし……神崎の豊満な胸に顔を突っ込むという大事件発生。
どうしてこうなった。
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