何かがおかしい世界線

 寝取られ物のストーリーに必要となる存在、それは主人公とヒロインだけでなく寝取る側の存在が必要不可欠だ。

 というかこういう物語において重要なのは主人公じゃない。

 ヒロインと寝取る側の二人が居ないとお話にならないし、そもそも何の話やねんってことになる。


「……………」


 さて、その上でこの世界のことを改めて整理しよう。

 突如思い出したあの日から二日が経って週明けの月曜日、俺の目の前には金髪ギャルが立っている。


「用がないのに呼び止めたっての?」

「……すまん、つい驚いちまって」

「?? まあいいや、それじゃあね」


 申し訳ないと頭を下げる俺を少し睨んだ後、彼女は歩いて行った。


(……寝取り役の神崎咲夜が女になってますやん)


 元々、記憶を取り戻してあまり慌てていなかった理由は神崎が女であるという驚きというか、漫画とのかけ離れすぎた違いにもあった。

 いや、俺も色々と考えたんだぞ?

 実は神崎は男じゃなくて女だったとか、寝取られ物に見せかけた百合物だったんじゃないかってさ……でも、そんなことは絶対にあり得ない。


(そもそも見た目が違うもんな。男と女っていう明確な違いはあったし何より、ちゃんとアレもモザイクありで確実にあったはずだ)


 そう、間違いなく神崎咲夜は男だったんだ。

 だというのに神崎はセミロングの金髪や耳に付けたピアス、目付きの鋭さなんかもあってゴリゴリのギャル……しかも女性の象徴というか、菜月よりも更に大きくて立派な物を持っている。

 シャツのボタンを外しているせいで谷間が見えてしまっており、正に漫画に出てくるギャルそのものだった。


「……はぁ」


 色々と考えすぎてついため息が零れた。

 こんな風に疲れるなら土曜日に菜月が家に来た時、もっと甘えておけば良かったなぁと思えてしまう……まあ、俺の変化に彼女も少し察していたのでそれは難しいかもしれないけど。


「今は別の問題もあるしな」


 それを考えるとまたため息が零れそうになり、俺は何とか我慢して教室へと戻った――そうして出迎えてくれたのはニヤニヤと俺を見つめる一部の男子、俺が普段使っている机の上にはびしょびしょの汚い雑巾が置かれている。


「……………」


 そうだったんだよな……俺……というより理人ってイジメられてんだ。

 これは漫画でも描かれていたけれど、理人は全く目立たないくせに菜月という美少女幼馴染と仲が良いだけで、それを気に入らない男子がちょっかいを掛けているんだ。

 理人は言い返す勇気も何もない弱い人間だったが、そんな理人を放っておけない菜月にいつも守られていた。


(……けど、今となっちゃその弱い理人も俺自身だからなぁ……菜月の優しさに甘えて、彼女が傍に居ることに満足して現状を変えようともしなかったのが俺だ)


 漫画では確かに理人と菜月は好き合っていた。

 しかし理人は無条件で傍に居てくれる菜月の優しさに甘え、菜月は理人の面倒を見ないといけないと考えていたから二人は引っ付いた。

 まあ、これも寝取られ漫画としてはよくあるパターンだろう。


『あんなくよくよした幼馴染なんて要らないもん。神崎君みたいな強い男の子の方が良い♡』


 これは菜月が神崎に抱かれた際に呟かれた言葉だけど、確かにそういう言葉が出ても何らおかしくはないのかな? てか、俺自身が菜月が傍に居て当たり前って考え続ける理人にイライラする時もあったし。


「ははっ、随分と汚いじゃねえか」

「あ~あ、こんなに汚しちまって」


 男子二人がそう言って近づいてくる。

 その表情が一切隠す気ないんだけど……絶対にこいつらが主犯だろと確信したが、いつもならこういう時に菜月が間に割って入るんだ。

 俺に何かあるとセンサーでも反応したんじゃないかってくらいに、隣のクラスから彼女は飛んでくるのだがおそらく、それさえもこいつらにとっては気に入らないんだろうさ。


(神崎の奴……全然興味無さそうだな)


 とはいえ、今の俺はとにかくあの神崎のことが気になって仕方ない。

 恋とかそういうのではなく、ゴリゴリのヤンキーがゴリゴリのギャルになってるんだから。

 チラッと見た神崎は窓に顔を向けており、こちらの喧騒には全く興味がないよう……というより、男でも女でも神崎に悪い噂が付き纏っているのは変わらないらしく友達は居ないようだ。


「おい、どこ見てんだ――」

「うるせえな」


 俺はポイっと、机に置かれていた雑巾を絡んできた男子に投げた。

 水を吸って重くなっていた雑巾が当たった瞬間、鈍い音を立ててべちゃっと地面に落ちる。


「……はっ?」

「え……え?」


 俺の行動に二人は理解が出来ていないようで、それは周りのクラスメイトも同じらしい。

 前までの俺ならただただ黙って下を向くだけで、それは軽く叩かれたりしても同じだろう……でもなぁ、もう前の俺じゃないし性格も変わってしまったようなものだからこうもなる。

 隙間を埋めるように彼らに近付き俺は口を開く。


「何も抵抗しない奴にちょっかいを掛けるのは楽しかったか? こんな風に抵抗されることをお前らは全く想像してなかったよな?」

「っ……てめえ」

「この野郎――」

「文句を言いたいのはこっちだぞ?」


 自分で言うのも何だが、理人の見た目は平凡だ。

 だからこそどんなに強い言葉を口にしても、態度に出してもそれは相手からすれば強がりにしか見えないのかもしれない。

 けど、性格が変わるというのは雰囲気の違いを齎すらしく……俺が一歩を踏み出せば彼らは怖気付いたように表情を困惑させる。


「これから普通に言い返すからな? 覚悟しろよ」

「……なんだよお前」

「なんだよはこっちの台詞だろうが。ほら、片付けるから手伝え」


 その後、無事にびしょ濡れの雑巾は片付けた。

 授業にやってきた先生がどうしたのかと驚いていたけど、しばらくクラスメイトの視線を独占することになったのは言うまでもない。


 ▼▽


「ねえ……本当に大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ」


 放課後になって菜月と二人になると、すぐに心配そうな様子で彼女はそう聞いてきた。

 クラスが違うとはいえああいう目立ち方は良い意味でも悪い意味でも目に付く……あの絡んできた二人はともかく、他に俺に対してちょっかいを掛けてきたことのある奴からすればさぞ鼻に付いたことだろう。

 まあ、そういうことがあれば菜月の耳にも入る……こうなると心配させてしまうのが申し訳なく思うよ。


「……ごめんね理人」

「え? なんで菜月が謝るんだよ」

「だって……私がずっと傍に居たらあんなことには……」


 菜月は足を止め、下を向いたままそう言った。

 そんな菜月を見て俺はこう思う――今までの俺が、菜月をこうさせてしまったんだなと。

 転生に関して落ち着きはしたがまだまだ整理はしたい状況……よし、これは良い機会だ。


「菜月」

「なに……?」

「もう菜月に守られるばかりじゃないよ。だからそんなに俺のことは気にしないで良いよ――今まで守ってくれてありがとう」


 そう言うと、菜月は唖然とするように目を丸くし……そして弱々しくこう言ったのだ。


「なんで……なんでそんなことを言うの? 理人は今まで……今までそんなこと言わなかったじゃん」


 そりゃ、俺はもう俺になっちまったからな。

 神崎が女子になったことや、今まで菜月に対して抱いていた盲目なまでの恋心は……完全とは言わずとも無くなった。

 もしも菜月が俺に対して良い感情を抱いてくれているのであれば、それは今の俺じゃなくて前の理人なんだ――だからこそ、勝手な俺の都合だがこれに関してはハッキリさせておかないといけない。


「なあ菜月、俺さ――心境の変化があったんだ。今までの自分とお別れをして、新しい自分として歩いて行かないといけないって思ったんだ」

「……そうなの?」

「あぁ。菜月からしたら……いや、他の人からしても俺の変化はあまりにも大きいはずだ。それこそ気持ち悪いって思われるくらいに」

「そんなこと思わないよ……絶対に思わない! 理人は理人だよ!」

「……はは、ありがとうな」


 おそらく、菜月にとっても今の言葉は突き刺さるものだったはずだ。

 それでもなお俺を信じてくれる菜月はあまりにも優しい……もちろん俺には理人として生きてきた記憶は全て残っているので、完全な別人というわけじゃないけれど……それでも変わってしまった心で菜月となあなあで接するのは違うと思うんだ。

 今までの理人ではなく、これからの理人を受け入れてもらうこと……それが俺たちには大事なことだ。


「菜月に甘えていた俺とはもうさよならした……けど、これは何も菜月との関係を全部終わらせるって意味じゃないぞ? ……あ、今までって言ったからそう捉えられたならごめん」

「う、ううん……つまりどういうことなの?」


 今までの俺、そしてこれからの俺に菜月は振り回されている……これはそのお詫びも込めて、菜月にとって必要があるか分からないけど伝えたい言葉だ。


「幼馴染として、今の俺は菜月に頼られる存在でありたい――だから何かあったら遠慮なく教えてくれよ。なあ菜月、俺だってお前のことを守ることが出来るんだからな?」

「……あ」


 ちょっとかっこ付けすぎたかなと思いながらも、これは俺の本心だ。

 完全に関係性は切れない……切りたくないのであれば今の俺はこうなのだと彼女に示す――なあ菜月、俺は人生二周目だから遠慮なく頼ってくれよ!

 あくまで、そういう意味を込めた言葉だった……んだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る