第36話 疑念

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 魔導戦が中止ですって!?」


「急に何なんだよッ! これを目標にここまで来たってのによ!」


「生徒会は一体何考えてんだッ!?」


「ユレア様だろうと……この判断は流石に受け入れられないよ」


 窓越しに聞こえる阿鼻叫喚の声。

 隔離される場所となった大図書館からは学園内の大庭園に位置する掲示板には数多の生徒が集結しているのが見える。

 案の定、事情を知らぬ者達は誰も彼もが前代未聞とも言える伝統的イベントの中止を下した生徒会への不満を口にしていく。


「やっぱり荒れてますね……まっ真実を言えば収まるでしょうけど言う訳にもいかない」


「学園内に裏切り者がいるなんて知れ渡ったら魔女狩りが起きるかもしれないからな。殺し合いに発展したらそれこそ最悪だぜ」


 同じく保護対象と断定されたモニカは数日間もの軟禁生活に大きくため息を吐きながら生徒が群れる光景を見下ろす。

 病弱体質に思えないほどに常にエネルギッシュな彼女も今回ばかりは覇気を余り醸し出していない。


「生徒会も極力開催を行おうとギリギリまでは中止の声明を出さなかったが……どうやら間に合わなかったみたいだな」


「クソッタレ! 何なんすか誰がこんなことをしてるというんですかッ!? エグゼクスの力が欲しいなら正面から正々堂々と潔く挑めばいい話であっ「モニカちゃん」」


「感情的になったら本末転倒よ。今は生徒会を信じて私達は大人しく今後の動向を見守りましょう」


「……すいません」


 溜め込んだストレスをぶち撒けそうになったモニカを優しくも厳しい口調でストレックは背後から諭す言葉を発する。

 彼女の苛つきはご尤もだろう、裏で暗躍を行う裏切り者のせいである程度の自由があるとはいえ生徒会による監視を常にされた生活を送っているのだから。


「一回落ち着こう、そろそろ昼食係が到着する頃……って噂をすればか」


 机に寛ぐマッズの後方から扉が開く音が響くと巨大なトレイに食欲を唆る大量のサンドイッチが視界に映る。

 配膳係として乗せ運んでいたのはスズカであり荒れ気味の空気に小さくため息を吐く。

 

「ギャーギャー喧しい……と言いたいところですが今回ばかりは貴方達が抱く不満に同調致しますよ」


 素直じゃなくともこちらに同情を見せる気を遣った言葉を述べる辺り、今起こる事態の異常性を表していた。

 ドンッと鈍い音が鳴り響いたと同時に貪るように俺達はラインナップ豊富なサンドイッチを頬張っていく。


「全く……精々神に拝むように感謝して食すことですね。この私がパンツのクソ人間達にまごころを込めて作ったのですから」


「えっこれお前が作ったのか?」


「当然でしょう、多忙を極めるユレア様の参謀たるもの料理の一つや二つは出来て当然の所業ッ! いや最低限の義務ですッ!」


「……性格の割にはかなりマイルドで順当に美味いもん作れるんだな」


「貴方が頬張ってるサンドイッチを今ここで便所のクソに変えてあげましょうか?」


 普段はユレアを病的なまでに慕う見下し女としか思ってなかったが今この瞬間は彼女の存在がありがたいと感じる。

 良くも悪くも平素と変わらないスズカの態度はヒリついていた状況も普段通りの騒がしくも穏やかな空気へと変化していく。


「ところで……何か分かったのかしら? デコンポーザーやら裏切り者の件は」


「残念ながら今のところは……アジトらしき箇所は何度も発見しているのですが全て見事にもぬけの殻、まるでこちらの動きを予期しているかのような対策ぶりですわ」


「それは裏切り者がデコンポーザーに手引をしているから……ということかしら?」


「可能性は高いかと。緻密に連絡を取り生徒会を先回りして掻い潜る。実に用意周到で狡猾なやり口ですわ。マジで腹が立つッ!」


 用意周到……か。

 スズカとストレックのやり取りを聞く限り生徒会を完璧に出し抜くとはかなり策略などを得意とする人物。

 

「スズカ補佐、生徒会長からの招集が」


「直ぐに行きますわ。では私はこれにて、生徒会のプライドを懸けて必ず犯人を見つけ出しますのでもうしばらくお待ちを」


 生徒会委員の言葉に脇目も振らずにさっさと去っていくスズカ。

 大人しくここに軟禁されて事態の行く末を生徒会に委ねるのが最適解というのは分かってはいるのだが。


「どうしたレッド? 食い過ぎて腹でも下したのか?」


「……色々とおかしいよな」


 どうも嫌な引っ掛かりが心の内にある。

 誰も気付いていない……間違った真実に向かっているのではないかという違和感。

 杞憂だと一人で片付けられず俺は内に抱く疑問をマッズへと吐露していた。

 

「何がだ?」


「生徒会の一手先を公使する辺り、かなり緻密で用意周到な性格をしてるのは分かる、だがその割にはヘマが多くねぇか?」


「ヘマ……裏切り者がか?」


「あの紙きれ、何でわざわざエグゼクスなんて名指しで書いたんだ? 学生なら口外することが禁止されてるのは分かるはず。隠語にして書けば良いことを」


「確かに……詩的な文章の割にあそこだけ具体的な名を出したのは謎ですね、エグゼクスを狙うと考えれば自爆行為極まりない」


「だろ? 元々がポンコツな奴ってなら分かるけどよ、学園を掻き乱せる実力を持つ奴がそんな見落としをするかと思ってな」

 

 まさかあの駄神ヴェリウスがわざと仕掛けた……いやいやそれはあり得ないだろう。

 もしそうならこのタイミングで面倒なイベントを起こす必要性を感じないし奴は放任的なゲームスタイルを取っている。

 犯人は誰なんだ、一体何が目的でこんな矛盾と不可解を極めた行動をしている?

 

「クッソ纏まらねぇ……裏切り者め、俺のパンツへの道をまた邪魔しやがってッ!」


 一難去ってまた一難とはこのこと。

 ストレートに物事が進んだ試しがない。

 俺達を嘲笑う道化師は何を望む?

 

 学園を出し抜きこちらへとまだ何か真意を隠している裏切り者。

 誰だ、まさかユレア……いやいやあいつがそんなことをする必要性がない。

 俺がこれまで付け狙ってきた最強の存在はこんな姑息なことをするはずがない。


 目指しているパンツはそんな安いもんじゃないはずなんだ。

 だが明確に否定をしきれない状況が思考を蝕み拭えぬ不快感を募らせていく。


「……まさか」


 瞬間、脳裏に過る一つの可能性。

 そんな……いやだとしたらあの違和感にも全て説明がついてしまう。

 静寂の中、考察を巡らせていく、だが纏まりかけた推理は予期せぬ事に遮られた。


「はっ?」


 鼓膜に響いたのは軽やかな

 爆発にしては軽すぎる音がこの図書館へと薄っすら鳴り響いたのだ。

 同時に外は異様な騒がしさへと段々包まれていき混乱が生じていることは理解出来る。

 

「どうした何があった!?」


「分かりません! ですが会場付近から大きな音が聞こえたと報告がッ!」


 扉越しに聞こえる生徒会の声々。

 誰も状況を理解出来てないのか最高峰のエリート集団も焦燥感を浮かべた声色で対処に当たっている。

 

「何ですか……さっきから、ってレッド?」


「クソッ、もう始まったのかッ!」


「ちょレッド!?」


 モニカの声を振り切り考えるよりも前に俺は図書館の扉を豪快に開けていた。

 保護対象の身である以上、爆音に気付いた生徒会の者達は案の定俺の行動を咎める。


「レッド・アリスッ!? な、何をしている貴様は生徒会長直々に保護対象であって」


「それは重々分かってる、だがもしかしたら裏切り者の目的は他にあるかもしれない」


「はぁ? 何を言ってる、大人しく図書室に戻って」


「あっユレアじゃん!」


「えっ?」


「な〜んてなッ!」


「あっ!? おいコラ待てッ!」


 約束を破ったクソ人間な行動をしているのは理解している、理解した上でこの推理がどうかを確かめたい。

 ユレアの名を使った猫騙しを利用し生徒会を振り切ると一目散に騒ぎの発端である会場へと疾駆する。


「爆発……してない」


 騒がしさを極める魔導戦会場。

 生徒が右往左往し安易に動けば衝突しそうな状況だが明確に分かる事実としては会場はということだ。

 ではあの破裂音は何かとより凝視を行うと爆竹のような大量の玩具が白煙を上げている、恐らくあれが原因だろう。


「デコンポーザーの仕業か? いやこんなしょうもない事するのか?」


「その考察は間違っているでしょう、レッド・アリス」


 騒がしい状況でも鮮明に聞こえる声色。

 振り返ったその先には学園の支配者であるユレアが怪訝な表情で佇んでいた。

 錯乱に包まれかけていた状況は彼女の登場により落ち着きを取り戻していく。


「何故そう思うんだ?」


「学園の全方位に警戒態勢として生徒会の人員を敷いていましたが不穏な人影が侵入したという情報はありません」


「ない? なら……裏切り者か?」


「恐らく、しかし何故あんな繁華街で売ってあるような爆竹が大量に……相手の意図がまるで読めません。また貴方は何故ここに?」


「無断で出てきたのは謝罪する、だがお前が考えているビジョンが果たして正しいのか俺はどうも飲み込めなくてな」


「具体的な根拠は?」


「いやねぇけどよ……お前の考察だと色々と矛盾というか意味が分からないことが幾つも「ユレアッ!」」


 論破されること覚悟で俺は自らの考察をユレアへと紡ごうとした矢先、珍しく声を荒げるアイナが背後から息を切らして迫る。

 肩で息をする奴の後方からはバース、スズカなどの幹部も深刻な表情を浮かべていた。


「メルレイヤ美術館の一部がと思わしき煙が上がったと風紀委員会から報告がッ!」


「何……?」


 メルレイヤ美術館。

 国内外の貴重品などを取り扱い展示する最大規模の美術館……強盗でも起きたのか?

 全く繋がりのない展開の連続は俺の思考を更に狂わせていき、アイナの発言に周囲は再度混乱に包まれていく。


「被害状況は?」


「分からない……でもデコンポーザーが出現した可能性は大いにある。君が行くというのなら僕も同行するよ」


「……スズカ、バース、ここの警備主任を一任します。私はアイナと風紀委員会と共にメルレイヤ美術館へと向かいます」


 薄っすらと歪んだ表情を見せつつも取り乱すことはないユレアは的確に指示を送る。

 この学園の精神的支柱の大部分を担う立場は伊達ではなく生徒会の面々は迅速に対処への行動を移す。


「レッド、貴方はここにいてください」


「おい待て、なら俺もッ!」


「命令です、ここにいなさい」


「ッ……!」


 喉元を絞め付ける眼光はこれ以上反論の言葉を口にすることを許さなかった。

 本気の顔を見せるユレアに思わず恐れを抱いてしまい無意識に半歩だけ後退る。


「約束はこの後に果たしましょう。行きますよアイナ」


 この地を脅かす存在を淘汰すべく何処か怒りを滲ませるユレアは部下達を引き連れその場を後にする。

 残された者は謎に包まれる裏切り者の奇行に惑わされただ佇むことしか出来ない。


「どういうことだ……何故美術館で爆破テロを引き起こす。今日は休館日だぞ」


「私に聞かれてもですよッ! そこにいるクソパンツのエグゼクスを狙うってのにさっきから何なんですかこの整合性のない動きは」


「そもそも論、会場に爆炎効果を生み出す設置魔法が敷かれた形跡すら見当たらない。何故あんな脅迫状を? あの爆竹は?」


「すみません、てことはつまり……あの脅迫状はフェイクってことですか? 美術館に視線を向けさせない為の」


「そうかもしれないけどだったらあの紙切れのエグゼクスが何なのか気になるわ。内部にいる裏切り者が伝説級の魔導書を出汁にして美術館を狙う理由は何?」


 止まらぬスズカとバースの考察合戦にモニカやストレックも参加し、混沌という言葉が似合う状況が空気を汚す。

 まるで意図が見えない仕掛けの数々に加えてユレア以外に場を完璧に一喝できる存在がいないのが混乱を加速させる。


「これはかなりヤバいことになってるぞ……レッドお前はさっきユレアに何を言おうとしたんだ?」


「えっ? あぁ……いや裏切り者はわざとエグゼクスに注目を浴びせようとしてるって言おうとしてな。他の目的の為に」


「他の目的? まさか本当に美術品を狙うためにそんな事してると言うのか?」


「いや、あの美術館を狙うなら普通エグゼクスを狙うはずだ。だから目的はエグゼクスにも同等に価値のある存在……これが一体何なのか」


 理性が一切合切消え入りそうな空間の中で再度思考は必死の推理を構築していく。

 万が一も考えてスズカ達はここを安易に動くことは立場上出来ないだろう。

 それに……ユレアの言葉に従えばエグゼクスを持つ俺も身動きが取れない。


「美術館での騒ぎ……あの脅迫状、エグゼクスと書かれた紙切れ……この魔導書を犠牲に出来る程の価値がある存在」


「全く一体何が真実なんだ? 俺達を混乱させてまるでワザとここに閉じ込めさせてるみたいだ」


「閉じ込めてる? ッ!」


 脳内に響くマッズの言葉は思考へと刹那の閃きを生み出した。

 いやまさか……だがそうだとすればこれまで不可解だったことの全てが合致する。

 紙切れ、脅迫状、奇行の数々、デコンポーザーと繋がりつつ学園を出し抜ける裏切り者の正体は……全てを惑わす正体は。


「やっと分かった……そういうことかッ!」


「レッド? どうした?」


 不味い、このままだと……最悪の事態が引き起こされてしまう。

 いても立ってもいられない俺は混乱に乗じて制止を振り切りその場を飛び出す。


「ユレアが……ユレアが危ねぇッ!」


 

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