第35話 デコンポーザー

「……えっ?」


 心を砕くにはそれだけで充分だった。

 信じられないと発せられた言葉を忘れようとするが「中止」の二文字が脳内に呪文のように響いていく。

 

「なっ中止!? そんな魔導戦は外部の人間も呼ぶ大イベントであって伝統の一つであるのではないのですか!」


「馬術部が壊滅したとはいえ、そんなことをすれば生徒会への批判は免れないが?」


 モニカとマッズの苦言にようやく中止の言葉が現実だということを理解する。

 二人の発言は的を得ており、奇行とも言える生徒会の動向には反論を述べるしかない。


「そうだ何のつもりなんだお前らッ!? 目の上のたんこぶだった馬術部もペンティが逮捕されて一件落着のはずだろ」


「えぇ、あの件は解決し例年通り開催を行う予定でした。しかしそうもいかなくなってしまった、学園外という脅威によって」


「学園外だと……?」


「バース、例のものを」


 彼が懐から取り出したのは一枚の紙。

 悪い意味で記憶に刻まれる乱雑な赤字は大きく『魔導戦の競技場を爆発する、衝撃に備えろ』と、記されていた。

 

「今朝、生徒会宛に届いた差出人不明の手紙です。いや脅迫状と言うべきでしょうか」


「爆発って……テロでも起こす気か!?」


「分かりません、ガセという可能性も十分に考えられますがが活動を再開したと思わしき報告を考慮すれば虚言だと断ずる事も難しいのです」


「デ、デコ……デコン?」


「デコンポーザーです。数年前に活動していた国内の過激派組織。既に鎮圧されていたはずですが残存勢力と思わしき活動報告が最近になって何度も上がっています」


 ユレアの補足説明でようやく俺もその名を聞いたという過去の記憶を蘇らす。

 デコンポーザー、時事学にて何度か出た無差別的な破壊活動を行う反学園の集団。

 先代の生徒会長を筆頭として徹底的な鎮圧により壊滅していたはずだが……何故復活してこの魔導戦を狙う?


「アイナ、もう一つの代物を」


 どうやら生徒会を悩ます代物はまだあるようでアイナは丁重にスリーブに収納された一枚の紙きれらしきものを提示する。

 丸みを帯びだ特徴的な文体には『満月が輝く不夜の日がエグゼクスによる世界の破滅が引き起こる日である』と詩的ながら物騒を極めた内容が刻まれていた。


「んだよこれ……世界が滅ぶ?」


 内容もそうだが何だこの違和感は?

 この書き方、どっかで見たような記憶が。


「昨日、デコンポーザーとの関与が疑われる闇取引を行っていた人物を捕縛した際に生徒会が発見した代物です」

 

 だが明確にこれと言った考察が纏まらず話を続けるユレアの言葉に大人しく耳を傾けるしかない。


「ここで一つ、エグゼクスという名は生徒会の意向により国内の混乱を避けるために学園関係者以外には厳格に秘匿としています」


「秘匿……待って、じゃあこの文章は!?」


 ストレックはいち早く何かを察したと同時に酷く顔が青ざめていく。

 馬術部の件と同レベルに焦燥感を見せる彼女にユレアは正解を示す首肯を行った。


「そう、最高機密としているエグゼクスの名が外部に伝わっている。在校生しか知らない情報が……ね」


「ん? なっちょまさか!?」


「そう、この学園にがいる。真意は分かりませんがテロ組織に魂を売った人物が確かに存在します」


 内通者、この学園に従いながらも密かに牙を研ぎ喰らおうと潜める危険人物。

 破滅を引き起こそうとする存在が内部にいる事実は無意識に心臓の鼓動を加速させる。

 

「学園内にも関与が疑われる人物がいるとなれば話は大きく変わる。イタズラと安易に断定して開催することは出来ない」


「文を見るに狙っているのは君が持つエグゼクスの力、爆発は陽動で学園が混乱する中、君の力を奪おうって魂胆かな」


 バースとアイナも同調の言葉を口にし、語られる考察の数々に惨劇を予感させる映像が脳裏に過っていく。


「俺の力を狙っているのか?」


「断定は出来ません。ですが状況証拠から見てもその可能性は否定しきれない。もしエグゼクスがテロリストの手に渡れば」


「被害は想像がつかない……か」


 この状況を考慮した上で魔導戦を開幕しろとは流石に言えない。

 あくまで行動原理はパンツであるがこの国が大混乱に陥ればそれどころではない。

 

「貴方への借りは返す。ですがそれはあくまで緊急を要さぬ異常事態ではないことが最低条件、ご理解を願いたい」


「あぁ……そこに異論はない。俺だって狙われてる身なんだからな」


「不便をお掛けするかもしれませんが魔導戦の開催予定日及び犯人解明までは貴方方を生徒会の保護下に起きます。命を最優先にする為に考えられる最適当の処置です」


 半ば強制的なユレアからの要請だがマッズ達は大人しく彼女の意向に同意を示す。

 一体どういうことだ……馬術部で何もかも終わったってのにまだ何かあるのかよ。

 これも駄神のヴェリウスからすればゲームが面白くなったと手を叩いて興奮してんのだろうが俺からすればはた迷惑極まりない。


「デコンポーザーの復活は何故か……学園に潜む裏切り者は誰なのか、これは我が生徒会及び学園の存続に関わる大問題です。各自全身全霊を持って事態の鎮圧に挑むように」


「了解ッ!」


 ユレアの言葉で締め括る生徒会室。

 その中で俺の思考には釈然としない濃い霧が掛かっている。

 最強の力を完成させたという有頂天にまで昇っていた心は僅か数分という期間の中で完全に消え失せた。

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