第33話 乙女達の決着
「……どうした? 何故何も起きない?」
ストレックやや優勢のまま進む馬術による姉妹の乙女決戦だがペンティは疑念を抱く表情で旧校舎側を見つめた。
予想外の出来事が起きたと遠目からでも分かるほどに不敵さを纏っていた彼女の表情は崩れプレーにも粗が生じ始める。
「レースはあと二周! 依然としてストレック選手の優勢は変わらぬまま勝負は最終局面へと入り込んだぞォォォッ!」
「おしおし……間に合った!」
相変わらずの熱狂を口にする実況の声を聞きながら俺達は傷を治しつつ再び競技場へと到着する。
身体は癒えても気を抜けばいつ倒れても可笑しくない程にダウトとの死闘は気力を使ったがこの場面で眠る訳にもいかない。
白馬を操り会心の走りを見せるストレックは素人目から見ても絶好調なのは分かる。
「どうした……何をしているの、さっさとやりなさいダウトッ!」
旧校舎での死闘を知らぬペンティは自らが予め仕掛けていた罠が発動しない状況に酷く憤り声を荒げた。
まっ、まさか雑魚と見下す俺達によって幹部が倒されたとは思わないだろうな。
「やっぱり……そういうことなのね」
「ッ!」
先を走っていたストレックはスピードを落としペンティと並走の体勢を取ると乾いた嘲笑をこれでもかと見せる。
「あの試合も、そして今日も、貴方は私に罠を仕掛けて落馬させようとした。私の持つ実力を恐れた故に」
「はぁ? 一体何の「クソ姉が」」
「私に抜かれるのが怖いからって姑息なことに手を染めていたなんて。こんな人間が私の姉だとは思いたくないわ」
「ッ! 何ですって……!?」
「ずっと私自身の弱さだと要らぬ罪悪感と無力感に包まれていた……でもそれはもうここでおしまい。貴方はもう敵じゃない」
痛烈な視線でペンティを威圧すると白馬へと発破をかけストレックは一気に加速。
障害物を軽々と飛び越えギアが数段上がった勢いにこの日最大の熱狂が場を包む。
「待て……待ちなさいよ……私の先を行くなァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
激情的な叫びを吐くと負けじとペンティもギアを上げ運命の最終周へと突入する。
姑息ではありつつも技量は一流である彼女は段々と差を縮めるも直ぐにも離され二人の距離は段々と離れていく。
「許さない……姉に勝る妹などいない、貴方が私を超えるのは決して許されないッ!」
「……残念な人」
「はっ?」
「過ちを犯しても再び這い上がった貴方に私は少なくても敬意を示していた。でも結局は悪意に満ち溢れた人間でしかなかった」
「待てよ……待てッ! 私の前を行くなァァァァァァァァァッ! 栄光を……私の栄光を踏みにじるなァァァッ!」
「貴方の栄光なんて……所詮はまやかしよ。さよなら、かつて慕っていた私の姉さん」
最後の直線は彼女の一人舞台だった。
完全に心を打ち砕かれたペンティの追随を許さずゴールラインを越えた。
静寂が場を支配する中、力強く右腕を天に掲げたストレックの姿を見て観衆はようやく決着がついたのだと声を上げた。
「ウォォォォッ妹が勝ったぞッ!」
「スゲェ現馬術部のエースをッ!」
「嘘っこんなのあり得る!?」
「しゃぁ賭けは俺の勝ちッ!」
地鳴りのような歓声は最高潮へと達しスタジアムは熱狂の渦で包まれる。
「決まったァァァァァァッ! まさかまさかの番狂わせッ! 一年というブランクを持ちながらストレック選手、現エースを圧倒!」
実況が高らかに叫ぶと観客席のボルテージは最高潮へと達する。
あの激闘を制したストレックのポテンシャルに誰もが拍手と称賛の言葉を送った。
「よっしゃい!」
「勝った……圧倒的に勝ちましたよストレック先輩ッ!」
「はぁ……良かった、ストレック」
俺達にもようやく安堵の空気が流れる。
三者三様の喜びを露わにする中、俺達の姿を目にしたストレックは太陽のような笑顔と共に復活を示すサムズアップを向けた。
誰もがこの劇的な試合に歓声を上げ賛辞を送る状況……一部の奴を抜いてではあるが。
「そ、そんな……負けた……?」
「馬鹿な君主ペンティがッ!?」
「あり得ないあり得ないあり得ない!」
彼女を長として君臨していた馬術部及び傘下の者達は激しく憤る。
絶対的な女王の敗北、元エースとはいえ一年ものブランクを持つ相手に敗戦した事実は馬術部のブランドを大きく揺るがすだろう。
当の本人であるペンティは崩れるように黒馬から降りると絶望的な表情を見せる。
「馬鹿な……負け……ま……負けた……?」
呂律が回っていないのが動揺を表しており瞳には光がなかった。
お通夜な息苦しい空気がペンティを包み込む中、ストレックは彼女へ近づき見下ろす。
目に映る光景は勝者と敗者をこれでもかと描写していた。
「私の勝ちよ、貴方が張り巡らせた策略は無情にも全て打ち砕かれた。私の最高にイカした仲間によってね」
「仲間……ですって……?」
「旧校舎側からダウトの矢を使って私を貶めようとしたのはこちらも予測済みよ、貴方はそこに気付かず慢心から同じ手を行使した。それが貴方の敗因」
「ッ……! まさか……まさかッ!?」
「私の仲間を舐めないことね、姑息は姑息によって相殺する。この勝負に乗った時点で貴方は敗北していたのよ」
異変のからくりを実の妹から告げられたペンティは膝から崩れ落ちる。
自身の地位を超えられなくなかった妹に何かもかも負けた事実は自暴自棄へと陥れるのには十分だろう。
「約束は……守ってもらうわよ。結合機をこちらへ渡して私やマッズ達への危害を二度と行わない事をここで約束しなさい」
ようやく終わったんだ。
陰謀と因縁に塗れた泥沼の姉妹の争いはこの場で終焉を迎える。
長い長い道のりだったが……やっと結合機を手に入れて俺はユレアのパンツを。
「……ハッ」
と、思った矢先にペンティは一つ鼻で笑うと口端を吊り上げる。
ユラユラと立ち上がった彼女は先程とは売って変わり瞳には傲慢さを宿していた。
「ホントに……貴方は邪魔をする、あの時も今も妹の癖に私の顔へと泥を塗る。こんなの姉を敬うべき妹の姿じゃない」
何をしているのかと疑念を抱くが気付いた時にはもう遅かった。
背後にいた取り巻き達へと目配せを行うと部下の一人はペンティが所持する魔導書を投擲し、宙を舞うと彼女の手元へ辿り着く。
「もう目茶苦茶よ、でも貴方も道連れ」
「ッ! まさか……!?」
ペンティが所持する魔導書は眩い発行を始め醜悪な笑みを表情へと露わにする。
本能的に分かる、あれが、今彼女がしようとしているのは散々自らのプライドをへし折った妹への暴走。
「不味いッ!?」
「嘘でしょあの女ッ!」
同タイミングでマッズとモニカも凶行に気付くが余にも距離が遠すぎる。
あいつやりやがった……負けたからって妹ごと道連れに自爆するつもりかッ!
「なっ……!?」
「貴方だけは許さないッ! この場で私もろとも血肉を吹き上げればいいッ!」
ようやく周りも彼女の暴走を察知し悲鳴という名の悲鳴がうるさく響き渡り始める。
驚愕を浮かべ反応が遅れるストレックにペンティは「発動魔法段階ドライヴ」と着実に魔法発動の準備を整えていく。
あんな超至近距離で防御なしにドライヴ級など食らえばダメージは想像がつかない。
「止めろペンティッ!」
不味い、この展開は予想してなかった。
止めたくても遠い、詠唱が間に合わない。
折角ここまで来たのに俺は仲間が鮮血を無惨に引き出す姿を見なくてはならないのか?
「止めろォォォッ!」
叫ぶ以外に完全に錯乱した彼女を止める方法は見当たらない。
今回ばかりは完全に終わった……覆せない絶望が心を染め始める。
誰でもいい、彼女を救ってくれ、そう神頼みにも近い願いを心で唱え始めた時だった。
刹那、迅速にこちらへと迫る何かがペンティを捉えると彼女へ蹴撃を放つ。
発動寸前まで迫っていたペンティは腰部への強烈な衝撃に大きく吹き飛ばされた。
「誰ッ!?」
あらぬ方向からの予期せぬ強襲にペンティは苦悶の表情を浮かべながら蹴りの飛んできた方向へと視線を移す。
逆恨みの殺意に満たされていた彼女だがその場へと佇む存在を見た途端、その表情は驚きと恐怖に染まった。
「またしても過ちを犯すとはもう貴方に慈愛を与えることは出来ません。ペンティ」
「なっ!?」
裁きを下すべく訓練した銀髪の熾天使。
絶対的な女王として君臨する最強は醜さに溢れるペンティを冷徹に見下ろす。
誰もがその襲来に驚愕が走り、同時に凄まじい緊張感が場を支配していく。
「ユ……ユレアッ!?」
ペンティの輝かしい経歴に傷をつけ、彼女が最も恨みを抱く内の一人。
ストレックを守る形で前へと立ち塞がるユレアに周囲は唖然に包まれた。
「ユレアだと……!? 一体いつここに」
彼女だけではない、バース、スズカ、アイナを含め生徒会総出で愚行を犯したペンティ達を包囲していた。
瞬く間に逃さぬようエリートの面々は臨戦態勢と共に取り囲んでいく。
反ユレア派と親ユレア派の対峙は首を締め付けるような緊迫を生み出す。
「ペンティ・トライペルト、二度も同じ過ちを繰り返した貴方に掛ける言葉はない、殺人未遂による現行犯、また不正行為疑惑における学園裁判への最出廷を貴方に命じます」
「なっ……ふ、ふざけんなこの売女! 由緒正しき馬術部を踏み躙れば国内外からどれほどの批判が募るか「由緒正しき」」
「その言葉を使う資格はありません。明確な罪を持つというのなら話は別であり私は幾らでも自身の持つ権力を公使する」
「何ですって……!?」
「生徒会長として馬術部含む傘下組織には漏れなく半永久的な活動凍結を命じます。また先程の報告により貴方に加担した幹部達にも同様の罪を課します」
無情に強権を振りかざしペンティ及び馬術部含めた傘下組織に裁きを下すユレア。
反ユレア派の集まりなのもあって該当する者達は批判の声を発するが鋭い睨みによって呆気なく黙らされる。
「ふざけんな……ふざけんなァァァァァァァァァァァァァァァッ! またしても私の歴史を穢すのかァァァァァァァァァッ!」
激昂したペンティは魔導書を再度開くとユレアへ標準を定める。
動きの無駄のなさを見るに第一階層の彼女は相当な実力者ではあるのだろう。
まっ……今回ばかりは相手が悪すぎるって話だがな。
「まだ、罪を重ねますか」
視認できない速度。
この期に及んでまだ抵抗を続けようとするペンティの腕を掴むといとも簡単に彼女の手元から魔導書を振るい落とす。
同時に足払いで彼女の体勢を大きく崩すと勢いよく地面へと叩きつけた。
「かはっ……!?」
跳ね上がった身体へとユレアは躊躇いなく回し蹴りを腹部へと叩き込む。
宙に舞う彼女は腹を抑えながら喘ぐも最強はそれで追撃の手を止めはしない。
蹂躙とばかりに純白の魔導書から放たれた魔法は数多の鎖を放出しペンティを雁字搦めに拘束していく。
一連の動作があまりにも早すぎて何が起きたのかを理解させるのに数秒を要した程だ。
成すすべなく動きを封じられ殺意の形相で睨む彼女へとユレアは冷徹に見下ろす。
「……誰かも好かれる人間はいない。貴方が私を毛嫌いするのは構いません。ですがその為に人の命を殺めようとしたのは愚の骨頂」
恐怖を無条件で与える形相をスレスレまで近づけたユレアは容赦なくトドメを刺す。
「二度も過ちを犯した貴方に栄光を掴む資格などない、もうこの場には戻れないことを冷たい牢の中で自覚しなさい」
「ッ……!」
「以上です、連れていきなさい」
拘束したペンティを担ぎ上げる生徒会の面々はユレアの指示で撤収を始めていく。
次々と見せつけられる超次元の光景に誰もが呆然としていた。
自爆的な末路とはいえ、反ユレア派の一つである巨大組織の壊滅は大スキャンダルという言葉でも表せないだろう。
騒然とする状況の中、ユレアは踵を返すとストレックの元へと近付く。
「お怪我は?」
「な、何ともありませんが」
緊張感に包まれているストレックとは裏腹にユレアは深々と頭を下げた。
余りに突然の行いに「えっ?」と彼女も腑抜けた声を発してしまう。
「申し訳ごさいません。私の不手際のせいで貴方を不要に傷つける結果を招いた」
突然に謝罪の言葉を述べる様は同じく権力者でも頭を下げることはないであろうペンティとは正反対の姿だった。
「このような行為は本来我々生徒会が迅速に見抜き処罰を行わなくてはならない。私はその責務を全う出来ず過去を汚してしまった」
頭を下げずとも誰も文句は言わない、いや言えない程に反対派だろうと逆らうことは出来ない力を有するユレア。
強権かつ独裁的なシステムを敷いても問題はない程には他と一線を画す彼女だが迷いもなく謝罪を行う姿は周囲を度肝を抜く。
「……頭を上げてください」
生徒会内部からもザワつきが始まる中、ストレックは一呼吸置くとユレアへ顔を上げるよう指示する。
指示された本人は躊躇うことなくゆっくりと身体を起こした。
「過去は何があろうと戻らない、でも未来なら幾らでも変えられる……ある人物がそう生意気に檄を飛ばしてくれました」
過去を見つめやり切った戦乙女の顔に迷いはなくマッズも望んでいたであろう純粋な笑みで言葉を紡いでいく。
「だから誰かを咎めることはしません。この挫折も私であってお陰でどうしようもなく大切な仲間も作れた。だからこの話はここで終わり」
「フフッ……そうですか、貴方の未来に栄光あることを私は祈っています」
ストレックの決意にこれ以上の食い下がりは愚行と判断したのかユレアは背中を押す言葉を彼女へと捧げた。
一礼を行い敬意の瞳でその場を後にすると同じく死闘を終えたこちらへと歩み寄る。
「お見事ですね、やはり貴方はただの変態ではない」
「慢心から生まれた奴らが生み出した弱点を突いただけの話だ、そっちの協力がなければ俺達も詰んでいたさ」
丁度俺の真横で立ち止まると横目で「よくやった」と言わんばかりの微笑を見せた。
「借りを作ったと思うのならお前が返す方法はただ一つ、エグゼクスを使う俺と一対一の勝負をするということだけだ」
今回の一件は生徒会との協力体制となったがそれは利害の一致からなっただけ。
本来の目的であるユレアへの復讐とパンツを俺は決して見失っていない。
「これでようやくエグゼクスは完成する。まだページは一部だがな……でもお前のパンツを見れる覚悟はあるぜ?」
「自信なくして勝利はありません。この借りは必ず返しますよ。魔導戦でね」
最後に一瞬だけ目を合わせると優雅に髪を靡かせながらユレアはその場を去っていく。
あの大観衆の前で見せた誠実さ、当然ファンは増えるだろうし反ユレア派からすれば何ともやるせない状況だろうな。
「あ……あ……あの」
と、独り言を脳内で呟いていた時、スズカがロールされた髪を異常に弄りながら俺の前へと立っていた。
「ぐっ……くっ……あの……あ……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもうクソがッ!」
何かを言い出そうとするが詰まっている彼女は叫びと共に決意の顔を見せる。
「ありがとうごさいますッ! 貴方のお陰で助かりましたッ! 以上ッ!」
感謝の言葉を述べているとは思えない程に怒りが込められた音色を吐き出すと彼女はユレアの後を追う。
何が起きたのかと理解が追いつかないがバースとアイナはため息交じりにスズカの奇行を解説したのだ。
「許せ、あれが彼女なりの感謝の仕方だ、私からしても今回ばかりは貴様に敬意を払わなくてはならない。感謝する」
「ごめんね〜彼女プライド高いからさ、助けられと思っても中々素直にありがとうって言えない子だからさ」
散々毛嫌いしていた俺に対して頭を下げる辺り感謝しているのは本心なのだろう。
ならば屈辱的とも言える行為を彼女は決してしないはずだからな。
「まっありがとね。別に君はご褒美とかはいらないと思うけど僕から一方的なプレゼントを与えるとすれば」
その行為が何なのか、アイナの真意を理解した時にはもう色々と遅かった。
俺の身体を半ば強引に引き寄せると頬には弾力ある柔らかな唇の感触。
「ちょっ!?」
「フフッ、君って結構可愛い反応するね」
接吻に思わずたじろいでしまった俺へとスズカはクスクスと意地悪そうに笑う。
扇情的な奇襲は誰だろうと一瞬はときめくだろうしユレアへの思いがなければ完全に好きになってたかもしれない。
「なっ!? 何してんですか貴方!? いきなりキスとかビッチですかッ!?」
「キスだけでその言い草は心外だな〜友好的な証だよ、眼鏡の子猫ちゃん?」
モニカは苦言を呈するが軽くあしらうようにアイナは小悪魔的に笑う。
改めて俺の方へと視線を変え一瞬エグゼクスを見つめると言葉を紡いだ。
「戦い、出来るといいね」
慣れたウインクを放つと去り際に激励とも捉えれる言葉をこちらへと捧げる。
妙な言い方が引っかかったが特に気にすることでもなく俺は改めて前へと進んだ事実に改めて喜びを抱く。
「さて……待ってろよユレア、お前のことをブチのめしてパンツを見てやるからなァァァァァァァァァァァァッ!」
拳を強く握りしめると勝利を祝福するような真紅の夕日に向かって長年の復讐劇の終わりを改めて誓ったのだ。
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