第32話 瓦礫の城は死闘に包まれる

「レッド・アリス……!? 何故貴様がここにいるんだァッ!?」


「こっちのセリフだ、お前は何でこんなとこにいるんだ? ストレックが乗る白馬へと擬態化させた矢を向けてな?」


 俺の問い詰めにダウトは言葉を詰まらせ一歩一歩と後ずさっていく。

 怒りと困惑が混じり合う、そんな感情を浮かべ黙れば美麗な顔を歪ませていた。

 眉間にシワを寄せる彼女へと同じく怒り心頭な表情を見せるマッズは声を荒げる。


「貴様……貴様がストレックをやったのか、あの大会でもあいつが乗る白馬へと矢を射ることで彼女を失格させたッ!」


「はぁ? なんの話? そんな大会知らないし今だって別に弓の練習してただけなんですけども〜?」


「練習なら練習場ですればいい話だ、貴様は矢を同化させ彼女の白馬に打撃を与えることで落馬を引き起こした。あの大会で特に不審物がなかったのは貴様が矢を擬態させており生徒会より先に回収を行ったからだ」


「ッ……なら証拠でも出せよバーカ、お前が言ってることはただの憶測だ筋肉バカァ!」


「確かに俺が言うことは憶測だ、だからお望み通り出してやるよ」


「そうかいそうかい……はっ?」


 狂乱が渦巻く中、開幕する推理ショー。

 間抜けな顔を嘲笑うように蔑んだ瞳で見つめるマッズはある証拠を提示した。

 懐から取り出した虹色に輝く球体を突くと古びた壁へと映像が鮮明に投影されていく。

 

「魔法研究同好会が開発したあの大会での投影魔法の記録映像だ。観客席には特に異変はない、だが映像を反転させると」


 マッズの指先に合わせて動く映像は正反対の旧校舎を映し出す。

 俺達がいる場所と全く同じ階と教室には一つの黒い人影が映し出されていた。

 先程の彼女のように窓枠に腰を掛けて何かを狙っている様子を見せる存在が。

 直後、ストレックの白馬は大きく乱れ彼女自身も地面へと投げ出される音が鳴り響く。


「映像を処分しなかったのは貴様が慕う君主様の凡ミスだったな。どうせバレないと高を括り足元を掬われた」

 

「はっ……そ、そんな映像一つで私がやったとでも言うのかよッ! 記録だ、私がそこにいたって記録でも出してみろよ! 入退記録に私の名は刻まれてない話だがなァァッ!」


「刻まれてますよ」


「はっ?」


 強気な態度を崩さないダウトの牙城にトドメを刺すのはモニカの冷徹な声色だった。

 マッズに追随するように彼女はある書類を提示していく。

 刻まれている文章を見るや否や、ダウトの顔には焦りが急速に広がっていた。


「旧校舎への入退記録は自己申告制、だが実態はそんな生温いものじゃない。本来は誰だろうと立ち入りをした時点で設置された魔法により記録させるシステムです」


「なっ……馬鹿なッ!? そんな話連合生徒会から聞いたことがッ!」


「ないでしょうね、隠されていた真実なのですから。全て副生徒会長の魔法が記録という名の証拠を刻んでいましたよバカ女」


 あの大会の日、旧校舎に立ち入りを行った人物はただ一人。

 レースと同時刻に旧校舎へと訪れ唯一刻まれている名は……ダウト・エスタリア。

 言い逃れが出来ない程に荘厳な筆記体で記された証拠は彼女を追い詰めていく。


「もう何をしようと無駄だ、貴様……いや貴様ら全員が新たなエースとなろうとしたストレックを陥れた。動機は立場を取られることを危惧したペンティが仕組んだ……貴様らの卑劣な愚行もここで終わりだッ!」


 静かな怒りを込めて青ざめる彼女を含め馬術部全てへと引導を叩きつけるマッズ。

 逃れる術のない状態にダウトは頭を抱えると静かに地面へと膝をつく。

 観念したか……そう勝利を確信し頬が緩みかけた俺に響いたのはだった。


「ハハッ……ハハハハッ、アッハハハッ! このパンツ狂いの第四階層が、偉そうに真実に辿り着きやがって……もういいわ」


 フラフラと立ち上がり脱力した身体でまるで亡霊のように俺達を睨んだ途端。


「お前ら全員だ」


 憤怒の域を凌駕した悍ましき狂笑に身の危険を察知した時はもう遅かった。

 瞬間、木材が破壊される音が背後から鳴り響き俺達を包み込むような暗い影が覆う。

 振り返った先には筋肉質な拳から放たれる一撃が既の所まで迫りくる。

 咄嗟に反らせた身体はギリギリ直撃を免れるが付近の机を豪快に抉り潰す。


「……壁からご登場とは何とも派手だな」


「チッ、悪運の強い奴が」


 大きな舌打ちと共に急襲を仕掛けた美しい筋肉を持つ男は殺意の形相を浮かべる。

 鋭い眼光と漆黒の短髪を揺らすもう一人の馬術部幹部であり格闘部部長、バリウスは手に付着した木々と自身の血を振り落とした。


「念には念をって言う言葉さぁ……こういう瞬間の為にあるのかもねェェェェッ! ギャハハハハハハハハハハハッ!」


「何処までも俗物が。大人しく我らに従っておけば命までは失わずに済んだものを」


 静と動、対極する二人は挟み合う形で魔導書を開き臨戦態勢を整える。

 バリウスはもしもの時の戦闘要員ってとこか……発言を聞くにこいつらは俺達を殺すつもりで挑むのだろう。

 馬術部及び傘下組織全てを揺るがしかねない存在を放置するはずもないからな。


「ここで証拠隠滅ってか? ハッ、何処までも恐ろしい発想しやがるな」


 まっ死ぬつもりなど毛頭ない。

 品どころか最低限の理性すらない人間に俺のパンツへの道を阻まれてたまるか。

 そのまま大人しく惨殺される訳でもなく対抗すべく一斉に俺達は魔導書を手に持つ。

 埃が舞う瓦礫の城はルール無用な死闘のステージと化し、強烈な緊張感が走る。


「レッド、この筋肉クソ男は俺がやる」


「オーケー適材適所だ、行くぞモニカッ!」


「言われずともッ!」


 先陣を切るのはモニカの迅速な攻撃。

 無駄を極限まで削いだシュレ級の炎魔法は一直線にダウトへと放たれる。

 魔法技術の高い彼女らしく至近距離からの迅速な攻撃だが焼き尽くすべく襲いかかった焔は無情にも空間へと消え去っていく。

 

「テメェらみてぇな雑魚二人が……ジャイアントキリング出来ると思ってんのかァ?」


 獣のような獰猛さを持つダウトに相応しい黄土色の魔導書は閃光を灯し、モニカの魔法を簡単に相殺していた。

 舌を盛大に出す挑発的な顔で首を傾げると迅速な動きにより背後へと回り込み詠唱を口にする。


「発動魔法段階ファイラ、氷連斬ホワイト・パニッシュッ!」


 人差し指で俺達を捉え射出された氷塊の斬撃は地面を抉り強襲を仕掛ける。

 スピードに特化した素早い動き、反応はしたものの魔法で相殺出来る距離じゃない。

 

「チッ……!」


 モニカの首根っこを掴み引き寄せつつ付近の机を防御盾代わりに前方へと投擲。

 古びた木材の塊など奴の魔法を防げる訳がないが威力の分散には大いに役立つ。

 木っ端微塵に破壊された机は氷河の斬撃を減速し形を歪ませるが相殺はしきれず彼女の魔法に壁を突き破って吹き飛ばされる。


「レッド!」


「他所見してる場合かッ! 発動魔法段階ファイラ、炎豪拳ファイア・スマッシュッ!」


 同時に繰り広げられているマッズもバリウスの対決は力と力の真っ直ぐな衝突で破壊的な死闘を演じていた。

 流石は格闘部の部長か、純粋なパワーなら負けることはなかったマッズを上回る勢いで焔を纏う拳の連撃を仕掛けていく。

 救援に向かいたい気持ちは山々だが俺達もそれどころではない。


「クッソ、何て速さだよ!」


「ダウト・エスタリア……第二階層にて速度が武器の相手を本能のままにいたぶる快楽主義者だとか」


「フンッ……ペンティに揃ってイカれ女が」


「パンツ狂いが常識的なセリフを吐いてんじゃねぇよォォォォォォォッ!」

 

 眼前にまで接近するや否や人間離れした跳躍で机から机へと飛び移りトリッキーな蹴りの追撃を行うダウト。

 身を翻しながら回避を繰り返す中、俺とモニカは背中合わせに魔法を詠唱する。


「発動魔法段階シュレ、植弾プラント・ショット


「発動魔法段階ファイラ、薔薇弾ローズ・ショット


 生々しい不規則な軌道で翻弄するツルとモニカの背後に咲かれた巨大な薔薇から放たれる痛々しい棘はダウトの機動力を捉える。

 だが直前で察知した彼女は宙へと舞い上がり、天井を足場に蹴りつけながら俺達の背後へと回り込んだ。


「ヒャハハハハハハハハァ! 発動魔法段階ファイラ、地斬剣グランド・グラディウスッ!」


 矢継ぎ早に開帳された魔導書からは土塊の刀身を持つ斬撃が振り翳される。

 咄嗟の本能と直感で咄嗟に屈むが数本の刃が肉を抉り掠り傷を生み出す。

 焼けるような痛みが神経を襲い刀身は床に激突し鈍い音とともに亀裂が生じる。


「雑魚がちょこまかとうぜぇんだよォッ!」


「チッ、発動魔法段階シュレ、錯霧クロス・スチーム!」


 途端、彼女の持つ魔導書から霧のような白い蒸気が溢れ視界を覆い尽くす。

 数メートル先も視認できない煙幕を利用し俺とモニカは後退と共に身を隠した。


「いっつ……! 容赦ねぇなあの女!?」


「流石は第二階層……実力は本物、確実に殺しに来てますよ我々を」

 

 あの素早さ、このまま戦えば体力差で惨殺させるのは確定だろう。

 こんな所で死んだら元も子もねぇ、中途半端にこの世を去るつもりはねぇんだよ。

 

「直ぐにもあの女はここに追いつく。どうにか打開策を練らなくては……!」


 奴を捉えるにはあのスピードを一時的に封じなければ戦局の覆しは行えない。

 だがどうする、倒せるとすればやはりモニカが持つ高火力の魔法だろう。

 しかし欠点となる彼女の身体能力では放った所で当てられる確率は限りなく低い。

 

「どうする……どうすれば奴を潰せる」


 考えろ、如何なるものにも穴はある。

 思考を巡らせろ、何が使える、弱者としてどんな卑怯を行使できる?  

 この見捨てられた退廃の世界で迅速の悪魔をどう仕留めればいい。


「ッ! 退廃の……世界」


「レッド?」


「一つだけ奴を倒すチャンスがある」


 より最善の策はあるのかもしれない。

 だが俺の思考回路で辿り着いた答えはこれ以外になかった。

 即席の戦略を彼女へと耳打ちする中、煙幕はゆっくりと晴れていく。


「さてさて虐殺タイムのお時間で〜すッ!」


 もう逃がすまいと煙を抜けてきたダウトが狂笑を浮かべ魔導書のページは優雅にバラバラと開かれた。

 床が軋む音を奏でながら迫る彼女へと武者震いからか俺は口角が上がる。


「眼前で確実に殺す、精々面白く泣き喚きやがれェェェェェェッ!」


 地を蹴り加速するとダウトは確実に息の根を止めるべくゼロ距離まで接近を行う。

 二度目はない、失敗は許されない、最後になるかもしれない深呼吸を終えると魔導書を開き詠唱を開始する。

 

「発動魔法段階シュレ、炎弾ファイア・ショット


 血迷ったかと思うだろう。

 なんたって俺が放とうとしているのは迅速の第二階層を倒すことなんて到底出来ないような焔の弾丸なのだから。

 全ての思いを込めた熱き一撃はダウトへと勢いよく射出されるが……彼女に触れる前に地面へと着弾した。


「ハッ! どこ狙ってん__」


 嘲り笑う彼女の言葉は止まる。

 古びた木材の床へと直撃した俺の魔法は盛大に地面を崩していく。

 瞬間、疾駆を続けていたダウトの身体は僅かに体勢を崩し視線も下がる。


「はっ?」


 奴は俺達を惨殺することに集中している。

 逆を言えば周りを見れていない。

 だからこそ、漬け込めるのは彼女が散漫としているこの場の特徴的な状況だ。

 雑魚な魔法と称されるシュレ級だがこんな古びた床を潰すことなら……造作もない。


「ッ! 不味っ……!?」


 気付いた頃にはもう遅い。

 自慢のスピードを一時的に封じ気が散り散りになっている今この僅かな瞬間。

 強者を討ち滅ぼせる唯一の好機を逃さずモニカは即座に詠唱を発する。


「発動魔法段階ドライヴ、嵐炎滅却ストーム・インフェルノ!」


 今までの火力とは比べ物にならない莫大な焔の渦は巨大な炎の竜巻へと変貌を遂げる。

 一体を呑み込み、押し潰すような猛威の渦はダウトの身体をも巻き込む。


「グッ!? クッソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 気を抜いたが運の尽き、圧倒的な熱量に壁まで吹き飛ばされる狂乱の迅速使い。

 防御魔法の発動は間に合わず耳を切り裂く叫びを最後にダウトは意識を手放す。

 

「お前の敗因は……その視野の狭さだ」


 使える物は全て使う。

 魔法もまともに放てない俺だからこそ視野の広さは他にも自慢できる数少ない強み。

 シュレ級だからと油断してればこのように足元を救われモニカの魔法の餌食となる。

 壊れやすいこの場が決戦の地だったからこそ俺達は奴を仕留めることが出来た。


「グッ……!?」


 瞬間、同じく死闘を繰り広げるマッズとバリウスの打撃音が聞こえたと思うと背後の壁が突き破られ誰かが地べたへと膝をつく。

 追い詰められているのかと即座に魔導書を開くが……凝視すると焦燥感を浮かべ頭部から鮮血を流しているのはバリウスだった。

 

「馬鹿な……スペックは貴様の何倍も上を行っているんだぞッ!」


 拳を血で濡らすマッズは普段の彼からは予想もつかない鬼神の形相を浮かべ格闘部部長を蹂躙し追い詰めている。

 確かにスペック差で言えばバリウスのほうが断然的に格上だろう、だがステータスを覆せる状況の要因は……。


「彼女の誇りを……未来を潰した貴様らを俺は絶対に許すことはない」


「貴様など許しなど知るかッ! 発動魔法段階ファイラ、炎豪拳ファイア・スマッシュッ!」


 ストレックへの愛の力だろう。

 バリウスは詠唱と共に肉体へと魔法を纒わせた打撃を繰り出すもいつもの数倍はキレのいい動きで容易く攻撃を躱す。

 どれだけ身体能力が高くとも俺と同じくシュレ級しか満足に使えないマッズからすれば使う魔法も一撃の威力も劣っている。


「発動魔法段階シュレ、雷蹴プラズマ・キックッ!」


 その差を補うのは自身が持つ戦闘センスとストレックへの愛の怒りという驚異的なバフが付与されているからだ。

 魔導書を発光させながらカウンターの容量でバリウスの顔面へと雷の蹴撃を繰り出す。


「ぐぼぁッ!?」


 強靭な歯が呆気なく抜けるほどに直撃した蹴りは体勢を大きく崩させる。

 ステップを踏むと連撃を仕掛けるべく血管が浮き出る拳を強く握った。


「発動魔法段階シュレ……炎拳フレイム・フィスト

 

 肉体を回転させ勢いを加速させる渾身の一撃はバリウスの右頬を標的に捉える。

 周囲に蔓延する熱風はこの戦いが間もなく決着するということを告げていた。


「ストレックの……邪魔をするなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 大きく振りかぶった拳は骨を砕く音と共にバリウスへと痛烈に直撃する。

 見るだけでも血の気が引く憤怒が込められた殴打は右頬にめり込むが奴は倒れない。

 倒しきれてないと危惧したが「馬鹿な」と小さく呟いた後にバリウスは魂が抜けたようにその場へと倒れ伏せた。


「……愛の力は偉大だな」


 真正面からゴリ押す程に後押しした愛の力には畏怖を抱くしかない。

 マッズは深く息を吐き高ぶった感情を落ち着かせる。


「後は……あいつ次第だな」


「あぁ邪魔はいねぇ、実力だけが勝敗を握る真っ直ぐな死闘の始まりさ」


 気を失う二人を見向きもせずに俺達は激戦を繰り広げるストレックへと視線を向ける。

 やれる範囲でのサポートはここまでだ、後はお前が未来を切り開け。


「勝てよ……ストレック!」


 もうお前を縛るものは何も無い。

 過去を振り払い未来を掴むべく疾駆する彼女へと俺は心の底から叫びを轟かせた。

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