第31話 少年少女の化かし合い

 決戦を告げる風が周囲へと吹き荒れる。

 行くは公式戦でも使用される競技場、風光明媚な景観と広さを兼ね備えたその場所は熱狂の渦に包まれていた。


「人多すぎじゃねぇか?」


「現馬術部エースと元馬術部エースの姉妹による対決、呼べば人も集まるでしょう」


 こちらから呼び込みなどはしていないのだが放課後の平日だというのに娯楽に飢える生徒達は観客席を満員御礼にしていた。

 恐らくペンティサイドが周りへと好き勝手に言いふらしたのだろう、ならばゲリライベントにこんな人は集まらない。

 流行りに疎い俺だがどうやら馬術部は相当に人気のエンターテイメントらしいな、中身があのカオスってことは知らなそうだが。


「おい聞いたか? あのペンティとかつて新エースとして期待されていたストレックがガチバトルするんだってよ!」


「あの二人って姉妹でしょ? 噂じゃとんでもなく仲悪いって話だけど……」


「仲なんてどうでもいいだろ! 楽しめればそれでいい、何で馬術部元エースがあんなパンツ野郎とつるんでいるのは謎だがな」


「なんか触れちゃ駄目みたいな話もあったがストレックは気が変わったのか? まっ幻の最高記録保持者の走りが見れんならそれだけで満足だがな」


 観客席からは盛り上がりの声が聞こえ、誰しもがペンティとストレックという姉妹対決の動向に注目していた。

 馬術部の根深いファンであろう一部の観衆はストレックの名を肯定的に出す辺り当時どれほど期待されていたのか分かる。

 まっ事情を知らない奴からしたらそんな元エリート選手が俺なんかと仲良くしてるなんて疑問でしかないだろう。


「どうせ……人をたくさん呼んだ上でストレックに最高の辱めを合わせるとかそんな安い魂胆だろ」


「二流が、心底幻滅する」


「何言ってもあの女には通じませんよ、私達はただストレック先輩の絶対的なる勝利をサポートするだけです」


 汚物以下を見る冷徹な視線で睨みつつマッズとモニカは俺の言葉に同調する。

 視線の先には多数の取り巻きを引き連れるお嬢様とは対照的に一人競技用ウェアを着こなすストレックが佇んでいた。


「あら、ちゃんと着れるくらいには馬術部の血は流れているのね」


「着方も忘れてしまうような女が貴方の前には立たないわよ」


「まぁいいわ、例えどれだけ身なりが整っていようと貴方の内の弱さは変わらない」


 瞬間、ペンティが華麗に右腕を上げると場は大きな歓声に包まれていく。

 何事かと観衆の視線を追うと片や純白、片や純黒に染められているニ頭の馬が競技場へと爽快に現れる。


「ッ……!」


「感動的でしょう? 貴方が使用していた白き愛馬との再開は、いや……悪夢を思い出させてしまったかしら?」


 やっぱりそうか、あの白い馬何処かで見たことがあると思ったがストレックが落馬したあの大会と同様の個体だ。

 トラウマを抉る吐き気を催す行為を嘲笑いと共に繰り出すペンティだが決意を固めた彼女にそんな小手先の揺さぶりなど。


「粋な計らいね、感謝するわ」


 通用しない。

 ストレックは愛馬を慈しむ仕草を一度すると笑みと共に決意を口にする。

 予想外の強い反応に煽った本人は不本意な表情を浮かべるもそれ以上の言葉を交わすことはなかった。


「君主ペンティ、準備完了致しました」


 スタッフという名のペンティの部下達は二人の笑えない煽り合いの裏にて着実に開戦の準備を整えている。

 馬術レース、コースに設置された障害物を突破し十周のタイムを競う国内外で人気を博している近代スポーツ。

 

「さぁさぁ突如始まったゲリライベントォォォッ! 馬術部の絶対的エースとかつて頂点を掴みかけた紅蓮の姫による姉妹対決! お前ら盛り上がってるかボケェェェェッ!」


「何だ……アレ」


「広報委員会ですよ。中立的立場から学園の情報を発信する機関です。ちょっとテンションが壊れた人間が多いですが……」


 あぁそういえばあの投影映像にもクソうるさい実況がいたな。

 まっ情報発信の機関ならこの一大イベントは見逃すはずがないだろう。

 競技場に常設された実況席に位置する女子生徒はマイクを片手に周りを煽りに煽る。


 その影響も後押しする形で観衆のボルテージは最高潮に達していた。

 静けさを知らぬ周囲とは裏腹に冷たい殺意をぶつけ合う姉妹は馬へと乗り込みスタートラインへと佇む。


「競技は十周のレース、勝敗の決定権はタイムにのみ存在し如何なる妨害行為も一切禁止とする、両者同意を陳ぜよ」


「同意するわ」


「……同意」


 審判員役である馬術部配下の生徒は淡々と告げるルール説明と共に建前でしかないのスポーツマンシップの言葉を宣言させる。

 ファンファーレの音が鳴り響き、直ぐにも始まるであろう聖戦に観衆は一度歓声を抑えつつ静寂の時を迎えていく。


「精々敗者らしくのたうち回りなさい、火に炙られた小鳥のように」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ」


 張り詰める緊張感。

 殺意が周囲に蔓延する中、ラインへと並ぶ二人の戦乙女は瞳に闘志を宿していく。

 瞬間、重い静寂を振り払う空砲が響き渡りプライドをかけた火蓋は切って落とされた。

 

「オラオラ始まるぞッ! 聖域なる戦いは今ここで開幕を迎えたァァァァァァッ!」


 実況の絶叫と共に戦乙女を乗せた対極の馬は地を蹴り駆け出していく。

 白き愛馬と黒き愛馬、共に名のある血統であるその二頭の戦いは観衆を魅了する。

 両者譲らずトップスピードでの爆走、ストッパーをなくした二人は加速を続けていく。


 速度も然ることながらインコースを狙い華麗に障害物を避けていく様はまさに圧巻でありトップクラスの激闘が繰り広げられる。

 荒れ狂う風を切り裂き大地を蹴り上げ、隊列を乱すことなくお互いの限界へと挑むようにひたすら勝利に目掛け駆け抜けていく。

 ペンティも実力自体は本物らしい、名門のエースとして君臨していることだけはある。


「さぁさぁ両者譲らぬ一進一退の攻防! 非公式戦ながらどちらもトップクラスのタイムを誇り一周目を華々しく飾る!」


 両者の実力は拮抗している、僅かにペンティがリードしているがストレックはピッタリと後ろに張り付き機会を窺っている。

 ブランクとは何なのか、コーナーで加速するストレックは一気に前へと躍り出た。

 実力のある者が上回っているのかペンティの死角から鞭を叩き込み外側への進路変更を促すが彼女はそれを許さない。

 

「おぉペンティを捉えたぞッ!?」


「スゲェ……速くねえか?」


「でも確か前って落馬したのでしょう? プレッシャーに押し負けたとかで、またそうなってしまうんじゃないの?」


 五周目に突入した所でのストレックの華麗なる追い抜きにドッと歓声は上がる。

 久々の復帰とは思えない走りは周囲を騒然とさせ見守っている馬術部の部下達も焦りの色を顔に出していく。


「紅蓮の姫! レース折り返しで遂に逆転したぞッ! やはり幻の最高記録保持者は伊達ではないぞオイオイオイッ!」


 実況にも更に熱が入り場面はストレック優勢と展開していく。

 ブランクありきでこの走り、現役バリバリの相手からすれば相当焦る状況であってペンティとしては余裕がないだろう。


「フッ……フフッ、いい走りね幻のエース」


 だが奴が浮かべたのは

 障害物を避けつつ一瞬だけ生まれた隙を突いて急加速するとペンティはストレックと横並びの形となる。


「潜在的なセンス……そこはやはり非凡なものがある。でも貴方に私は倒せない」


「その威勢、直ぐに捻じ伏せてやるわよ」


「内に眠る致命的な心の弱さはたかがレース一つで攻略出来るものではない。貴方が地に落ちて全てに泥を塗ったって……悪夢はね」


「ッ!」


「今日のようにお天道様がこの場を照らしている中で貴方は屈服した。馬術部のエースとしてのプレッシャーに押し潰されたッ!」


 嘲笑う叫びと共にラフプレー寸前の強引な接近による挑発を行っていく。

 数ミリでも距離感を誤れば落馬も考えられる危険なプレーだがストレックは冷静に距離を取ると再度ペンティを突き放す。


「精々偽りの美酒を味わいなさい。絶望をより美しいものにするためにね」


 追いつきはするも劣勢な状態。

 ストレック優勢によるデッドヒートと胸の内を熱くさせる煽り合いは観衆を盛り上げ二人の行く末を激しく見守る。

 追い込まれているが不敵な仮面を崩さず尚もストレックへと挑発的な言葉を連呼するペンティは余裕というものを守っていた。

 流石は現馬術部エースのメンタル……なんて思っている奴がいるのなら大間違いだ。


「この場に魂を熱くする死闘なんてない。あるのはだけだ」


 誰にも聞こえぬ声量でそう呟き、俺は誰にも分からないように微笑を浮かべる。

 そう、この場に正々堂々なんて言葉はなく存在するのは相手を陥れる化かし合い。

 勝利のためなら如何なる手段も公使されるのがこの神聖なる戦いの真実。

 華麗さを纏い絶対女王と君臨する奴も所詮は卑劣な手を使うだけの人間。


「レッド、そろそろ仕掛ける辺りかと」


「……行くぞ、悪には悪だ」 


 ならばこちらも卑劣と行こうじゃないか。

 モニカの予測に席を立ち上がると試合の動向には見向きもせずある場所へと疾駆する。

 サイコ女の牙城にある唯一の隙、俺が見い出したこの局面を覆す最大の一手。


 辿り着いた場所は解体工事を寸前に控えた旧校舎の三階である。

 地面は軋み、至る所に蜘蛛の巣が貼る退廃を体現した場所は人気を全く感じさせない。

 不要不急で来る場所ではないだろう、だがいるのだ、姉妹対決という大イベントが繰り広げられる中……立ち入る人物が一人。


「キヒヒ……馬鹿な女! そんな馬鹿みたいに真剣バトルしちゃってさァ!」


 狂乱を極めた笑い声。

 窓枠に腰掛け高みの見物で罵倒を好き放題にぶち撒ける美少女。

 手元には上質な弓と先端のない矢が握られ、人差し指を出すと風を読んでいく。

 今が好機と判断したのか、盛大に笑みを浮かべると少女は矢を射る構えを取り始めた。


「発動魔法段階ファイラ、超同化グランド・ミミクリー


 黄土色の魔導書からは詠唱に共鳴して彼女が持つ矢を同化の効果により周囲への擬態化を行う。

 カモフラージュされた矢は視認できずもしこの流れを見ていなければそこに矢があることすら分からなかっただろう。

 ゆっくりと弓を引き始めるとストレックの白馬へと標的を捉える。


「ウハハッ! また死ねよ紅蓮の姫ッ!」


 狂気的笑みは一瞬にして消失し、獲物を狙う狩人へと変貌する。

 殺意が研ぎ澄まされた放たれた矢は僅かな気流の乱れを機敏に感知し標的目掛けて一気に加速していき白馬へと直撃した。

 ……というのがこいつのシナリオだろうが残念ながらそうはいかない。


「発動魔法段階シュレ、植弾プラント・ショットッ!」


 矢が射られようとした寸前、即座に俺は植物のツルを生み出し奴の手元へと目掛けて一か八かの突貫を行う。

 放たれた一撃は彼女の左手へと直撃し大きく矢の射線をズラし弓を吹き飛ばした。

 

「はっ……? なっ!? 誰だッ!?」


「俺様だよ、アーチェリー部の部長さん」


 何が起きたか分からぬ様子を見せる滑稽な彼女へと俺は不敵に笑い姿を見せる。 


「ダウト・エスタリア、お前だったか。ペンティが仕向けた妨害行為は」


 馬術部傘下、アーチェリー部部長のダウト・エスタリア。 

 狂乱と愉悦を極める彼女は俺と仲間の姿に悪霊でも見たかの如く唖然の顔を浮かべた。

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