第28話 離れた栄光と推し活
「……驚愕の真実ってこういう時のためにある言葉なんですかね」
「あぁ、間違いないな」
茫然自失な俺達は情けなく足を広げながらベンチへと間を開けて腰掛けていた。
授業終わりのチャイムが鳴り響き騒がしさが戻る中、仲良く天を見上げている。
半日で起きる展開を有に超えているのだからこうでもしないと脳の処理が追いつかん。
「まっさかのまさか……大まさか、いや確かにストレック先輩の過去って結構不透明ではありましたけども」
「しかし姉妹であんなに変わるか!? 片やおっぱいの大きい聖人、片やおっぱいの大きいスーパークレイジーとか!」
「性格がまるで違う兄弟や姉妹も中にはいるってもんですよ……あぁでも確かに言われるとあの女、何処かストレック先輩に似てたかもしんないですね」
「姉妹ってことにも驚きだが……アイナの話を聞くにストレックは元馬術部でありしかもエース級の選手、それが今じゃ俺達とつるんで馬術部の言葉にかなりビビってる」
「何かあったのは確実ですね」
「直接聞くか?」
「デリカシーって言葉知ってます? 私達にこれまで隠していた話をいきなりズケズケと聞いて答える訳にもいかないでしょう」
「だからと言ってこのままじゃ一生結合機なんて手に入らねぇだろ! 聞いてみなきゃ何の話もパンツも進まな「止めとけ」」
「あっ?」
肩を結構強く掴まれる感触。
ズシンと来る重みに振り返った際には珍しく不快感を表に出すマッズの姿だった。
俺達の掛け合いの一部始終を聞いていたのか開口一番大きくため息を吐く。
「止めておけ、彼女の為を思うのならこれ以上の深入りは意味を成さない」
「マッズ……何故止める、結合機を手に入れる為には馬術部へとッ!」
「本当に馬術部に拘る必要があるのか?」
「はっ?」
「それは必ずしも馬術部に介入しなければなし得ない事なのか? 他の手段があるって可能性も否定はしきれないだろ」
「他の手段って何だよ、何でそんなに消極的なんだ? まさか馬術部には媚びへつらって何もするなって言うのかよチキンがッ!」
グッと壁へ押し付けられる衝撃が襲う。
相容れない言葉の平行線に新たな展開を生み出したのはマッズの力だった。
鍛え抜かれた筋肉からなる上腕二頭筋を激しく隆起させこちらの自由を奪っていく。
鼻と鼻がくっつくほどに接近するマッズの顔は……いつにも増して真剣そのものだ。
「いい加減にしろ、お前だろうと彼女の尊厳を不用意に傷つけるのなら」
「……ペンティ・トライペルト」
「ッ!」
「反ユレア派巨大勢力の長……まさかそいつとストレックが血の繋がった姉妹だとはな」
「お前、何処でそれを?」
「アイナが教えてくれたよ、寧ろ知らなかったのかって驚いた表情をしながらな」
一瞬だけ緩んだ握力の隙を図って掴まれていた胸倉を強引に外す。
大きくはだけた制服を整えながら見つめるマップの顔は静かにだがかなり焦っていた。
「確かに他の道もあるかもしれねぇが俺達だって退けないような事されたからな。ストレックの姉様によ」
「何……?」
ほぼ強引に誘拐された挙げ句、どちらだろうと最後には詰む選択肢を迫られ拒絶したら目ん玉を潰されかけた。
暫くは忘れることなんて出来ない先程の狂気を聞いたマッズは顔を歪ませる。
「ストレックの姉が……!?」
「こちとら半殺しにされかけた恐怖味わったんだよ。黙ってられると思うか?」
「今回ばかりはレッドを支持します。実害が出た中で黙認なんて出来ません。黙ってたってどの道、あのクレイジー集団は私やレッドへの報復に来るでしょうから」
インパクトしかない出来事とモニカも同調している状況に強気な態度だったマッズも段々と勢いが消滅していく。
相手から仕掛けてきた話ってもあってこちらを咎める事は出来ない様子だ。
「もういい、もういいわよマッズ」
沈黙の対立が支配していた空間へは第三者の声が響く。
悲痛な声色を持つ存在は俺達の様子を見て観念したようにストレックは現れた。
「ッ! ストレック……いいのか?」
「ごめんなさいマッズ、私のワガママに突き合わせてしまって。でも……もうこれ以上は限界みたい、仲間にも実害が生まれた」
「私のってことはお前がマッズに頼み込んでいた事かストレック、まさか馬術部のエース選手とは思ってもなかったが」
言われてみるとこれまでも彼女はお家の話になると強引に話を切り替えていた。
これ以上取り繕うことを諦めた彼女はマッズの制止を振り切り手招きの仕草を見せる。
闇を抱えてるであろうお嬢様への考察が纏まらない中、ストレックが俺達を導いた場所は校舎内の小さくも豪華な一室であった。
「資料室か?」
「いいえ、魔法研究同好会の部室よ」
「ん? おい待て、確か魔法研究同好会ってアルマリア馬術部の」
「えぇしっかり馬術部の傘下よ、大丈夫今日は活動日じゃないからバレないわよ」
何が大丈夫なのかという疑問は置いておき彼女は無限にもある戸棚の数々から迷わずにある引き出しへと手を掛ける。
現れたのは年数の付箋が貼られた手を埋める程の美しいビー玉のような球体であった。
翡翠の宝石のような色彩に彩られたそれは部屋に差し込む光を反射し虹のように輝く。
「投影魔法、魔法研究同好会が開発した魔法の一つでその時にあった出来事を全方位映像として記録できる代物」
「投影魔法って……風の噂には聞いてましたが本当にあったとは」
「まだ生徒会が認可してないから非公式なんだけどね。馬術部の犬だから大体は馬術部の大会における映像記録が大半だし」
近くの木造の椅子へと俺達を促すと部屋の明かりを消し彼女は投影魔法が込められた球体を三回軽くつつく。
瞬間、今にでも美しい音色を奏でそうな趣の球体は前面へと巨大なビジョンが生成を行い姿が段々と浮かび上がっていく。
徐々に鮮明になっていく画面に映されたのは常軌を逸した観客席からの歓声と競技場のような立派な光景であった。
「約一年前のアルフェント馬術国際大会、馬術レースの中でも極めて大きな大会の一つであり世界各地の選手や各国の要人までもが開催地であるこの学園へと集結していた」
思わず飲み込まれそうになる熱狂。
規模の大きさは映像越しでも直ぐにも分かり競技フィールドの中心には何人もの選手が馬を操りレースの開幕へと備えている。
数多いるジョッキーの中でも特に異彩を放つのは白い勝負服に身を包み白馬を従わせる赤髪の美女であった。
「……懐かしいわね、姉さんがゴタゴタしてる中、代わりに私がエースとして活躍していた黄金時代、一生忘れられない」
「例の学園裁判か?」
「そうよ、記録操作でユレア生徒会長が姉さんを断罪した。なし崩しに私がエースとなって正直ラッキーとも思ったわ。このままトップの座を奪えるんじゃないか……って」
今とは纏う雰囲気が違い凛々しさと緊張感を絡み合わせた中性的な美しさが当時の彼女には見て取れる。
耳を澄ますと鳴り響く歓声もストレックを支持する物が多い中、ファンファーレと共にレースは一斉に開幕を迎える。
お嬢様ながら俺達と一緒にパンツを見るなんて馬鹿やっている彼女は他の選手を抜き去り圧倒的な首位を保持していた。
「ストレック選手、下位の選手を周回遅れさせる勢いの最高記録ペースの独走状態ッ! 流石は名門アルマリア馬術部の新エース! この大会は紅蓮の姫の為だけに存在するというのかッ!」
「紅蓮の姫?」
「……周りが勝手につけてた二つ名よ、あぁ今でも恥ずかしい」
実況にも熱が入る状況でストレックは白馬を操り軽々と障害物を越え、追随を許さない最高速度にて圧倒的な力を見せていく。
誰が見ても一位、そう思える程の絶対的な走りを披露する対比するように彼女だが本人は重苦しい表情を浮かべていた。
「勝ったと思ったわ。圧倒して、他なんていないんじゃないかって思うほどに……でも私は飲まれてしまった」
言葉通り、最終周へと突入したストレックの無双劇は突如として終わりを迎える。
いきなり白馬が暴れ出したと思うと身体は大きくバランスを崩す。
「この大会の緊張感……負けてはならない名門故のプレッシャー……私はそれに屈した」
冷静な立ち振舞いで語っていた彼女が最後の最後、絶望的な一面を見せる。
完全な暴走状態へと陥る白馬を立て直せすことは出来ず目の前のゴール寸前で彼女は激しく落馬した。
助骨が折れたような痛々しい音が鳴り会場は熱狂から悲鳴へと変化していく。
「なっストレック選手落馬ッ! なんという波乱劇……名門アルマリア馬術部の新エースは落馬により失格ッ!」
追い打ちをかけるように轟く実況の声。
土に塗れている画面上のストレックは何が起きたかも分からぬまま放心していた。
「ルール上……幾らリードしてようとレース中の落馬は即失格、私は優勝どころか入賞すらも獲得出来なかった。常に一位を獲得していたアルマリアの歴史に泥を塗ったのよ」
混乱に満たされている中、ブツリと投影魔法の映像は終わりを告げる。
何とも言えない生々しいさと華やかさが交わった光景は唖然とするしかない。
「落馬でやらかしたエース……案の定立場が無くなってきて逃げるように馬術部を退部したわ。同時期に姉さんの謹慎が解除されて馬術部のエースは再びあの人になった」
「なるほどね、そんで更には部長にまで成り上がって今は狂った女王様気分ってか」
点と点が繋がっていく。
謎に満ちていたストレックという存在は段々とクリーンに変化する。
「お前の過去は分かった、口止めしたいって理由も分かる。だが何故マッズは彼女の過去を知ってここに連れてきた?」
とは思いつつもマッズとストレックに接点があるようには見えない。
入学時からこいつとは悪友の関係だが謎に女友達が多いとかプレイボーイとかでもないのに何故このお嬢様と知り合ったのか。
「……そりゃそう思うだろうよ、彼女は元々馬術部のエースでしかも当初は第二階層にいた存在、俺と彼女は選手と熱烈なファンでしかなかった」
「はっ?」
「熱烈なファン、お前に知られると弄られると思って隠してたが俺はストレックを密かに応援していたファンだ」
「お前……推し活してたのか!? 筋肉だけを愛してる筋肉バカじゃないのか!」
「そこまで俺は一途じゃねぇよ」
おっとここに来て衝撃の事実来ましたね。
えっ筋肉だけを愛しているはずのこいつが推し活……しかも相手はストレックだと!?
あぁマジか、予想外に次ぐ予想外のラッシュにもうノックダウン寸前だ。
「嘘でしょマジで推し活してたんすか!? しかもストレック先輩へとッ!?」
「あぁ当時のグッズだって買い占めてた」
「「グッズ!?」」
確かにこの学園の有名な生徒にはファンクラブが作られたりグッズが販売されることはそう珍しくもない。
信者が多いユレアにも勿論グッズはあるのだがまさかこの男がそれをしているとは当時から知ってたら絶対に弄ってる。
健全に見えた二人の関係の実情に俺とモニカはも思わず目を合わせてしまう。
「自分でも驚くほどにハマって暫くは彼女を追っかけていた。故に彼女が落馬した時も居合わせていたんだよ」
「まさか……だから知ってたのか?」
「あぁ退部したってのも聞いてその後に成績不振から第四階層まで降格した事もな」
「色々とあの時は病んでてね……何をするにも力が入らないし赤点ばっか取って気付けば第四階層に私はいた。そんな私に声をかけてくれたのがマッズなのよ」
「で、今に至るとでも?」
「……逃げ場が欲しかったの。何処でも昔を忘れられるのなら、貴方達と一緒にバカやっている時は何もかも忘れられるから」
何故こんなお嬢様が俺の復讐劇にしかも結構ノリノリで付き合っているのかと思ったらそんな魂胆だったって訳か。
「ごめんなさいレッド、これまでずっと隠していてパンツに一途な貴方に余計な負担をかけたくはなかったの」
「馬術部に戻るつもりはないのか?」
「ないわ、どうせ戻った所で居場所はないし私は肝心な所で失敗する人間、また同じ過ちを繰り返すだけ「あらぁ?」」
彼女の言葉を遮るようにあの傲慢な声が響き渡り扉が乱暴に開かれる。
敵意丸出しの鋭い視線を飛ばす先にいる存在に俺は思わず鳥肌が立つ。
良心のない深紫の瞳を輝かせ全員を一瞥すると乾いた笑みを口に出す。
「ペンティ……ッ!?」
「サ、サイコ女ッ!?」
心臓が止まるかと思う展開。
先程の出来事が蘇り、俺とモニカは同時に立ち上がると即座に魔導書を開く。
突如として現れたペンティに一触即発の空気だがストレックは手を広げ制止を行った。
「……何の用?」
「こちらのセリフね。私達の敷地に無断で入り込むなんて常識のないことを、まっ別にそんなもの見られたって構わないけど」
「常識ないのはお前の脳味噌だろ」と罵倒したい気持ちを抑え、容赦ない狼藉者とストレックのやり取りを警戒しながら見守る。
確かによく見ると所々顔立ちが似ており姉妹だと分かるが性格は似ても似つかない。
「何、ここは慰めの上映会? 自分が犯したミスを励まされたいの?」
腕を組む彼女は馴れ馴れしい態度でストレックへと歩み寄る。
取り巻きは引き連れていないらしいが単体でも悪い意味での威圧感が凄まじい。
「違うわよ、そんな弱い女じゃない」
「逃げた奴の言う言葉かしら〜? お家でもお父様やお母様から散々「一族の恥」と言われてるのによくもまぁ今も同じ屋敷を寝床に出来るわね」
「恥なのはお互い様でしょう?」
「私はただの若気の至り、それを上回る結果で名誉を回復した。怖くなって逃げた泥塗りの貴方と同じように言わないで貰える?」
「おい、アンタいい加減にッ! ストレックはそんな舐められるような奴じゃッ!」
込み上げる怒りを抑えきれずマッズはペンティへも吠えようとした瞬間、ピッと指を立てた彼女に制止をされる。
「お口チャック可愛いボーイ、今は姉妹の談笑であって盲信者が割り込む時間ではない」
「何だと……!」
「マッズ! いいの、彼女の言う通り事実を述べてるだけだから」
憤怒に満たされ殴りかかろうとする彼を必死に止めるとストレックは再びペンティへと向き直す。
「無断で入室したのは謝罪する。でも貴方に突き合わされる筋合いはない、直ぐにもここを出ていってあげるわよ」
「あらそう、ならさっさと消えてくれない? 泥にこの部屋汚されるのは迷惑だし」
睨み合いが続いていたが先にストレックの方が顔を離す。
平行線な二人は最後の最後まで殺意をぶつけ合い退室する彼女の後を追う。
殺伐とした空気が支配する中、横切ろうとした俺の肩をペンティは突然掴んだ。
「先程は失礼、また機会があったら今度はお茶会でもしましょう?」
「どれだけ死んだってするかよバーカ」
「あら残念」
不気味に微笑む彼女の手を払うと俺は逃げるように部屋を退室する。
エグゼクスを執拗に狙い、俺のパンツを阻む目ん玉抉り女の姿が見えなくなったと完全判断した俺はふと胸を撫で下ろす。
思わぬ来訪者にまだ心臓はバクバクと鳴り続けていて未だに落ち着けそうにはない。
「……貴方は結合機が欲しいのよね。それがあればエグゼクスの一部が完成し貴方は復讐を行うことが出来る」
そうだと首肯するとストレックは優しさを極めたような笑みを俺達へと捧げる。
「私が何とかする、結合機一つくらいならどうにか出来ると思うわ」
「どうにかって……お前はどうなる?」
「いいのよ私は、今更失うものなんて何もない無敵人間。多少の報復ならどんと来いよ」
直ぐにも分かる、彼女が浮かべる笑顔が本心ではなく無理をしているという事は。
俺だけでなくマッズやモニカも見えていた嘘を簡単に見抜いている。
だとしても他に有効となる手がない以上、彼女の言葉に甘えるしかないのが現状だ。
「ごめんなさい、今日はもう帰るわ。私の方からも貴方達に護衛を付かせるよう生徒会に進言しておくから」
「お、おいストレック!」
一方的に話を切り上げ帰路につこうとするストレックをマッズは慌てて追いかける。
段々と陰鬱な色に染まる夕日はどうしようもない状況にいる俺達を嘲笑っていた。
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