第27話 冷たい狂気

 モニカの叫びは部屋にいる者を一瞬だけとはいえ怯ませることに成功し、ペンティという悪女を魔法陣で標的に捉えた。

 対抗するように彼女の側近や取り巻きは一斉に魔導書を開き臨戦態勢を整える。

 一触即発の空気が蔓延し、これまでとはまた違う緊張感が走っていく。


「はぁっ? 誰このチビ眼鏡、この男の愛人とかそういうの?」


 手元の魔導書からいつの間にか弓矢を生成していたアーチェリー部部長のダウトは享楽的な笑みと共に矢先を彼女へと向ける。

 

「そういう貴方は確かアーチェリー部の部長ですか。こんなクレイジーな女が支配者になれるとか退廃にも程があるってものです」


「はっ? 何様のつもりお前?」


「一年様だよボケカスが、今すぐレッドを離しなさい。さもなくばこの場でドライヴ級をブッ放します」


 煽りに真っ直ぐ言い返すと透かさず「発動魔法段階ドライヴ」と素早く詠唱の準備を終え発動待機の姿勢へと移行。

 迷いのない一連の素早い動きに周囲の者も緊張の表情を露わにしていく。


「あらあら貴方は確か一年図書委員の。そんなにカッカしないで一度こちらでお茶でも致しませんこと?」


「ここまで来て純情ぶんな。アンタらのクソみたいな行為を全部聞いてんだよ私は」


「聞く……一体何を? 私達はただ貴方のご友人と仲良く戯れていただけのこと。やましい事など一つもございません」


「別にどんな言い訳を並べてもいいですけどそいつを離さないと言うのならここで全員を吹き飛ばしますよ、サイコ女」


「……その覚悟がお有りで? 学園の顔でもあるアルマリア馬術部のこの私を」


「知るかそんなこと、誰だろうと何処のお偉い奴だろうと人の尊厳をゴミしか思ってない奴には幾らだって泥を塗ってやるッ! 一年舐めんじゃねぇぞッ!」


 怯みなんて言葉は一切ない気迫。

 誰もが萎縮する状況だろうと彼女にはお構い無しで寧ろ逆に飲み込んでやろうという攻撃的な姿勢は周囲をたじろがす。

 これでもかと内に秘めた狂犬ぶりを発揮した彼女の勝利を告げるように校内には荘厳なチャイムが鳴り響いた。


「……ほら授業時間ですよ。出なかったら色々と怪しまれるんじゃないですか? ユレア生徒会長だって黙ってはいません」


 流石に分が悪いと感じたのかペンティは魔法陣を解除すると同時に俺への拘束を解く。

 腰部のホルスターに備えたエグゼクスへと渇望する視線を向けつつ「やれやれ」という言葉が見える微笑みを見せた。

 

「これだから靡かない狂犬というのはいけ好かない生き物ですね」   


 取り巻きを引き連れモニカを横切ったペンティは彼女の耳元へと囁くように。


「愛想のない駄犬ですね」


「こっちのセリフですよ、サイコパス」


 最後の最後まで彼女の脅迫に動じないセリフにペンティはやや顔を歪ませるとその場を去っていく。

 激情と狂気が渦巻いていた一室の戦いは最悪の展開を免れ静寂からなる休戦を迎えた。


「モニカ、どうしてここに?」


「一瞬だけ貴方が無様に連れ去られる光景を目にしたので……まさかこんなイカれた状況になってるとは思いませんでしたが」


「そうか……ありが「ふんっ!」」


 ドゴッ__!


「ごはっ!?」


 溝を抉る鋭い一撃。

 病弱な彼女から繰り出されたパンチは見事に俺の弱点を捉え蹌踉めかせる。

 突然の暴力に「何すんだよッ!?」と口から漏らす前にモニカは俺へと抱き着いた。


「馬鹿……心配掛けないでください。本当に何処までも世話が焼ける変態。ガチで焦ったんですから」


「あっえっと……悪かった」


「貴方は変態でどうしよもうないですけど目ん玉が飛び散った姿なんて見たくないです」


 先程までの強心臓な姿は消え、僅かながらに身体を震わせながら紡ぐ声に俺は思わず謝罪の言葉を口にしていた。

 彼女なりの気遣いや良心が垣間見えた瞬間と無事に生き残った安心感の双撃は口元を緩ますには十分である。

 何の予感もしていなかった命の危機を切り抜けた俺達は学園が有する大庭園へと足を運んでいた。


「エグゼクスを奪おうとした?」


「あぁ、エグゼクスの力を少しだけ共有してくれたら結合機を渡すってな。だが蓋を開けてみればそんなつもりは毛頭なく力尽くで俺から魔導書を奪おうとしていたって訳だ」


「で、拒否したら目ん玉ゴリ潰しと……良心ってもんを子宮に置いてきたんですがそのイカれクソ集団はッ!?」


「サイコにも上には上がいるな。あれが学園でも人気の部活動とか恐怖でしかない。ユレアへも相当恨みを持ってたぞ」


「どうなってるんですかこの学園……国を統治してるはずの機関内がこんな」

   

 まぁどうにかなるだろ、そう考えていた俺の考えは今ここで訂正させてもらう。

 紅族やベイルよりも遥かに理性がなく話が通じない相手だとは思ってもいなかった。

 パンツの為にもあんな奴が相手ならより手段を選ぶことなんて出来ずあのサイコ女の情報の収集は必須だろう。  


「何? 目ん玉を潰されかけた?」


 その裏付けとして目の敵にしている生徒会執行部の一人、アイナへと俺は庭園内にて恥を捨て深々と頭を下げていた。

 彼女……いや彼かどっちか分からない奴を捕まえ馬術部とユレアの因縁を訪ねていく。 


「全くあの女は……だが物的な証拠がない以上こちらも不用意には動けない。まっ身の安全として生徒会の有力スタッフを君の護衛に付ける処置はしておくよ」


「恩に着る、それで教えてくれないか? ユレアとあのペンティとかいうイカれ女に何があったというんだ?」


「レディにその言葉は宜しくない、まぁでも……国内の治安維持という部活動には関係のないタスクを任されてる僕でも彼女がユレアに恨みを持つ原因は認知している」


「一体何だ、模擬戦でユレアにボコボコのフルボッコにされたとかなのか?」


「残念、ペンティは一年前に完璧だったはずの経歴を傷つけられたのさ、ある大会でね」  


「経歴に傷……?」


「彼女は馬術部の部長でありながらエースとして君臨している。そんな彼女に唯一最大の傷をつけた人間こそユレアなのさ」


 一つだけある大き過ぎる傷__。

 狂気に走る彼女が持つ痛み__。 


「馬術レースは障害物が設置されたコースを十回周回し誰よりも早くゴールすれば勝利というスポーツだ、ペンティはこれでもかと無双し例の大会でも一位を獲得した」


「それの何処に問題が? 一位になったのならもう強請る物なんてないだろ」


「いや彼女は強請ってしまった、最高記録の更新という拘りにね。彼女は賞賛欲しさに記録を不正を行い墓穴を掘ったのさ」


 承認欲求の暴走。

 より凄まじい勝利と幸福の美酒を味わいたいが為に彼女は暴走し、そしてユレアに漬け込まれたとアイナは口にした。


「直ぐにもユレアによって不正操作の事実はバレてしまってね、学園裁判にて三ヶ月の部活動禁止を言い渡されたのさ」  

 

「それがユレアを恨む理由か?」


「因果応報って話なんだけどね〜ペンティってかなりいいとこのお嬢様みたいで家族にも罵られたらしく相当恨んでるみたいだよ」


「やっぱガチサイコじゃないですかッ! 何の悲劇性もない過去であんな狂気に溢れてるとかレッドの方が遥かにマシですよッ!」


 言えてる、クズではあるがペンティに比べりゃ俺なんてまだマシな部類だろう。

 加えてその理由もただの自爆による逆恨みなのが余計に悪質さを際立たせている。

 

「世の中には根っから人間性が歪んでいる者はいるからね、そんで持って部活動停止中にが台頭したんだからそりゃもうお怒り中のお怒りだったよ」


「妹?」


「えっ? いやだから妹が」


「何だそれ、初耳だぞ」


「まさか……知らないのかい?」


 まるで知ってて当然のような口ぶりなアイナは俺の返答に目をかっぴらく。

 な、何だ……知ってなくてはいけないことでもあったのか?


「君、仲間の過去を探ったりは?」


「いや俺からは探らない、余計に深堀りして傷つける訳にもいかないからな」


「妙なとこだけ紳士的なんだね君は……そういうことか、彼女も君達に明かしてなかったという訳だね」


 萌え袖となる腕でやれやれと頭を抱えると真剣な眼差しからなる上目遣いを放つ。

 

「ストレックのフルネームは?」


「はっ?」


「彼女のフルネームと言っている」


「ストレック・……それが?」


「ペンティのフルネームは?」


「ペンティ・……ん?」


 おい待て、これはどういうことだ。

 何の偶然だ、いやこれは偶然なのか?

 血の気が引く感覚が全身を襲う。


「待て、まさか……妹ってのは!?」


「そう、ストレック・トライペルト、君が仲間に引き入れている華麗なるお嬢様は馬術部トップのだよ」


 妹……妹……妹……妹……妹……。

 妹、妹、妹、妹、妹、妹、妹、妹、妹。

 その言葉は呪いのように脳内を駆け巡り俺の思考を純白に染めた__。

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