第29話 敗北は果たして彼女の弱さか?

 春と夏の合間な生暖かい風が吹く頃。

 絶妙にむず痒い不快感を募らせる温度を持つ風は俺の身体に染み渡っていく。

 だらしなくネクタイをズラし第二ボタンまで開けている俺は屋上にて寝転びながら空を眺めていた。


「平和ではある……だが最悪の平和だ」


 争奪戦だのと毎日が休む暇もなく進んでいた青春から一転、ここ二日は特に何もない退屈な時間が俺の心を蝕んでいく。

 アイナの手引きのお陰か俺達には生徒会からの護衛が密かについており馬術部からの報復は今のところない。

 流石にユレアの息が掛かっているメンツがいる状況で手は出せないのだろう。


「あぁむず痒いッ! ストレックやマッズとも全然話してねぇし最近ッ!」


 誰もいない空間で俺は飛び起きると同時に愚痴を盛大にぶち撒け、空へと消えていく。

 あの日以来、彼女は愚かマッズとも話す機会が減っているというのが現状。


 ストレックの発言を考えればこのまま寝ていてもあいつはきっといずれ俺の為に結合機を獲得してくれるのだろう。   

 彼女の言葉へ素直に甘えれば俺の復讐とユレアのパンツへの道は更にまた近付く。


「いやいや……胸糞が悪い、復讐は常にクリーンで純粋に挑まなきゃなんねぇんだよ」


 一人復讐論を語りながらこのままの現状を自問自答して明確に否定を行う。

 あのクソ女のことだ、最悪の場合殺しも行ってくる可能性も否定は出来ない。

 もしそれでストレックが死んだら? 俺が見殺したも同然だ、あいつを推してるマッズは俺以上に罪悪感を感じるだろう。


「こんな心持ちで挑むなんて復讐とパンツに失礼だ。ヴェリウスだって失笑必須だぞ」


 ゲーム好きの駄神ヴェリウスもこんな爽快さのないドロドロとした状況は流石に胃もたれしてしまうだろう。

 進展しない三文小説なシナリオ展開に頭を抱えるしかない時だった。


「グチグチ言ったって何も変わりませんよ。私達がどうにかしない限りこの物語はクソのままです」


 聞き慣れた声と共に俺の目の前にはいつの間にかモニカが立っていた。

 太ももまで見えるスカートが風で靡くが絶対領域は伊達ではなく絶妙に彼女のパンツは俺の視界に映らない。


「……今日は黒かモニカ」


「えっ? ちょなっ、何見てるんですかこのクソキモド変態ッ!?」


「冗談だ、お前は変わらずで安心するよ」


「そういう貴方もそんな三流のジョークが言える時点で変わっていませんね」


 呆れ顔と共に自然とモニカは俺の隣へと腰を下ろす。

 少し曇っている眼鏡を布で拭いている裸眼な彼女の横顔これまた違う美麗さがある。

 スズカといいモニカといい、よく見ると超絶美少女というタイプがこの学園には一体何人いるというのか。


「どうせ「このままは嫌だ、でも打開策が見つからない」的な感じで悩んでここにいるって所でしょう?」


「大正解だ」


「責任感強いストレック先輩のことです。現時点ではまだ動いてませんが何時かは自己犠牲も厭わず結合機を獲得しますよ」


「俺もそう思ってる、だがそれであいつがペンティにでも殺されたり傷つけられたら胸糞悪いにも程があるだろッ! そんなんでユレアに挑んでも本調子が出ねぇ」


「まっ……仲間が殺されて普通でいられる人間なんていませんからね。昨日マッズ先輩とも話しましたけどどうすればいいか悩んでるって感じです」


「悩んでるってストレックの暴走を止めるのが唯一絶対の選択肢だろ?」


「そうですけど……マッズ先輩の場合彼女が大切だからこそ簡単には結論を下せないってとこですよ。きっと恋してますし」


「えっ恋?」


「私の目線から見てもあの人がストレック先輩を見る目……ファンと選手という枠を超えてましたよ」


 汚れを拭き終えた眼鏡を装着しながらモニカは独自の理論を展開していく。

 よく男よりも女のほうが物事の本質を見抜き勘が鋭いと言われている。

 特に知性が高い彼女が言うのだから考察に間違いはないのだろう。


「恋ほど人の思考を混乱させるものはありません。どんなに単純明快なことでも思い悩み愛のためなら狂うことも出来る」


「流石は知性の塊と名高いモニカ様だ。説得力が違うぜ」


「茶化さないで真面目に聞いてください。マッズ先輩はストレック先輩が大切だからこそ簡単には動けないんですよ。つまり身勝手に動けるのは私達しかいない」


 モニカの核心を突く発言に息を飲んでいると彼女は懐から透明色の球体を取り出す。

 一目見ただけでそれが何なのかは俺にも分かった。

 

「それって魔法研究同好会の」


「さっきパクってきました。飼い主が別に見られたって良いって発言してたのだから問題ないでしょう?」


「思い切りが良すぎるな」


「チキンなメンタルで生きていけませんよ、こんなカオスな学園」


 見よう見真似でモニカは軽く球体を突くと空間上にはあの映像が即座に浮かび上がる。

 ストレックという女の運命を狂わせ皮肉にも俺達と出会うことになった一日。


「レッド、本当にストレック先輩の落馬の原因がプレッシャーだと思いますか?」


「思わねぇな、落ちた時のあいつの表情は何が何だか分からないって様子だった。自分の落ち度であんな顔するか普通?」


「同感です。ストレック先輩は納得してますけど妙に違和感があります。同時期のペンティ謹慎解除を考慮すると余計に」


「あいつがやったってことか?」


「否定しきれません。もしあの女がやらかしたという話なら今の絶望も根底から覆せる可能性も出てきます」


 モニカが提示した活路。

 確かにあいつは記録の不正操作も厭わないような奴、今回も新エース定着を恐れて彼女が凶行に走った可能性も充分に考えられる。

 

「と言っても……証拠がねぇとな。生徒会も明確な根拠がなければ動きづらいって話で推測だけでは味方してくれない」


「その為にこいつをパクって来たんです。確か情報だとこうして球体を動かせば……やっぱり画面も変わる」


 彼女の操作に連動する様に映像は全方位へと自由自在に動いていく。

 競技トラックを中心として北側は観客席及び来賓席が空間の大部分を埋める。

 他方はカリドゥースの特に変哲のない現校舎と旧校舎が荘厳に立ち並んでいた。


「注目すべきはやはり観客席、他は人がいる気配はありませんし幽霊がイタズラしたって訳でもないでしょう。ただ……現場に不審なものがなかったのは謎ですが」

 

「ここにストレックへ妨害行為を仕掛けたクズがいるってことだよな、さて何処に隠れていやがるッ!」


 と、威勢が良かったのはここまでだ。

 視力の悪いモニカに代わって埃一つも逃さぬよう一人一人の挙動を監視していく。

 しかし得られたものはまるでなく不自然な動きをする人間が見当たらない。


「……いませんね、一人も」


「いやそんな事あるか!? まさか競技場に潜む怨霊がストレックを落として!」


「んな訳ないでしょ馬鹿ッ!? 仮にそうだったら私もお手上げですよ」


「クッソ〜絶対にあの女は何か仕掛けているはずなんだけどな……」


 詰みかけの状況に俺はあぐらをかき、ため息と共に膝の上で頬杖をつく。

 絶対にこの試合で何かはあるはずなんだ、だっておかしいだろ?

 最高記録ペースだったストレックが不自然に落馬して入れ替わるようにペンティがエースの座を奪還した。

 

「明らかに……何か仕組んでる。ストレックに自身の座を奪われたくないが為に」


 投影魔法には停止機能や巻き戻しの機能もあるらしく問題のシーンを凝視しては巻き戻す作業を繰り返す。

 進展しないデジャヴに次ぐデジャヴに段々と気も鬱になり始めてきた。

 

「ここまで来て何もないとは原因は本人の言う通りメンタルの弱さ……?」


「おい諦めんなよ!? 絶対にあるに決まってるだろうが何かしらよッ!」


「その言葉もう五回目ですよ。少なくとも観客席、来賓席に違和感は全くありません。証拠がない以上、漬け込める好機もない」


「クッソ……どういうカラクリだ? あの女の余裕は何なんだよ!」


 ふと不敵に笑うペンティの顔が脳裏に過ぎり思わず球体に八つ当たりをしてしまう。

 引っ叩いた拍子に映像は正反対の旧校舎側を映し出した。 


「ん?」


「ここに異変がないとなるとストレック先輩の白馬に予め何かが仕組まれ「おい」」

 

 映像に異常はないと背を向け新たな考察を口にするモニカに俺は待ったをかけた。

 探偵っぽく顎に手を当てる彼女は「なんですか?」と首を傾げる可愛らしい仕草も今は特に気にならない。

 目先の萌えに悶える余裕のない光景が俺の視線には鮮明に映っていたからだ。


「モニカ……観客席には何も異変がなかったよな?」


「周知の事実でしょう、何度見直したって席のある北側の位置で違和感のある動きをした者は一人もいなかった」


「もしだ、もしから妨害されていたとしたら?」  


「はっ?」


 目を点にする彼女を横目に僅かに見える違和感へと指を差す。

 誰も見ない、誰も気にしないであろう解体工事を間近に控えた古びた旧校舎。

 退廃の空間に存在する黒い影を見てモニカも啞然と口を開く。


「まさか……これって」


「試してみる価値はあるなッ!」


「えっちょレッド待ってくださいッ!」


 静止の声を振り切り俺は全速力である人物の元へと駆け出す。

 あいつに頭を下げるのはアイナやスズカよりも癪に障るが仕方ないな。

 この可能性を嫌いだからなんて私情で無視する訳にはいかない。


「入退記録を見せろ……だと?」


 俺のような馬鹿とは正反対の道を行く成功を体現したような学園次席の実力者。

 荘厳なる生徒会室にて数多の書類処理を行っているバースは俺の姿を視界に映すや否や汚物を見る目付きで眼鏡を上げた。

 背後には美丈夫な彼のファンであろう生徒会の女子共が俺へと冷酷な視線を向けるがお構い無しに詰め寄る。


「約一年前アルフェント馬術国際大会にて旧校舎の入退記録を見せて欲しい。校内の施設管理を任命されてるのはお前だろ?」 


「だからどうした、入退記録を閲覧する権限など一般生徒の貴様にはない。学園条項により口外禁止と厳格に定められている」


「んなもん百も承知だ、しかしここで道が切り開かれなきゃこの絶望を覆せないッ!」


「何の話だ、貴様に構っている暇などない。生徒会は常に統治機関として業務をこなし治安維持を行う義務があるのだからな」


「その割にお前の後ろにいるファンクラブの生徒会は暇を持て余してそうだが?」


「……何事にも例外は存在する」


「なら今回は俺も例外だ、頼む入退記録を見せてくれないか? お前らの邪魔者でもある馬術部を蹴散らせる鍵になるかもしれねぇ」


「馬術部だと?」


 俺の言葉にバースは初めてペンを触る血管が浮き出る男らしい手を止める。

 奴の反応に手応えを感じた俺は畳み掛けるように言葉を続けた。


「何もこれは俺の我儘ってだけじゃない、互いに利益のある話をしている。俺もお前も馬術部は目の敵だろ」


「何が言いたい……?」


「敵の敵は味方、意地張ってないで協力した方が実りある未来を掴めるって話だよ。お前らの悪いようにはならないさ」


 これまでの詳細と俺の考察を耳にしたバースは大きく目を見開くとファンクラブの女子共に退室するよう命ずる。

 一拍の静寂の後にバースは大きなため息と共にこちらへと鋭い視線で俺を捉えた。


「……旧校舎への入退記録は自己申告制だ。監視的なシステムは反対意見が多くてな、だが故に無断で立ち入る者も多い」


「えっ、なっそれじゃ意味がないじゃないです何してんですか生徒会はッ!?」


「焦るな一年、あくまでそれは反対派への体裁だ、本来は生徒が立ち入った時点で記録されるシステム、真相を知る者は極一部に限られているがな」  


「魔法でも使ってるのか?」


「そうだ、旧校舎全体に私自身で罠魔法を応用したシステムの構築を行っている」


 あの堅物なバースが態度を軟化させたという事実は利害の一致が成立したということを示すには充分過ぎる。

 相当こいつも馬術部には手を焼いているのかモニカの苦言にも耳を傾けあしらわずに誠実な答えを紡いでいく。


「貴様の言う悪魔のような考察が正しいのであれば……我々生徒会が漬け込めるのはこの秘密だろう。これがその内容だ」


 手招きを行うと彼はストレックの運命の日でもあるアルフェント馬術国際大会当日の入退記録を俺へと提示する。

 記されている内容に俺はこれまでにない幸福に包まれ大きく口元が緩んだ。


「なるほど……やはりそういうことか!」


「奴らもこの事実は知らない、望みというのならコピーを手渡そう。例外としてな」


「助かるぜバース……お前にここまで尊さを覚えたことはない」


「貴様の尊さなど知るか、後はそちらの技量に全てが掛かっているぞレッド・アリス、陥れられた姫君を救い出す勇者になるかはな」


「俺に勇者の素質なんて微塵もねぇ、だが今回だけは絵に描いたような勇者を全力で遂行してやるよッ!」


 遂に来た、回天事業の可能性。

 粘りに粘った末に見えた一筋の光は止まっていた二日間の時間を迅速に動かす。

 何て話し掛ければ良いかと自らも距離を取っていたストレック達の元へと俺は戦略を練りつつ駆け出していた。

 

「待てストレック……お前は何をするつもりなんだ? 自己犠牲と言わないよな?」


「いいのよマッズ、私の為を思うというのならファンだった頃みたいにそっと背中を押して欲しい」


「ッ……だ、だがお前はッ!」


 捜索の末に二人がいたのは場所は俺達が常に愛用している大図書館。

 しけたツラと共に繰り広げられるラブロマンスと不吉な展開に「待ったァァァァァァッ!」と今世紀最大の大声と共に割り込む。


「レッド……?」


 突然の乱入者に肩をビクつかせるストレックの腕を有無を言わさずに掴む。

 こんなの普段ならモニカから「セクハラ大魔神」と罵られるが今回ばかりは俺の行動へ背後にいる彼女は静観の姿勢を取る。


「俺と一緒に来い、マッズもだ」


「ちょお前何をッ!」


「うっせぇ黙れ! 俺に考えがある」

 

 俺の行動に二人は目を点にするが構わずストレックの腕を強引に引っ張りながら大図書館を後にする。

 まるで無理やり婚約されたヒロインを救い出す主人公みたいな構図だが断じてマッズから想い人を奪い取るつもりはない。

 何がなんだかを理解していない二人を引き連れ辿り着いたのは因縁の地でもある馬術部の部室であった。

   

「ちょレッドここって……!?」


「今からここを蹴破って突っ込む、って言ったらお前はどうする?」


「いや……そんなの止めるに「残念」」


「止まるつもりはないんだよッ!」

 

 今の質問は何なのかって? 

 一応聞いてみただけだ。

 制止を振り払うと豪華絢爛に満たされている扉を足底で強引に蹴破る。

 突如として爽快に現れた俺の登場は場にいる者達を一瞬だけ硬直させた。


「……はっ?」


 自身の権力を示す為に取り巻き達を周囲へと置き優雅に紅茶を啜っていたペンティは俺の姿に気の抜けた声を発する。

 幾らクレイジー集団だろうとまさかこちらからいきなり乗り込んで来るとは予想だにしていなかったのだろう。


「なっ……貴様何をしているッ! 君主ペンティのティータイムだぞッ!?」


 ワンテンポ遅れてようやく異変を理解した格闘部部長のバリウスは叫びを上げつつ臨戦態勢を即座に取る。

 歪な内側を優雅さで隠していた部室は混乱の空気が急速に吹き荒れていく。


「ハァ? お前あのパンツ人間じゃん、殺されに来たのかぁウハハハハァ!」


 追随するようにダウトは矢先を向けながら下卑た笑みを浮かべた。

 こいつらの優雅な時間を破壊した俺へは殺意の眼差しが幾つも向けられつつ支配者ペンティはゆっくりと腰を上げる。


「あらあらこれはゼロ様、御学友を引き連れていかがなされましたか?」


「今更そんな見えついたお上品の仮面を被ってんじゃねぇよ気持ち悪い、テメェに一つある案を提示したい」


「案……?」


 疑問符を浮かべるペンティへと不敵な笑みで煽りつつ俺は背後にいるストレックへと指を差しこう叫んだ。


「挑戦状だ現馬術部のエース、学園に常設された競技施設、そこでストレックと一対一での馬術レースの勝負を行えッ!」

 

「……えっ?」


「はっ?」


 発せられた突拍子もない提案はストレックとペンティという相容れない二人の姉妹を同時に固まらせた。

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