第15話 この最強、どうする?

 裁判を終えた俺が連れられた場所は学園に設置されている簡易的な拘置所前だった。

 まさかここまでやって檻に入れられるのかと思ったがそうではないらしい。


「レッド!」


 聞き覚えのある安心感を抱かせる声。

 視線を向いた先にはマッズ、ストレック、モニカの三人がこちらへと駆け付けていた。

 

「無事なのか!?」


「あぁこの通り、ずっと首を絞められてるような地獄の状況だったがな」


 話を聞くに俺が裁判に掛けられていた中でマッズ達は拘置所に留置されていたらしく先程開放の身となったとのこと。

 何があったのかと必死の形相で説明を求める三者に俺は馴染みある大図書館へと帰還しながら掻い摘んで事情を話す。

 エグゼクス騒動の影響か、チラホラと誰かしらはいた大図書館も今回ばかりは俺達以外に全く人がいなかった。

 まるで貸し切りのように静まり返った館内には張り詰めた空気と緊迫感が走る。


「私達の猶予は一ヶ月……ってこと?」


 絶体絶命の状況からユレアの慈悲によって生き長らえたという事実にストレックは喜びと不安が絡み合う表情を浮かべる。

 

「あぁ、まっ即刻死刑に比べれば全然マシだけどな。ハッタリも時には武器だ」


「しかしページを探すと言っても計画はあるんですか?」


「ない」


「そうですか……えっない?」


「ない」


「ない?」


「ない」


「ないっ!?」


 無駄にも程がある言葉の応酬。

 清々しい俺の計画がない発言にモニカは何度も聞き返してようやく理解したのか、大きな声を上げる。


「全くないのにそんな約束取り付けてしまったのですか!? この広大な世界で全く目星もついていないのにィ!?」


「仕方ないだろ!? 取り敢えずそれっぽい出任せ言っておかないとヤバかったんだからよ! 寧ろ生徒会をウソで出し抜いたの褒めて欲しいくらいだ」

 

「ぐっ……ま、まぁ目の前の危機を嘘でも切り抜けたのは賞賛に値しますか。このままだと私達も何されてたか分かりませんし」


 正直裁判での攻防戦は俺の人生の中でもかなりのベストバウトだ。

 あんなに劣勢の中、よりすぐりなエリート達の包囲網を掻い潜り生存した俺は文句なしの無双劇と言ってもいいだろう。

 最後の最後でユレアが助け舟を出してなかったらどうなるか分からんかったが。 

 とは言いつつ……先延ばしになっただけで危機的である事は変わりない状況に頭を悩ませている時だった。


「ここにいたか、学園を脅かす不届き者達」


 言葉の節々に高貴なるプライドを醸し出している誇示するように圧を携えた物言い。

 振り返った視線の先にいたのはコツコツとブーツを鳴らしながら数十人の男女を引き連れる金髪の美青年。

 風紀委員会と刻まれた腕章を装着しながらキレのある赤い瞳で観察するように俺達を睨み付ける。


「風紀委員長……!?」


「風紀委員長?」


「風紀委員会のトップ、エドワード・ヴォルテージですよ! 何で知らないんですか学園でもかなりの立場ですよッ!?」


 視認した瞬間、学園の力関係や構図を誰よりも知っているモニカは畏怖の声で俺へと耳打ちを行う。

 風紀委員会のトップ……こいつがリーダーとして俺を捕えたって訳か。

 ユレアと生徒会以外は興味がなく全く認知していなかったが見るからに第一階層の優等生という雰囲気がプンプン漂っている。


「へぇ、アンタが治安維持の要って訳か」


「敬語を使い給え。僕は三年生であり君達のような無能の集まりである天と地の差がある第一階層の人間だ」


「これは失礼、余りにも幼く見えたんで俺達と同年代かと思っていました」


「何だと……?」


 軽く煽り返した発言にエドワードは眉間にシワを寄せて不満を露わにする。

 俺の言葉に風紀委員会の面々は「第四階層の分際で」と言わんばかりの蔑んだ殺意の視線をこれでもかと向けていく。   

 治安維持の組織がしっかり階級差別しているのは癪に障るな。


「で、生徒会を差し置いて風紀委員長様は何の御用ですか? まさかまた拘束すると?」


「その気持ちは山々だ。しかし学園裁判で定められた事は絶対。不本意ながらこれを君に渡さなくてはならない」


 軽快に指を鳴らすと風紀委員の一人がエドワードへと漆黒の魔導書を渡す。

 ひと目見て分かる、彼が持っているのはエグゼクスであり苛つきを顔に浮かべながら俺へと差し出した。

 

「ユレア生徒会長及び生徒会からの指示だ。無罪有罪の証明の為に君達に渡せとな。こんなの不愉快極まりないが」


「随分とまぁ律儀なことで、どうも」


 受け取ろうと手を触れるも抵抗感からかエドワードは中々本を放そうとしない。

 俺が無理矢理引っ張った事でようやく彼の手元から離れエグゼクスを取り戻す。


「……期限は一ヶ月、ユレア生徒会長の条件を破った場合は即刻拘束及び死刑を行う」


「それで大丈夫、そういう約束ですから」


「フンッ、我々の寛大なる精神に感謝をするのだな。本来ならば今ここで生意気な君を半殺しにしても可笑しくない」


「寛大なる精神? ユレアにビビってるの間違いじゃないのか?」


「何?」


「さっきから偉大なる存在みたくアピールしてっけど……実際はユレアに逆らえない忠実なワンコ達ってことだ。リードは付けてないのか首によ?」


 大物っぽくしているがよく聞けば生徒会及びユレアの命令に大人しく従ってるだけ。

 魔導書を渡すとか拘束するとか生徒会からの雑用を任せられてるだけじゃないか。

 と、意見を述べた途端、風紀委員会からは罵詈雑言の嵐が起こり始めた。 


「この……クソがキッ!」


「高貴なる風紀委員会に何たる侮辱をッ!」


「直ぐに撤回しなさい!」


 第四階層のパンツを狙う変態に言われたのが相当嫌なのか冷静に振る舞っていたエドワードも俺の胸ぐらへと掴みかかった。

 表情からは怒りが醸し出されており、俺と同じく沸点の低さが垣間見える。


「いい加減にしたまえッ! 第四階層の分際で誇り高き風紀委員会と僕の名を汚すなど」


「ならアンタも挑んでみろよユレアに。都合のいい召使いじゃないのならあんな愛想悪い独裁者を潰してみろよ」


「ッ……!」


「アンタが罵って見下す第四階層でもできる芸当だぜ? まさか第一階層がそんな事も怖くて出来ないのか?」


 効果覿面。

 やはりユレアが怖いのか怒りを滲ませながらも彼や周りは言葉を詰まらせる。

 生徒会の面々ですら彼女に畏怖している時点で更に下である風紀委員会が抗えない事はある程度予想できることだったが。

 

「……愚弄者が。精々醜く抗い盛大に朽ち果てるがいい」


 話をすり替えるとエドワードは俺を鋭く睨んだ末に踵を返してその場から去る。

 まだ苛立ちが収まらないのか何度かの舌打ちを添えて。


「ち、ちょっと何で風紀委員長に喧嘩売ってんですか!?」


「こっちだって色々と迷惑被ったんだ。これくらいの鬱憤晴らしならいいだろ? あいつユレアの言いなりだしな」


 意地悪いと考えている俺の笑みを見たモニカは「はぁ……」とため息を盛大に吐く。

  

「まっ、あんな小物に構ってる暇はありませんね。私達に時間は残されていない」


「あと一ヶ月で魔導書を見つけないと俺達全員処刑……神はイタズラ好きみたいだ」


 猶予は長くはない。

 どれだけ綿密な行動を取ったとしても一ヶ月で見つからなければそれでおしまいだ。

 全員に啖呵を切った手前、失敗という二文字は存在しない、何が何でも俺達が見つけなければいけないのだ。


「成し遂げてやるさ。それしか道はない」


 言葉で交わさずとも全員の覚悟が垣間見えており意志は固まっている。

 カテゴリーXのページを集め、無罪を証明しユレアのパンツを狙う。

 プランは定まっていないが不思議とこのメンツならという何処から湧き出てるか分からない希望があった。

 夕日が沈んでいく中、俺達はお互いの意志を確認し合うと疲労回復を兼ねた食事会を終えて明日に備えるべく帰路に着く。


「パンツからこの大騒動……笑えねぇな」


 時計の針が丁度真上に差し掛かった頃、当たり前に学生寮から抜け出した俺は学園内のベンチで蒼い月を見上げていた。

 地方からやって来た、もしくは身寄りがいない生徒は常設された学生寮という寝床を与えられる。

 該当するのは平民が多い第四階層か第三階層の生徒で俺達もお嬢様なストレック以外は全員寮住まいだ。 

 消灯時間はとっくに前だが寝付きの悪い俺は結構な頻度で抜け出しては眠気が襲いかかるまで夜風を浴びる日課があった。

 

「選択肢は一つだけ、復讐を果たせてるのなら何だっていい」


 幼少の頃が俺史上最悪の暗黒期かと考えていたがどうやら人生はかなり複雑らしい。

 こうやって一人、静寂の世界にいると余計な冷静さと理性が芽生えてしまい脳裏に過ったいらぬ不安を即座に振り払う。

 俺を歪ませた張本人の憎き顔を思い浮かべ拳を握り締め決意を呟いた時だった。

 

「だーれだ?」


「イッ!?」


 突如として視界が暗闇に包まれる。

 同時に耳元で囁く透き通った声音。

 こそばゆい感覚が神経を伝い気を抜いてた事もあって盛大に飛び跳ねてしまう。


 正体は直ぐに分かる。

 今の自分の大部分を埋める最も愛していた人物かつ最も憎悪を抱いている人物。

 目に被さった細長く冷たい手を退かし振り向いた先にいた天使は銀髪を靡かせる。


「星が煌めく夜空を見上げる。貴方には似つかわしくないロマンチストな行動ですね」


「ユレア……!?」 


 誰も見ぬ真夜中の月明かりが幻想的な雰囲気を醸し出す中、制服で佇む可憐なる少女は意地悪そうに微笑んだ。


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