第16話 最強と最弱は惹かれ合う
「何でここにいる?」
「貴方が高確率でここに来ることは知っていますよ。見回りの目にも見つからずに巧みに抜け出してることも」
「怖いほどに見透かしてんな……お前」
「腐っても幼馴染ですから、一応は」
微笑と共に唖然とする俺を余所にユレアは隣に座ると優雅な所作で長い脚を組む。
実力も然ることながら一挙一動が絵になるのは彼女の容姿が優れている事を表す。
夜という特別な空気も相まって彼女の秀麗な横顔につい惚れてしまいそうだ。
「この時期は夜風が心地良い。そういえば貴方と十年ぶりに出会ったのも確かこのベンチ前でしたかね。丁度一年前に」
十年前__。
別れと出会いと……パンツの季節。
「へっ? あぁ……もうそんな経つのか」
スレンダーなイメージが強い彼女だがよく見ると胸や尻、太ももなど程よく健康的な肉付きをしているな。
と、健全男子らしく邪念な事を考えていたがユレアの発した思い出話で我に返る。
「入学式早々、私と目を合わせて「お前のパンツを見てやる」と宣言する。今でも伝説的な再会の仕方ですね」
「お前相手に順当な感動の再会なんてするわけがないだろうが!? こちとら恨み果たす為に十年の青春を捧げてきたんだッ!」
「驚きましたよ。あの可愛らしい少年がこんな荒々しい男になっているのですから」
「それはお互い様だろ。男勝りで快活明朗な女の子が上品なお嬢様に大変貌ってな」
時が経つのは随分と早い。
入学式の終わりで開口一番に放った最強への宣戦布告から早一年強。
約十年の歳月の末にようやく見つけた因縁の存在は大きく変わっていたがそれでも彼女ユレアだとは直ぐに察知出来た。
「んで? 生徒会長様がこんな寝静まった夜中に何の用だよ。業務はどうした?」
「とっくに終えてますよ。魔力を察知し混乱に陥っていた一般市民の対処も既に完了しています。今じゃいつも通りの日常です」
「この半日でか?」
「えぇ勿論」
「……ここまで来ると気持ち悪いな」
「この学園で私に面と向かってそう言える人は貴方だけですよ。ファンクラブが聞いたら生きては帰れないでしょうね」
「そりゃ半殺しにされるな。で、まさか自慢話をしに来たわけじゃないだろ? もしそうなら盛大に褒めてやるがよ」
ユレアはゆっくりと視線をこちらの瞳へと向け、真っすぐに見つめる。
月光に照らされた彼女の顔は言い知れぬ神々しさがあり反射的に息を呑んでしまう。
「本気なのですか?」
「あっ? 何がだよ」
「エグゼクスの件です。出任せな嘘と真実を混ぜて場を切り抜けようとしページ集めの任務を請け負う事になりましたが」
「お前……嘘って分かってたのか?」
「直ぐに分かりますよ。貴方は嘘をつく時に瞬きが早くなる。魔導書が暴走するという話も空気を変える咄嗟の虚言だと察するのは容易です」
たまにこいつが本当に人間なのかを疑う。
魔力、身体能力、学力、容姿、品性、カリスマ、おまけに細部までを見抜く洞察力。
全ての基準が規格外な彼女を改めて近くで堪能するとエグゼクスを使っても勝てないのではないかとも思ってしまう。
「……あぁそうだよ、あれはでっち上げだ。火事場の馬鹿力ってやつでどうにかしようとしただけのこと。お前は俺が巻き込まれた運命を信じるか?」
「信じますよ。あの裁判では貴方というものを余り感じなかった。私のパンツを狙う時よりも遥かに消極的に見えましたから」
即答でユレアは信用の言葉を口にする。
つい目を丸くしていると彼女は穏やかだった表情を変貌させ普段の冷徹な視線へと瞬時に切り替わる。
「きっと貴方は真実を述べている。だからこそ本気なのかを訪ねているのです。未知に溢れたエグゼクスへ挑戦することを」
「本気だ。お前のパンツを見る事と仲間を守る為には探す以外の選択はない」
「万が一になれば私が貴方を殺さなくてはならない。もし過激派組織などの手にでも渡れば国内が混乱に陥ることになります」
「そんなことしてたまるかよ。何処の馬の骨かも分からないやつにこの力を」
「口ではどんな理想も言えます。エグゼクスを放棄し最初からこちらに全てを委ねる手段もある、私のパイプを使えば貴方達を密約で他国へ亡命させる事も出来ます」
「そん時は仲間だけを助けてやってくれよ、俺も逃げたら責任取れる奴がいなくなるからな。てか……お前のパンツを見ないで逃げれるかつぅの!」
「死の恐怖も超越すると?」
「パンツは俺の命よりも重いんだよッ! 十年もの思いをこんな簡単に捨てれるか」
亡命の密約なんて大層なことを学生の身で行えるのは流石ユレアと言ったところか。
こいつに頼るのは不本意だが仮に失敗しても仲間の命まで失わせてはいけない。
「ッ……そこまで私は貴方の人生を彩ってしまったと。後悔は?」
動揺したのか珍しく彼女は常に相手を論破している口を一瞬だけ詰まらせる。
不敵な彼女の真意は読み取れないがマイナスの感情を抱いていることは分かった。
「するわけねぇさ。寧ろお前に復讐出来る可能性が増えるんだ、万々歳だろッ!」
「そうですか……ならこの事を告げておかなくてはなりませんね」
俺の決意を耳にしたユレアは優雅に立ち上がると身体を向け直して。
「気を付けてください。貴方を狙う勢力はこの学園に山程存在します」
「はっ……?」
物騒さを醸し出す警告を聞き心地の良い声色で俺へと放った。
言葉からは真剣さが滲み出ており、冗談で言っているのではないらしい。
「確かに貴方は自身の有罪という結果を覆すことに成功しました。しかし逆を言えば周りにあの魔導書が本物のエグゼクスではないかという疑念を抱かせてしまった」
「だから何だって言うんだ」
「ホラ話とまで言われた未知であり最強の力を持つと言われるエグゼクス……それを掌握すればパワーバランスは大きく変わる。争奪戦は逃れられないかと考えます」
「争奪戦ッ!? なっ……全員が俺を狙ってるって言うのか?」
「有力な委員会や部活動、派閥。ユレア一強の状況を打破するべく貴方を誘惑する人間や策略を仕掛ける者は少なくないでしょう」
「お前を陥れる? 文武両道、品行方正、容姿端麗、皆にユレア様と慕われている現代最強のお前をか?」
「ここは野心を秘めた者が多数を占めているエリートの場。何時までも生徒会長の椅子に鎮座する私を良く思わない者は掃いて捨てるほどいるのですよ」
幼少期と現在、口調や性格はガラリと変わったが絶対的な自信を抱いている事は変わっていない事実。
君臨する女王として威圧と自尊心に溢れた顔を常に浮かべてている彼女だが珍しく儚く脆い表情を作っていた。
「私という存在が邪魔ではあるが抗える力を有していない。そんな時に最強と謳われる魔力を持つ概念……私を蹴落とそうと動き出すのは必然です」
「ハッ、権力争いってやつか。言われてみればこの学園らしい」
「真正面から堂々とパンツを目的に挑んでくる貴方は可愛い方ですよ」
「パンツを狙う変態の方がマシか、世も末にも程があるな」
好意を抱いてる者よりも反抗を意味する野心を抱く者の方が多いという言葉。
全ての人間は彼女に好意を抱き、手練手管に学園を支配していたと浅はかに考えていたがどうやらそんな単純な話ではないらしい。
「貴方に出来ることはこうして警告を行い猶予を与えるくらいです。これ以上の肩入れは公平性に欠けると批判が大きくなる可能性がある。立場が危ぶまれれば万が一の時に貴方のお仲間を助けることが至難となります」
「一ヶ月でも時間を与えてくれただけで感謝してるさ。お前への恨みは変わらないがな」
「えぇ、どうぞご存分に。私は貴方との約束を破った極悪人。恨みに恨んで私のパンツを狙ってみなさい」
もう何度目か分からない俺達の売り言葉に買い言葉であるやり取り。
幼馴染とは思えない変態チックで殺伐としたワードチョイスは俺達だけの特性か。
「では私はこれにて、毎日の生徒会への報告お忘れのなきよう」
「……ちょっと一つ聞かせてくれ」
踵を返し去ろうとするユレアへとふと湧いた質問を立ち上がりながら問い掛ける。
「何故そこまで俺を許す? 毎回俺の決闘を快く承諾して今回の裁判だって俺を守った。意味不明な変態復讐野郎とさっきだって死刑と言って潰すこともお前なら出来たはずだ」
「今更そのような質問をするのですか? それともまさか怖気付いたとか?」
「んなわけねぇだろッ!? ちょっと気になっただけだ……例え退学にされてもお前への復讐は続行する。だが俺と関わることにお前はメリットないだろ」
十中八九が今更そんな質問をするのかと呆れた言葉を述べるかもしれない。
だが互いにニ年生となり彼女は絶対的な生徒会長として曲者揃いの生徒を従え俺に構う暇がない程の激務をこなしている現状。
二人きりで気安く話せる時間が滅多にないからこそメリットのない俺に対して許容の姿勢を見せ続ける理由が気になった。
「知りたくば勝てばいいのです」
「勝つ?」
「この学園は実力主義。勝つ者こそが正義であり望みを叶えれる資格を持つ。私に勝てればパンツの特典に幾らでもお話しますよ」
彼女が紡いだ言葉は答えを明かしてはいないが納得のいく返答であった。
そうだ、勝てばいいんだ、勝ちさえすれば願いを叶えられる、例えそれが絶対的な強者を相手にしても。
「悪い……今のは愚問だったな」
「えぇ愚問です。さぁ勝利を掴み取ってみなさいレッド・アリス。幼き心を歪ませた復讐を果たし真実とパンツを手に入れたいなのなら」
「ハッ、上等だよッ! テメェが犯した罪を償わせて絶対にパンツを見てやるッ!」
「お待ちしてますよ、変態さん? もし時期さえ合うのなら……魔導戦にて衝突しようではありませんか」
ユレアから放たれた魔導戦という言葉。
年に二回、学期の前期と後期で開催される数日間にも及ぶ最大のバトルイベント。
出場者は階層問わず完全なるランダムによって予選の配置が行われ一位通過者は決勝トーナメントにて優勝を争う大会。
「上等だよ、お前に辱めを受けさせるには最高の舞台だからなァッ!」
「その意気ですよ、レッド・アリス」
微笑みながら言葉を発したユレアはそう言い残し踵を返しながら闇へと消える。
結果的にこいつの意図の読めない温情により助けられた訳だが俺はその恩をしっかりと仇で返す。
「いつかその面歪ませてやるよ、ユレア!」
静まり返った夜に俺の声が木霊する。
幾ら恩を売られた所で奴が裏切った事実は変わらず憎しみが消えることはない。
蒼い満月が輝く中、最強への復讐の焔を改めて燃え滾らせた。
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