第14話 学園裁判・頭脳戦
「はっ?」
突拍子もない物騒な発言にバースは鉄仮面が剥がし眼鏡をクイッと焦り気味に上げる。
彼だけでなく爆発という単語は周囲の人間にも動揺を走らせていく。
「一体何の冗談だ、突然暴走するなど」
「冗談? 何故そう言い切れる。エグゼクスと話したのは俺だけだ。奴は自ら意思を持って俺以外が触れることを認めてない。琴線に触れたらこの学園どころかこの国を滅ぼすなんて造作もないことだぞ?」
「魔導書が自ら意思を持ち自ら魔法を行使するなどという実例はない。脅しても無駄だ」
「まっ信じないならそれでいいが……そいつは最強の魔導書だぜ? お前も感じただろあの強大な魔力を。其処らの魔導書の基準で考えるのはちと安易が過ぎないか?」
一応言っておくがこれは全て俺が咄嗟に考えたでっち上げだ。
意思があるのは真実だがエグゼクスは自ら魔法を行使することをゲームマスターことヴェリウスから禁止されている。
即席の嘘ではあるがどうやら有効的なダメージは与えたらしくバースは顔を少し歪ませながらエグゼクスを手元から遠ざけた。
「ふ、ふざけるなこの変態男ッ! 何をいきなり暴走するとか抜かして! そんな証拠もないイカれたことを!」
「あぁ証拠じゃないな、だが暴走しないっていう証拠もないだろ? 何ならお前が身を持って試してみるかスズカ?」
「ッ……いやそれはちょっと」
「それに新しい根拠がある。エグゼクスと契約したっていう証がな」
僅かに場の空気が変わり始めた状況に慌てて異議を唱えたスズカの発言を一蹴する。
同時に俺は劣勢を覆す可能性を秘めた根拠を所持していたことを思い出す。
契約の際に右手の甲に埋め込まれたアゲハ蝶の刻印を周囲へと見せびらかした。
「エグゼクスの話を聞いたことがある奴ならば一度はこれを目にした事があるはず。噂の一つではエグゼクスの身体的特徴に右手の甲にアゲハ蝶の刻印とされている。これが契約の証だ」
「はぁっ? そんなもん出鱈目の何物でもないでしょうがッ! その程度の下らない入れ墨なら簡単に!」
「なら国内の入れ墨屋でも全部調べろよ。俺の名前は一つも出ないだろうがな。精々馬鹿みたいにないものを探してろよ」
「何ですって……!?」
「ここに宣言する。この場で神に選ばれし俺を死刑にすればエグゼクスはこの国全てを破壊するだろう、多くの命を犠牲にした大罪人になる覚悟がお前らにはあるのか?」
エグゼクスが本物であることをこれでもかと強調し、更に俺は場を覆すために学園全体へとハッタリの脅しを掛けていく。
全く引けを取らない俺の態度にスズカも及び腰になっていた。
裁判の展開に散々俺を好き勝手に貶していた聴衆も段々と静まり返り「破壊」の言葉に再び騒がしさを取り戻していく。
……正直に言うと気丈に振る舞ってはいるが身体の震えが止まらず異常な量の冷や汗が零れ落ち、瞬きが止まらない。
崖の上で強風が吹き荒れる中、何とか落ちずに体勢を保っているような状況。
咄嗟の嘘をあたかも真実かのように演技力で相手に「もしかして本当のことを?」という己への不信感を植え付けていく。
自分の言っていることを否定できるだけの明確な証拠が相手に揃っていないのは救いであり唯一漬け込める奴らの欠点だ。
「なるほどね〜確かに君の言葉を嘘と言えるだけの証拠がこちらにはない。故にこの国を破壊するという脅しも無碍には出来ない」
「ちょアイナ、貴方何考えてッ!」
「だってそうだろう? 限りなく黒いのは同意するけどさ〜だからと言ってこの国に神からのジェノサイドが引き起こっても君は責任を取れるのかい?」
「いや……それは取れませんけど」
この完全劣勢の裁判が始まり早数十分。
誰もが俺を信じなかった状況で初めてアイナは態度を軟化させ俺の嘘っぱちからなる破滅を肯定したのだ。
「分かってるじゃねぇかアイナ、まさか最高峰のエリート集団である生徒会が判断を見誤るなんてことはないよなぁ?」
「とするなら君は何をするつもりだい?」
「何をか……えっ何を?」
「仮にそれがエグゼクスと疑わしき魔導書で君だけの物だとする。最強と謳われる力で君はこの学園で何をするんだい。返答によっては全力で君と魔導書を殺すことになるけど」
「殺す……えっ殺す!?」
穏やかな声から放たれるストレートに物騒な内容が込められたアイナの質問。
中性的な童顔の容姿で男女共に魅了させる存在は新たなる問いを俺へと投げ掛ける。
「だってそうだろう、この学園を破壊しますとか悪い奴らと手を組みますなんて言われたらボクらも黙っていられない」
「んなことするかよッ!? 俺はこいつを使ってユレアに勝ちパンツを見る、それさえ叶えられれば他はいらないんだよッ!」
「パンツ……本当に君は変わらない。ならその後はどうだい? 君の目的が達成された場合、エグゼクスをどのように処理する? 君が持ち主と言っても相応の責任やプランがなければ許容はできない」
目的達成後……か。
クソッ、そこは余り考えてなかった。
確かに俺がユレアに復讐出来たとしても世界はその後も続いていく。
エグゼクス本人は良くてもアイナの言う事後処理の責任をしなくては複雑な社会からの信頼は得ることが出来ないだろう。
「……研究」
「研究?」
「復讐が達成出来たのならエグゼクスはお前ら生徒会に譲渡する。最強と言われる未知の力だぜ、停滞気味の魔法研究も大きく進歩するんじゃないか?」
「魔法研究ね〜、まっ確かにストップしてるのは事実だしそれが本物なら魔法技術が向上する可能性は大いにある」
「幾らだって協力してやるよ、こいつは俺以外は触れるのを認めてないからな。好きに俺の身体を利用すればいい」
嘘も方便。
辻褄合わせの代償で生徒会に協力する事にはなるが……まぁ死刑よりかはマシか。
俺は憎き相手への復讐出来ればそれで良く、魔法研究も活性化して誰も不利益を得ることはないはずだ。
と付け焼き刃の嘘を重ねに重ねて結びつけどうにかしてるが……ここで一気に畳み掛けを行おうじゃないか。
「まっ色々抜かしてるが……実はその魔導書一つ問題があってな。バース、ちょっとそれ開いてみろよ」
「開くだと?」
「な〜に、少し触るくらいなら神の玩具も怒り狂うことはないさ」
俺はバースに魔導書の開帳を促す。
奴の顔からは訝しげな表情が浮かんでいたが渋々と俺の言葉に従うように表紙を捲りページを開いた。
「なっ……これは?」
予想通りバースはエグゼクスの実態に鉄仮面が剥がれるほどに驚愕の表情を見せる。
誰だって最初は驚かざるを得ず、付近にいた生徒会の面々も目をカッと開く。
「分かるか? 最強と謳われるエグゼクスの実態はページが全部破られている。今のそいつは魔力が強いだけの置き物ってわけだ」
空っぽの中身__。
ビリビリに破られた跡__。
誰もが無惨と言葉を口にする光景__。
そう、最強魔導書にはページがない。
ページそのものはあるが何処に眠っているかは分からず俺達が自力で誰よりも早く探し当てる他に選択肢はない。
「どうやら俺より前の所持者がエグゼクスを恐れてページを根本から破ったらしくてな。今は木偶の坊と同じで無能な存在。なんせ詠唱が分からないのだから」
ページが全部破られているという異質さ。
この事実に唖然としている辺り、かなり効果的なカードを切れたようだ。
周囲も「本当に最強の魔導書なのか?」というザワつきがチラホラ聞こえ始める。
「そこで提案だ、このエグゼクスのページを集める為の任務を俺に与えてくれよ」
「何のつもりだ、レッド・アリス」
「俺がそいつのページを全て集め魔導書を完成させる。危険な奴らに集められるよりかはマシだろ? ページを集めることで俺は復讐を行う準備が出来る、お前らは復讐後にこの魔導書を手中に収めることが出来る。互いに不利益はないはずだ」
「貴様にか? 第四階層の分際でそのような大義を遂行できるとは思えないが」
「下馬評なんて使い物にならないさ。またそうやって階級で見下して……学園にとってのチャンスを逃して責任取れんのか?」
俺が今やるべきことはエグゼクスを手元に置ける環境を整えることとページを集める為の大義名分を作ること。
自分にとっての最終目的を果たす為にこんな所で生徒会に没収されたり罪を被せられて死刑にでもされたら最悪の結末だ。
どうやってページを見つけるのか?
発見出来る根拠はあるのかって?
んなもんは後で色々と考える、今はこの圧倒的劣勢の頭脳戦を制することが先決だ。
俺の提案に生徒会、風紀委員会共にどうするべきかと目を見合わせる。
どちらとも言い切れないむず痒い空気が蔓延を始めるが、これまで沈黙していた存在の一言により状況は大きく動き出した。
「認めましょう」
裁判長席から響き渡る美声は今までの議論を一瞬に吹き飛ばす威力があった。
銀髪を華麗に掻き上げながらそれまで静観の姿勢を見せていたユレアが遂に動き出す。
生徒会長を前に議論を続けていた連中は一斉に押し黙り彼女へと視線を向ける。
「この裁判は罪ある者に罰を与える場であって疑わしき者に罰を与える場ではない。こちら側がレッド・アリスの証言を否定出来ない以上、現時点で罰を与える事は出来ません」
「しかし生徒会長、彼は」
「バース、私が話しているのですが?」
「ッ! 申し訳ありません」
威厳ある雰囲気で場を支配していたバースもユレアに歯向かうことは出来ず謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる。
昔の快活明朗で男勝りな性格の面影がない程の冷徹な視線で相手を威圧していく。
「私達が最優先すべき使命は国民の治安維持を死守すること。必ずしも現行法を守ることが正義とはなりません。よって……国民の生命確保の為であるなら彼へ特例での無罪措置も視野に入れるのが妥当でしょう」
「な……何故なのですかユレア様!? 何故ここまでこの第四階層の貴方のパンツを狙うクソゲロ変態キモ男に寄り添うというのですかッ! 貴方の幼馴染だからですか!?」
これ以上のない俺への罵倒のオンパレードをぶち撒けながらスズカは崇拝対象のユレアへと困惑の意見を投げ掛ける。
「寄り添う? これはあくまで現時点から中立的な判断を下しただけのこと。幼馴染など関係なく私情を含めず公平に見極めた私の行いに文句があると?」
「ヒッ……!? あ、ありません」
凄まれたスズカは先ほどの威勢も消えてしまい弱腰の態度を見せながら怯える。
ユレアの勢いに生徒会の面々も気迫に押され無言で事の流れを見守るしかないようだ。
エリート集団の生徒会と言うより、ユレアが操る傀儡の生徒会にしか見えない。
「レッド・アリス、貴方の罪をこの場で認めることは出来ません。しかし貴方の罪が完全に払拭された訳ではない。ならば貴方自身で自らの無実を証明しなさい」
「それはつまり……俺に調査任務を与えてくれるってことだよな?」
「失われたページを探し出し例えそれが一ページだとしてもエグゼクスであるという裏付けを行えるのなら完全なる無罪とします。但し条件が三つほど」
ユレアは三本の細長い指を立てると彼女が考える条件というものを紡ぎ始める。
「調査期間は一ヶ月とし進捗状況を毎日生徒会に報告すること。また仮に魔導書が完成しても魔法研究への協力及び私のパンツ目的以外で使用することを禁じます」
「もし破ったら?」
「私が全責任を負って貴方とエグゼクスを纏めて殺します。古の最強に勝てるのは現代を生きる最強だけですから」
「ハッ……言ってくれる」
一ヶ月……随分と短いな。
だが時間を与えてくれたってだけでも慈悲深いと考えるしかないか。
元々はこの場で有罪を食らって死刑を下される可能性があった身なのだから。
「私からの結論は以上、一般市民には混乱が広がらぬよう生徒会主導で対処を行います。何か異論を唱える者はいますか?」
誰も手が上がることはなく裁判長席に君臨する女王の威厳に皆が屈する。
憎き相手だが……今だけは窮地を脱してくれた恩人として感謝するしかない。
「学園裁判はこれをもって閉廷と致します。各自、直ちに退席をするように」
半ば強引とも言える形で締めの形を取ることになった学園裁判。
観衆はぞろぞろと退席を行い、生徒会の連中は華麗にその場を立ち去るユレアの後を追っていく。
「生きた心地が……しねぇ」
死という重圧からの開放感。
風紀委員会に連行されながら俺は気丈に振る舞っていたつもりの仮面を外す。
目先の危機を乗り越えただけだが……それでも今は勝ち取った未来に悦楽を抱いた。
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