第12話 最強に敵うのはパンツだけ
「ページが……ない?」
「ない」
「ないってあのない?」
「そう、あのない」
「ん? えっそれって」
「今の我にはページというモノがないんだ。破り捨てられているという表現が最適かな? アッハハッ! 笑えるよね」
「いや笑い事なのかッ!?」
まるで他人事のように笑う彼女に困惑するしかないだろう。
ページが破られてるって……それじゃこいつはただの木偶の坊とでも言うのか?
どれだけ強大な魔力があろうと詠唱が分からなければ魔法を放つのは不可能、ただの不気味な置き物にしかならない。
「犯人は前の選ばれし者さ。最初はページそのものを消すつもりだったけどそれが無理だと分かった途端、我を根本から破って各地に封印させたのさ。平和主義もここまで来ると恐ろしいよね〜」
大不評ってのはそういうことか?
これまでの悪質なトラップや誰にも見つからないであろう深淵にエグゼクスを幽閉したりと相当毛嫌いしてたのかが伺える。
契約はしたものの……使う気にはなれず破滅の力なんていっそのことゲームごと潰してしまおう、そんな魂胆か。
「ゲーム放棄どころか、ゲーム破壊に近いような行為、神も楽園でカンカンに怒って史上最悪のプレイヤーだと罵っていたよ」
「ハッ……そりゃ酷いな。そんな悪行しておいてよくもまぁ世界をぶっ壊さなかったなゲーム中毒のクソ神様はよ」
「勿論、壊す寸前だったさ。でもね、ゲームマスターはこの状況を逆手に取った。ページが散らばっていた方が次のゲームは前例のない展開が起きるのじゃないか……ってね」
「どんだけゲーム好きなんだよッ!?」
ここまで来ると最早清々しい。
何処までもゲーム廃人な神の思考に思わず周囲へと呆れの目線を配った。
俺だけでなく全員がヴェリウスの異常な奇行に唖然としている。
「待って、つまり貴方の肉体の一部でもあるページはこの世界の何処かに選ばれし者が隠したと? 宝探しみたく」
「その通り! ページは破られてるけど消失はしていないし出来ない。察しがいい理解ある子は均一で大好きだよ巨乳ちゃん」
ストレックの考察に安易なあだ名を付けながらエグゼクスは上機嫌に肯定する。
表情は見えていないが奴の顔は何処か豊満な彼女の胸部に向けられている気がした。
「君達が力を手にする唯一無二の方法は我のページを手に入れる事だ。しかし場所を明かすことは出来ない」
「またゲームマスターの意向か?」
「御名答、明かさない方がさらなるカオスが見えるかもしれない。それだけのこと」
何処までも理不尽を押し付けてくる。
いや人間を遊びの駒としか思ってない存在に何を言っても響くことはないか。
と、愚痴を溢していた中、エグゼクスの肉体が徐々に消滅している事に気付く。
「おやおや、この人間体でいられるのもあと少しのようだ。さぁレッド・アリス、新たに神のゲームに選ばれた者として面白いパンツの物語を我に見せてくれ」
「フンッ……余りの驚きに神様もぎっくり腰にならなきゃいいがな」
「ちゃんと警告はしておくよ。我も直感的に確信してる。今回はかなり面白いゲームになる……とね?」
最後まで大袈裟な仕草と共にエグゼクスの肉体は粒子となって姿を消す。
場に残されたのは神の遊戯に巻き込まれた俺達と先程まで饒舌に言葉を紡いでいた漆黒の魔導書だけだった。
「全く、俺が神に関わるなんて予想できるかっての」
驚天動地の展開に愚痴を吐きつつエグゼクスを拾い上げ、被った石埃を軽く取っ払う。
ゆっくりと開いた魔導書の中には発言の通りにページなんてものは一切なく根本から破られたような跡が確かにあった。
なるほど、こいつは色々と面倒なことをしてくれたな前の選ばれし者はよ。
「ちょ……ちょちょちょちょ!? 何を納得した感じ出してるんですか!? こちとらまだ理解追いついてないんですけどッ!」
「俺だってまだ夢見心地さ。だが頬をつねってみろ、しっかり痛い、これは現実であって俺自身がこの力に選ばれてしまった」
「そ……そうではありますが……あぁもう一体何なんですかこの状況はァァァ!?」」
現実主義な彼女は一番辛いだろう。
裏付けるようにモニカはよく手入れされた艶のある髪を絶叫しながら酷く掻きむしる。
きっとパンツへの執着がなければ彼女と同じように俺も叫んでいただろうな。
「ハッ、まっ神が決めた運命ってんなら受け入れてやるよ、パンツに変換してなァッ!」
好きに使えんならとことん俺のお好きに最強を使ってやるよヴェリウス。
今更後悔しても遅いぞ、もう覚悟は決まり復讐を果たす準備は完了した。
さぁエグゼクス……ユレアのパンツの為にページの宝探しと行こうじゃないかッ!
「ち、ちょっとストップッ!」
と、自分でも悪どいと思う笑みを浮かべ胸中で意気込んだ矢先だった。
派手に搔きむしった影響からか繊細な髪が逆立つモニカは再び俺の前へと大の字に小柄な身体を開き、待ったをかける。
「何だモニカ、まだ納得してないか?」
「……百億歩譲って最強の魔導書だとか神がいるだとかの事実は受け止めました。その上で改めて私は咎めているのです」
「咎める?」
「レッド、その魔導書を持つのは現代じゃ不味いんですッ! あの強大な魔力……もし生徒会にまで届いていたらッ!」
「は? お前さっきから何を言って__」
冗談ではなく心の底からの言葉が放たれているのが肌で分かるほどに彼女は激情と焦りを纏っていた。
モニカの警告に何かを察したのかストレックやマッズも遅れて顔が青ざめていく。
俺だけが発言の魂胆を理解できず頭を掻いて眉を顰めることしか出来ない、しかし彼女の発言がどれ程重要だったのか……。
「発動魔法段階シュレ、
「えっ?」
直ぐにも身を持って痛感する事になる。
いや、今更気付いた所で後の祭りだが。
唐突に予期せぬ方向からの詠唱が鼓膜に響いた矢先、手に持っていたはずのエグゼクスはいつの間にか消失した。
より正確に言うのであれば上空から襲来した蔦の鞭が魔導書を巧みに絡め取り強引に俺の手元から引き剥がしたのだ。
「なっ、何処からッ!?」
「まさか……貴方でしたか、レッド」
鼓膜に響いた声は誰よりも俺が執着しており誰よりも復讐心を抱く相手。
振り返った先にはいつか必ず圧倒的に負かして泣きじゃくる顔を拝みながらパンツを見る復讐を向けている相手。
「ユレ……ア……!?」
天使も女神もひれ伏す美貌を備える彼女は純白の魔導書を操り宙へと浮いていた。
全てを見通す透き通った瞳からなる睨みが突き刺さり思わず息を呑んでしまう。
彫刻のように完成された右手には俺から奪取したエグゼクスがしっかり握られていた。
「ユレア、何故お前がここにッ!?」
「こちらの台詞です。あの心臓を抉る魔力にこの謎の魔導書……こんな純黒に近い深淵の中、貴方は何をしていたのですか」
「魔力……あの時に放たれたやつか!?」
警告として俺達へとエグゼクスが上空へと放ったユレアをも超える自らの魔力。
まさか数キロは離れてる学園にまでアレが届いてたって言うのかよッ!?
いやそうじゃなきゃユレアがこんな場所で睨みを効かせているはずがない。
「正体不明の魔族でも襲来したかと学園も半ば混乱状態でしたが……まさか人であってしかも貴方だとは、ね」
ドライヴ級の浮遊魔法でも使っているのか、荒々しくこの場へと辿り着いた俺達とは正反対に優雅なる動きで着地を行う。
音も立てずに地に足をつけたと同時に彼女を追随するように数十人にも及ぶ同じ風貌をした人影が着地を行っていく。
ユレアが腕を上げた瞬間、『風紀委員会』と荘厳たる文体で刻まれた腕章を装備する者達は一斉に臨戦態勢を行い始めた。
風紀委員会。
名の通り学園及び国内の治安維持活動を行う生徒会に次いで権力を有する生徒の拘束すらも許されている武力組織。
生徒会の直属の犬であり全員が第ニ階層以上のエリート集団な男女達は警戒の形相でいつでも魔法を放てる体勢で構えていた。
「レッド・アリス、生徒会権限による学園条項法に基づき魔導書違法所持として貴様を拘束する、大人しく投降しろッ!」
「これは生徒会が許可する正当なる捕縛だ、抵抗すれば風紀委員会の名の元に直ちにこの場で処断する!」
「武装抵抗に留意せよッ!」
「はっ、えっ、はっ!?」
ど、どういうことだ……何故風紀委員会が俺を拘束しようとしているッ!?
衝撃にも程がある展開に俺だけでなく全員が目の前の光景に固まり処理が追いつかない状況に思わずモニカへと目を配ってしまう。
「最悪……こうなるから最強とか文献もまともにないスピリチュアルな力とかそういうのは嫌いなんですよボケカスッ!」
「一体何だってんだよモニカ?」
「貴方、法学を学んでないんですか? 必修科目でしょう?」
「いや……大体寝てたかユレアへの復讐計画を考えてた」
「本ッ……当に馬鹿ですね貴方はッ!? 私達が持つ魔導書は学園及び政府が認可していない代物を所持することは許されてない所かとんでもない重罪なんです!」
「重罪ッ!?」
「学園裁判に掛けられ場合によって下される罪の重さの最大は……死刑」
「……はっ?」
死刑__。
その二文字は詳細を理解せずともどれだけ深刻な状況に陥っているかを馬鹿な俺だろうと理解させるには十二分だった。
神のゲームという壮大なファンタジーから一転、現代の法という正反対の現実に後頭部を殴打される。
「生徒会長、ご指示を」
「……レッド・アリス、貴方を魔導書違法所持の容疑で逮捕します。拘束を行いなさい」
冷徹に告げられるユレアの命令に風紀委員会達は一歩、また一歩と距離を詰めていく。
言われてみればパンツを狙っている俺がいきなり強大な魔力を持つ魔導書をこんな場所で所持してる状況。
法は知らんが冷静に考えて事情を知らない奴から見れば怪しさ満点にも程がある。
ゲームに参加しなければ世界崩壊……半ば強制的に迫られて契約した上で今度は違法所持と疑われて死刑だと?
「はっ……ははっ……理不尽だ」
何だこの理不尽と理不尽の双璧は。
神のイタズラと現実の法という今後絡み合う事はないであろう二つの要素によって俺は成すすべもなく首を絞め上げられている。
なぁ駄神のヴェリウスよ、お前はきっとこれを見てゲームが面白くなってきたと天で嘲笑っているんだろう。
別にいいさ、脅してきたとはいえこっちも割りとノリノリで参加したんだからよ、だがこの叫びだけは木霊させる事を許してくれ。
「マジでふざけんなよクソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
呆気なく身を拘束されていく中、どうしようもない最悪の展開に俺の叫びが深淵へと響き渡り反射した。
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