第11話 エグゼクスと神のゲーム
「いやぁお見事お見事、今どきの子供は見たことないであろうキメラを倒してしまうなんて。脱帽という言葉が相応しいかな?」
拍手と共に愉悦が垣間見える声で放たれる容姿に反して何処かババ臭い賞賛。
だがその言葉を素直に受け止めることは出来ず半歩の後退りの末に俺は身体を背けた。
「おい、あいつ何なんだ? サイコパス?」
「エグゼクス……あの伝説と言われる魔導書の名前じゃない」
「待て……つまりあの顔が見えない少女がエグゼクスだって言うのか?」
「い、いやいやあり得ないでしょそんなの、何馬鹿なこと言ってんですか! 頭おかしい人間でしょ普通に」
円になった状態でこの状況に結論を付けようとするがどうにも纏まらず余計に混乱が広がるばかり。
これが何処かの酒場で酔った客が発言しているのなら間切れもない嘘っぱちだと断言することが出来ただろう。
しかし今はこの気がおかしくなりそうな深淵にポツリとラフな幼女が一人、完全な嘘とも言い切れないのが俺達を苦しめていた。
「よしんば……お前が俺達を混乱させる為に意図的に煽動し魔導書を名乗らせているとしたなら今すぐに止めるべきだ」
「もぉ最近の若者は素直じゃないなぁ〜こんな可愛い美少女ロリ娘の発言を疑うなんて酷くな〜い?」
嘘だと仮定して放った俺の言葉を一蹴すると幼女はクックッと喉をならす。
エグゼクスを名乗る存在はため息を吐くとゆっくり右手を天空へ掲げた。
瞬間、彼女の手元から放たれたのは首を絞め殺す程の威圧さが籠もった魔力。
深紫のオーラのようなモノが解き放たれ一瞬にして場を支配する。
「ッ……!?」
「まっ信じるか信じないかは君達次第ではあるけどさ、そろそろ信じて欲しいかな? 次は直接身体に分からせなきゃならないから」
まだ幼さが残る姿とは思えぬプレッシャーが辺りを支配して誰一人として立ち上がることすら出来ない。
常に戦って無様に敗戦してきた俺だからこそ理解できる、この幼女が放つ魔力はユレアをも上回っている。
「なっ、何ですかこの魔力は!? 私達は悪い夢でも見てるんですかッ!」
「残念なことに……そう都合の良い話ではないみたいよモニカちゃん」
あり得ないと考えていた俺達の姿勢は段々と変化していき一つの結論へと辿り着く。
こいつ……この目の前にいるのは存在すらも不透明であった最強と唄われる魔導書、エグゼクスであるということ。
モニカはまだ信じられないと言葉を浮かべるがストレックやマッズは薄々と何かを察し俺へと視線を向ける。
「……あり得ない、こんな事あっていいのか、だが否定することも出来ない」
「つまり君はどう結論をつけたんだい?」
「最強の魔導書と言われるエグゼクス……アンタがその正体なのか?」
俺の言葉を肯定するように幼女は放出していた魔力を止めてみせる。
ケラケラと嘲るような笑いを見せる幼女は大袈裟に手を広げてわざとらしく演技をしてみせた。
「いかにも。最強にして最高にして最悪にして最低である魔導書とは我の事である。このロリボディは人と話す為の仮の姿」
「……自分で最低って言うんだな」
「勿論最低さ、性格が悪いというのは我にも自覚がある。なんせ君達をか弱い少女の声で誘って死にかけさせたクズなのだから〜ね」
「あの叫び声はフェイクだってのか?」
「悲痛な少女の声ほど善意を揺さぶるのはないからね〜少しの魔力で君の脳裏を揺さぶったのさ。しかし助けての言葉に偽りはない」
抑揚はあるものの、掴みどころのない様子は不気味そのものだ。
信じ難いが奴がエグゼクスである事は認めざるを得ず、伝説とは程遠いフランクな雰囲気が異質さを放っていた。
「驚いた……まさか最強の存在に出会うなんて。いやそもそも存在していたなんて。随分と手荒な歓迎だったがな」
「アレは別に我が仕込んだものじゃない」
「何だと?」
「君より一つ前の選ばれし者が巧妙に仕組んだ殺意満載の罠さ。この地下深くに我を幽閉したのもね。しかし人間と話すのは久しぶりだな〜二百年ぶりか」
二百年……つまり前に使用していた人間は相当な古人になる。
なるほど、だから現代で禁止されてる合成魔法のキメラ創造も出来たってことか。
「アンタは一体何が目的なんだエグゼクス。何故久々の人間として俺達を選んだ、茶会でもしたくなったか?」
「残念ながらお茶は苦手だ。君達も知っているだろう? 魔導書に誘われし者は力を手に入れるってね?」
問うても尚、答えをはぐらかすエグゼクスだがストレックはその言葉だけで何かを察知したのか瞳孔を開く。
「選ばれし者は誘われる……つまり私達、いやレッドが貴方に誘われた」
「はっ? お、おい待て……まさか」
いや嘘だろ、そんなのあり得ない。
馬鹿ではあるが彼女の言葉に全てを察知した俺は青ざめる感覚が襲う。
待て待て待て待て待て待て! おかしいそんなの嘘だ、勘違いにも程がある。
「ハッ……ハハッ……何の冗談だ、まさか俺が選ばれたとでも言うのか?」
タチの悪い勘違いだと信じて冗談交じりに尋ねた俺へと幼女は邪悪に笑って見せた。
「まさに……その通り。星の数ほどいるあらゆる人間から君は私に選ばれた。最高峰の光栄だと歓喜するが良い」
「なっ、ナァァァァァァァァァァッ!?」
誰だろうと驚く、いやこれで少しも驚かない奴など人間じゃない。
唖然とする俺を余所にエグゼクスは手を叩いて喜んでいる。
「い、いやいやいやいやおかしいでしょ!? 何故このド変態おパンツクソセクハラ大魔神が最強の力に選ばれるんですかッ!?」
「モニカの言う通りだ! いや待てちょっと言い過ぎじゃない?」
「何も選ばれし者は魔法が強いとか体力が優れたとかそんな基準じゃない。如何に我と身体の相性がいいか……噛み合わない人間と適合しても相手が壊れてしまうのでね」
妙に扇情を煽るような言い方でエグゼクスはその魂胆を明かしていく。
どうやら俺達人間が強者か弱者かを定めている用法とはちと話が違うらしい。
「君は格別、君ならば私が犯そうと理性を持って生きる事が出来る。だから選んだのさ」
「俺を……どうするつもりだ」
「言っているだろう? 我の力を与えると。君は神を楽しませるゲームに参加する資格を得たというわけだ」
突拍子もない壮大な単語に首を傾げる。
馬鹿なりに彼女の口から語られた背景を要約するとエグゼクスは古代神ヴェリウスという神が創造した玩具。
暇を持て余しこの世界を管轄するヴェリウスは新たな刺激を作り出そうと彼女という概念をイタズラに人間界へと放った。
「君達が伝説と持て囃す代物も神からすればゲームを行う為の道具でしかない。この力を巡って繰り広げられる人間の争いを楽しむリアリティショー型のゲームとしてね」
「ゲーム……人間を何だと思ってんだ」
「怒りを我に向けるなよ? 我だって制約をつけられ神に利用されてる身なのだから」
「制約?」
「自らで魔法の行使は原則禁止、前の使用者が死去してから二百年という期間に人間と契約しなければ消滅してしまう等々。いや〜本当に危なかった。普段は百年程度で現れるんだけどね? ゲームそのものが開催されない所だったよ」
ついさっきこいつが二百年ぶりに人間と話したという台詞を脳裏に蘇らせる。
なるほど……あの助けを呼ぶ声は猫を被ってはいたが嘘ではなかった訳か。
「エグゼクス……貴方はレッドを神が考えた下らないゲームに参加しろとおっしゃるのですか?」
「仕方ないだろう、神という名のゲームマスターは常に絶対であって運命に選ばれてしまった、それだけのことだよムキムキくん?」
「マッズという名があります。つまり俺達の方に断る権利はないと」
「別に我は何でもいいけどさ〜ヴェリウスがどうするかは分からないね、「人間の癖に私のゲームを拒絶するな」とか言って」
世界を破壊しちゃうかも__。
享楽さを纏っていた口調は消え去り警告を示すワントーン下がった声質でエグゼクスは言葉を紡ぐ。
駄神にも程ってもんがあるだろ。
実質選択肢は一つって事じゃねぇか。
ゲームに参加しなければ鉄槌を下すなどどうやら神は悪魔よりも理不尽だ。
呆れて何も言えない俺だがエグゼクスはそのまま話を続ける。
「まっその上で改めて問おうじゃないか。君は我を受け入れゲームに参加するか?」
「ふ……ふざけないでくださいッ! こんなゲームに巻き込まれるなど私もレッドも神の奴隷でも駒でもな「モニカ」」
憤慨するモニカを遮って彼女の肩に優しく手を乗せる。
この怒りはご尤もだ、俺だって神だの何だの娯楽に巻き込まれる筋合いはない。
だが……可笑しいとは思うが俺の思考に過っているのは憤怒よりも高揚感だった。
「アンタの力、好きに使えんだよな? どれだけ醜い考えだろうと。拒否したら神からの世界崩壊ってことでな?」
前向きな言葉にエグゼクスは艷やかにこちらを誘惑するように「そうだよ」と囁くように答えを紡ぐ。
「勿論、権力でもお金でも愛でも平和でも破壊でも全てが肯定される。ゲームを盛り上げられるのなら……ね? 前回の子はゲームマスターから大不評だったけど」
「そうか、なら今回は楽しめると思うぜ?」
「楽しめる……あの退屈を極める人を満足させるなんて早々「パンツだ」」
「えっ?」
「パンツだ、パンツの為に力を使う」
「……ん? えっ、はっちょ、パン」
「パンツだ」
「それは……えっとあの人間が履く」
「パンツだッ! どんな理由だろうと肯定するんだろ? エグゼクス」
空間に響き渡るパンツへの執着。
自分でも異常と考える思考は神にも等しい相手すらもドン引きさせる程だ。
無意識なのか、俺の叫びにエグゼクスは若干の後退りをしている。
神、ゲーム、最強、どれが来ようと選ばれし者だろうと俺がやるべき事は変わらない。
パンツ、ユレアのパンツ、ただそれだけを求めてここまで生きてきた。
正気の沙汰じゃないのは誰よりも理解していた上で俺はこう結論を付けている。
「あぁいや……ヴェリウスの意向はそうではあるけどえっマジでパンツ……?」
「マジだ、俺には復讐したい女がいる。俺のパンツを見て嘲笑った心から信頼していた相手……そいつに屈辱を与えてパンツを見るまで俺は死ねない。其の為ならどんな手だって使う。お前の最強の力も神も全てパンツに使ってやるよッ!」
一拍の沈黙の末に理解した雰囲気を出したエグゼクスは品のない笑いを盛大にぶち撒けていく。
嘲笑というよりかは心の底から面白くツボに入ってしまった……そんな様子だ。
「プッ……アッハハハハッ! パンツ……パンツって……ダハハハハッ! 何そのアホみたいな理由面白すぎるでしょ」
腹を抱えながら地面を転がっていく。
酷くツボに入りバンバンと地を叩く神が作りし最強は無邪気な子供のように涙を乱雑に拭う仕草を見せた。
「君、名前は?」
「レッド、レッド・アリス」
「女々しい名だね、オッケー、君ほどパンチのある子は初めてだ。神も楽園で笑い転げているよ」
「お気に召したのなら何よりだな」
「ち、ちょっとレッドいいんですか!?」
「断わりゃゲーム不参加と神の鉄槌で世界崩壊、復讐の前に身勝手な神様に台無しにされてたまるかってんだ」
実に満足そうな声を発すエグゼクスは自らと俺を囲うように漆黒の魔法陣を地面へと生成していく。
稲妻のような閃光が辺りに走り始めると俺の右手の甲にはアゲハ蝶のような刻印が刻み込まれ始める。
「それは私との契約の証。まぁ証ってだけで肉体に影響はないから安心しなよ」
「随分とご親切な内容だな。生理的に無理なデザインじゃなくて助かったぜ」
確か世に出回っている噂の一つにエグゼクスはアゲハ蝶に似た刻印が拳に存在すると言われていた。
全部が全部誤った情報なのかとも思ったが正しい箇所も存在はするらしい。
肉体的、精神的な苦痛はなく数十秒もすれば刻印はハッキリと右手に映し出された。
「レッド・アリス、君は少しばかり頭のネジが外れている。その思考回路のイカれっぷりは快楽殺人鬼も冷静なる程だ」
「そいつは光栄だな。正気なんて十年も前に失ってんだよ」
「だからこそ神だけでなく我としても君の行く末を見たくなった。前回は色々と酷い平和主義の子が選ばれてしまったからね」
「破滅すら受け入れるアンタらがそんなに非難するとは……一体何をしたんだ? 平和主義の人間さんはよ」
「直ぐにも分かる。そして彼がした悪行は君も巻き込まれることになる」
「はっ? 俺も?」
破滅をも抱き締めるような存在が顔を歪ませるなんてどんだけの悪行をしたんだと考察を働かせる中だった。
ただてさえ神のゲームと壮大な話だと言うのに彼女の口から更に斜め上の現実が語られることになるのは。
「実は我……ページがないんだ」
「はい?」
悲壮感が漂う、だが何処か楽しそうな矛盾を孕むハツラツの声でエグゼクスは「やれやれ」と肩を竦ませた。
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