第10話 ちっぱいと死闘

「まさか……キメラ!? そんな合成魔法は現代の魔法じゃ禁止されてるはずッ!」


「あっ? んだよそれ」


「合成魔法……複数の生態遺伝子を強引に結合させ新たな生命を人工的に生み出す魔法……倫理的な観点から何百年前には既に禁止されてるはずの魔法です!」


「はぁ!? 何でそんな禁忌使われてるやつがここにいんだよッ!」


「私に聞かれても分かる訳ないでしょうがこのアホチンッ!」


 首筋から溢れる汗を拭き取る事もせずにモニカは瞳孔を開きながら言葉を紡ぐ。

 悪い意味での興奮が蔓延していく中、合体獣は更に嘲笑うかのように鳴き声を発した。


「キャハ……キャハハ……キャハハハッ!」


 まるで笑い声にも似た轟く咆哮。

 これまで聞いたことのない絶叫は狂気を帯びており胸底へと威圧を与える。

 顔を歪ませる俺を弄ぶようにキメラは牙を生え散らかす大口を開けた。


「どういうことだ? 少女は何処にいる? こいつは何だっていうんだ……!?」


 理解が追いつかない。

 少女の声に導かれた先に待っていたのはこの醜く俺達を嘲笑う生物だと?

 真っ白になる感覚が思考を襲う中、後頭部が叩かれた感触にハッと理性を取り戻す。


「落ち着けレッド、今は目の前で起きていることだけに集中しろ」


「まずはこの敵意剥き出しの奴を倒すことが先決よ。貴方が聞いた少女の音色はその先で考えましょう」


 そうだ、困惑するのは後回しだ。

 二人の言葉に現実へと向いた俺は魔導書を開き「ユレアのパンツ」と胸中で唱える。

 冷静さを取り戻す俺専用の魔法の言葉に臨戦の体勢を取るべく魔導書を即座に開く。


「このグロいアホ面は俺達を食おうとしてる、それに間違いはないよな?」


「じゃなきゃこんな馬鹿みたいにだらしなく涎を垂らさないだろ」


「そうか……パンツ見る前にここで食われて死ねるかってんだよダホカスがッ!」


 叫びに呼応するようにキメラも天高く咆哮しその巨体で床を蹴り出す。

 口先から見え隠れする鋭い牙が血に飢えたように俺を狙い定め、ど太い両腕は壁を抉るように薙ぎ払う。

 驚異的なパワーと俊敏性を兼ね備えたキメラの一撃を俺達は紙一重で躱した。


「キャハハハハッ! アッハハハハッ!」


 理性なんてもんはないキメラの咆哮が鳴り響く空間は混沌に満たされ、奴は血塗られた牙を生え散らかす大口を開ける。

 口内には赤い宝玉にも似た何かが備えており甲高い音と共に眩い閃光を放つ。

 それがヤバいと本能的に察知するのは比較的容易であった。

 

「ッ……避けろッ!」


 無慈悲な光線の一撃ば地面を抉り、向かいの壁を破壊の限りを尽くす。

 直撃は免れたものの激震に揉まれた身体は地に投げ打たれ、壁と床の間を転げ回る。


「マジですかこいつ!? 何て威力……」


「流石キメラ……魔法が禁止にされたって理由も何となく理解出来たよ。発動魔法段階シュレ、雷蹴プラズマ・キックッ!」


 煙を上げ一瞬だけ停止したキメラへと果敢に攻め込みマッズは雷撃を纏う蹴りをキメラの肉体へと叩き込む。

 凄まじい打撃音が周囲へと響き渡るがあいつの卓越したフィジカルを持ってしても少しばかり傷跡を残すだけの結果となった。


「硬い……!」


 奴の装甲が頑丈である事はマッズが身を持って体現することになり下卑た嘲笑いを見せるキメラは再び光線を放とうと閃光を灯す。


「発動魔法段階シュレ、植鞭プラント・ウイップ!」

 

 彼の身体が焼ききれそうになる寸前、ストレックが生み出した植物の鞭がマッズの足を絡め取り強引に引き剥がす。


「無理しないでマッズ」


「ッ……すまない」


 仲間が目の前で焼殺されるという最悪の未来は回避したものの、依然として不利な状況に変わりはない。

 どうにかシュレ級を駆使して奴へと攻撃を仕掛けるも有効打という有効打は与えられず俺の魔法は夏炉冬扇でしかなかった。


「クソッ、どうする……あの暴れん坊をどうすれば眠らすことが出来る」


 マッズの類まれなフィジカルですら効かないという現実は並大抵の魔法も効かないという事の裏付けをしている。

 少なくともシュレ級、いやファイラ級だとしても少しばかり傷を与えるだけ。   

 ストレックも息切れを始めておりこのまま進めば体力切れに至るのは目に見えていた。


「レッド、今だけはセクハラ許可します」


「そうかよ……はっ?」


 と、距離を取りつつ純黒と狂気が支配する空間で必死に思考を練っていた俺には場違い過ぎる言葉が鼓膜に響く。

 遂に心が壊れて幻聴でも聞いたと危惧したが声は鮮明でありその主は誰よりも冷静で常識的であるはずのモニカだった。


「お前……大丈夫か?」


「至って冷静な思考でセクハラと言ったんです。詳細に言えば私を持ち上げなさい」


「持ち上げるだ?」


 何を言っているんだと視線を彼女へ反らした瞬間、再度キメラの爪が襲いかかる。

 胸部を切り裂かれる寸前に察知し危なげに躱すとモニカと背を合わせた。

 壁へとめり込んだキメラは身を上げるのに時間が掛かっており若干の余裕が生まれる。

 

「半ば強引な合成することで生まれるキメラには複数の魔獣を繋げる為の魔力の塊が常に眠っている。世間では核と呼ばれています」


「核……あの赤いやつか!?」


「恐らく、あの光線も魔力を凝縮して放っているはずです。しかし……それは同時に弱点でもある。心臓と同じ核を破壊されれば?」


「どんなに獰猛な獣だろうと呆気なく命の灯火が消える、ハッ……なるほどね」


「一か八か核へドライヴ級をぶち込みます。しかし奴に近付く体力はないしこれ放ったら私はもう動けません、後はもう何となく分かりましたよね?」


「何と……思いっきりがいいことを」


 一年のくせに生意気にもかなりトチ狂った作戦をモニカは提示しやがった。

 だが面白い、直感的に「こいつは面白い」と思ってウザがられながらも絡みを始めた俺の感覚は間違っていなかった。

 華奢で小柄な彼女の身体を軽々とお姫様の要領で持ち上げると同時にキメラも俺達へと殺意の形相を向ける。


「貴方に命を賭けますよ。ミスったらあの世でズタズタにブチ殺します」


「肝に銘じておくさ……!」


 その言葉を合図に俺達は行動を開始する。

 一呼吸を終えるとキメラへと向けて真正面から全速で疾駆を行う。

 死へと直結する恐怖が冷たい風に乗せてこれでもかと心を蝕むが我武者羅に振り払い巨悪の存在へと近付く。


「キャハハハッ!」


 馬鹿みたいに駆ける俺達を蹴散らそうとキメラは魔力の核から赤い閃光を生み出し光線を放った。

 実に速いが一直線にしか進まない攻撃を避けきれない事はない。

 臓物を吐き出しそうな恐怖を奥歯で噛み殺し直撃をする既のタイミングで決死のスライディングを行い通り抜ける。

 

「あっついなゴラァ!」


 モニカを守る際に僅かに掠った左腕からは火傷の痛み、全身は熱湯で浴びたように汗が噴き出る。

 気でも失いそうな衝撃が襲うが白煙を排出し胴体を停止させるキメラの姿に俺は笑う。


「モニカッ!」


「発動魔法段階ドライヴ」


 これ以上の言葉は要らない、至近距離へと辿り着き魔力の核へと迫った彼女は華奢な手には即座に魔法陣が構築された。


「消え失せろ、素戔嗚尊スサノオノミコトッ!」


 屑を磨り潰すが如く圧倒的な光量で辺りは支配され一切の行動を許さず、音速を超える雷撃の一撃は核を突き刺し……貫く。

 心臓を震わす大爆発にキメラの肉体は跡形もなく消滅し、集束した雷撃はそのまま壁すらも打ち砕いた。

 剛烈なる爆風に身を吹き飛ばされるが咄嗟の受け身により互いに肉体への負荷はほぼ最小限に抑えながら地面へと転がる。


「ハッ……相変わらず恐ろしいなドライヴ級ってやつはよ」


 原型すら残らない程に爆散したキメラの姿にようやく勝利を確信する。

 突如立ち塞がった合成された番人は命の灯火を消し、浮遊していたはずの漆黒の魔導書のは地へと落下した。

 同時に俺に押し倒されている形で冷たい地へと倒れている病弱なモニカの肉体も無事である事に深い安堵感を覚える。


「フンッ、ざまぁみろです。全く……もう身体が動かな……ん?」


「ん?」


 武者震いが収まり、段々と冷静さが思考に蘇った俺は右手で何かを掴んでいる感触があることを自覚する。

 一言で表すなら……柔らかい、小さいのだが確かに心地の良い柔らかさを持つモノを布越しにムニュっと触れている。

 物体の正体が何なのか、その答えを確かめるべく視線を向けた俺からはスッと血の気が引くのを感じた。


「……ちっぱい」


 そう一言呟いた瞬間、俺の頬へと届いたのは強烈なる

 防御する暇もなく「がふぁ!?」と情けない声を吐いた俺に飛び乗って来たモニカの顔は酷く赤面していた。


「なっ……なっ……何してんだこのド変態エロ犬がァァァァァァァァァァァァァッ!」


 事故、俺は小さなおっぱいの方が好きだが今回は故意ではなく明らかな事故だ。

 しかしその弁明をする暇もなく馬乗りになりながらボコボコと容赦なく一方的にモニカは罵倒と共に殴り掛かった。


「私の胸を……このエロ! エロ魔神! セクハラ魔神! ドスケベ! カス!」


「ちょ悪い事故だから!? てかお前からセクハラしてもいいって言ってただろッ!?」


「胸まで触るのは許容範囲外なんだよッ!

良かったですねピチピチ女子高生のおっぱい触れたのはさぞ嬉しいでしょうねェッ!」


 このやり取りだけを聞いて先程まで命懸けの死闘を繰り広げていたと分かる奴は一体何人いるのだろうか。

 ストレックとマッズに羽交い締めにされてようやく引き剥がされるがそれでも尚、赤面を浮かべながら「殺す!」と叫び続ける。

 戦いを終えても全く平穏にならない状況に天を見上げながらこう漏らすのだ。


「落ち着かねぇ……本当に」 


「全くだ、愚かだね〜人間というのは」


「えっ?」


 その時、唐突に耳へと響く素っ頓狂な声。

 誰かが発したのかと限界寸前の身体を起こすが全員が俺と同じように何事かという表情で固まっている。

 紛れもない俺達とは違う第三者の声、主を辿ろうと後方へと振り返った視界に映り込んだモノに思わず声を上げてしまった。


「ようこそ私の救世主たちよ。よくぞこの私を番人から解き放ってくれたね」


「……はっ!?」


 俺は叫ぶ、いや叫ばしてくれ。

 数十メートル先、漆黒の魔導書が落下していた箇所には顔に白いモヤの掛かった幼女が純黒のドレスを着こなしていたのだから。


「誰……?」


 怒りに満たされていたモニカでさえも目の前で引き起こった展開に冷静さを取り戻す。

 軽いラフな口調から垣間見える人間には出せない不気味さに俺は思わず息を呑んだ。

 体力の大半を消費した俺に代わってマッズは目の前の幼女へと魔導書を開く。

 

「何だ……こいつも魔族か?」


「ッ! 待てマッズ!」

 

 今にも拳で相手を滅しようとするマッズへと咄嗟に声を荒げ制止を行う。

 似ているのだ……口調は全く違えどあの時の脳内に響いた少女が助けを求める声と。

 直感的、余計な論理が働く前に自身の本能に従って俺は疑問を投げ掛けた。


「俺を求めたのは……お前か? 俺に助けの言葉を叫んだのは」


「ん? あぁ選ばれたのは君なのか。どうせなら女の子の方が嬉しいって話だけどまっ贅沢を言えるほど余裕もないのでね」


 これまでに聞いた必死さを一切感じない飄々とした態度に不信感が募る。

 顔は見えないがこちらを手玉に取っているような雰囲気がこれでもかと醸し出される中、謎の幼女は己の名を鮮やかに紡いだ。


「やぁはじめまして人間諸君、我の名はエグゼクス。最強にして最高にして最悪にして最低である伝説の魔導書である」


「えっ……?」


「ん?」


 幻聴であるなら幻聴であって欲しい。

 見た目も発言も異質過ぎる少女は自らを誇らしげに『エグゼクス』と名乗った。

 

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