第9話 純黒の先に

「なっこれは?」


 ワンテンポ遅れて到着したマッズ達も眼先に広がる大穴の姿に驚きを隠せない。

 疲労感に満たされ息を荒くしていたモニカも赤い瞳を大きく見開く。


「大穴? 未解明のエリアが多い遺跡とはいえ、こんなのがあるなんて……ここから声が聞こえたというの?」


「あぁ、どうやら俺は幻聴に弄ばれ仲間を掻き乱したクソ野郎って訳ではないらしいな」


 ストレックが述べる通り、ほぼ確実にここは未解明エリアの一つで間違いない。

 これまでの合同演習でも未解明の箇所が発見されたという話は何度か耳にしていた。

 見つけたから加点されるとかの措置は存在しないが……あの声を聞いておいてこのまま帰る事は出来ない。


「マッズ、コレを」


 自身の腰部に備えている魔族の討伐数を示す袋をマッズへと投げ渡す。  

 これまでに撃破し、剥いだ魔族の一部は四人で均等に各々の袋へと収納していた。


「ストレック達を連れて帰れ。今ならまだ開始場所に間に合う。その量なら実技の加点も多いはずだろ」


「……どうするつもりだ?」


「助けに行く。だがこの底が見えない馬鹿みたいな深さ、指定時間内には間に合わない。これは俺が始めた話だ、お前らがこれ以上巻き込まれる必要はない」

 

 きっと、いやほぼ確実に時間には間に合わず、大幅な減点によりこれまで討伐した功績は全て無駄となってしまう。

 更に未解明のエリアともなれば予期せぬアクシデントが襲いかかる可能性もあって周りを傷つける事になるかもしれない。

 自分はどうでもいいが仲間が同じ痛みを食らうのは非常に気分が悪い。

 

「悪いな皆……俺のワガママに付き合わせちまって、だがここからは俺一人で」

 

 そう、己の力のみで終わらせようと決意を口にした矢先だった。

 俺の視界に凄まじい速度の拳が勢い良く飛び込んだのは。


「がっ!?」


 頬には打撃を示す鈍い音が鳴り響き突然の事に受身も取れずにモロに喰らい、後ろへと転がってしまう。    

 殴ったのは他でもない、この中じゃ最も古参である悪友の姿だった。

 俺を豪快にぶん殴ったマッズは間髪入れずに胸倉へと掴みかかる。


「おい一人でカッコつけんな。お前が良くてもそんなの俺達が許せねぇんだよ、このエゴ塗れの馬鹿野郎がッ!」 


 彼の激情に呼応するようにストレックやモニカも憤怒の表情を浮かべている。  

 口元から垂れる鮮血を拭えない程の威圧感に俺は硬直し、温厚であるマッズに殴られたという事実が頭を真っ白にさせる。  


「何で俺達はチー厶で動いてる? 弱いからこそ足りない部分を補って支える為に共にいるんだろ? それともお前からしたら俺達は使えないお荷物なのか?」


「い、いやそういう訳じゃ」


「リーダーのお前がチー厶の本質を見失ってんじゃねぇよ馬鹿ッ! 助けを求める声が聞こえたんだろ? なら俺達も助けに行く、人の命見捨ててまで点数が欲しい程に心は腐ってねぇんだよバーカ」


 マッズは胸倉から手を離した後、俺の額にデコピンを食らわせてくる。

 馬鹿にしてる訳でもなく……いやそう感じるのはお門違いだろう。


「自己犠牲でカッコつけられる程に貴方はまだ出来たヒーローじゃないわよ。私達がいる存在意義を考えなさい」


「まっ……貴方一人で行くのは効率が悪いですし救える確率も低い。さっきも言った通り救助者がいる可能性があるのに帰るのは胸糞悪くて仕方ありません」


 口調や考えは違えどストレックやモニカも俺が下そうとした決断に苦言を呈する。

 弱さを改めて自覚させるグサグサと突き刺す言葉は確かに少しカッコつけようとした俺の心を鎮火させていく。


「……悪い、また調子乗ってたわ」


 そうだ、昔の自分とは違う、今は転んでしまった自分を立ち上がらせてくれる存在が何人も周りにはいるんだ。 

 仲間という存在の重要性と意義を昔よりも気にしなくなっていた俺は周りからの喝に自身の愚かさを自覚する。 

 改めて当たり前の事を理解し、らしくない涙腺を刺激する空気が流れ始めた。

 

「まぁそれに貴方の場合、助けに行って一緒に迷子になりそうですからね〜度胸だけイカれてるド変態おパンツ失禁凡人なんで」


「おい感動に浸りそうだった空気を返せ」


 だが上記の雰囲気に成りかけていた状況はモニカの容赦ない罵倒で現実へと戻される。

 余計な一言に俺の感動は一瞬にして消失したが……まぁ正直こういうハチャメチャな方が俺達らしい。


「で、どうするのですか? 助けるって言ってもこの大穴をどうやって」


「なぁモニカ、確かシュレ級で風破ウインド・プッシュとかいう風圧を起こす魔法があったよな?」


「えっ? いやまぁあるはありますけど」


「よしっ、それで行こう」


「はっ……えっちょ!? 嘘でしょこのまま垂直に落下するって言うんですか!?」


「それしか方法はない、万が一があったら骨折れてでもお前らを守る。だから信じて俺についてこいッ!」


 先陣を切るべく一呼吸を終えると勢いよく底なき大穴へと俺は身を乗り出した。

 ワンテンポ遅れて拳に力を握りしめたマッズとストレックも大穴へと突入を始める。


「ホントイカれてる……あぁもうッ! これで死んだら一生恨み殺しますからァァァ!」   


 身体を震わしていたモニカも激情な叫びと共にスカートを抑えながら大穴に突っ込む。

 髪が逆立つ程の風圧が肉体へと襲いかかり非日常を極めた浮遊感が心を覆っていく。

 段々と視界は漆黒に染まっていき、いつ地面が来るか分からない恐怖が襲いかかる。


「ヤバッ……怖くて仕方ねぇ!」


 度胸は一人前と思っていたが流石にこの暗闇と少しでもタイミングを間違えれば即死というプレッシャーは流石に応える。

 それだけならまだ良かったのだが運命はどうも俺を更に苛めたくなったようで。


「ッ! スリル・ヴァスラッ!?」

 

 地へと落ち行く俺達とは対照的に上方向から俺達を狙う不気味な視線が突き刺さる。

 鋭利さを極めた翼を支配した青黒い存在をストレックの声でようやく俺は察知した。

 スリル・ヴァスラ、暗闇を好み集団で移動する斬撃性能に優れた飛行生物。

 逃げ場のない状況の中、奇声を上げ迫りくる複数の脅威は鋭利な鉤爪を操り獲物の首へと狙いを定める。


「邪魔……すんなッ!」


 これがゾーンというやつか。

 自分でも驚く程に機敏な動きで一体のヴァスラの翼を強引に掴み取る。

 触れるだけで傷を与える奴の翼に右手からは赤黒い鮮血が舞うがお構い無しに後方から迫るヴァスラ達へと勢いよく投擲した。

 己が投げ込んだヴァスラは面白い程に他の仲間へと次々に直撃し、隊列を組んでいた奴らの陣形は大きく崩れ去る。


「ストレック頼むッ!」


「発動魔法段階ファイラ、乱炎弾ホーミング・ファイアッ!」


 吹き荒れる風に乗りながら両手に宿った無数の火球を一斉に放つ。

 業炎に燃える爆炎が狭い空間で暴れ狂い、宙に舞っていたヴァスラ達は熱さに身を焼かれ次々と地へと堕ちていく。


 道中、いや落下中と言うべきか。

 スリル・ヴァスラだけでなく休む暇もなく次々とまるで罠かのように魔族は次々と闇から出没しては俺達を狩ろうと急襲を行う。

 連携プレーでどうにか退いてはいるが心身に迫る疲労により意識が朦朧とする中、ハードモードに滅入っていた俺の瞳に願ってもいないモノが鮮明に映った。


「地面……底か!」


 僅かに薄っすらと地面と思わしき光景が視界に入り終わりが見えた喜びと同時に凄まじいプレッシャーが心を煽る。

 

「お前ら、着地の準備だッ!」


 叫ぶと同時に再度全身に力を込め、地面に意識を集中させる。

 恐怖、それは間違いなく俺の理性を蝕んでおり失敗すれば死という状況と仲間を守らなくてはならない双璧の緊張感で腹の中にあるもの全て吐き出しそうだ。


「発動魔法段階シュレ、風破ウインド・プッシュッ!」 


 だがユレアのパンツを見る前に死ねるかという意地が俺の正気を離さずにいた。

 マッズ達へと道を切り開くべく衝撃により肉体が砕け散る寸前まで迫り、ここぞとばかりに風による衝撃を発生させる。

 重力による凄まじい落下は一瞬の風圧によって大きく軽減され僅か数メートル程の浮遊の後、鈍い音を立てて床に転がり込んだ。

 追随するように各々も風魔法の衝撃緩和により不格好ながら着地に成功する。


「あっぶな……寿命減るわこんなの」


 空間に漂うは静寂な無音。

 生き残ったという達成感と安堵感は瞬時に警戒心へと切り替わっていく。


「発動魔法段階シュレ、閃光シャイニング、一体何だってんだ……ここに助ける声が」


 程良い光を生み出すだけというシュレ級でも使えない側の魔法だがこの純黒が支配する空間では非常に有り難い。

 冷たい地面から肉体を持ち上げ辺りを見回す俺の視界に映ったのは。


「扉?」


 

 無機質な石の壁に囲まれた円形の空間の中にポツリとある明確な人工物。

 俺の等身の三倍はある壁にめり込まれている異質なソレが目に映った瞬間、無意識に口から疑問の声が零れる。

 何となく察しはついた、見るからにきな臭いこの扉の先にあの助けを求める声の正体がいるってことだろう。


「お前ら、魔法の準備をしろ」


 得体のしれない空間。

 何が襲いかかってくるか全く分からない。

 心臓の鼓動は加速し全身の鳥肌が立つ。

 極度の緊張感に包まれながら俺は取っ手へと手を伸ばし両開き扉を豪快に押した。


「男は度胸ッ!」


 古びた音が鳴りながら錆びのない重々しい動きで開かれていく。

 恐る恐る内部へと入り扉は完全には閉まらない様に手で押さえ、視線を室内へと移す。

 

「はっ?」

 

 瞬間、視界全体に広がったのは一面に広がる暗闇だが……よく目を凝らすと不規則に浮き沈みするがあった。

 虚無と漆黒が支配する空間にポツリとまるで忘れ去られたようにそいつは佇む。

 

「魔導書……?」


 分厚い革製で作られた漆黒の代物。

 遠目ではあるがアレが魔導書であり何故だか独りでに浮遊しているのは事実であった。

 

「な、何ですか……浮いている?」


 誰も目の前に起きる現象を理解することは出来ず、モニカはあんぐりと口を開ける。

 許容範囲を超えた出来事に飲み込まれそうになるが必死に理性を掴み、足を一歩前へと踏み出そうとする。


 だが次の瞬間、バチッとつま先に電流のような痛みが走り俺は思わず後ろへと下がる。

 靴からは火傷したように湯気が上がり、同時に漆黒の魔導書を守り囲うように紫の稲妻が灯り始めた。


「んだよ……これはッ!?」


 思わず全員が有無を言わさず吹き飛ばされる程の衝撃が襲いかかり突然の脅威へと警戒心を抱く。

 大きく崩れた体勢を後転によりどうにか立て直した俺の視界には悪夢にも似た化け物が存在していた。


 これをどう形容すればいいのだろうか。

 幾つもの魔獣が乱雑に混ざり合ったようなグロテスクさを極めた外見。

 龍の形をした頭部に八つの目、蛇のような尻尾に鳥のような鋭利な爪と漆黒の翼。

 統一性など皆無であり醜悪さと残酷さを纏った形相で恐怖心を煽っていく。

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