第8話 悲鳴に導かれて

 地面へと倒れ伏せるワイバーンはもう二度と動くことはない。

 長年のコンビネーションによる討伐にマッズと軽くハイタッチをすると翼の一部を切断し絹の袋へと収納した。

 俺達の一連の動きに第三階層は唖然とした表情を見せる。

 

「ば、馬鹿な……あり得ねぇ」


「あんな……あっという間に」


 第三階層の者は認められない、認めたくないというような声で目の前に広がる現実を認めようとしない。

 呆然と立ちすくむ生徒達は未だに大きく開いた口が塞がっていなかった。


「認めたくないか? でも認めなきゃなんねぇさ、これが紛れもない現実なんだから」


「ッ! 何だと第四階層如きが偉そうに俺達に言葉を紡ぎやがってッ!」

 

「その第四階層如きに活躍取られたお前らは一体何て呼べばいいんだ? 俺バカだから教えてくれよ」


「なっ……こ、この変態パンツ野郎! テメェらみてぇなエリート学園のお荷物が! お前なんかエグゼクスの魔法に焼かれて死ねばいいんだよッ!」


「そいつは光栄だな。伝説の魔導書に全力で殺されるとか寧ろ名誉だろ」

 

 軽めの煽り言葉だったが第三階層の生徒は怯んだ様子を見せながらも抵抗を見せる。

 真っ直ぐに見下している内容に些か不愉快さが募るが一触即発の空気に待ったを掛けるようにマッズからの制止が入った。


「もういい、先を急ぐぞレッド」


 首元に溢れる一滴の汗を華麗に拭き取ると嚙みつきそうな表情を終始浮かべる第三階層へと冷ややかな瞳を向ける。


「別に君達が誰かを見下す事にとやかく言うつもりはない。人は優越感に浸りたい人間だからな。だが……言葉に行動が見合ってない場合はただ滑稽なだけだ」


「何だと……っ!?」


「高笑いしていられる立場なのか? 認めないのなら筋肉でぶつかり合おうじゃないか」


 終始冷静且つ皮肉めいた言葉に第三階層の生徒達は何も言い返せず悔し気に強く歯を食いしばる。

 図星なのかマッズの言葉に逆上する様子はなく、無言の憎悪混じりな視線だけを送りつけると踵を返し去って行った。  

 マッチョマン故に脳筋な性格と思われがちだが寧ろマッズは俺よりも知的であり相手の痛いところを確実にいやらしく突く。


「お前と仲が良くてよかったよ。舌戦だったら勝てる気がしない」


「たちの悪い皮肉屋なだけだ。褒められるようなことじゃない」


 入学当時から親交がありつつ学園に今も在籍する唯一の悪友だが当初は「筋肉が凄いやつは裏表がない」というバカで安易な理由により彼に近付いていた。

 だが、蓋を開けてみれば思ったよりも湿度が高く筋肉だけが武器ではない。

 大人びている彼を見ると自分が子供っぽく思う事もあるが……だからと言ってユレアのパンツを諦めることはしない。

 

「取り合えずこの場においての大物は潰すことが出来た。このまま最後まで余力を残さずに突っ切る」


 大物を奪い取った優越に浸りたい気分だが調子に乗ってやらかした黒歴史を思い出し冷静さを取り戻す。

 消極的なのは論外だが、だからと言って驕り高ぶる程に積極的なのも致命打となる。 


「まだまだ魔族の反応はあります。先程のように離脱者も増加していることですし全部奪ってやりましょう」


「端からそのつもりだッ!」


 モニカの言葉に発破をかけられる形で地を蹴り再び駆けだす。

 鳥肌を立たせるほどの心地が悪い寒さを醸し出す雰囲気だがそれに構ってる暇がない程に俺達には闘争心が溢れていた。


「発動魔法段階ファイラ、氷円弾アイス・リングショットッ!」


 モニカの探知に反応すれば即座に魔族を誰よりも早く討伐へと向かう。

 最早、作業にも近い状態だが勢いが収まる事はなくストレックは低級魔族のドラック・ウルフ達へと円状の氷斬撃を放つ。

 上品さと気高さを両立する彼女の華麗なる魔法は胴体へと裂傷による風穴を開かせ地に伏せさせた。 

 

「魔族、魔族、少し進んで魔族……全く安全地帯というには多すぎないかしら? 段々と腹が立ってきた」


 押せ押せムードであるが俺達も人間であり体力の限界はいずれ訪れる。

 全体的に流石に息が上がり始めている状況下でほぼ休みなく現れる雑魚敵にストレックは苛立ちを募らせた。 


「ここら辺が潮時じゃないか? 時間内に帰らなければどれだけ無双劇を続けても意味がないぞ」


 これだけ移動して倒してもニ割にも満たない程にこの遺跡は絶望的にだだっ広い。

 しかもその前提はあくまで既に解明されているエリアのみでの話でありまだまだ未解明の地も多数存在すると言われている。

 伝説の神獣がいるとかカテゴリーXがいるとか確証のない多種多様な噂が拡散されてしまう程にここは未知で広大なのだ。

 故に時間内に開始場所へと戻らなければならない合同演習において引き際を何処にするかという判断はかなり重要だ。

 遅れでもしたら大幅な減点でこれまでの苦労がほぼ水の泡となってしまう。


「残り二十分、余裕を考慮してもここ辺りが離脱のタイミングかと思います」


「流石に限界か……討伐数はこれで三十八、帰還するぞ。これだけありゃ第三階層もギャフンって言わせられるはずだッ!」


 四十に達したかったと志半ばな気分も少なからずあるが何処かで踏ん切りを付けなければいけない。

 迷宮のように広大かつ複雑怪奇な遺跡の中で魔導書に付着した埃を振り払うと帰路に着こうと足を上げようとする。

 そう、現時点で俺達の無双劇は終幕するべきで最高最善の選択肢であることは俺も重々理解していた。  

 これ以上、欲に負けて出しゃばることは許されないと理性が働いている。

 これで終わりだ、この戦いはこれで……。


 お願い……助けて__!


「えっ?」


 突然、脳裏に過る甲高い悲痛な声。

 鼓膜に響いた良心を揺さぶる音色に俺は走り出そうとした足を止める。

 同時に何の変哲もない付近の壁へと魅入られるように視線が移ってしまう。

 

「レッド? どうかしたか」


「……今聞こえなかったか?」


「はっ?」


「助けてって……こっちから聞こえたんだ」


「何言ってんだ? 冗談は後で聞くから今はここを早く離脱して」


 立ち止まる俺の右腕を掴んだマッズの腕を強引に払いのけると再度壁へと視線を送る。

 聞き間違いなんかじゃない、俺の脳裏に響く音は正にこの先から聞こえてきたものだ。

 助けを呼ぶような誰かを待ち望んでいるような心を揺さぶる女の子の声。

 まるで昔の自分を表すような……絶望の中で誰でもいいから助けて欲しいと願う自身のトラウマを抉るような声。


 お願い誰か……誰か助けて__!   

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。

 助けて__。


 再度、俺の鼓膜には悲痛な叫びが響き渡り思考には緊張が走り始める。

 気が狂うほど矢継ぎ早に連呼される救済を求める声は脳内に広がり理性を犯していく。


「助けてくれって……誰かが連呼してる」


「お前大丈夫か? 魔族の状態異常にでも掛かって頭をやられたか?」


「そんなんじゃない俺はマトモだッ! その上でこっちから助けを呼ぶ女の子の声が確かに聞こえんだよッ!」

    

 マッズの表情は呆れから困惑へと変化していき、ストレック達も何事かと俺へと懐疑的な視線を送る。

 自分以外には聞こえていないのか誰も共感を示す言葉を投げ掛ける者はいない。

 俺自身もまだ整理がついていない、何故少女の声が響いたのか、響いてしまったのか。

 幻聴の可能性もあり、特に気にせずに帰るのが得策だとは思う。

 

「……発動魔法段階シュレ」


「なっ、レッド!?」


 だが、どうも幻聴という言葉で割り切ることは出来ず俺は魔導書を開いてしまう。

 あの声を無視するのは昔の四面楚歌だったかつての自分自身を見捨てるような気がしてどうにも切り捨てられなかった。

 右手へと火炎の球を生み出し、無機質な石の壁へと射出する。


炎弾ファイア・ショットッ!」


 直撃すると同時に焔が広がり、熱風を周囲へと漂わせると埃や残骸が激しく散乱する。

 壁面には穿たれたように穴が形成されるが所詮はシュレ級の魔法であり少し傷をつけた程度にしかならなかった。


「ちょっと何やってるの!? 気でもおかしくなったわけ!?」


 貴族出身であり穏やかかつ上品さを隠しきれないストレックが声を荒げている事実は俺が異常なことをしていると裏付けている。

 心配と焦燥が絡み合った視線が向けられるが節を屈せずにモニカへと言葉を紡ぐ。


「おいモニカ頼みがある」


「た、頼み?」


「お前は確かドライヴ級の魔法が扱えるはずだよな? それをこの壁に放ってくれ」


「はっ? はっ!? な、何を言っているんですかッ!? 何故この陳腐な壁にドライヴ級の魔法を……嫌ですよそんなのッ! そもそも何で壁の中から声がするんですか!」


「分からない……だが聞こえたんだ、確かに助けを求めてる声がッ! この遺跡は未開のエリアも多い、何らかの事故で危機的な状況の要救助者の可能性もあるだろッ!」


 常に強気かつ卑屈な態度を取るモニカだったがこの時ばかりは動揺が滲み出ている。

  

「ひ、否定はしきれませんが……だとしたら何故レッドにだけ声が聞こえたのですか! それにドライヴ級の攻撃魔法なんて放ったら私の体力が持ちませんよ!」


「償いはする。これが俺の勘違いならお前の好きなように罰してくれ。指を折っても目玉を潰されても文句は言わない。それくらいの覚悟で俺はお前に頼んでいる、頼むッ!」


 分かっている、ドライヴ級は魔力を多く消費してしまい体力をかなり持っていかれる。

 ユレアなら乱用出来るだろうが……モニカの体力を考慮すれば放てても数回が限度であり彼女が戦闘不能になる可能性は高い。

 明らかに自分勝手で愚策な頼み、それを理解した上で俺はモニカへと頭を下げた。

 

「ッ……貴方って人は……だぁぁぁもうッ! ここまで言われて本当に救助者がいたら胸糞が悪過ぎる、信じますよ貴方の言葉をッ!」


 モニカは戸惑い心底呆れつつ頭を搔くと俺の前に立ち右手を壁へと翳す。

 途端、小柄な等身を上回る神々しい魔法陣が顕現し、炎の渦が掌から創造されていく。


「発動魔法段階ドライヴ、極火激弾インフェルノ・バースト!」

 

 透き通った声で詠唱を済ませると炎の粒子は一気に肥大化し壁へと直撃する。

 鼓膜を揺らすような爆音と共に肌には熱風が纏わりつき魔法は止まる事なく聳える壁へと次々に大きな風穴を抉り開けた。


「ッ……!」


 視界に映った光景に俺だけでなくその場にいる全員が言葉を失う。

 超威力の一撃によって軽く数百メートルは削られた壁の先からは僅かにだが空間が広がっていたからだ。


「はぁ……ッ……はぁぁ……って、何ですかアレは……?」


「ありがとうモニカ、お前に頼んだのは間違いじゃなかったみたいだ」


 ドライヴ級の反動により息が荒いまま膝を崩すモニカを労うと俺は先陣を切って助けを求める声が聞こえた箇所へと歩を進める。

 詳細は分からないが明らかに何かがある光景に引き寄せられるように足が動く。

 自身の直感が間違いじゃなかった安心感と得体のしれない不安感が混じり合う中、ようやく隠されていた空間へと到達する。


「なっ……なっ……!?」


 自分から周りを巻き込んでおいてアレではあるが……俺は視界に広がる光景に絶句してしまう。  


……?」

 

 下方に広がっている円形の大穴が底が見えない程に深淵へと続いていたことだ。


 


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