第7話 龍殺し

「えっ?」


 全ての過去を聞き終えたモニカは開口一番に困惑を示す声を口にする。

 同情と軽蔑という二つの感情がせめぎ合っているような何とも言えない顔を浮かべた。


「そ、その時に味わった恥ずかしさを十年も抱いて復讐で今ここにいると……? まさか彼女を狙ってこの学園に?」


「当たり前だ、金輪際忘れねぇ裏切った時のあの笑顔はッ! いずれは絶対にパンツを見て辱めを受けさせてやる。それまではあいつを追っかけてやんだよ!」


「……えっキモっ、悪質ストーカーじゃん」


「はぁっ!?」


 何を言うかと思えばモニカは俺の過去をキモいと吐き捨てるように一蹴したのだ。

 逆張りという訳でもなく、本気でドン引きしているような様子を見せる。


「いやそりゃ貴方の過去には同情しますし、約束を破ってしまった生徒会長にも非はあって復讐心も分かる……でもキモいです」


「キモいってなんだよ!? 俺の十年間の原動力を馬鹿にしてんのかッ!」


「そりゃキモいでしょうよ!? 十年も生徒会長のパンツを見るために追っかけて学園にまで来るとか端から見れば恐怖ですよ! そもそも約束って言ってもそりゃ気が変わるでしょうよ放尿の瞬間なんか見たら!?」

 

「うるせぇな! 俺にとってはマジであの裏切りは今でも許せねぇねぇんだよッ! 報いを与えるまで俺は止まらない」


「まぁ……当時の精神状態を考慮すれば分からない事もないですが。しかし今の年齢でパンツを見ようとするのは倫理的に……いやもうそこまでの決意なら何も言いません」


 まだまだ言いたげな様子だったが俺の揺るぎない言葉にモニカは諦めの姿勢を見せる。

 勿論、異常だってことは自分でも理解しているがあの裏切りへの復讐心が社会に循環する為の理性を遥かに上回っていた。

 

「最初は俺も何言ってんだと思っていたよ。でも一人で燻るよりこいつの馬鹿に乗って派手に散ってみたいと思ってな」


「無気力な第四階層でアホみたいに盛大な夢抱いてんのはこの男くらいだからね。嫌いじゃないからここにいるんだけども」


 辛辣ながらもマッズ達は一番の新参であるモニカへと同調の意見を投げ掛ける。

 自信がないという訳では無いが仲間がいるという安心感は精神的な支えの一つだ。


「はぁ全く……まっ「私は駄目だ」とかしてる人間達よりかはマシでしょうか。とんでもなくクソキモでゲロキモですが」


「褒めてんのか貶してんのかどっちなんだ」


 汚物を見る冷ややかな視線は変わらないが前よりも微量に理解を深めた様子をモニカは表情に表す。

 俺の考えを多少なりとも好意的に受け止めてくれるだけで彼女はかなり寛容的な人物だと思う。


「さてギア上げるぞ。このまま第三階層の獲物も分捕ってやるッ!」


 意図せずに発生した歪な親睦の深め合いに足並みが揃い始める空気に乗じてさらなる奥へと疾駆する。

 モニカの探知魔法は予想以上の効率的な効果を生み出し、最初期を軽く三倍は超える討伐数を時間半分を残して到達してしまう。

 このままの勢いでトップの成績でも残してやろうと画策する中。


「ッ! これは……」


 何かを察知したモニカは若干息を切らしながら突然足を止める。

 空間に映している探知魔法の反応を見る彼女は目を見開いた。


「前方五百メートル先のエリアに大きな生体反応、周囲には生徒と思われる多数の反応も見受けられます」

 

「大型クラスか?」


「恐らくはそうかと、ポイントを稼ぐにはいいチャンスですね」

 

 合同演習は討伐の数だけでなく討伐の質も大きく成績に反映される。

 一体どの魔族を葬ったのか、危険度が高ければ高いほどに得点は上昇していく。

 モニカの言葉に俺達はほぼ同時に前向きな闘争心を表す笑みを浮かべた。


「まさか逃げる訳……ないでしょう?」


「当たり前だ、ブチのめしに行くぞッ!」


 ストレックの疑問に当然の答えを返し、戦意が赴くままに対象範囲へと駆け走る。

 辿り着いた場所には目視だけでも心臓を握りつぶすような威圧感を与える巨躯な龍。 

 下方では超巨大なドーム型の空間にて数十人もの生徒が必死に魔法を詠唱し放ち続ける様子が伺える。


「フェイル・ワイバーン、高火力と硬い漆黒の鱗が中級クラス龍型の魔族です。余りこの遺跡では見ない敵ですね」


 モニカが言う中級という言葉が見合わぬ荘厳さで上空のワイバーンは獰猛な牙を覗かせながら咆哮を上げた。

 鼓膜が破れそうな勢いだが正直図体が大きいだけで畏怖を与える雰囲気は人であるユレアの方が遥かに勝っている。

 一方、首を取ろうと藻掻いている第三階層と思われる生徒達はというと


「ちょ来るなよこっちに!?」


「邪魔だどけッ! お前が前衛に行けよ、後方支援は俺達の物なんだよ!」


「はぁ? うっさいわね、アンタ男なんだから前に行きなさいよ!」

 

「て、撤退だ! こいつは不味い!」


「ヒィィッ!?」


 全く足並みが揃っていなかった。

 各々が後方支援の位置を争っており、前衛での攻撃を行おうとしない為、まるで逃げ惑うような形で戦っている。

 扱う魔法の質は俺を上回っているがどうも宝の持ち腐れ状態。

 何処かワイバーンに恐怖心を抱いてる消極的な様子があり、判断ミスによる負傷から撤退する者まで続出している。


「経験不足だな、いや俺達の方が慣れすぎてしまっているのか」


 マッズは冷静に状況を見極めているが彼の考察は恐らく正しいだろう。

 持論だが戦いにおいて大切なのは相手が放つ威圧感に屈せず怯まない強固な精神力。

 どれだけ優れた魔法があろうとそこに恐怖心や劣等感があれば真価は発揮出来ない。

 常に威圧の塊である格上のユレアと一戦を交えてきた俺達とではメンタルの構造が根底から違うはずだ。

 

「今だけはユレアに感謝だな。あいつのお陰で大体の敵は怖く見えない」

 

「同感だ、あの殺意の形相もかわいい猫に見えちまう」


 逆にこの状況は好機。

 先着がいた時は討伐は難しいと考えていたがどうも有効打を与えきれていない。

 十中八九、ただ無駄に時間だけが削られているだけだった。

 このままでは相手の攻撃により致命的な傷を負う者も現れるかもしれない。


「俺とマッズは前衛で攻める、ストレックは後方からの攻撃魔法、モニカは自分の体力が削がれない程度に錯乱を頼む」

 

 逃がすはずがないこのチャンスを。

 俺の指示は沈黙という了承で返され各々が軽快に魔導書を顕現させ臨戦態勢へと移る。

 こちらの突入に気づいたワイバーンは充血した瞳で捉えると突進を開始していく。

 幾千の風を切る疾速だが今の俺達にとっては十分に対応出来た。 

 

「発動魔法段階ファイラ、地突破アサルティバーストッ!」


 身を捻る回転で一直線で迫るワイバーンへと射出されるストレックの先制攻撃。

 地面から顕現した複数の鋭利な岩石はワイバーンの漆黒鱗に目掛けて痛烈な打撃を叩き込む。

 精密性の低さが欠点の魔法だが体格の大きな生物への効果は抜群で突進の速度が急激に弱まり、体を仰け反らせた。


「畳み掛けるッ!」


 数秒間の足止めだけで十分だ。

 がら空きとなった一瞬の隙に俺とマッズは躊躇なしにワイバーンへと肉薄する。


「な、何してんだあいつらッ!」


「死に急いでんのか……!? って待て、あの右にいる奴の顔、確か生徒会長に挑んでる第四階層の!」


「嘘っアレが噂の変態王子!?」


 迷いなく巨体へと駆ける俺達へと悲鳴に近い耳障りな声が次々と上がっていく。

 馬鹿なことをしてるという声が大半、だが俺みたいな奴が無理をしないで這い上がれる訳が無いんだよ。


「何なんだ……クソッ第四階層の癖に出しゃばりやがっ「邪魔です」」


「だっ!?」

  

 憎悪の言葉を言い終えようとした第三階層の生徒はドガッと鈍い音と共に地面へと情けなく転げ落ちる。

 後方から容赦ない蹴りを叩き込んだモニカは即座に魔導書から最適の魔法を発動した。


「発動魔法段階シュレ、錯霧クロス・スチーム


 微粒子となった空気中の水分が彼女の眼前に集結し、精製された白煙は周囲へと広がり始めていく。

 風のない空間で拡散した煙幕は瞬く間にワイバーンを包み込み奴の視界を遮断。


「ブチのめすぞマッズ」


「言われずとも……だ」


 不明瞭な視界の中、先陣を切るマッズは跳躍によりワイバーンの艶かしい頭部へと目標を捉える。

 

「筋肉舐めんじゃねぇぞッ!発動魔法段階シュレ、炎拳フレイム・フィストッ!」


 優れた筋肉質の四肢に魔法を纏わせフィジカルメインという俺と同じく魔力が弱い彼ならではの戦闘スタイル。

 魔導書片手に肉体を最大限に利用した渾身の右ストレートは無防備な顔面へと燃え上がった一撃を叩き込み、その巨体を揺るがす。


「ッガァァアアッ!」


 皮一枚で繋がった口元から血を流しながら激痛による叫びが上空へと木霊する。

 完全に錯乱するワイバーンの背中へと俺は飛び乗り両翼の付け根のみを狙う。


「やっぱり……ここは脆いって話だよなァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 俺の魔導書は雑魚だ。

 一度使用した魔法は魔導書に保存されるシステムだが俺のは初心者向けと揶揄されるシュレ級の魔法しか存在しない。     

 しかし使い方さえ少し考えれば雑魚な魔導書だろうと幾らでも強さを発揮する。


「発動魔法段階シュレ、雷電ライトニング・スパーク!」

 

 空間全体に迸る雷光。

 刹那の閃光はワイバーンの翼の付け根へと目掛けて衝撃を通す。

 表面を覆い尽くす漆黒の鱗目掛けてなら俺が放つ陳腐な雷は有効とはならないだろう。

 だが関節部故に装甲の薄い付け根ならば神経を焼き切ることは出来る。


「ギシャァァァッ!」


 絹を裂いたような悲鳴が途切れることなく空へと昇っていく。

 繋ぎ目を破壊された両翼は宙へと舞い上がり深緑の鮮血が吹き出し、戦闘不能を示すようにワイバーンは地へと落下を始める。

 モニカのような高性能な魔法、ストレックのような知力と汎用性高い魔法、マッズのような並外れた身体能力がある訳ではない。

 俺にあるのは踏み込める度胸、そこだけは他にも負けないと自賛している唯一の要素で辿ってきた修羅場の数なら誇れる。


「俺の勝ちなんだよボケカスがッ!」


 数少ない自身の強みと仲間との連携による撃破に俺はその場の者達へと高らかに勝利を宣言する。

 止まりを知らぬ勢いのまま最後まで駆けてやると改めて意気込み、激烈な衝撃の中で俺は華麗なる着地を決めた。

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