第25話 警告と絶叫とおっぱい

「あっ? 地獄だ?」


「私でさえズカズカと簡単に踏み込める領域ではない……そう言えば深刻さは伝わりますでしょうか?」


「なっ……とんでもない化け物みたいな奴がいるのか」


「純粋な強さの話ではありません。ただ力を振りかざせばいい訳では無い人間社会について語っているのです」


 、その言葉はこちらに衝撃を与えるには十分な内容だ。

 詳細が分からずとも俺がヤバいことに踏み込もうとしているのは理解できる。


「お前でも難しいねぇ……逆に燃えてきたじゃねぇか。誰だろうと俺の復讐とパンツの邪魔はさせねぇよ」


 まっ、それだけで俺が潔く手を引けるほど諦めのいい男ではない。

 寧ろ面白いじゃないか、ユレアの圧倒的な強さを持ってしても対抗できる独自の力を持つ相手とか興奮しちまうだろ。


「フフッ……そうですか、貴方がこうなるともう誰も止められないのは理解しています。詳細はスズカへと、部活動の管轄は彼女に一任しているので」

 

 何処か楽しそうにそう告げたユレアは背を向け窓際越しに青空を見つめる。

 銀髪靡く後ろ姿は名画でさえ跪く絶景だが見惚れてる暇などない。

 目を奪われる前に顔を背けると俺を誰よりも毛嫌いするスズカの元へと駆け出す。

 

「はぁ? 結合機が欲しいから馬術部の事を教えろですって?」


 彼女は食堂内の端の席にて優雅に角砂糖をかなり入れた甘いコーヒーを啜っていた。

 皿には少量のサラダとバタートーストが置かれ優雅を表したような昼食。

 人がごった返す昼休憩の最中、俺を目にしたスズカはゴミを見るような視線で睨んだ。

 

「絶ッ対に嫌ですッ! 何故貴方のようなクソ男に労を癒やす優雅な昼休憩を費やさなくてはならないのですか!」


「頼むってこの時間くらいしか話が聞けないだろ? これまでの失言は謝るからよ」


「そんな事でこの私が折れるとでも……ってちょ勝手に対面に座らないでください!?」


「頼む、少しの時間で良いんだ。ユレアからお前に聞けって言われたんだよ」


「ユレア様が!? し、しかしこんな下劣な男に力を貸すなど断じてッ! ユレア様を解析作業の名目で密室で穢したこのふと届きモノをッ!」


「はっ? いや……別に何もしてねぇよ」


「嘘おっしゃい! 若い男女が密室で二人きり……しかも相手は絶世の美女で更には幼馴染という属性付き……何も起きてない訳がないでしょうがァァァァァァッ!」


「いやだから何もしてねぇよ!? しっかり健全に終わったわ!」


「あぁユレア様の乳房や秘部を貴方はその醜い手で貪り食って……ユレア様は快楽に屈してしまった屈辱顔をッ! その表情を貴方は拝んだのでしょう!? このド変態男がァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


「ちょっと黙れや脳内ピンク女ァッ!?」


 こいつ、俺以上に変態じゃないか?

 昼に似つかわしくない言葉を連発して暴走状態に突入するスズカを食堂にいる全生徒が注目するほどの大声で黙らせる。

 一喝にやっと正気に戻った彼女は血走った眼を向けながら息を荒らげながらも周囲を見渡しゆっくりと着席した。


「……失礼、取り乱しました」


「取り乱したってレベルじゃないけどな」


「まっ冷静に考えて貴方はゴミクソの変態ですが相手の意志に背いて純潔を無理矢理奪うような蛮行はしないでしょう」


「暴れる前にその結論に至って欲しかったんだが……」 

 

 一呼吸置きスズカは胸元で腕を組みながら大きな瞳で見つめる。

 中身の強烈さであまり気にしてないがよく凝視するとこいつも十分な美少女だ。

 ユレアに心酔してなかったらあいつと同じく告白ラッシュは必然だろうな。


「はぁ……本来なら絶対にあり得ませんですがユレア様直々であるなら仕方ありません」


 重い腰を上げると手招きで俺を近づけさせ耳打ちするような音量で言葉を紡ぎ始めた。

 あまり大きな声で言えない内容なのか、若干不愉快そうな表情をスズカは浮かべる。


「アルマリア馬術部、格闘部、アーチェリー部、水球部、魔法研究同好会、修復委員会、衛生管理委員会の部活及び委員会を傘下に置く巨大勢力の一つであり、私達にとってでもあります」


「随分と多いな、しかも絶対的な生徒会がたんこぶなんて表現使うとは」


「元々から馬術部は影響力を有していたものの生徒会には友好的な姿勢でした。しかし現在の部長が反ユレア派に変わってから色々と面倒なことに」


 彼女が言うには本来は互いに友好的な関係を築いていたものの、現体制へと切り替わってからは反ユレアの姿勢へと一新。

 幹部も全て反ユレアの生徒であり表向きは生徒会の支配下に置かれているも独自の権力を振りかざしている始末とのことらしい。


「ユレア様に従わないゴミクソ共が……! 一応私が管轄を行ってはいますがこちらの要請を聞くことはまるでありません。噂じゃかなり黒い話もありますし」


「でも何故だ? そこまで邪魔な集団ならぶん殴って黙らせれば良くないか?」


「それが出来たら苦労しませんよ!? いやユレア様の力なら無理矢理にでも抑えつけることは容易です。しかしそんな事すれば生徒会のイメージダウンは計り知れない」

 

「イメージダウン?」


「アルマリア馬術部は国内外でも人気を博する謂わば学園の顔の一つ。もし無理矢理に捻じ伏せたともなれば……独裁的だと批判は免れません。常にトップが変わるこの学園なら尚更反ユレア派が過激になりかねない」


「なるほど……お前らが迂闊に介入出来ない理由ってやつか」


「何も強い力を持ってればいい話じゃない。権力は複雑です、貴方のように自由気ままに好き放題には動けない」


 やっとユレアの言葉を理解できた。

 純粋な力とはまた違う力……あいつが顔を少し歪ませていたのも分かる。


「もういいでしょう? 貴方と同じ空気を吸うのはここが限界です、まっやると言うのなら精々クソ雑魚らしく醜く酷くのたうち回ることですね」


 彼女なりの捻くれた激励とも言える言葉と共にスズカは足早に食べ終えたトレイを返却口へと運んでいく。

 生徒会幹部と変態野郎の相席は周囲の注目を集めていたが彼女が離席したのを期に段々と視線が消えていった。

 

「反ユレア派……ね。また面倒なタイプが集まっていそうだが」


 学園内なら簡単だと調子に乗った自身の発言は訂正せざるを得ない。

 本能的に嫌な予感的なものを察知しため息を吐きながら天井を見上げる。

 

「何してんですか、柄にもなく考え込んで」


「ん?」


 椅子の座面から尻がずり落ちそうというところで丸眼鏡のアンニュイ童顔美少女が俺を冷たい顔で見下ろす。

 カロリー控えめな料理をトレイに並べているモニカの背後にはストレックとマッズが同じくトレイに料理を乗せていた。


「おっお前ら丁度いいとこに来たな!」


「騒がしい声が聞こえたが……またお前何かやらかしたのか?」


「かわいい女の子に目移りしてパンツ捲りでもしたのかしら?」


「そんな軽い男じゃねぇよ」


 俺達らしい談笑をしつつ人目につかないエリアへと移動し着席を行う。

 スズカの時とは一転、和やかな空気が包み込みを束の間の休息が始まる。


「で? 生徒会長からの結果は」


「大きい声出すなよ……ユレアは本物だって認めたぜ! 俺達への容疑も条件付きだが特例措置で無罪だとよ」


「良かった……それだけでも取りあえず安心です。十代で死ぬとかマジで御免ですから」


 シチューを啜りながら心から安堵した声でモニカは喜びを言葉にする。

 何より目先の絶望を回避できたことに全員には安心感が蔓延していく。

 

「しかしよぉ、何か結合機だとかがねぇとエグゼクスは使えないらしくてな。色々と困ってんだよ」


「結合機……ですか、困ってるというのは一体どういう事で?」


「いやな? どうやらその結合機を有しているのがだって話なんだよ」


 カシャン__。

 

「ん?」


 何かが落ちたような金属音。

 思わず言葉を止めて振り返った先にはストレックが前触れもなく手に持つスプーンを落としていた。

 表情は穏やかな彼女からは考えられないほどに青ざめており身体を硬直させている。

 

「ストレック……? どうかしたか?」


「それ……本当なの?」


「あっ何がだ」


「馬術部ってのは本当の話なのッ!?」


「えっあっ……いや、ユレアやスズカも言っていた事だし本当だが」


 珍しく声を荒げる彼女は立ち上がった身体を再び席につけると同時にまだ食べ切っていない食事のトレイを持ち上げた。


「ごめんなさい……ちょっと失礼するわ」


「へっ? ちょおいストレック!?」


 冷や汗を掻きながら足早に去っていく彼女の後を追おうとしたが突然としてマッズは俺の胸ぐらを激しく掴んだ。


「お前本当なのか? 冗談で馬術部って言ったんならここでお前を殴るぞ」


「ガチだって言ってんだろ! 反ユレア派な馬術部傘下の修復委員会とかいうとこに結合機があって困ってるって話なんだよッ!」


「そうか……寄りにもよってな話か」


 大きなため息と共にマッズは掴み掛かっていた手をゆっくりと離す。

 制服につく深いシワが彼がどれだけの力で握っていたかを物語っている。


「すまない取り乱して、だがあいつの前では二度とその言葉を口にしないでくれ」


「はっ?」


「悪い、俺も失礼する」 

 

 何がなんだかまるで分からないままマッズもその場を後にし、呆然とする俺とモニカだけが取り残される。


 俺は余り過去を探ろうともしない。

 第四階層って時点で訳アリなのは確実だし細かく聞いた所でと考えているからだ。

 特にマッズの推薦で仲間となったストレックに関しては「彼が選んだのだから大丈夫」と誰よりも詮索をしていなかった。


「俺……なんか変なこと言ったか?」


「いや今回にしては特に問題はなかったと私も思いますが……馬術部って言葉を聞いた瞬間にストレック先輩かなり焦ってましたが」


 場を包み込む強烈な違和感。

 無罪を勝ち取ったという喜びは既に消え失せむず痒い感覚だけが心に残る。

 何事かと視線を向けていた生徒達も段々と散り散りになりいつもの光景が蘇っていく。


「すみませんレッド、一旦お花を摘みに行ってきます」


「はっ? お花?」


「いやだからお花ですよ」


「お花って近くに花園でもあったか?」


「トイレに行くって意味ですよッ! それくらいの乙女心は分かっとけバーカ!」


「いだだだだっ!?」


 理不尽に俺の頬を抓った後にモニカもプンプンと怒り心頭でその場を離れる。

 いやトイレって言えよ……何をそんなに恥ずかしがってんだあいつは。

 しかしこれでまた一人になってしまった状況に俺は先程の悪手を思い出していた。


「何だ……トラウマに触れてみたく急に人が変わって声を荒げて」


 そりゃ冷静に考えればストレックに疑問がなかったと言われるとそうではない。

 紛れもないお嬢様出身、勉学や魔法も優秀であり第四階層に落ちる要素などない。

 そもそもあいつは入学当初は第四階層にはいなかったはずだ、あんなおっぱいデカくて綺麗な奴がいたら絶対に記憶に残ってる。

 

「彼女は馬術部で何かがあった、奴は馬術部の出身であると仮定して……マッズはその内側を知っている」


 ストレックという存在すら知らなかった俺へと結び付けたのはマッズの推薦が要因。

 何でこんな美少女捕まえられたのかと疑問だったが……あいつ何かを隠してるな。

 

「ったく、ただでさえダルいのに一体何があるってんだよ……障壁が多すぎる」


 一つため息を吐かせてくれ。

 吐かないとやってられない。

 ユレアからの警告にストレックの豹変、僅か数十分の間でパンツに襲いかかった二つの壁に思わず顔を覆い隠した時だった。  


「ご機嫌麗しゅう、レッド様」


「あっ? んだよモニカ、いきなり気味の悪い口調で……えっ?」


 おっぱい__。 


「はっ?」


 おっぱい__。


「ん?」


 おっぱい__。


 大きな、大きく張りのあるおっぱい。

 突然モニカが可笑しくなったのかと声のする方向へと視線を向けた俺に映ったのは制服越しでも分かるおっぱいであった。

 

 健康男児らしく思わず数秒見惚れてしまったが少し視線を上げると華麗さを具現化したような小綺麗な容姿が目に焼き付く。

 赤い上質な髪に品行方正な挙動と口調、数十人の取り巻きを引き連れた謎の美女は慈愛に満ちた笑顔を向ける。


「おっぱ……い、いや誰……?」


「お目にかかれることを私は楽しみにしておりましたわッ! レッド様」


「はい?」


「では早速行きましょう、私達の楽園へと。ご案内致しますわ」


「えっいや、ちょ!?」


 おい誰か説明してくれ、誰でもいいからこのカオスへ解説を行ってくれ。

 取り巻きにいた特に筋肉質な男二人に腕を掴まれると有無を言わさずその場からズルズルと引っ張り出されていく。

 

「なっ……何なんだよこれはァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 生徒会からの警告にストレックの異変。

 そして更には……おっぱいの大きいお嬢様から拉致られているという状況。

 遠目から何事かと向けられている視線と共に俺は謎の女に身を委ねるしかなかった。

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