第24話 アルマリア馬術部

「キャァァァァユレア様ァァァッ!」


「実にお見事、これこそ最強に相応しい!」


「何だあいつ……何なんだよあの化け物」


「こっち向いてユレア様ッ!」


「どうかこちらにウインクを! 投げキッスもしてくださいッ!」


 彼女が述べた言葉は月並みだがその非の打ち所のない自身のオーラと優雅な一挙一動に場はさらに揺れ卒倒する者まで現れていた。

 熱狂から席を乗り出し彼女の元へ駆け寄る者まで現れる中、ユレアは迷わずに俺のいる方角へと瞳を向ける。


「ッ!」


 宝石よりも綺羅びやかな銀白色の瞳に思わず息を呑んでしまった俺へと彼女は人差し指を曲げるジェスチャーを行った。

 直ぐにもそれが「来い」という意味であると汲み取り優美なる戦いから踵を返す。


「どうやら女王様からのお呼ばれみたいだ。じゃあな」


 熱気に包まれる会場とは正反対である静寂が支配する生徒会室。

 駆け足で辿り着いた俺はノック音を奏でるとほぼ同時で豪快に扉を開く。

 紅褐色を基調とした豪華絢爛な誰もいない室内の来客用ソファーへと勝手に腰掛け現代最強の到着を今か今かと待つ。

 暫くすると待ち焦がれたノック音が部屋に反響し静寂が掻き消された。


「遅かったなユレ……アァァァ!?」


 開かれた扉の音に振り向いた瞬間、女性的な甘く温かい匂いが鼻腔を刺激しタオルを首に掛けたユレアが視界に映り込む。

 普段と同じ制服姿だが所々髪に付着する水滴が艶かしさを助長してるラフな雰囲気の不意打ちに思わず声が上がってしまう。

 

「失礼、汗で蒸れたのでシャワーを……って何をお焦りで? もしかして欲情でも?」


「んな訳あるかッ!? お前のラフな雰囲気に少し驚いただけだ」


「その割には不純異性交遊でも想像して随分と声が上擦ってますけど」


「はぁ? 上擦ってませんけどッ!? 根拠のない憶測は止めてもらえませんかねェ!」


「フフッ、そういう事にしておきましょう」


 クスクスと細長い手を口元に当てながらユレアは舐めたような表情を見せる。

 何とも情けない、長年の復讐相手だってのに邪な気持ちで下半身が反応して更には見透かされて嘲笑われるなんて。


「まぁそれはそれとして、貴方が発見したページとエグゼクス、双方が果たして合致しているかの証明がつい先程終わりました」


 煽るような表情から一転、仕事モードへと切り替わったユレアは冷徹な表情で大切に保管していたエグゼクスと思わしきページを取り出し俺へと渡す。


「結論から教えろ。回りくどいのは嫌いだ」


「言われずとも、貴方のせっかちさはこちらも熟知しています」


 毎日招集されては報告やら解析作業やらで見慣れてしまった光景をバックにユレアは実に端的な言葉で結論を真っ先に述べた。


「百年以上のあらゆる資料と文献、解析による客観的視点での結果……消去法にてエグゼクスのページで間違いないかと」


「やっぱりそうか、そうでなくちゃ困るってもんだよなァッ!」


「断言して良いでしょう。ここまでの魔力量を有するページなど他には存在せず量の観点で見れば私の魔導書をも超えています。否定をする根拠を提示出来ない以上、認めざるを得ません」

 

 こちらの負けだと言わんばかりに両手を軽く上げユレアは俺達を認めた。

 改めて客観的に合致してると述べられた現実に思わず高揚し口角が吊り上がる。


「同時に掛けられていた不法所持の件ですがエグゼクスと判明した以上、貴方の嘘も否定は出来ないという事で無罪措置が取られます。こちらが提示した条件を守ることが出来れば……貴方の罪は認められない。破れば私が直々に殺しますが」


「よっしゃ……お前が認めて更には冤罪も見事に晴らされた、なら早速復讐とパンツを果たそうかなァッ!」


 これでやっと復讐劇を開始できる。

 自身のホルスターに大切に保管しているカテゴリーXとページを優しく擦りながらユレアへと宣戦布告の言葉を口にする。  

 さぁ見せろパンツを、無様に負けて泣きじゃくって恥ずかしがりながらパンツを見せるその痴態を俺にッ!


「いや、まだ使えませんよソレ」


「……あっ?」


 と、高ぶった心を鎮火するようにユレアは表情を変えずに淡々と述べた。


「ハッ、何だエグゼクスの恐ろしさに怖気づいて痴態晒すのが怖くなったかぁ?」


「違います、神だろうと天使だろうと悪魔だろうと私は負ける気どころか蹂躙する気満々なので」  


「ッ……じゃあ何だってんだよ」


「レッド、貴方は破られたページは合致する魔導書本体と結合しない限り詠唱を行えないという仕組みをご存知でしょうか?」


「はっ? な、何だそれ?」


「知りませんか……予感はしてましたが。要するにページを見つけたからと言って魔法を放てる訳では無いということです」


「ハ……ハァァァァァァァァッ!?」


 告げられた新事実に席から猫のように飛び上がりこの空間に相応しくない絶叫を上げてしまう。

 

「なっえっ、まだエグゼクスは使い物にならないお荷物だってのか!?」


「幼児に伝わる言葉で述べるのならそれで正解でしょう。ページと本体、互いに有する魔力を結合させる事でようやく魔導書は本来の機能を取り戻す。割と基礎的な魔導書学で習うはずですが」


「いや知らん、大体座学中はお前への作戦を練ってたから」


「……何故貴方が進級できたのか、ここ近年稀に見る謎ですね。こうやって余計な絶望を味わいたくないのなら聡明になりなさい」


「グッ……ぜ、善処する」


 事実なだけにぐうの音も出ない正論を言われ悔しさに歯を食い縛る。

 まさか勉学を怠っていたツケがこのタイミングで回ってくるとは……多少は真面目に聞いておけば無知を晒すこともなかった。

 

「だが逆言えば結合すれば完全に使えるって訳だよな。四つん這いで誰かの靴を舐める事になってもやってやるよ」


「威勢は結構ですが、結合方法はご存知なのですか?」


「……のりとか「違います」」


「被せんなよ!?」


「結合は魔導書本体とページ双方の魔力を原子レベルで融合させる作業。結合機けつごうきという専用の機材がなければ不可能です」


「ま〜たそういう面倒な機材か。で? 何処にあるってんだよ」


 一拍置くとユレアは少し重苦しそうな雰囲気を纏いながら静かに在り処を告げた。


「……馬術部」


「馬術部?」


「アルマリア馬術部、貴方だってその名前を聞いたことがあるでしょう」


 アルマリア……あの名門の部活か。

 詳細はあまり知らんが国内、国外でもトロフィーを次々と総なめにしている学園屈指の超強豪チームだとか何だとか。

 クラス内でもその名を出して興奮気味に語り合っている女子生徒達が前にいたな。


「アルマリア馬術部、我が学園の部活においては最大の勢力であり最も輝かしい成績を残すチーム。その影響力は絶大、馬術部の傘下に入る部活や委員会も少なくありません」


「へぇ……部活がそんな権力をね。そいつらが所持してるって話なのか?」


「正確に言えば彼らの傘下にいる修復委員会という組織が所有しており魔導書の修復、解析などの作業は彼らの仕事なのです」


「解析? まさかお前が解雇したのも」


「えぇ、あの解析班も修復委員会から招集された者達です」


「色々とややこしいな……まぁでもつまりはこの学園内にあるって事だ。神殿の灼熱に比べりゃぬるま湯のように簡単だな」


 この学園特有の複雑な組織構造はよく分からんが内部にあるってのなら随分とこっちも楽が出来るって話だな。

 気が遠くなる遠出も灼熱の地獄で命を削ることもしなくていいんだから。


「そこで優雅に紅茶でも啜りながら待ってろよ最強、直ぐにも手に入れてお前への復讐を果たしてやるからよッ!」

 

「待ちなさい」


 背を向ける俺へユレアは冷静にだが若干力の入った言葉で呼び止めた。

 無言で振り返ると紅茶を飲む余裕もない完全に真剣さを帯びた瞳へと変化する。

 

「レッド、貴方が踏み込もうとしている領域は神殿よりも地獄にも等しい……そうとだけ忠告しておきます」

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