チャプターⅢ・血塗られた乙女決戦編
第23話 生ける伝説は合理的である
「相変わらずやってんな〜ユレア」
学園に設置された実戦用の闘技場は授業時間だと言うのに生徒でごった返していた。
第一階層のみ在籍するエリートクラスの実戦演習授業、ニ階の観戦席で歓声を上げる奴らのお目当ては言わずもがなだろう。
「グッ……こいつッ!?」
「一対三十四なのよ!? 何で誰も有効打を与えられないって言うのッ!」
「この化け物がッ!」
相対する者達は焦燥感に満たされ目の前の人物を鋭く睨み付ける。
既に何人も無力化されており魔導書を手放して地面に突っ伏し意識を手放していた。
彼ら彼女らもこの学園では上位に位置する第一階層の人間であり、あの数を相手にするとか普通ならリンチにされて終わりだ。
「そちらの演目は以上でしょうか? 早く来なさい。全員で挑めばユレアなんぞ簡単に潰せるとほざき始めたのは……」
だが彼女だけは例外中の例外。
瞬きすらも許さない速度で一人の生徒へと接近すると同時に顔面を鷲掴むと地面へと鋭く叩きつける。
夥しい砂埃が派手に舞う中、真っ直ぐに睨んでいる銀の瞳は相手を硬直させた。
「貴方達の方でしょう?」
純白の魔導書を操り、生意気な涼しい顔で蝶のように優雅に戦闘を披露する。
銀髪を靡かせ圧倒的な数的不利を覆しているこの状況は彼女が生徒会長の座を保持し続ける何よりの理由であった。
「無理だろ、あれに勝つとか」
観客席からポツリと漏れた一言は周囲の思いも一致する言葉だろう。
純粋な黄色く甲高い声援が大いに上がる一方、妬ましく思う声や唖然とする声が節々から漏れている。
「陣形を立て直せッ! こんなのあり得ない、幾ら最強だろうとこの人数を潰すなんてあり得るはずがない! 俺達は誇り高き第一階層のエリートなんだぞッ!」
ユレア・スタンバース。
名門貴族の中でも飛び抜けた存在と称される現代最強格の存在は女神に見間違う荘厳さでこの場を、この学園を支配する。
幼少時代のわんぱくな姿をまるで感じさせない冷血な瞳と彫刻のような秀麗さはビジュアル的にも人間離れをしていた。
「発動魔法段階ドライヴ」
威圧に蝕められつつも神殺しを目論むエリート達は一斉にドライヴ級の詠唱を発し標的へ四方八方から強力な攻撃を射出する。
「
地面を抉り取り、周囲へと波紋状に広範囲に拡散させるドライヴ級土属性魔法。
「
モニカもかつて使用した渦状の炎を膨大化させ一直線に放つ超高火力魔法。
「
一撃の威力に絶大さはないが空間を反射する全方位から絶え間ない雷槍の乱撃を繰り出す逃れることが困難な強力魔法。
「
絶対零度から繰り出される氷塊を纏いながら竜巻を引き起こし不規則な軌道により強襲を行う魔法。
あらゆる属性が混じり合い、普通なら散り散りに吹き飛んでも可笑しくないドライヴ級魔法の連続は何とも見応えある光景だ。
「やっちまったな、ありゃ」
建設真っ只中である観戦用の三階席。
侵入禁止の看板を無視した俺は人目につかない場所から見下ろしポツリと呟く。
あぁいうゴリ押し戦法は大体有効的だがあの女には悪手の極みだ。
迫りくる脅威を視認しながらユレアは迷わずに疾駆し、真っ向から迎え撃つ。
「発動魔法段階ドライヴ、
無数に出現した魔法陣は彼女を加護するように前方へと眩い円形の盾を創造していく。
神々しい光を放つ反射効果を有する防御魔法をユレアは指揮者のように華麗に操る。
衝突した二つの衝撃は見事に相殺され蒸発した生暖かい水滴が周囲へと降り注いだ。
「マジかよあいつッ!」
「ドライヴ級同士を盾で反射させ相殺したですって!?」
「何食ったらそんな動き出来んだよ……」
観衆の反応を見れば彼女が如何に離れ業を軽くやってのけたかが分かるはずだ。
唖然とする彼らを差し置いてユレアは次の一手へと即座に移す。
彼女の異常さは魔法の質は勿論、その合理と効率を極めた使い方だ。
「発動魔法段階ファイラ」
天地双方から雷槍と土弾のドライヴ級が襲いかかるという状況、普通ならば一刻も早く打開しようと魔法を放つだろう。
しかしユレアはギリギリまで魔法の発動を行わず自身の元へと限界まで引き付けた瞬間に勢いよく地面を拳で叩いた。
「
ドライヴ級すらも跳ね返す衝撃波を生み出す反面、数メートルもない射程距離の短さと地面を叩かねば効果が生まれないという面倒な制約が仇となるファイラ級の無属性魔法。
上記の通り、使い勝手は最悪だがタイミングさえ成功すればたった一発で全ての魔法を弾き飛ばせる。
「ば、馬鹿な……ッ!?」
「ファイラ級の魔法でだと!?」
よくユレアは無尽蔵の体力と言われるがそれはちと解釈違いだ。
そりゃあいつはバケモンだが結局は人間であっていずれは限界を迎える。
しかしあの無闇に強力な魔法を使わず数多ある魔法から最適な選択肢を取る合理的な戦闘スタイルが持久力を遥かに伸ばしていた。
「クククッ……マジでムカつく、でもそうこなくちゃ燃えないな」
拍手喝采に相応しい規格外の強さ。
だがこちとら十年以上も復讐とパンツの為に青春捧げてきたんだ、それくらいの大物じゃなきゃ困るって話だ。
そうユレアに対する不敵な笑いが無意識に口元に溢れた時だった。
「何をそんな笑みを浮かべてるのかな?」
「ヒッ!?」
耳元で囁かれた言葉と扇情を誘う甘い匂いにゾワッと全身に鳥肌が走り心臓が凍る。
ゴクリと唾を呑み込みながら振り返り目と目が合ったのは和装風に身を包み微笑を浮かべる美少女、或いは美男子。
更に背後には仁王立ちで佇むマッズにも負けない学園次席の眼鏡男。
「んだよ……アイナか」
「やっ、ベイル達を出し抜いたっていうその顔を少し拝みたくなってね」
「暇かお前は、それと石頭」
「石頭ではない、バースだ」
生徒会執行部の腕章が目立つ幹部二人はいつの間にか俺の背後を取っていた。
天使とも称されるアイナと鉄仮面と畏怖されるバース、ここまで柔と剛を体現したような奴はいないだろう。
「レッド・アリス、この場は立ち入り禁止と誰にでも分かる文体で看板に通告してあったはずだが」
「仕方ねぇだろ……観客席にいたら色々と絡まれるのは目に見えてんだから。そもそもユレアに招集されてなきゃこの場にいないっつうの」
別に俺は暇だからとか、ユレアが見たいからとかそんな安い理由でここにはいない。
彼女直々に授業終わりに生徒会長室に来いと言われたからこうして待つがてらにあいつの無双劇を観戦しているのだ。
「確か三日三晩ユレアと君、二人きりでエグゼクスと思わしきページの証明タスクをやってたんだっけ? スズカが「純潔のユレア様が汚される!」って暴れてたよ」
「またあの脳内ピンクは……元々解析班の奴らがいたが不審な動きを検知したんで結局二人だけの作業になっただけだよ」
神殿の決戦から実に四日。
ページと本体が一致しているか確認するという理由から休む暇なく俺は持ち主としてユレアの解析作業に毎晩突き合わされていた。
最初は解析班なる専門チームが帯同していたがどうも挙動がエグゼクスを狙っておりユレアが会長権限で即刻解雇したのだ。
現時点でページはユレアの手元にあり彼女が責任を持って完全なる管理を行っている。
「まっ俺はほぼ見てただけだがな。一人で大丈夫なのかと少しは思ったが出来ちまうのがあいつらしいというか」
「生徒会長は解析学及びあらゆる学問にて優秀な成績を収めている。堕落に突き進む貴様とは雲泥の差があることを自覚しろ」
「はいはいその通りですね。別にいいさ、堕落だろうがなんだろうがユレアに勝ってパンツ見れれば万々歳なんだから」
相変わらずナチュラルに俺を堕落したクソ野郎と正論をかますバースをあしらうが対照的にアイナはクスクスと微笑む。
「フフッ……まぁでも羨ましいな。あのユレアとそこまでの関係があってフランクに話せるなんて。少し嫉妬する」
「んだよ、あいつに恋でもしてんのか?」
「違うさ、ただ彼女は同じ生徒会の身からしてもどこか近寄り難い雰囲気があるのでね。こうやってメモを取るくらいしか彼女との距離を詰められない、一方的にだけど」
「メモ……? って何だそれ?」
目を凝らすとアイナの手には上質な皮で作られてるであろう手帳が握られ事細かに特徴的な丸みを帯びだ文字達が刻まれていた。
タイトル欄には筆文字で『ユレア・スタンバースの無双記』と記してある。
「ただの戦闘記録さ。こうやって興味ある人の活躍を記録し分析するのが僕の趣味でね。君と似て変態チックな自覚はある」
自虐的にアイナは軽く笑うがその瞳は何処か真剣さというか普段の享楽的な姿とはまた違う雰囲気を醸し出していた。
「アイナは瞬間記憶能力の持ち主であり戦術と魔法においては生徒会長にも負けんとされる逸材だ。変態は変態でも貴様と違い正当な変態である」
「正当な変態って何だよ!?」
「僕を買いかぶりすぎだバース、それを言うなら君だって身体能力はユレアにも匹敵する逸材だろう?」
「……肉体だけの話だ。その強みもあの人に追いつけるか五分五分程度が妥当だ」
あいつの影に隠れがちだが生徒会の幹部達も十分な化け物揃いであることを改めて痛感させられるな、これは。
あのユレア狂信者のスズカだって常に全科目で三位以上の順位を叩き出したりとトップクラスであることに変わりはない。
「まぁあの子は瞬間移動やら無属性のドライヴ級も扱えるからね〜って、少し談笑している間にもう試合は終幕を迎えるみたいだ」
アイナの言う通り、少し目を離した間に状況は大きく動き既に決着寸前だった。
まだ十人以上は残っていた相手も残るは一人までに呆気なく減少。
「クッソォォォォォォォォォッ! 発動魔法段階ドライヴ、
絶叫を据えて地面を抉り取り現れた無数の木々達はユグドラシルを彷彿とさせる巨大樹を形成していく。
最後の抵抗として一人が放った魔法はあっという間にユレアを丸々呑み込んで巨大な大樹へと変貌を遂げた。
「ハッ……ハハッ……調子のんな最強」
倒したという淡い期待から笑みを溢すが即座にその表情は酷く凍り付いた。
木々で絡め取り巨大樹を形成した内部からは痛々しく軋む亀裂音が鳴り響く。
遂には強烈な破裂と同時に四方八方に破片を飛び散らせた彼女の手元には一つの眩い虹の球体が浮遊していた。
「発動魔法段階ドライヴ、
エネルギーを集合させ対象へと純粋な破壊力を持って制する無属性魔法。
放たれた眩い波動が空気を呑み込み光を置いてく速度で巨大樹を貫いた。
迅速の一撃は勢いを止めずに残された者へと直撃し凄まじい砂埃を舞い上げる。
窪みが生まれた場所には魔導書を手放し地面へと意識を失って倒れ伏せる生徒の姿。
誰もがその結末に戦慄し、審判役である教師でさえも唖然とした口が塞がらない。
「そ、そこまでッ! 模擬戦勝者、ユレア・スタンバース!」
一拍の静寂を挟み教師が高らかに宣言した瞬間、観客席から湧き上がる大歓声。
優雅に地へと着地するユレアには至る所から多くの称賛と少しの妬みを浴びる。
スカートを摘み、カーテシーと呼ばれる上品さを体現したようなお辞儀でユレアは優雅に戦いを〆た。
「お手合わせ、感謝申し上げます」
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