第22話 三百年の欲望と十年のパンツ

「はっ? 出会えただと?」


 この部族とは初対面のはずだ。

 過去に出会っていたのなら絶対に忘れるはずがない、それくらいのインパクトがある。

 間違いなく初めての出会い……だが奴らはいきなり殺意を向けるは愚か何も発言していないのにエグゼクスの名を口にしたのだ。


「何故その名を?」


「惚けるな、その漆黒の魔導書を持つという事は貴様があのエグゼクスに間違いはないのだッ!」


 こいつら分かっているのか?

 腰部のホルスターに収納しているエグゼクスを凝視している辺り、明確な確信があって発言していると考えるのが妥当だ。


「三百年前……我ら先祖はある魔術師の名を口にしていた。一つの魔法で山をも消し去る漆黒の魔導書を持つ最強の存在。誇り高き我ら紅族はいつかその武具を掌握し貴様ら人間への支配を行おうとした」


「支配って……人間へと攻めるつもりか?」


「当然だろう、我らは独自の生態進化を得た新たなる人類ッ! 貴様らのような紙切れに依存するような愚者など我ら上位種族に支配されるべきなのだ、そしてようやく出会えたぞ、最強の名を持つエグゼクスゥゥゥ!」


「……何だコイツら」


 何となく概要が分かってきた。

 三百年前ってことは前の適合者の更に前に当たる適合者の話だろう。

 んで、こっちをしっかり見下してる紅族とかいう野蛮な奴らは長年エグゼクスの伝説を耳にし力を欲していたと。

 

「なるほどね……アンタ達みたいなよく分からない部族にもそんな伝説的に知れ渡っているとは随分とエグゼクスの影響力は高いみたいだな」


 だがエグゼクスの所持者が替わっている仕組みなどを知らない辺り、こいつらも伝説に振り回されてる哀れな存在ってところか。

 そもそも俺を含め選ばれた人間はただ神のゲームの為に利用されているだけなのだが。


「さぁその魔導書を渡し給え。生態系の頂点が入れ替わるのは自然の摂理、最強に浸り続けるのはもうおしまいだァッ!」


「ちょっと待て、アンタ達は色々と勘違いしてるし、こいつを手に入れても俺以外の奴には扱えねぇよ」


「言い逃れしても無駄だ、我々は世界各地に潜みエグゼクスが現れる瞬間を常に待っていた。我々もその部隊の一つ。だが半世紀前、この神殿に降り立った我らには予期せぬ神の奇跡とも言える代物を手に入れてしまった」


「ッ! そいつは……」


 族長の手に所持する三枚の頁。

 全く話を聞こうとしない相手が有する代物は破られたような跡がありエグゼクスの詠唱であろう文体が刻まれていた。

 間違いない、本能的にそれが探し求めていたページであると直ぐに確信に変わる。

 

「何故ここにあるのか理由は分からない、だがエグゼクスはこれを求めこの地にいずれやって来る。そう願い我々の予感はこの瞬間に的中したのだッ!」


 半世紀前、選ばれし者が二百年前とするとページを封印した箇所へ奇跡的にやって来て手に入れてしまったって訳か。

 何とタチの悪い偶然……いやこれはヴェリウスがゲームを面白くする為に仕組んだ人為的な運命なのか?

 

「見事に釣られたって訳か。念の為聞くがそいつをこっちに譲る気はないか? アンタ達に危害を加えるつもりはない」


「この世界が何度滅び、輪廻転生を繰り返そうとも……その選択はあり得ない」


「そうか、話し合いは意味を為さないか」


 これ以上の議論は平行線であろう状態に一つため息を吐くと自身の魔導書を開く。

 無駄な戦闘をするつもりはないが今回ばかりは避けられない。


「イかれてるわねこいつら、後方サポートは任せなさい」


「大層なこと言ってるがこっちを殺すってんならこちらだって武器を取る」


「キショい奴ら、こんなの軽く捻り潰してさっさとゲットしましょう」


 涙を誘わない背景のお陰か、誰も躊躇を抱くことはなく満場一致で目の前の障壁を潰そうと好戦的な笑みを見せる。

 全く違う性質を持つ俺達だが根底の思考は案外似ているのかもしれない。

 

「こっちだって命かかってんだ。そっちの理念とか知らねぇんだよボケがッ!」


 闘志を奮い立たせる激情を吐くと放たれる矢を掻い潜り族長へと魔法陣を生成。

 

「発動魔法段階シュレ、炎弾ファイア・ショットッ!」


 懐に入り込んだゼロ距離からの一撃。

 威力は乏しいがこの近さであるなら有効打は与えられる。

 誇り高き部族と言う割には随分と油断しているらしいなッ!


「……無駄だ」


「あっ?」


 と、煽る言葉を述べかけた時だった。

 至近距離だと言うのに紅族の族長は右へとステップを踏み攻撃を避けると間髪入れずにカウンターの矢が射られる。

 咄嗟に身体を拗らせることで制服を掠めた程度には済んだが俺は大きく体勢を崩す。


「避けた!? チッ、ならッ!」


 弓と焔の矢という至極シンプルな武装だがこいつ随分と身体能力が高い。

 確かに俺達を魔導書に依存していると見下せる程には基礎的な能力が高いようだな。

 だが、芸当で言えばこちらの方が多彩だ。


「発動魔法段階シュレ、雷槍プラズマ・ランスッ!」


 後方へと回転しながら複数の稲妻を纏った槍を広角的に射出する。

 距離は少しばかりあるものの、横へと回避できない魔法……当たるはずだ。


「って……はッ!?」


 俺は目の前の驚愕に瞳孔を開かせる。

 まるで予期していたかのように奴は身を屈ませると渾身の乱撃を身軽に回避した。

 即座に超低姿勢のまま今度は俺へと目で追うのもやっとな動きで迫り来る。

 

「発動魔法段階シュ__」


 不味いと本能的に察知し防御魔法を敷こうとするも彼の拳が俺の脇腹へと直撃した。


「あ"ぐっ……!?」


 詠唱が間に合わない程に動きが素早く重い一撃は骨を軋ませ身体は紙切れのように吹き飛ばされた。

 受け身で直ぐに体勢を立て直すも痛烈な痛みに思わず膝を崩し口元から鮮血が溢れる。


「肋骨をやられたか……チッ、何て素早い動きなんだよッ!」


「何度その陳腐な魔法を放った所で我々に通用することはない。エグゼクスは随分と肩透かしのようだな」


「言ってろッ!」


 俺だけが苦戦しているかと周囲を見渡すがそうではなかった。

 マッズ、ストレック、モニカ、俺よりも抜き出る力を有しているがその顔には焦りを浮かべ見るからに苦戦を強いられていた。


「な、何なんすかこいつらッ!?」


「攻撃が当たらない……ファイラ級の魔法も軽々と避けるなんて」


 女性陣は当たらない魔法に段々と苛立ちと焦りが顔に現れ息切れを始め。


「発動魔法段階シュレ、炎拳ファイア・フィストッ!」


「効くかそのような大振りがッ!」


「何……!?」


 フィジカル特化のマッズの拳によるラッシュも紅族は予知するように避け続け、焔の矢を射ると同時に直接的な打撃を仕掛ける。

 身体の強さで言えば誰よりも強いマッズだが至る所から休みなく襲来する攻撃に思わず足を蹌踉めかせた。

 彼の左腕には矢が突き刺さっており追い詰められていることは目に見えて分かる。


「マジ……かよ」


「我々は進化を遂げた誇り高き紅族。貴様らのようなベラベラ喋る攻撃など通用することはないッ! やはり我々こそが上位に位置するべき存在なのだ!」


 ここぞとばかりに勝ち誇った言葉を並べる族長から距離を取り分散していた俺達は即座に背中合わせの陣形を取る。

 軽く倒してやると考えていたプランは消え去り紛れもない劣勢に追い込まれていた。


「クソッ……相手はたかがフィジカルが強い弓矢使いですよッ!? 幾ら身体能力高くたって何で全部避けてくるんですかッ!?」


「落ち着けモニカ、これが紅族……確かに俺達を下等と見下して人間に攻め入る結論に至ったのも何となく分かる」


 焦燥感に満たされているモニカを宥めるもぶっちゃけ理性が壊れそうだ。

 数的不利に加えて魔法が有効打とならずフィジカル面でも奴らが優れている。

 正に状況は最悪……一体どういうカラクリなんだ、俺はともかくモニカやストレックの魔法も全て回避するなんて。

 

「最強の名を我が物にするエグゼクスよ……自然の摂理に従い我らへの踏み台となりこの地で朽ち果てるがいいッ!」


 フンッ、偉そうに言いやがって。

 さてどうするか……何故奴らは攻撃を見切れる? フィジカルが異様に高いだけとかそんな単純な話ではないはずだ。

 ゼロ距離だろうと全て見切りカウンターを繰り出す、まるでこちらの動きを、かのように。  


「……読む?」


 脳内で状況整理を行っていた自分が無意識に発した言葉に思わず引っ掛かる。

 待て、もし相手の行動パターンを事前に読むと仮定すればどうなる?

 思考が読めるのならファイラ級の魔法だろうと簡単に避けていたこれまでの異変にも説明がつくのではないか?

 相手も思考を察したのか俺へ「分かった所で無駄だ」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前ら、これを見ろ」


 懐に仕舞われていた万年筆を取り出すと即座に自身の手の甲へ簡潔なるメッセージを書き記す。

 視認した瞬間、全員が驚愕の表情を見せるも直ぐに了承を意味する無言の沈黙で紅族へと視線を向けた。


「さて……反撃と行こうかッ!」


 もうこいつらの下らない手品にまんまと化かされるのは終わりだ。

 再び散開し、俺は族長へと全速力で駆けると同時に詠唱を唱え始める。


「発動後魔法段階シュレ、植弾プラント・ショット


 魔法陣を生成し地面から生やした植物を射出し打撃を与える攻撃。

 伸びるツタの魔法は敵の足元を掬おうと急速に接近するが予期したかのようなバックステップの動きで回避行動を取ろうとする。

 

「無駄なことを、我らの能力にそんな陳腐な攻撃が通用するとで__」


 瞬間、奴の動きは止まる。

 

「はっ……?」


 パンツ__。

 パンツ、パンツ、あらゆるパンツ、今の奴の思考は沢山のパンツに犯されてるだろう。

 裏付けるように何が起きたか理解できないような声を上げ類まれな身体は硬直したように停止し、ツタの魔法を諸に直撃した。


「ぐあっ!?」


 胸部へと決まった一撃は族長の身体を軽々と吹き飛ばし地面を派手に転がる。

 即座に追撃としてのシュレ級魔法を次々と放ち連続して強烈な打撃を与える。

 見れば口元からは出血しており信じられないような表情で俺を鋭く睨んだ。


「何だ今のは……パンツ……!?」


「やっぱりな、アンタ達の能力は熱に強いだけじゃなくて。だからこれまでの攻撃も予期されていたかのようにまるで当たることはなかった」 


 形勢逆転を示すように今度は俺が奴を見下ろし相手は情けなく膝をついている。

 脳内で「このアホ共が」と呟くと族長は怒りから身体を大きく震わせた。


「逆に言えば思考停止しそうな訳の分からない妄想すらも読んでしまう。現にパンツを思い浮かべたら見事にアンタは固まった」


「この不浄が……! 戦いという神聖な行為において何という下劣で低俗な思考をしているのだッ!」


「残念、俺は救えねぇクソド変態、パンツ狂いの男は伊達じゃないんでなァッ!」


 反撃の流れは全体へと広がる。

 何とも姑息でユニークな能力だが一つタネが分かればこっちのモノだ。

 

「な……えっ……?」 


「発動魔法段階ファイラ、風刃雨ウインド・スコール!」


「発動魔法段階ファイラ、乱氷塊アサルト・ブリザードッ!」


 俺が手の甲へと記したあいつらへの指示は「奴らは心を読む。キモい妄想しろ」と言うシンプルなモノ。

 その意図を汲み取り、何を脳内で考えているかは知らんが紅族の思考へと妄想を流し込み機敏な動きを完全に停止させる。

 これまでの鬱憤を晴らすかの如く集団攻撃に特化したモニカとストレックの華麗な技は次々と紅族を宙へとぶっ飛ばす。


「こいつ何考えてやがるっ!?」


「なっこれは……む、胸……?」


「デカいお尻ッ!?」


 特に相手を動揺させているのは同じく優良男児であるマッズだった。

 胸や尻と発言してる辺り、女性の身体でも妄想しているのだろう。

 あいつ巨乳だとか大きな尻とかムチムチしたワガママボディが好きだからな。 


「十七歳の妄想舐めんじゃねぇッ!」


 矢が突き刺さってるというのに常人離れしたタフさを燃料に炎拳ファイア・フィストで紅族を地面へと叩きつけてゆく。

 蹂躙を意味する鈍い音が至る所から鳴り響き意識を手放したであろう男達は地面へと苦痛に悶えながら蹲った。

 

「試合終了だ、族長さんよ」


「グッ……この劣等種族がァァァッ!」


 俺の一言が奴らのプライドを徹底的にへし折ったのか族長は雄叫びを上げる。

 その瞳からは冷静さを完全に失った鋭い敵意と殺意に満たされていた。


「貴様は絶対に許さんッ! 我ら誇り高き紅族にこのような辱めをした挙句、ふしだらな奇襲とは恥を知れェェェッ!」


 怒号を放つと焔の矢を放つと同時に懐へと忍び込み溝に目掛けて拳を放とうとする。

 どうしようか、またエロいパンツでも考えて思考を停止させるか。

 いや……折角なら俺の全てをこいつに注ぎ込んでやろう。


「えっ……?」


 ゴツゴツとした拳が直撃する直前、流し込まれた情報に族長は動きが止まる。

 同年代に好き放題に殴られて蹴られて、義親からは愛のない言葉の槍で刺され、涙を流しながら魔族から逃げ惑う。

 おまけには唯一信じていた女神のような存在にパンツと失禁を見られ鼻で笑われ残酷に裏切られる。

 

「な……なんて惨めな」   


 俺の過去を読み取ってしまった奴の顔面は蒼白に染まり、ポツリと一言だけ呟く。

 ダサさと非情さであるならそこらの人間には絶対に負けない人間の業を全て詰め込んだような自身の幼少期。

 

「情けないだろ? 哀れだろ? これこそがパンツと復讐心に純情な」


 拳を握り硬直する標的を捉える。


「男なんだよォォォォッ!」


 絶叫と共に放った渾身の右ストレートは深く族長の顎へとめり込む。

 骨を砕く音と共に奴の口からは数本歯が零れ落ち、口からも血を吐き出した。


「オア"ア"アッッ!?」


 断末魔に等しい悲鳴を戦場に轟かせると奴は大きく仰反ると意識を手放し地面へと倒れ伏す。

 口から泡を吹き出す様は戦闘不能であることを示しており周囲には弓矢を手放し地へと倒れ伏せる紅族。


「はぁ……はぁ……俺のパンツの方が上だったみたいだな」


 返り血を浴びる右の拳を突き出しながら勝利を確信する言葉を投げ掛けた。

 疲労する身体で手元から放たれた三枚のページを乱雑に奪い取る。  


「こいつは貰ってくぜ。アンタに野望があるように俺にも野望があるんだ」


「ま、待て……このガキが……我ら誇り高き紅族を侮辱してタダで済むとでも……!」


「エグゼクスと契約してるんでな。パンツの為に使ってやると。そんなありきたりな支配欲に使わせてたまるかよッ!」


 呪詛染みた言葉を投げかける族長の額を蹴り上げ遂には完全なる無力化に成功する。

 復讐を決めたあの時から色んな奴らと殴り合ってきた経験は伊達じゃなかったな。


「これが……エグゼクスの詠唱」


 埃や汚れなどで今はよく見えないが間違いはない、これがエグゼクスの一部であることは本能的に理解できた。

 

「全く……最初は何考えてやがると思っていたがそういう事だったか」


「ホントに悪知恵だけはユレアにも負けないと思うわ」


 微笑みを向けるマッズとストレック。

 確かに悪知恵や卑怯の観点ならあいつにだって負けないはずだな。

 まっ……ユレアの場合、卑怯しても軽く上回る魔法でこちらをゴリ潰す訳だが。


「差別主義のフィジカル民族め……どうしますか? この場で全員ぶっ殺します?」


「何も殺すことはねぇよ。ページさえ手に入れば後はどうでもいい、こいつら殺ってもしまた裁判にでも掛けられたら最悪だしな」


 まだ倒し足りないような様子を見せ物騒な発言を繰り出すモニカを嗜める。  

 興奮すると意外に戦闘狂な一面あるのかと一瞬恐怖を抱き、問い詰めたくなったが今は帰投する事が最優先だ。


「探知魔法は貴方が持つソレ以外に該当する反応はない。攻略完了よ、変態リーダー」


「ハッ……さ〜て、帰って盛大なパーティでもするか! パンツの前祝いだッ!」


 彼女から放たれた軽口に笑みを返しながら地面と接吻する紅族を尻目に帰路へ着こうと歩を進める。

 地獄を体現したかのような禍々しさを極める灼熱の神殿だが今の俺の視界には彫刻のように煌めいて見えた。

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