第21話 ファイヤー・ゴースト
「あっ……つい、地獄の具現化だな」
ベイルを退けた勢い乗り切ろうと張り切るも更に上回る業火によって俺の炎は呑み込まれてしまう。
周辺の気温は容赦なく上昇し踏み出した瞬間に汗が滲み出る。
何よりも周囲を循環する熱気がモニカから耐火魔法を付与されてのにも関わらず俺達の体力を蝕んだ。
「これが灼熱の神殿……ハッ、やっぱり人が寄るような場所ではない」
鳥肌が立つ腕を摩りながら歩いていると壁の窪みからグツグツと沸き立つマグマの様子が目に映り込む。
炭のように純黒色で形成される神殿と周囲で煮え滾る赤きマグマのコントラストはまさに地獄と言っていいだろう。
横の広さで言えば白氷の神殿よりも狭いが代わりに地下七階にまで及ぶ階層が存在し降りれば降りる程、暑さが身体を蝕む。
「まっ、ユレアに比べりゃぬるま湯だ」
「どうするつもりですか? 魔族だけでなくここは
「噂の好戦的な部族か?」
「えぇ、熱などに異様な耐性を持つ独自の進化を遂げた特殊体質の部族です。何でもこの卒倒しそうな暑さも平気だとか。同じ人間をかなり見下してるって話ですけど」
「そりゃ恐ろしいな、まっ出会わねぇ事を祈るしかないだろうよ」
今更そこらの部族とかで逃げるなんて選択肢はまずあり得ない、少なくとも俺自身は絶対にあり得ない。
モニカの忠告を笑い飛ばすと頬を強く叩き闘魂を入れ神殿へと足を踏み入れる。
「発動魔法段階ファイラ、
「何かあったか?」
「急かさないで、魔力専門の探知魔法、ファイラ級だからスラウに比べれば範囲は劣ってるけど魔力の感知は充分に行えるから」
何時もよりもダウナーな声でストレックは目を閉じ意識を集中させていた。
周囲の地面に放たれた紅の魔法陣からはスラウの時と同様、粒子が散布されていく。
このような魔法関連の高い芸当は必然的に女性陣が頼みの綱となる。
「……駄目ね、これと言った際立つ魔力はまだ感知できない。最強までの道のりはそんな生易しいモノじゃないわね」
「やっぱりまだないか、入り口付近の溶岩にポイ捨てでもしてくれたら良かったのに」
「貴方みたいな性格の人だったらそれもあり得たかもしれないけどね」
「言えてる、律儀なのは嫌いだからな」
ストレックからの言い返せない冗談に俺は頬を人差し指で軽く掻く。
自分なら「逆に入り口付近にあるとは思わないんじゃね?」とかそれっぽい言い訳して適当に破棄していただろうな。
一歩間違えれば正気を失いそうな空間でありつつも程度の余裕ある雰囲気のまま神殿攻略へと乗り出していたが。
「ハヴァァァァッ……!」
聞くだけで恐怖を掻き立てる咆哮が周囲へと轟き思わず付近の壁へと身を潜める。
目の先にある赤黒い大広間。
壁から顔を覗かせ状況を確認すると声の主の正体が明らかになる。
数十メートル先で咆哮と共に口を動かすのは全身炎に包まれた熊。
巨大な溶岩板に腰を下ろす姿は威風堂々とした雰囲気を醸し出す。
口から流れる涎を拭うたびに天井へと張り付く水滴が蒸気と化し、大広間全体を高熱へと変えた。
「ベア・ボルケーノ……三階層目でいきなり大物クラスがいるとはな」
「ったく、見てるだけで気が重くなるぜ」
高火力と驚異的なパワーが特徴である熊型の火属性魔族。
何でも一度捉えられたらあの灼熱に呑み込まれて死に絶えるとか授業では惨たらしい説明されてたな。
見るからに何かに飢えており一度姿を見せれば喰らおうと襲ってきそうだ。
「どうするレッド?」
「どうするだぁ? そんなのとっくに決まってんだろ……逃げるぞッ!」
潔い声で周囲へ放つ逃走宣言。
もし恐怖に屈したチキン野郎と罵りたいのなら少しだけ待って欲しい。
俺は至って冷静かつ大真面目、不退転の覚悟で放った言葉だ。
「発動魔法段階シュレ、
数十秒という短い期間だが周囲の背景色と同化を行う特殊魔法。
シュレ級もあって同化の技術は陳腐であり有力者ならば直ぐに見抜かれるが知能の低い魔族相手であるなら充分に通用する。
少数程度ならば同時散布を可能と汎用性に優れた魔法を放ち、各自散開を行う。
「ハヴァ……?」
ベア・ボルケーノは一瞬だけ異変を感じ取ったのか周囲を見渡すが身に起きた違和感をこれ以上深追いすることはしなかった。
息を殺しているつもりだが少しでも察知する辺り、流石は上位魔族と言うべきか。
奴が実質的に支配する大広間を抜け出し姿が見えなくなったと同時に魔法の効力がタイミング良く消え去る。
「あっぶねぇ……熊の餌で人生終わんのは御免だな」
いらぬ調子に乗って一戦を交えていたら間違いなく詰んだであろう奴の雰囲気に思わず身震いをする。
一年前の自分なら「やってやるよっ!」と全くの無策で真正面から挑んでいたと思うと俺は幼稚ながらも成長してると自賛したい。
「逃げるのは恥とか言うが第四階層にそんなプライドはないんでな」
「あるのだけはパンツだけか?」
「大正解」
第四階層は弱者だ。
それは紛れもない事実であり腹の立つ第三階層以上の奴らと正面からぶつかっても無様な惨敗を喫するのが関の山。
華麗なる無双劇などは出来ない立場にいるからこそ調子に乗らずに引き際や力配分の重要性は誰よりも理解している。
ベイルのように手当たり次第ブチのめすのは憧れるがそれを俺がするのは馬鹿だ。
「不必要な魔法は使用せずにこの地獄を切り抜けるぞ」
この持論を全員も肯定しており俺の言葉に否定を述べる者はいない。
目標はただ一つ、最短ルートで突き進みページを獲得するだけだ。
道中に存在する魔族などは全て無視、魔力を極力温存するためにも無駄に体力を消費したくはないからな。
ストレック、モニカの探知魔法に依存しつつ複雑怪奇を極めた灼熱の神殿へと息を潜め階層を降り攻略を行っていく。
「道中にそれらしき反応はなし……相変わらず収穫ゼロね。終わりが見えない」
とは言いつつも慎重だからって状況が良いというそんな単純な話でもない。
ストレックの探知魔法には未だにこれと言った魔力は感知せず耐火魔法ありきでも体力を削がれる熱気に彼女は汗を拭き取る。
黒いブレザーの内にある白シャツは自分自身の水滴により段々と透け始めると同時に彼女の豊満な身体のラインが露となる。
男として思わず視線が向いてしまうが後方からの殺気に咄嗟に逸らす。
「探る範囲も段々と絞られてきたわ。残るは七階層目……一番の奥底、灼熱地獄ね」
彼女の顔は最下層に繋がる階段へと向けられており邪気のような悍ましさがこちらを威圧するように放たれていた。
至る所で小噴火する溶岩の轟音は思わず心を萎縮してしまいそうな所だが。
「ハッハッハッ! 上等だよ、こちとら溶岩に飛び込んでも無傷な女を相手にしてんだ。幾らでも卑怯してやるよ」
どうってことないと豪快に笑い、余計な理性と恐怖が脳裏を巡る前に俺は最下層へと悠々に足を踏み入れていく。
同時に感じ取る熱気。
最上層のように溶けてしまう程ではないにしろ汗が噴き出すほどの熱量が常に全身に伝わっていく。
壁には至る所に溶岩の川が張り巡らされている為、休憩がてら寄りかかろうものなら骨の髄まで焼き尽くされる。
水魔法も直ぐに蒸発するであろう地獄絵図はインパクトある光景であるが魔族の数は少なく突破は容易だ。
「ストレック、探知を頼む」
彼女の持つ魔導書がこの場にも似た紅の発光を見せる中、突如として理性的な表情が大きく崩れた。
「ッ! ある……この先のコロシアム型のエリア。異常な魔力を蓄えている反応が一つだけ存在している」
「エグゼクスか?」
「その可能性は十分よ」
「遂に来たか、待ってろよエグゼクスッ!」
遂に巡り合った念願の代物。
俺達は一気に彼女の魔法が指し示す場所まで勢いよく疾駆する。
ようやく届く、パンツを見るための力を俺達はやっと手にすることが出来る。
さぁ待ってろ選ばれし者よ、お前の隠したその秘宝は俺が手に入れるッ!
そう勇敢に意気込みコロシアム型のエリアへと足を踏み入れた瞬間。
「ん……?」
何かが俺へと飛来する。
先端が鋭利に尖った質量のある複数の物体が間違いなくこちらへと接近している。
突然の状況に思考回路が遅れたがようやく何なのかを理解した。
「矢ッ!?」
焔を矢尻に纏った物量攻撃。
明確な殺意がなくては行えない顔面へ向けて射出された矢が俺へと襲いかかる。
不味い……気付いた所で避けられない。
魔導書を開こうとするが防御魔法を詠唱する前に蜂の巣にされるのは目に見えていた。
無詠唱は俺の技術じゃ行えない、完全に詰んだかと絶望が支配しかけた刹那だった。
「発動魔法段階シュレ、
矢が額へと直撃する寸前にマッズの炎を纏う拳が豪快に風を切り、次々と矢の雨を撃ち落とす。
「大丈夫かレッド!」
「あ……あぁ、すまない」
呆然とし掛けていた思考はマッズの声によって現実へと呼び戻され即座に全員が魔導書を開き臨戦態勢を取る。
魔族がいないと完全に油断していた俺への襲撃は何処からかと周囲を必死に見渡す。
「なっ……!?」
思わず唖然とした声が上がる、いやこれを見て上げない奴は滅多にいないだろう。
周囲を囲う地獄を具現化したような溶岩の川からは明らかに人間であろう存在が次々と姿を現したのだから。
全身を漆黒の布で纏い口元しか素肌が見えない数十人にも及ぶ存在は一瞬にして俺達を包囲し炎を纏った矢を無言で向ける。
「まさか……紅族ッ!?」
「紅族? こいつらがか?」
凝視すると頭部からは角のようなモノが生えており人間に近いが明らかにこちらとは違う雰囲気を醸し出していた。
こいつらがモニカが言っていた紅族ってやつか、間違いなくそうだろう。
「随分と……手荒な歓迎だな」
弱さを見せてはいけないと不敵に笑い軽口を叩くと一人の紅族が足を歩ませる。
族長なのか、一人だけ真紅の布を纏う存在は威圧と殺意が混じったドスの効いた声でこちらへと言葉を紡いだ。
「ようやく出会えたぞエグゼクス……我々紅族の繁栄の糧としてこの灼熱に呑み込まれ死ぬがよいッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます