第20話 騙される方が悪となる
「レッド・アリスッ!? 何故お前らがここにいるッ!?」
「別にいていいだろ? お茶と菓子の準備するのは飽きたんでな相棒」
監獄越しに防寒着を身に着けながら佇む自分へは困惑と憎悪の視線が向けられる。
蔑んだ瞳で見つめられることにはもう慣れたが今回ばかりは実に心地が良い。
両隣にいるマッズやストレックも悪どい笑みを奴らへと捧げた。
「いやぁ見事だな〜ものの数時間で白氷の神殿を攻略するなんて。第二階層の名は伊達ではない。いやぁ凄い凄い」
「お前……騙したのか」
「騙す? 何をだ?」
「惚けんじゃねぇよ愚民がッ! 貴様、白氷の神殿の可能性が高いってのは俺達を誘導する為の虚言か!?」
「虚言……あんなケレン味しかねぇ言葉をマジになって自爆したお前らが悪いって話なんじゃねぇのか?」
「なっ……お前ッ!」
「何も確実にあるなんて言ってねぇのにな、勝手にないって思い込んで自分も仲間も酷使したお前の落ち度だぞベイル」
「だ、黙れこの下劣がァ!」
「ご苦労さん、お陰で神殿攻略の手間が半分も省けた。我武者羅に挑んでるお前らの姿、犬みたいで可愛かったぜ?」
啖呵を切られて癪に障ったのかベイルは目を充血させて怒り狂う。
檻へとぶつかるが如く鉄格子を叩く彼は今にも俺を殺しそうな形相をしていた。
「この第四階層如きァァァッ! 崇高なこの俺様を出し抜くなど許されないッ! おいお前ら早くこの監獄を破壊しろ!」
「無駄です」
喚くベイルとは対象的に冷静な声色でモニカは言い放つ。
防寒着を身に着け白い息を華奢な手に吐いた彼女は現実という水で奴らの滾る心を鎮火させていく。
「それはドライヴ級クラスの拘束魔法、私が許可するまで解除はされない。まっ強引に破壊も可能ではありますが……その疲れ切った体力でコレが破壊出来ますか?」
「ま、まさか……それを見計らって!?」
「あんな馬鹿みたいに連続してドライヴ級の魔法なんか使って〜第二階層って後先を全く考えないお猿さんの集まりなんですか〜?」
大図書館での一件で相当怒りを抱いていたのか、首を傾げながら媚びたような声でモニカはエッジの効いた煽りを放つ。
彼女の背後からは悪魔にも似た邪気が放たれ思わず俺達は無意識に後退ってしまう。
「なっ何なのこの生娘ッ! 一年の第四階層の分際でこの高貴たる私達をッ!」
「今時の高貴って格下の奴らにまんまと嵌められるのが主流なのですか? 随分とマゾヒスティックな流行だこと」
「マ、マゾですって!?」
「失礼、ドMって言い方をご所望でしたか。厚化粧さん? 香水臭いですよ」
「何ですってこの貧乳女ッ!」
「張りのないデカイだけのおっぱいに言われたくはありませんね。私は美乳なのです」
怒涛の口撃はスラウも例外ではなく恨み節を吐き出す彼女へと容赦無い言葉で自尊心を切り裂き中指を立てていく。
平素は礼儀を重んじ上下関係、力関係を気にする彼女だが一度スイッチが入るとそのような理性は消え去る。
病弱な体質と眼鏡を掛ける容姿とは正反対のエネルギッシュな面から放たれる挑発的な態度にベイルは歯軋りをした。
「調子に乗りやがってッ……こんな奴に媚びへつらうビッチ女がッ! 随分といい男を見る目がないようだ「はぁっ?」」
「確かにこの男は変態で馬鹿で倫理観なくて英雄とは程遠いクソ人間です。でも貴方よりも熱いものがある。悔しいならそこの厚化粧女のデカパイに慰めてもらってはぁ?」
「こ……この女ァァァ!」
「よせモニカ、もう十分だろう」
全く退かない所か更に強烈な煽り言葉でレスポンスを繰り返し続ける彼女にマッズは半ば強引に制止を行う。
同時に何処か上機嫌そうな表情で俺へと「ケリをつけろ」と目配せを送った。
「お前がどれだけ吠えようと俺達に出し抜かれた事実は変わらないぜベイル?」
「レッド……こんな事をして許されると思うなよ、この下劣な卑怯者がッ!」
「この世界は騙された奴が悪いって仕組みだ」
「はっ?」
「騙された方が悪って持論……この言葉を言った奴、一体何処の馬の骨だったけな?」
俺の言葉に自身の過去を振り返り始めたベイルは「ハッ!?」と我に返る素振りを見せ口元を無意識に抑える。
何かを言いたげだった顔は己が放った発言が帰ってきた事実に酷く青ざめる。
「汚い手なのは自負してるさ。俺がやった事が正義となんて思わない。俺もお前も平等に卑劣なクソ野郎だ。だがな」
檻越しに頭突きをかますとベイルは思わず後ろへと蹌踉めき尻餅をつく。
監獄は金属音と共に揺れ、前額部には鋭い痛みが走るが構わずに言葉を紡いだ。
「金だ権力だ? 下らねぇ、卑怯上等、非難上等、俺はあいつのパンツ以外に興味はねぇんだよボケがッ!」
呆気に取られるベイル一行。
こいつと俺は案外似ているかもしれない。
互いに卑劣な手を用いても目的を達成しようとする意志。
だが例えどれだけ相手が野心に溢れようとも俺のパンツへの執着はそれを上回る。
「第四階層だからって舐めんなよ、ユレアへの思いは俺のほうが断然上だ。こちとら十年も育んだパンツの復讐心なんだよ」
「イかれてる……狂ってる」
「好きに言え、蔑む瞳で罵られる事は日常茶飯事だがらな。寧ろ興奮しちまうよ」
第四階層と侮っていた相手に何も出来ず罠へと嵌められ、自身が従えている者の前で侮辱された事実。
まざまざと見せつけられたベイルの顔から闘志は殆ど失われていた。
「ハッ、ハハッ……馬鹿共が。白氷以上に灼熱の神殿は至難の領域。お前らみたいな第四階層が攻略出来るとでもッ!?」
「出来るさ。仲間とユレアの為なら火の海にだって快く飛び込んでやるよ」
「ッ……強がりが」
「強がるかよ。まっ精々大人しく反省会でもしてろ。後でお茶くらいは奢ってやるから」
即答で返されたことに完全に戦意喪失したのかこれ以上ベイル達が悪態を口にすることはなかった。
暫くは出られないであろう監獄に入れ込まれた獰猛な猛獣達を尻目に俺達は奴らに背を向ける。
奴らの姿が完全に見えなくなった瞬間、俺は白氷の壁に背中を下ろしため息を吐いた。
「お疲れね、回復魔法でもしましょうか?」
「結構だ、マジで緊張したぜ……一つでも俺の読みが外れてセオリー通りにあいつが動かなかったら完全に終わってたからな」
ストレックは俺の肩を軽く叩き労いの言葉を口にする。
敵が多いのは既に自覚しており覚悟も決まっているが仲間の笑顔を見るとつい安堵感に満たされてしまう。
「奴らを陽動して体力切れの瞬間を狙い一斉に拘束する。伊達に卑怯なことをやって来た人間じゃないな」
「こちとら常に相手にしてんのは全く隙のないユレアなんだ。あんな分かりやすい奴を利用するのは造作もねぇよ」
第一に圧倒的な数的有利と魔力で上回るベイル達に真正面から挑むのは無謀の境地。
ならばどうするべきか、ベイルも含め上位階層の奴ら特有の調子に乗りやすい性格に漬け込むという結論は直ぐにも導き出された。
「絶対的なユレアを覆せる力、そりゃテンション上がって余計な事して自爆するってのは目に見えていたさ。それでも上手く進むかソワソワしてたけどな」
緊張から首筋に垂れる汗を拭いながらマッズへと脱力した表情を見せる。
あいつの心を利用した作戦だったがあそこまで乱心する辺り、異端児かつ最強というユレアの存在は良くも悪くも絶大だ。
「でも何故ですか……? 確かに相手の心理を利用した誘導作戦は文句ありません。ですがそれは白氷の神殿にページがないことが前提条件となる」
「そうだ、もしこっちの神殿にページがあったとするなら俺の作戦は破綻する。だからこそ俺は大きく賭けた」
モニカの言う通りこの考えは白氷の神殿にページがない事が絶対的な条件となる。
しかしどちらの神殿に存在するかは俺にも分からず作戦としては欠陥だらけで確実性のない物であった。
「エグゼクスを毛嫌いしていた選ばれし者はページを消せず何処かに封印した。つまり何してもページを消せなかったってことだ。マグマだろうと消せない、となれば極力人が心理的にも物理的にも寄らない箇所に封印するのが最適だろ?」
「まさか……だから灼熱側に存在すると読んだのですか? 分厚い氷で埋めるよりも骨をも溶かす溶岩の奥底にぶち込む方が物理的にも心理的にも近付こうとはしない」
「あくまで言葉から読み取った根拠のない仮説だったがな。しかしどうやら俺の読みは正しいみたいだぜ?」
「まぁた大層な賭けに出たなお前は……まっ大図書館の時点でそういう事考えていたってのは薄々察していたがな」
「へっ? えっ、だからマッズ先輩達はあの時に何も声を上げなかったのですか!?」
「パンツ狂いのこの男が陳腐な権力に屈する訳がないからね。また出し抜く卑怯でも考えてるとしか思わなかったわ」
唖然とするモニカとは裏腹にマッズとストレックは「分かって当然」というドヤ顔にも似た表情を浮かべる。
運命を賭けた完全なる大博打。
自信はあったがそれでも確率の低い大きな賭け、だからこそ策が嵌まり思わず拳を握ってしまう。
「無謀と紙一重の大きな勇気を振り絞るってのも時には大切なもんだな」
美味い飯でも食いたい気分だが呑気にしている時間は余りない。
奴を出し抜くことは中間点、ページを獲得出来なければ全て水の泡どころか完全に詰んでしまう。
脱力する身体を持ち上げた瞬間だった。
「あ、あの……」
年上にも格上にもスイッチが入れば容赦のないモニカは先程とは打って変わって弱々しい声を上げ俺の前へと立つ。
何かを言いたげながら言い出せないようなソワソワした動きだがストレックとマッズからの視線にようやく口を開き始める。
「ご……ご……ごめ……んなさい……」
「えっ?」
「その……貴方の意図をまともに読む前にあんな事をしてしまって……知識人らしくない感情的な愚行だったと反省してます。もっと貴方のことを考えておけば」
勘は鋭い方だと自分自身で思うがこいつからの謝罪は全くの予想外だった。
何処かに頭をぶつけたのかと唖然とした目で見ていると上目遣いをしながらモニカは俺に返答を促す。
「な……なにか言ってください。沈黙が一番気まずいので」
「お前……素直だと可愛いな」
「は、はぁ!? 急に何を言ってるんですかセクハラですか!? 別に私に非があったと客観的に見たから謝罪しただけであって!」
「いやぁ思い返してみればあんなにも涙目で俺を叱ったりと嫌い嫌い言ってる割には結構俺のこと大好きだったりする?」
「はぁぁぁ!? 好きじゃないですが!? 貴方なようなド変態を好きになるなんて天地ひっくり返ってもないですがッ!?」
「はいはい、まぁ猫みたいに可愛いツンデレってことか」
「ッ……! 撤回……謝罪は撤回! 今すぐその首を絞めて殺してやりますッ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すゥゥゥッ!」
顔を赤面させながら腰に携えた魔導書に手を伸ばすモニカを見て、俺の口元は更に緩んでしまう。
まさかこいつに癒やされるなんて昨日までなら夢にも思ってなかっただろうな。
わざわざ律儀に謝罪をする辺り、どれだけ口が悪くとも根の良さが彼女の刺々しさを中和する。
「まっありがとよ」
「あっ……?」
「こんな俺にしっかり付き合って本気で怒ってくれて。お前には助けられてるし出会えて感謝してるよ」
「べ、別に……感謝の言葉なんかいらないっての……本当にキモい」
照れ隠しか魔導書で口元を隠しながら聞こえない程度にブツブツと口を動かす。
予想外の和みの展開に下を向くモニカを見つめながら俺達は「可愛いヤツめ」と目の前の小動物を堪能し笑みを共有し合う。
「まっさっさと切り抜けて、帰ってどんちゃん騒ぎでもしようぜ。パンツの為にこんな所で詰んでたまるか」
少しばかり強張っていた心が解され決戦の場であろう灼熱が蔓延る場所へと歩を進め始めた。
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